「え」
自分の姿を見て、男は固まる。
「ちょ……。俺、どうなってんの?」
こっちを向いて切実そうに尋ねてくる。
「変身してる」
「変身って、なんやねんそれ」
「いかにも炎の戦士って感じの、スーツ? アーマー? なんて言っていいのか分かんないけど、そういうやつに」
男は「うえぇ」と混乱しながら、更に自分の全身を見回す。本当に変身できてしまったことが信じられないようだった。
「え、ちょ、おい。これまじか」
ようやく今の状況を理解したらしい。
「どないすんねんこれ。俺ずっとこのままなんか?」
「いや、さすがにそれはないでしょ」
「なんで言い切れるねん」
「大体こういうのって変身解除できるもんでしょ。あくまで“変身”なんだから。ねえ?」
浮遊体に一応尋ねる。
「そうだっしゃ。ずっとそのままなわけないっしゃ。そもそも変身状態は二十分程度しか持たねえんだ。二十分経ったら強制的に変身解除されるっしゃ」
「二十分か……」
男は微妙な反応をする。長いな、とでも思っているようだった。
しばらくしてようやく受け入れたのか、男は自分の身体を見るのをやめ、怪物の方を見る。
ギュ……!
怪物がおののくような反応を見せる。
ギュウ……。ゲチャァ、ズベブチャアアア。
だがそれでも、負けるかと言わんばかりに怪物は立ち上がる。
ゲルジッガァァァァ!!!
怪物はやけになったのか、残っている片方の腕を勢いにまかせて振り下ろしてくる。
「うおっ!」
仮面ライダーフレアは、急な攻撃に驚きながらも、右手でその腕を払った。正確に言えば、ぶっ叩いた。
ものすごい音を放ち、怪物の腕が吹っ飛ぶ。腕は展望デッキの柵を飛び越え、奥の方まで飛んでいった。
腕を二つとも失った怪物は、多量の出血に襲われる。狼狽えていたが、なんとか立ち続けた。
「とりあえずお前を倒さんと、ビスケット×ビスケット食えへんからな」
フレアは一歩一歩ゆっくりと、怪物に近づいていく。
後ろに逃げ道があるのに、これだけ不利な状況でも怪物は逃げない。後に引けないのだろうか。
拳を一発、怪物に食らわす。怪物の頬辺りにヒットした殴打は、いとも容易く怪物の身体を地面へ叩きつけた。
怪物が弱々しい声を上げる。もう立ち上がることは不可能ではないかというくらいの。
まさかこんなに強いなんて。仮面ライダーフレアの驚異的な力に、命が守られる安心感よりも戦慄が勝りそうだった。
……ギュルルラァ!
すると、怪物の後頭部にあった2本の触手がするすると動く。そんなところの触手まで動くことにまず驚いた。
その触手は、フレア目掛けて一直線に向かっていく。
しかし、フレアは素早い反応速度でその触手を鷲掴みする。
ギュ……?
まさか掴まれるとは思っていなかったという反応を怪物はする。
その触手を引っ張り、フレアは怪物を強制的に立たせる。さらに腹に一発食らわせ、怪物を向こうへ吹っ飛ばした。
その戦いを、ただ呆然と眺めているしかなかった。私にできることは何もない。ひたすら、仮面ライダーフレアは強いと思うだけだった。
「最後は【アンダースマッシュ】っしゃ!」
浮遊体がフレアにそう伝える。
「あんだーすまっしゅ?」
「利き足に3000℃の炎をまとわせて、相手に回し蹴りする技っしゃあ! 『アンダースマッシュ』って唱えるっしゃ!」
怪物はよろつきながらも、なんとか立ち上がる。腕を両方なくし、大出血した状態でよく立てるものだ。
ギ……、ギラデュラァァァァァァァァァァ!!!
