病んだ少女に、代償として血を求めるタイプの魔剣を与えてはならない   作:ねりぃ

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ーー脳が破壊される。


姉が大好きな妹の前で、身売りを提案してはならない

「私、体を売って稼ごうと思うの」

「は?」

 

 

 夕食もお風呂も済ませて、後は寝るだけとなった私たちは、リビングでテーブルを囲んでいた。節約のため明かりは点けておらず、窓から入ってくる月明かりを頼りに、爆弾発言をしたお姉ちゃんの表情を見つめる。

 

 冗談で言っているにしては真剣な表情。

 最近のお姉ちゃんの表情バリエーションは、病んでる時の瞳からハイライトが消えた無表情や作り笑顔85%、本気で私を叱る時の涙を湛えた悲痛な表情10%に、私との何気ない会話で見せる心からの笑顔5%といった感じだけど、今の表情はそのどれにも当てはまらない。

 ハイライトはあるし、悲痛な感じもしない。覚悟はとうに決まっていて、後は私の同意や協力があれば今すぐにでも実行に移しちゃおうーーそんな風に感じる。

 

 勿論、そんなのーー

 

 

「ーー絶対ダメ」

「…………」

 

 

 ダメに決まってる。そりゃ、お姉ちゃんは綺麗だし、可愛いし、お金を払ってでも、その……し、したいっていう人、いっぱいいると思う。私だってーーって、何考えてるんだ私……。

 そうじゃなくてーー

 

 

「私、お姉ちゃんに傷付いて欲しくないよ。お姉ちゃんが好きでもない人にいいようにされてーー酷いこと、嫌なことされて稼いだお金なんていらない。お姉ちゃんにこれ以上、苦しんで欲しくないの」

「ーーっ、私だって、ハンター業でミルに傷付いて欲しくない! ……苦しんで欲しくないの…………」

 

 

 お姉ちゃんが、バン、と机を片腕で叩きながら立ち上がり、それからすぐにバツが悪そうに椅子に座り直す。今のお姉ちゃんは一瞬、「本気で私を叱る時の涙を湛えた悲痛な表情」をして、その後すぐに「病んでる時の瞳からハイライトが消えた無表情」へと変わった。

 

 お姉ちゃんは、私に傷付いて欲しくないと本気で想っている。そして、それを怒りとして私にぶつけたことに、罪悪感を抱いている。

 そんな、もはや慣れ親しんだと言ってもいいはずの「私への想い」典型コンボだけど、その甘美な味わいには未だに飽きが来ない。思わずゾクっとして、一瞬体が震えちゃった。

 お姉ちゃんに気付かれていないかな……。こんな気味の悪い性癖がバレてしまえば、本気でお姉ちゃんに愛想をつかれちゃうかも知れない。そうなってしまったら、私はどうなっちゃうんだろう。

 ーー一番最初に頭に浮かんできた言葉は、無理心中、だった。私、自分のことしか考えてない、最低な女だ……。

 

 

 切り替えよう。今はこんなことを考えている場合じゃない。

 問題の解決が最優先だ。落ち着いて、一旦状況を整理しよう。

 

 問題はお姉ちゃんが売春を企てていることで、私はそれを阻止したい。

 考えられる原因は、うちの経済難と、それに起因する私への肉体的負担にお姉ちゃんの精神が耐えられないこと。

 解決するには、これらの原因を踏まえてお姉ちゃんを説得する必要がある。

 

 

「……協会からもらった退職金も、もうすぐ尽きるわ。時間がない……けど、未だに私は一人で生活することもままならないし、ましてや仕事なんて見つかりっこない。もう、体を売るしかないの」

「…………」

 

 

 そんなことないよ、お姉ちゃんにピッタリの仕事が絶対見つかるよーーなんて、無責任に言うことはできない。実際、片腕がなくて腕力も体力も魔法もない今のお姉ちゃんにできることなんて…………書類仕事とか?

