病んだ少女に、代償として血を求めるタイプの魔剣を与えてはならない 作:ねりぃ
「う、腕が…………な、なんで…………?」
自殺、したはずだった。魔剣で自身を刺して、刺して、刺して……心臓まで刺したはずなのに。
傷が、すべて、治っていた。刺し傷だけではない。右腕、そして多分、
周囲を見渡すが、人っ子一人いない。当然だ、こんな真夜中に出歩いている人なんて……いないとは限らないけど、まさか「シンドローム」なんているはずがない。となると…………。
血溜まりに沈む魔剣を、拾い上げる。左手で柄を握り、右手で刀身に触れる。
ーーこれ、なのだろうか。ーー災厄をもたらす呪いの魔剣、ロット・スレイヴ。これが、私を救ってくれたのだろうか。
ただの、微エンチャント武器だったはずだ。しかも、選ばれたのはミルで、私ではない。実際、さっき自分を刺した時は、回復なんてしなかったし、傷口が腐ったりもしていなかったはず。
何かがトリガーとなったのだろうか。例えば、大量の血を浴びて本来の力を取り戻した、とか? いや、でもミルのところまで回ってくる間にたくさんの魔物の血を浴びているはず。じゃあ、他に何か、この魔剣のエネルギー源となるものがある?
しばらく考えている間に、ふと一つの、バカバカしい考えが浮かぶ。
もし仮に、この魔剣に意思があるのなら。そして、どこかで私のことを知っていたのなら。この魔剣は、私を救うために来てくれたのではないか、なんて。
だが、こう考えると辻褄が合う部分もある。例えば、これまで誰が使っても力を発揮しなかったのは、ミルの手に渡るため。ミルが使っても少ししか力を発揮しなかったのは、本当に使って欲しい人が他にいたから。自殺しようとした時に魔剣を使おうと思ったのも、もしかしたら魔剣の力で誘導されていたとか?
……私が自傷する前に治してくれなったのは、やっぱり呪いの魔剣だから、とか?
やっぱりこの仮説は馬鹿げている。けど、もしそうだったらいいなと思って、ダメ元で聞いてみた。
「あなたが、私を、救ってくれたんですか……?」
カタカタっ
「ーーーーっ!?」
手の中で、魔剣が僅かに震える。風が吹いたわけでも、私の体が震えたわけでもない。今、明らかに魔剣がひとりでに震えた。
まさか、本当に? 魔剣には意志があって、私を救うためにわざわざやって来たというの?
何故だか、急に胸の内から何かが込み上げてくる。戸惑いが実感へと変わっていくにつれて、それは涙と共に溢れ出してくる。それは、純粋で暖かな喜びだった。
終わってしまったかに思えた人生を、再び取り戻せたことの、喜び。
失くしてしまった生きる術を、再び手に出来たことの、喜び。
それはかつての、非力で病弱で、何も出来なかった頃に、初めてミルと共に走れた時の喜びに似ていた。
だが、あの頃にはなかった、もう一つの感情が遅れてやってくる。
それは、この魔剣への、深い感謝だった。わざわざ私の元へ現れ、右腕を治してくれたことへの、深い深い感謝。
あぁ、どうすればこの大きすぎる恩を返せるだろうか。魔剣様は何を好むのだろう。何を思って、日々を暮らしているのだろう。
そうだ、魔剣様にはここに至るまでに御足労をお掛けしてしまった。僅かに刀身を震わせることはできても、長距離を移動するにはヒトの力が必要そうだ。
それならばーー私が、魔剣様の足となろう。魔剣様の望む場所へお連れするのだ。
いや、それだけじゃ足りない。魔剣様の側仕えとして、何から何までお世話をしよう。偉大なる魔剣様がーーご主人様が、不便することのないように。
「お救いいただき、ありがとうございました。私の一生を、捧げます。ご主人様ーー」
*
ーーーーとは言ったものの、剣のお世話とは、何をすればいいのだろうか。
やはり剣の手入れと言えば、研ぐことだろうか。だが、今や日常で使用される刃物はいずれも
ーーあぁ、本当に、
ーーっと、感慨にふけっている場合ではない。
「……ど、どうでしょう…………」
…………反応はない。お気に召さなかったのだろうか。というか、ご主人様は魔剣様なのだから、刀身の修繕など自前で可能な筈だ。そうでなく、私でないと出来ないことをしなければ…………。
「……そ、そうだ、お身体をお拭きします!」
ご主人様を抱えて家に入り、洗面台から水を入れた桶と薄い布を取って自室へ向かう。そして自室のベッドに座り、ご主人様を膝の上に乗せて、刀身の血を水で濡らした布で拭きとる。
「……ど、どうでしょう…………痒いところがあれば、言ってくださいね?」
……もしこれでカタカタされても、どこが痒いかなんて分からないけれど。でも、反応がないし、満足してるってことなのかな……?
