病んだ少女に、代償として血を求めるタイプの魔剣を与えてはならない 作:ねりぃ
もう、限界だった。
腕を失い、得意だった魔法も、戦場を走り回ることのできた身体能力も、掃除洗濯炊事といった生活力すら失った。ここで生きていくのに必要なモノを全て失ってしまった。
あと数日で貯蓄は尽きて、ミルは稼ぎを増やすために無理をするだろう。ハンター業でより稼ごうとするのなら、より強く、より多くの敵を倒すために、より危険な戦いに身を置くことになる。或いは他の仕事を掛け持ちするなら、その疲労が戦場で足を引っ張り、普段の戦場が相対的に危険になる。どっちにしろ、ミルは近いうちに擦り切れてしまうだろう。
いっそのこと私が死んでしまった方がいいのではないかと考えない日はない。特に、ミルがギルドの召集を受けていない間と、ベッドに横になって眠りにつくまでの間は、常に頭の片隅に死が過っていた。
私が死ぬと、どうなるだろうか。ミルは私の世話をする必要がなくなり、私の食事や薬を用意する必要がなくなり、今以上にお金を稼ぐ必要はなくなるだろう。
生活に余裕が出来て、十分な睡眠と食事を摂ることが出来て、戦場へ万全の状態で臨むことが出来るはずだ。
コツコツと経験を積んでいずれはベテランハンターの仲間入りを果たすかも知れないし、パーティメンバーの一人と恋に落ちて円満退職するかも知れないし、視察に来た貴族様に見初められてギルドから引き抜かれるかも知れない。
いいこと尽くめだ。
だが、これはミルの心が、私を失っても立ち直れた場合の話だ。
今のミルは、私を心の拠り所にしている。両親が戦死し、頼りになる親戚や友人がいるわけでもない私たち姉妹は、唯一の肉親である互いが互いを心の拠り所としているのだ。
では改めて、私が死ぬとどうなるかを考えてみよう。いや、この場合はもし私とミルの立場が逆だったらーー何も出来なくなってしまったミルを私が支えるという構図で、ミルが自害してしまったら、の方がいいだろうか。
ーー悲しみに暮れるだろう。しばらくは生活や仕事に支障が出る程に、思い詰めてしまうかも知れない。私の行動や態度が無意識にミルを追い詰めていたのだろうか、なんて考えて、あの時ああしていれば、なんて考えて。
考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて…………考え過ぎて、疲れてしまって、遂には後を追う、なんて馬鹿なことまで考えてーー擦り切れてしまう。
やはり結果は変わらない。私が生きようが死のうが、ミルはすぐに死んでしまう。そして、ミルが死ねば必然的に私も死ぬ。肉体的にも精神的にもミルに依存している今の私では、耐えられない。
共倒れという未来が、すぐ側まで迫っている。
「…………どうせ二人とも死ぬのなら、ラクな方を選んでもいいよね」
仮にそれが、ミルを傷つける選択だとしても。
もう、限界だった。
*
真夜中。
音を立てないよう慎重にベッドから下りて、抜き足で部屋を出る。このボロ家の防音性能はないも同然なのだ、今ミルに起きて来られても困るので、なるべく静かに行動する必要がある。
窓や家の隙間から入る月明かりを頼りにリビングまで到着。目標はキッチンの引き出しに収納してある包丁だ。首吊りも考えたが、片手だけで紐を結ぶのが不可能だったため断念した。
包丁を取り出し、逆手で持つ。試しに軽く胸に突き立ててみると、自然と手が震えてしまう。これは死を前にした恐怖や、ミルを一人残してしまうことの罪悪感などではない。
歓喜だ。
ようやく解放される。ここからいなくなることが出来るという、喜び。今まで肩に乗っていた、ずっしりとした重みが軽くなっていくような錯覚まである。もはや、本能が生きることを拒絶していた。
そんな本能に任せて包丁を持つ手に力を込めようとする寸前、脳の片隅に残っていた理性が思い出したかのようにその行動を制する。理性曰く、この場で死んでしまったら片付けが面倒だろうし、何より食器や食材の衛生面で問題がある、風呂場にでも移動すべきだ、とのことだ。
確かにその通りだ。ただでさえミルを置いて一人で先に楽になろうと言うのに、加えて食事までダメにされてはそのまま生きる気力を失ってすぐに後を追ってしまうかも知れない。