怪物はかなりのスピードで突進してくる。せめて少しは爪痕を残そうと、やけくその体当たりを食らわすつもりなのか。
「アンダースマッシュ」
とりあえず言ってみたという感じで、男の声が響く。
すると、右足の炎の装甲が、火花のようなものを散らす。それはみるみると、燃え上がる炎に変化した。
フレアが一周回ると同時に、怪物は至近距離にまで迫った。
その右足を怪物に食らわせる。少々もたつきながらも、タイミングは完璧だった。
怪物の身体が湾曲した瞬間、爆発する。跡形もなく吹き飛び、触手や肉片や臓器、その他よく分からないものが飛び散った。
「た、倒した……っ」
まさかここまで木っ端微塵になるなんて。
「勝ったっしゃあぁぁぁぁぁっ!!!」
浮遊体は喜びの舞を見せる。ちゃんと顔が笑っている。表情は豊かみたいだった。
「そうか。俺、やったんやな」
男は自分の両手を見る。よく分からないまま戦っていたのか、時間差で今の状況を理解したようだ。
すると、砂の崩れるような音が聴こえてくる。その方向に目を向けると、肉片全てが砂状になっていき、そのまま消えていくところだった。
「
私のぽかんとした顔を見て察してくれたのか、浮遊体がそう諭してくれる。
「蟲人?」
「今の怪物をそう言うんだっしゃ。虫が人型みてぇになってる見た目だっし、蟲人」
初めてこの怪物を見た時、確かに虫みたいだと思った。
「あれが核っしゃ」
浮遊体の指のない小さな手で指し示されたのは、どす黒い色と輝く銀色の混ざった石だった。それも砂状になって消えかけている。
強烈な回し蹴りは、内部の核すら破壊するほどの威力だったのか。
「なあ、これどうやって変身解除するんや」
男は浮遊体に尋ねる。
「『変身解除』って心の中で思えば、解除できるっし。わざわざ思わなくっとも、変身解除したいって欲求さえあれば自然と解除されるっしゃあ」
「は? いやいや俺あいつと戦う前から変身解除したいって思っとったわ」
「それは本心だとそう思ってなかったんだっし」
「なんやそれ!」
納得いかないながらも、しっかり変身解除できることに男は安心したようだ。
すると、フレアの姿が火だるまに包まれる。驚いて私は後退りしてしまう。
その火だるまが解け、現れたのは生身の男だった。
「おお、ほんまやっ」
男は両手を見て、嬉しさを滲み出す。
すると、私の方を見て、手を差し出す。
「なに?」
「それ」
男の差し出した手の人差し指が、ぴんと立つ。
「ああ」
私は預かっていたビスケット×ビスケットを返す。よっぽど食べたかったらしい。
男は腰に巻きついたベルト・フレアを剥がそうとする。引っ張るが、外れる気配はない。
「それ、三秒くらい掴んでおけば外れるっしゃ。剥がそうとするとかえって外れないようになってるっし」
男は浮遊体の言う通りにする。すると、本体の側面から出ているベルト部分がすぐさま収納された。
男が片手に持ったベルト・フレアは、炎に包まれたあと、ベルトコアに戻る。
どういうわけか、それを私に差し出してくる。
「え、なに」
「返す」
「なんで?」
「いや、もう使わへんやろ」
「返すなら私じゃなくて、こいつでしょ」
「こいつとはなんだっし、人聞きの悪い! というか、それはずっと持ってないとダメだっしゃ」
浮遊体は眉を寄せ、男の顔面に接近する。
「おめぇには、これからも戦ってもらうっしゃあ」
男がぽかんとする。
「これからも?」
浮遊体は当たり前だと言わんばかりに頷く。
「いやいや、何言っとんねんお前」
男は浮遊体から目を逸らす。
「ベルト・フレアは誰にでも心を開くわけじゃないっし。おめぇが資格者なんだっしゃあ。というか、なんで自覚ないんだっし」
男は黙りこくる。
すると、ベルトコアを浮遊体に押し付けた。背を向けると、来た道を戻ろうとする。
「な! どこ行くっしゃあ!」
「帰る」
「まだ話は終わってないっしゃあ!」
「お前から話されることなんかないわ」
呆れたように男は首を横に振る。
帰ろうとする男の前に出て、浮遊体は進行を妨げようとする。「どけ」「無理っしゃ」「どけ」「無理っしゃ」「この野郎」「この野郎って言いたいのはこっちだっしゃ!」「なんやとこの人魂妖怪」「なんじゃっしゃあその呼び名はぁぁぁ!」そんなような会話が続く。
「あのーっ」
私は両者の間に割って入る。
「質問したいことが、山のようにあるんですけど」
□□□□□
第二展望デッキにあるベンチからは、街の夜景が綺麗に見えた。第一展望デッキの方が山の高い位置にあるものの、こっちから見える景色の方がビルが多く見えるため、夜はこっちの方が見ていて綺麗なのだ。
「あーやっぱ美味いわこれ」
ぼりぼりという咀嚼音が聞こえる。右隣には男が座っていた。
「それ、なんなんっし?」
左隣にぷかぷか浮いている浮遊体は興味深々だった。
「この世でいちばん美味い菓子」
男のビスケット×ビスケットを口に運ぶ手は止まらない。
「そろそろ聞いてもいい?」
質問大会をするためここに留まってもらったのに、男も浮遊体もいつまで経っても私に耳を傾けようせず、イライラしていた。
とは言っても、なにから聞けばいいのやら。
「あなたは何者なの?」
浮遊体に向かって尋ねる。
