病んだ少女に、代償として血を求めるタイプの魔剣を与えてはならない 作:ねりぃ
「ふー、ふー。はい、お姉ちゃん、あーん」
「…………あーん」
お姉ちゃんの控えめに開かれた口へ、私が作った野菜のスープを運ぶ。溢してしまってもいいよう、木のスプーンの少し下に手を添えて。
「はむ……んっ」
お姉ちゃんの口が閉じるのに合わせてスプーンの柄を優しく持ち上げると、スプーンはするりとお姉ちゃんの口から解放される。お姉ちゃんは私のスープを喉へ流し込み、こくり、と一度だけ喉を鳴らした。
「ふふ、おいしい?」
「う、うん…………やっぱり自分でーー」
「だーめ。まだ左手でご飯食べるのに慣れてないんだから。貴重な食料を溢しちゃったらもったいないでしょ?」
「うぅ……」
俯き、降参の意を示したお姉ちゃんの口元へ、再び木のスプーンを運ぶ。今度は具も一緒に掬ってあげた。
「はむ、んぐんぐ」
「ふふ」
お姉ちゃんが、私を庇って右腕をーー『
魔法を使えなくなったお姉ちゃんは、その時点でハンターとしては戦力外だ。持病を抑えられず、緊急時に出られないかも知れない。そもそも身体強化なしの素のお姉ちゃんは、その辺の子供よりずっと貧弱だ。加えて四肢の一つを欠損してしまっている。街を魔物から守るハンターとしての仕事で今のお姉ちゃんにできることはない。強いて言うなら私の士気を上げることはできるけど、そんなことのためにお姉ちゃんを危険に晒したくはない。
結局お姉ちゃんはハンターを辞めることになって、今はずっと家にいる。収入は半分以下になって、しかも病気の症状を和らげるための薬も必要になって、家計は火の車。今は協会からもらった退職金で何とかなってるけど、時期にそれも尽きる。お姉ちゃんは頑張って仕事を探そうとしてるけど、病気、利き腕欠損、魔法使えないのトリプルコンボでは、当然見つからない。今のお姉ちゃんは、完全に私のヒモ……ふふ。
一方で私はというと、これまでお姉ちゃんと分担していた家事のほとんどを自分だけでやることになった。お姉ちゃんも手伝おうとしてくれるけど、まだ右手と魔法がないのに慣れてなくてこっちでも戦力外だ。掃除しようとすれば埃のせいで体調を崩して、洗濯は体力が持たなくて、炊事は危なっかしくて見てられない、といった具合に。
加えて、今みたいにお姉ちゃんのお世話をすることにもなった。主に食事と着替えと、体調を崩した時の看病。お姉ちゃんは、何でもかんでも私頼りなことに、いつもすごく申し訳なさそうにしてる。
実際、めちゃくちゃ忙しい。自分のための時間なんてほとんどないくらい。けど、別に熱中している趣味があるわけじゃないし、大好きなお姉ちゃんのためなら全然苦じゃない。こうやってお姉ちゃんのために色々することは私の趣味で、そう考えればむしろ趣味に割ける時間は増えたとも言える。こんなこと言っても、お姉ちゃんは納得しないんだろうけど。
仕事の方は、今まではずっとお姉ちゃんとツーマンセルで戦っていたから、他の人と組むのに慣れていなくて四苦八苦している。
かつては、いつもお姉ちゃんが全体を見てくれるから、私は目の前の敵に集中するだけでよかった。もし横槍が入りそうになっても絶対にお姉ちゃんがそれを止めてくれたから、一切周囲に気を配ることなく戦うのに慣れちゃったのだ。
私の戦闘スタイルはカウンター。相手の攻撃を躱し、受け流し、そうしてできた隙に強烈な一撃を叩き込みたいタイプ。というか、そうしないと、今のお姉ちゃんよりはマシとはいえ他のハンターに比べたらかなり非力な私ではまともにダメージを与えられない。
そして、カウンターを成功させるには相手をよく見る必要があり、それと反比例して周囲は見えなくなる。逆もまた然りで、周囲に気を配ればその分だけ目の前の敵の攻撃や隙を見逃してしまう確率が高まってしまう。私はまだそこのバランスをうまく取れず、その結果が昨日の大怪我や、ここ数週間で倍以上に増えた傷跡を生み出している。
まとめると、お姉ちゃんが右腕を失う前は4:6くらいだった私とお姉ちゃんの負担の比が、失った後は10:0になったのである。
ただしこれはあくまで肉体面の話。
現在の精神面での負担……というか、負荷? の比は、大体2:8くらいかな? 私が2で、お姉ちゃんが8。
どちらかと言うと、私を庇ったせいでお姉ちゃんが右腕を失っちゃったわけだから、私の方がお姉ちゃんに対して罪悪感とかを抱くような気もするし、実際あの日から数日くらいは結構落ち込んだ。けど、お姉ちゃんが私以上に落ち込んでるせいか、割とすぐ立ち直っちゃった。お姉ちゃんの代わりに私が頑張らないと、って感じ。
本当に、右腕を失ってからのお姉ちゃんの落ち込み具合が酷い。一人でいる時は病気とか関係なく常に今にも死にそうな顔をしているし、私とお話してる時とかはちょっと元気そうで、自然な笑顔も浮かべられていたのに、その後ちょっとお姉ちゃんの世話を焼くと、一瞬真顔になってから作った笑みへシフトするのだ。
今だって、お姉ちゃんは私にご飯を食べさせられながら、真顔にならないよう必死に表情筋を動かしてる。私の料理、美味しいって言ってくれてはいるけど、本当に味、してるのかな?