包丁を持ったまま、キッチンを出る。風呂へと続く扉に手をかけて、やはり家の外で死んだ方がいいかと思い直して振り向くと、ふと、リビングの隅に立て掛けられた剣が目に入った。
災厄をもたらす呪いの魔剣。確か名前は……
「ロット・スレイヴ……」
思えば、おかしな話だ。
ヒトを選ぶ割には微エンチャント武器程度の性能で。
災厄をもたらすとか云われる割にミルの様子をみる限りは本当に代償もなさそうで。
これらの疑問は、長い年月を経て力を失っている、で簡単に片付けてしまえることではあるが。
もし仮に、魔剣の力を引き出すための条件がもう一つあるとすれば。
それが例えば、ヒトの血をたくさん吸わせる、だとすれば。
「…………」
さっきまでは死んでラクになることばかり考えていた筈なのに、いつの間にか視界に映るこの魔剣のことで頭がいっぱいになっていた。魔剣から目が離せなくなり、体が勝手に魔剣の方へ動き出す。
これが魔剣の、本来の力なのだろうか。
「…………まあ、いっか」
好奇心は祖父を殺したが、私はこれから死のうとしているのだ。その下手人が包丁から魔剣へと変わるだけ。むしろそれで魔剣が強くなるというなら、ミルにとってもいい筈だ。
この身でもって、検証しよう。
包丁をテーブルへ置き、代わりに魔剣を手に取る。戦いを職としていない人でも軽々と持ち上げられそうなショートソードも、今の私にとってはかなりの重荷だ。何とか持ち上がりはしたものの、まともに振ることなんて出来ないだろう。だが、自身を傷つけるのに、わざわざ剣を振る必要などないのだ。
家の外、玄関先の地面に魔剣をそっと置いてから、その場にぺたりと座り込む。
そして、魔剣を逆手に持ち、自身の太腿目掛けて一息に突き刺した。
「ーーっ……くあぁぁぁっ……はっ、ふぅ、ふぅーー」
まず最初に、肉を穿つ嫌な感触。
そのすぐ後に、全身を痺れるような激痛が走り、体が強張る。
痛みに慣れてきて、体の力を抜く。すると太腿がジクジクと痛みだし、勝手に涙が溢れてきた。
痛い、いたい、イタい。
痛くて痛くて、気を失いそうな程苦しいのに。
何故か、気持ちいい。
痺れるような激痛が、ジクジクと痛む太腿が、体から力が抜けていくような感覚が、気持ちいい。
なんでだろう? 私にそんな趣味がある訳でもないのに。
まさか、魔剣の力? 痛みを快楽に変換するとか?
いや、もう魔剣とかどうでもいい。
もっと、コレが欲しい。もっと、気持ちよくなりたい。
「ふぅっ、ふぅっ、フーっ…………く、あ、あぁっ」
ゆっくりと、魔剣を太腿から引き抜く。余りの痛みにーーそして快楽に意識が飛びそうになるも、何とか持ち堪えた。
傷からドクドクと血が溢れ、同時にそこから熱が出ていくのを感じる。その感覚は、つい先程の激痛による体の火照りを内側から冷ますようで心地よく、無心のままいつまでも浸っていたくなる。
だが、このままこうしていたらいつの間にか死んでしまうだろうと思い立った瞬間、体が再び強烈な
そんな情動に従って、今度は反対の太腿に魔剣を突き立てた。
「ーーーーーーーーーーーーーーーっ! ふっ、ふーっ、んっ、フー」
再び全身が痺れて、息が出来なくなる。
痛みと快楽の大波が過ぎ去ってから、思い出したかのように息をした。
口の端から涎が垂れてしまったのを右手で拭おうとして、それがもう存在しないことに気付く。
嫌なことを思い出しそうになって、衝動のまま太腿から魔剣を引き抜き、そのまま右腕のあった場所ーーその断面を肩に向けて突き刺してしまう。
「っ、がぁっーーーーああっ、フーっ。ーーーー、ひああああぁぁぁぁっ! ああっ!」
太腿を刺した時の感覚が抜け切らないまま、剣を引き抜く、新たな部位を突き刺すという二つの強烈な快感に連続で攻め立てられ、一瞬意識が飛んだ。
体が勝手にビクビクと痙攣して、それによって傷が抉られることによる快感で意識が鮮明になる。
ふと、私の脳が寒さを自覚した。夜風に吹かれるとかそういうレベルではない。体の内側から凍えている。かなりの血を失ってしまったようだ。
残された時間は少ない。
すぐさま右腕から剣を引き抜く。
「んあああぁぁぁぁっ! ふっ、ふっ、ふー、ふー」
ーーさて、メインディッシュだ。
魔剣の先を胸の中心へと向ける。
これで、終われる。
もう、ミルの負担や未来を案じて苦しむ必要は無くなる。
やっと、ぐっすり眠れるんだ。
「ーーーーーーーー」
おやすみ、なさい。