 でも、こんな田舎でそんな人手を求めているのは精々領主様くらいなものだ。領主様はいい人だし、雇ってもらえるのなら待遇はハンターなんかよりよっぽどいいだろう。けどその分競争率は高いだろうし、何よりお姉ちゃんも私も読むことは出来ても書くことが出来ない。採用される可能性は皆無だと思う。

 

 かと言って、私が頑張るから、お姉ちゃんは私の側にいてくれさえすれば良いんだよ、なんて口が裂けても言えない。今言ってしまったら多分、お姉ちゃんの方が吹っ切れて、今日みたいに私に相談してくれることもなくなって、勝手に売春を始めちゃう気がするのだ。

 そんなことになったら、私の脳が破壊されて死んでしまうか、それこそ無理心中かも。

 

 

 まとめると、前提条件に反論の余地はない。なら、突っつくべきは結論ーー体を売るしかない、のところかな。

 

 

「お姉ちゃん、そ(・)う(・)い(・)う(・)経験あるの?」

「う…………」

「娼婦だって、ただ体を開いてるだけじゃないでしょ? うまくご奉仕したり、お話ししたりする必要もあるよね。お姉ちゃんに出来る?」

「…………」

「それに、結構体力消費すると思うよ? 今のお姉ちゃんじゃ男の人を満足させる前に気絶しちゃいそうじゃない? もしそうなったら、お金を払われないだけならまだしも、逆に身ぐるみ剥がれたり、最悪普通に殺されちゃうかも知れないよ?」

「…………ぐぅ」

 

 

 あ、お姉ちゃんからぐうの音が出た。俯いて項垂れるお姉ちゃんは普通にかわいい。

 やっぱりお姉ちゃんは、私の側にいてさえくれれば何もしなくて良いの。どうせもう、何も出来ないんだから。なんて、勿論口には出さないけど。

 

 お姉ちゃんからの反論がないなら、こんな話はもう忘れてもっと楽しいお話ししたいな。あ、売春繋がりで普通に猥談でもいいよ! お姉ちゃんの恥ずかしい一面を知りたいなー。

 

 

「……分かった。体を売るのはやめる」

「うんうん。それが良いと思う…………体を売るの『は』?」

「私、結婚する」

「は?」

 

 

 再び真剣な表情のお姉ちゃん。私、恋バナはしたくないな……。

 

 

「結婚して……言い方は悪いけど、相手に養ってもらうの。勿論、その人の家のことは私がやる……やれるようにするし、相手が望むのなら夜伽もする」

「ーーーー」

 

 

 お姉ちゃん、溜まってるのかな? そんなにしたいなら、私が相手してあげるのにーーはっ!? 

 

 衝撃的すぎてつい現実逃避しちゃった。あーでももしお姉ちゃんに実は将来を誓い合った相手がいるかも知れないと思うと脳がががーーそうだ、直接お姉ちゃんに聞けば良いんだ。お姉ちゃんの返答次第ではそのお相手を魔剣で切り殺しに行く必要があるが、果たして。

 

 

「お姉ちゃん実は将来を誓い合った相手とかいたりする!?」

「いればよかったんだけどね……」

「いないよね!」

「いない……」

 

 

 ーーセーフ! ひとまずこの魔剣にヒトの血を吸わせる必要はなさそうだ。後は私の説得次第!

 

 相手がいないということはこれから探すんだろう。確かにお姉ちゃんは綺麗だし可愛いし、何より右腕と魔(マ)カ(カ)腺欠損で病弱の可哀想な女の子だ。世の男の中には、そんなお姉ちゃんに思わず庇護欲を湧き立てられ、助けてあげてあわよくば、なんて考える輩も多いかも知れない。結婚まで行かずとも、お姉ちゃんが上目遣いでお願いするだけで相手次第ではコロっと落ちてしまい、一時的に援助を受けられる可能性だってある。

 