あの夢から目覚めた後、枕元に置いてあったオレンジ色の石から出てきた、謎の生命体。流暢に人語を喋り、空中に浮いている。
「わいっちはゲラルン。仮面ライダーフレアと、"フレアの導き手"をサポートする役を仰せつかっているっしゃあ」
ゲラルン。なんとも妖精っぽい名前だ。
「仮面ライダーフレアっていうのが、さっきのやつよね」
「そうっしゃ。炎を司る戦士。この世に発生する蟲人を根絶やしにするため生み出された存在っしゃ」
平然と怖いことを言ってのける。
「蟲人はなんなの。あいつら、どういう存在?」
「あいつらは人を食うっしゃ。一人食うごとにどんどん図体をでかくしていく。放っておけば、たちまち地球はあいつらに乗っ取られるっしゃ」
そんな宇宙戦争みたいな話をされても、なかなか信じられない。
ただ、実際にこの目で蟲人を見ているのだ。あの蟲人が身体から出す粘液で周囲のあらゆるものを溶かしていたところも、触手が伸びて素早い攻撃をしてきたところも。
「仮面ライダーフレアは、誰が生み出したの?」
「紫炎獅子様っしゃ」
「しえんしし?」
「蟲人と対をなすと言ってもいいくらいのお方っしゃ。現にわいっちも、紫炎獅子様に生み出されたっしゃ」
獅子。つまりそれは、
「ライオン?」
「そうだっしゃ。紫と赤の混ざったたてがみを持たれ、脚にはそれぞれリングをお付けになっている」
その特徴で、完全にそれだと分かった。
「私、夢を見てたの。説明するのも難しいような、変な夢。その夢の最後でね、ライオンが出てくるの。絶対そのライオン、その紫炎獅子ってやつだ」
「おめぇが導き手に選ばれた証っし」
導き手に選ばれた。それは一体どういうことなのか。
「フレアになる人間を、わいっちは“資格者”って呼んでるっし。その資格者っていうのは、フレアとして蟲人を倒すため、“この世界に用意された者”のことを言うっしゃあ」
私は男の方を見る。やはりばりぼりビスケット×ビスケットを味わっていた。
「この世界じゃ、あたかも両親がいて、赤ちゃんの頃からこの世界にいるかのような設定になっているけんど、実際にはそうじゃないっしゃ」
言っていることの意味がよく分からなかった。
「それはどういう……?」
「こいつは、つい最近生まれたんだっしゃ」
男の咀嚼音だけがしばらく辺りに響く。あんまり静かだったからか、男が「ん?」と言う。
「最低限、こいつがこの世界で詰まることなく暮らせる程度の設定は組み込んであるっし。戸籍やら住宅やらマイナンバーカードやらその他もろもろ。ただ、ちゃんと母親の腹から生まれて育ってきた人間と比べると、足りないもの、欠けてるものがわんさかある。それを補助するのが、導き手の役割ってわけっしゃ」
話の規模がSF映画並みで、まともについていけない。設定を組み込む? つい最近生まれた? なんなのだそれは。
「あんた一体、何者なの?」
「紫炎獅子様からの任務を仰せつかった、子分だっしゃ」
平然と答えられても困る。
「それじゃあ私は? 私もその、フレアのサポートをするために最近生まれたとでも?」
「いや、それはないっしゃ」
即答だった。
「フレアは直接蟲人と戦う役割があるっしゃ。人智を超えた蟲人をただの人間相手がたおそうとしても、とうてい叶いっこないっし。だからこそこいつが生み出された。蟲人を倒す専用の、そのための人間」
さっきの戦いの合点が繋がる。あれだけ瞬発力のある攻撃や完璧なタイミングの回し蹴りができたのは、そういうことだったのか。
「対して導き手は、単に人間社会弱者な資格者をあらゆる面でサポートするための存在っしゃ。だから、導き手の場合は専用の人間を作るんじゃなく、普通の人間である方が都合がいいんだっしゃ」
「それで私が選ばれたってこと?」
「そうだっしゃ。光栄なことっし」
「なんで私なの?」
「それはわいっちの知ったことじゃないっしゃ。紫炎獅子様がお決めなさったことなんだから」
ずっと予告されていたということだろうか。二年前からずっと、あの夢を見させて『お前は仮面ライダーフレアの導き手になるんだぞ』と。
だとしても、あの夢の内容には不可解な点がたくさんあった。単に予告だけするのなら、もっとシンプルな伝え方でよかったはずだ。
「なんか小難しい話やな」
男はまだばりぼりとビスケット×ビスケットを食っている。こっちの話にはまるで興味がないみたいだった。
つい最近生まれた存在。それも、蟲人を倒すために。
なんだか信じられなかった。確かにぼうっとしてたり、抜けているところはあるのかもしれないが、それでも普通の人間みたいに思える。
そういえば、一番重要なことをまだ知らないことに気がつく。
「ねえ、名前は?」
男はビスケット×ビスケットを口に入れると、袋をくしゃくしゃと丸める。最後の一枚だったようだ。
「名前。ああ、ええと」
目をあさっての方に向け、考える様子を見せる。
「
そのとき、男とばっちり目が合う。
その男の瞳には、炎が灯っているような気がした。
赤石龍太郎。
仮面ライダーフレア。
それが、私が導き手としてサポートする、この世界の救世主。
少し俯いたあと、前を見た。
大きな彗星がどかんと弾けたみたいな、夏らしい夜空が広がりつつあった。やっぱり、夏の夜はしぶとく明るい。