……剣であるご主人様にとって、刀身をこうして拭いてもらうことは、ヒトで考えるとどんな状態なんだろう? 背中を流してもらう、みたいな……? ご主人様に性別があるかは分からないけど、もしかして私、結構すごいことしてたり……?
「ーーんんっ…………」
そんなことを考えながら念入りに刀身を拭いていると、手が滑って布越しに手を浅く切ってしまう。そのことに気がついて、少ししてから鋭い痛みがーーそれと同時に、ほのかな快感がやってくる。
そして、それをきっかけに、ご主人様に助けられる前ーー自身をグサグサと刺していた時のことを思い出す。
文字通り身体を貫き、脳を焼くようなあの快楽。思い出すと同時に身体が火照り出し、頭がぼうっとして、再びあの快楽を求め出す。
だが、今回は理性が働いた。だって、折角ご主人様に治してもらった身体を再び自分から傷つけるなんて、そんなのはご主人様の善意への冒涜だ。ましてやその目的が、自分が気持ち良くなることだなんて……。
「も、申し訳ありません、ご主人様。今すぐ、血を拭き取ってーー」
カタカタっ
「ーーーーっ!?」
ご主人様が、その刀身を僅かに震わせる。だが、その意図は……?
私の不手際に、怒りを抱かれている? 当然だ、折角綺麗になったのに、また汚されてはたまらない。
或いは、私の言葉に肯定の意を示した? さっさと拭きたまえ、みたいな? いやでも、ここまで私の行動の宣言にご主人様は何も反応を返していない。わざわざここで肯定のために反応を示すか?
それともまさか、否定? 拭き取らないで欲しいとか? でも、何故…………っ!?
そ、そう言えば、ご主人様は私を救う際、わざわざ私に身体を刺させてから、私の体を治療していた。これが、ご主人様なりの遊び心でないのなら……なにか、目的があっての行為なのだとしたら……?
そして、その目的とはーー私の、血?
「ご主人様、もしかして、私の血が欲しいのですか……?」
カタカタっ!
「ーーっ!」
やっぱり! あぁ、ご主人様は、私の血をお求めなのですね! よかった、私に出来ることがーー私じゃないと、出来ないことがあって……!
ご主人様の要望を叶えられることと、この疼きを満たせられることに嬉しくなり、思わずシーツを汚してしまうことも構わずに、ご主人様の刀身を両手で握って持ち上げ、勢いよく自身の治してもらったばかりの太ももに突き立てる。
「んんっ……ああああぁぁっーーーー!」
刀身を握りしめた両の手の平からの甘い刺激に酔いしれ、続いて刺した太ももから押し寄せる強烈な快楽に身体を震わせる。
ーーさっきの自傷では、両親から貰い受けた命を自ら捨てることや、ミルを独りにしてしまうという罪悪感があり、この未知の感覚を純粋に楽しむことはできなかった。だが今の自傷にそれらはなく、ご主人様に血を献上するという使命感と、自身を傷つけることで快楽を得ているという背徳感だけがある。
あぁ、ご主人様。こうして私が自傷を楽しめるのは、ご主人様が私を救ってくださったからなんです。この程度の傷では死ぬことなどあり得ないと、自分の力を信じられる状態にまで私を治してくれたお陰なんです。
だから、存分に私の血を飲んでください。
あぁ、そうだ。いっそのこと、私の身体を、ご主人様の鞘にーー
「ーーーーお姉ちゃん?」