 だが、かなりリスキーでもある。同情を買うためにはお姉ちゃんの弱みを見せる必要があり、もし下衆な野郎に媚びようものなら、断られたり足元見られるだけならまだしも、受け入れるフリをして二人きりになった瞬間強引に……そして飽きたら捨てられるか、そのまま殺されるなんてことも考えられる。うちに連れ込むなら私にだって危害が及ぶかも。まあ、相手がどうとか関係なくお姉ちゃんが男連れ込んできた時点で私の脳が破壊されるんだけど。そして私が男に危害を加える。

 

 

「かくかくしかじかで、ハイリスクすぎるからダメ」

「…………ぐぅ」

 

 

 本日二度目のぐうの音だった。私のことを死ぬほど心配してくれるお姉ちゃんが、私に危険が及ぶ可能性を前に引かない訳がないんだよね。

 そうだお姉ちゃん。そんなに結婚したいなら私と結婚しようよ。私なら無条件でお姉ちゃんを養ってあげるし、家事も夜伽も強要しないよ? 勿論お姉ちゃんがしたいって言うなら受け入れるし。どう? なんて、勿論口には出さないけど。

 

 お姉ちゃんからの反論がないなら、もう遅いしそろそろ寝よっか? 明日も早いし、それにぐっすり眠ればまた良い案が思いつくかも知れないよ? どうせうなされたり考え込んじゃったりしてまともに眠れないんだろうけど。

 

 

「……分かった。男に媚びるのもやめる」

「うんうん。ほんと、絶対やめてね」

 

 

 私の精神によろしくないからね。「お姉ちゃんが知らない男に媚を売る」とか、字面が嫌だ。

 

 

「私、家を出て奴隷になるわ。そうすればまとまったお金がーー」

「いい加減にして?」




Tips : ルリナお姉ちゃん大好き
 ーーもちろん、「あの日」以前のーー右腕を失う前のお姉ちゃんも好きだった。
 今のように、体が弱くて、病弱で非力で、何をするにも私たちの補助が必要だったお姉ちゃん。多分、悔しかったんだと思う。何で、みんなが平気な顔をしてできることが、自分にはできないんだろうって。
 だからお姉ちゃんは、唯一お姉ちゃんが人並みにできた"魔法"をたくさんたくさん勉強した。誰もが魔法を使うまでもなく簡単に出来てしまうことを、お姉ちゃんはわざわざ魔法でできるよう何度も何度も挑戦して…………そしてお姉ちゃんは、大抵のことを人並みにできるようになった。固く締められた瓶の蓋を開けられるようになったし、重い水桶を運ぶことができるようにもなった。病気だってある程度抑えられるようになったし、長い距離を歩いてもバテなくなった。
 そんなかっこいいお姉ちゃんが好きだ。スタートの時点で私たちの遥か後方にいたのにーー魔法だって、扱えるというだけで、作れる魔(マ)カ(カ)の量自体は一般人の平均以下だったのに、血の滲むような努力でその距離を捲り、私たちに追いついて見せたお姉ちゃんは、私にとってのヒーローだ。

 そんなお姉ちゃんに唯一不満があったとすれば、それは私をあまり頼ってくれなくなったこと。瓶の蓋を開けるとか重いものを運ぶとか、お姉ちゃんを看病するとかおぶるとか、どんなに些細なことでも、お姉ちゃんに頼られることは私の誇りであり、生き甲斐だったのだ。
 でも、こんなことを言ってもお姉ちゃんを困らせるだけだし、それに、こんな、まるでお姉ちゃんのこれまでの努力を否定するようなことは言いたくなかった。そんなことを言ったら、お姉ちゃんから愛想を尽かされちゃうと思ったから。
 
 だから、今の私は、これまでにないほど満たされている。だって、お姉ちゃんが普通のヒトと同じように生活できるようになることは、もうあり得ないから。お姉ちゃんは、もう私に頼らざるを得ないから。
 
 私は、今のお姉ちゃんが大好きだ。
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