そして、私が怪我をして帰ってきた日には、絶望した表情で何かを言いかけて、何とかそれを抑え込んだ後、泣き出してしまいそうなのを我慢しながら私の容態を聞いてくる。
……よくないってことは、分かってる。お姉ちゃんは本気で私のことを想って苦しんでいるんだ。だから、そんな様子を見てこんな感情を抱くのは、間違っている。
こんな…………お姉ちゃんに、お姉ちゃん自身が苦しすぎて死んでしまいそうな程に想われて…………嬉しい、なんて。
でも、ダメなのだ。この感情を抑えられない。
お姉ちゃんにご飯を食べさせたり身体を洗ってあげたりする度に、お姉ちゃんが見せるあの作った表情。
怪我を負って帰った時にお姉ちゃんが見せるあの堪えるような表情を。
見る度に、なんだかこう、
お姉ちゃんが私を想ってくれていると実感する度、ゾクゾクが身体中を巡り、脳で
そして、それを感じる度に、もっと強いのが欲しくなっちゃう。
昨日のは、本当にすごかった。
油断して大怪我をしてしまって、理性が「治癒魔法を受けないと、反省しないと」と訴えていた。けど、本能は「お姉ちゃんが想ってくれる、気持ちよくなれる」と私を急かし、怪我と戦闘でハイになっていた私は、本能の方に屈してしまった。
しかも、どうせなら極上のゾクゾクを味わおうと、元気そうな足音を立ててみたり、お姉ちゃんが右腕を失ってから既に何度も遭遇していたにもかかわらず『大狼』が現れたと泣きついてみたりーーそうして、これまでで最上級のゾクゾクを、味わってしまった。
つい今朝方にお姉ちゃんからみっちりと説教されて、ようやく私は自身の犯した過ちに気付き、理性を取り戻したが、またいつ理性が蒸発しないとも限らない。そうしたら、次はもっとすごいのが欲しくなってしまう。
…………私は、お姉ちゃんと一緒にいるべきではないのかも知れない。こんな風にお姉ちゃん苦しめて、気持ちよくなっちゃってる私なんて、お姉ちゃんの害でしかないーー本当に?
そう、今私がいなくなったら、お姉ちゃんは生活できなくなってしまう。今のお姉ちゃんは、私なしでは生きられないーーそれなら。
このまま一緒にいるしかないよね。
「ふふふ」
「…………?」
仕方がない。そう、これは仕方がないことなんだ。
Tips : 治癒魔法
魔法全般に関して、それを発動できるかは才能に依るところが大きく、治癒魔法はその最たるものである。代謝の活性化による肉体の自己治癒能力の向上や、結界魔法を応用した一時的な止血程度であれば出来ない者の方が少ないが、本当に魔法のように傷を跡形もなく修復できる治癒魔法を扱える者はほんの一握りだ。
治癒魔法による治療を専門とする魔術師には、その能力に応じた特有のランク付けがされる。見習いの『スクラッチ』。治癒魔術師として給与を得られる最低ランクの『ボーン』。外傷だけでなく、細菌やウイルスによる病気も治癒できる『イルネス』。そして、彼らでも治療の難しい重篤な病や、臓器や四肢の欠損、或いは死後数時間程度なら死体すら治癒可能な、治癒魔術師の最高峰『シンドローム』。『イルネス』は街に一人いればいい方で、『シンドローム』ともなると一国に留め置くことすら出来ず、同盟国間の共有財産のように扱われている。
なお、ルリナの病は『イルネス』の治癒ですら完治に至らず、右腕と