病んだ少女に、代償として血を求めるタイプの魔剣を与えてはならない 作:ねりぃ
ぎしっ、ぎしっ、バタンっ
「…………んぅ?」
物音に目が覚める。カーテンを少し捲るも、外は真っ暗。目に
「…………………」
お姉ちゃんがトイレに起きて、戻って来ただけならそれでいい。だが、それ以外の可能性も捨てきれない。例えば…………そう、体調が悪化してお水を取りに行っていたとか。
お姉ちゃんはどれだけ苦しくても、この時間に私に助けを求めることはないだろう。だから、お姉ちゃんを助けるためにはお姉ちゃんの現状を知る必要がある。そのためなら、盗み聞きだって許されるはずだよね。
音を立てないようにベッドを降りて、お姉ちゃんの部屋側の壁のうち、比較的薄い部分に耳を当てる。昔、家に誰もいない間にこっそり削って薄くした壁だ。
「ーーーーーーゆいとこーーーーてくださーーーー」
何か話してる? それに、時折水がじょぼしょぼと落ちるような音も聞こえる。これまで何度も、寝る間も惜しんでお姉ちゃんの部屋の様子を盗聴してきた私だけど、お姉ちゃんが一人で何かを話しながら行動するというのは初めてだ。
「ーーーーりませーーーーすぐ、血をーーーー」
…………血? それにさっきからずっと敬語で話しているような……?
一体何を…………そう言えば、この前娼婦だの結婚だの言っていたけど、花嫁修行でもしてるのかな? 夜伽シミュレーション? ロストバージンのことまで考慮するなんて、すごく生々しいおままごとだね。私はそういう所も可愛いと思うよ、お姉ちゃん♡
ーーーーさて、現実逃避はここまでだ。
え、お姉ちゃん、男連れ込んでる? 今のところお姉ちゃん以外の声は聞こえないし、気配とかもないけど、絶対男連れ込んでるよね? しかも今、完全にロストバージンしなかった?
ま、まずい、脳が焼かれーー
「ーーーーああああぁぁっーーーー!」
お姉ちゃんの悲鳴と共に、何かがプツリと切れる音がした。衝動的に自室を飛び出し、お姉ちゃんの部屋の扉をノックもせずに開いて突入する。
「ーーーーお姉ちゃん?」
**
ーー突然ですが、ここからは番組を変更して魔剣視点でお送りします。
『いや何言ってるのさ!? 今ボクらのせいで目の前で修羅場が始まろうとしているのに、急にバグらないでよ!? レイも何かこの場を切り抜ける方法を考えてよ!』
マスター・ミルの登場で、恐ろしいほどの静寂が部屋を包む。
今ボクは、長きに渡る魔剣としての人生において、最大の危機に見舞われていた。
その原因は単純で、ボクがマスターの姉であるルリナに血を求め、傷つけたことにある。剣とは本来、持ち主たるマスターやその大事なヒト・物を守るために存在するべきであり、それを剣自らの意思で傷つけるなど言語道断。ボクは剣失格だ。
だが、ボクにも言い分はある。まずボクは、ルリナの腕と
次に血を求めたことだが、あれはもはや事故だ。ルリナがボクに血を求めているのかと尋ねた時、直前にルリナの不注意で甘美なルリナの血の味を少しだけ味わってしまったために、もっと欲しくなって反射的に肯定を示すよう命じてしまい、咄嗟に命令を取り下げたが間に合わなかった。
前者の功績と、後者の罪。これらを相殺してなかったことにしてもらうことはできないだろうか。頼むマスター、もう絶対こんなことはしないから、許してーー
『ーーそう伝えられればまだ何とかなったのかもだけど……』
ーー分霊顕現の機能は消費が激しく、
『た、足りない…………』
ならせめてルリナの傷を治さないとなんだけど、そのためにはルリナの太ももから刀身を抜く必要があって、けどルリナは未だにボクの刀身を固く握っていて、下手に動いてはルリナを余計に傷つけてしまう。
途方に暮れていると、ついにマスターが口を開き、静寂を破った。
「な、なんで、右腕が……?」
「へ?」
『え?』
ーー?
そ、そこなの? いやまあ、こちらとしては右腕に気づいてくれる方が助かるからいいんだけど……え? キミのお姉ちゃん、キミの魔剣を自分に突き刺してドロドロ血を流してるけど、いいの? 当のお姉ちゃんも困惑してるよ?
「あ、えっと、その、ごしゅーーじゃなくて、えっと、この魔剣が治してくれて……」
「魔剣が……?」
マスターがボクをまじまじと見つめる。その目には、困惑と驚愕と、更にその奥底に憎しみや怒りが籠っているような気がした。
その後、マスターは思い出したかのように捲し立てる。
「というかお姉ちゃん、血! 何で自分で自分を刺してるの! 取り敢えずコレ抜いてから治療しないとーーって、手も真っ赤じゃん! 刀身持っちゃダメでしょ!」
「はぅ」
マスターは、「ほら抜くよ、これ噛んで!」とその場で脱いだ自身のカボチャパンツを丸めてルリナの口の中へ突っ込む。……別にシーツとかでも良かったのでは?
「いち、にの、さんっ!」
「んんぅぅーーーーっ!」
「すぐに止血しないとーー」
『今っ! ヒール!』
ーー通常出力でヒールを発動します。
淡い光がルリナの太ももと両手を包み、傷が急速に修復されていく。
「これはーー」
「むぐむぐ、ぷはっ…………あぁ……」
マスターのパンツを口から取り出したルリナが、ボクが刺さっていた太ももを撫でながらボクへ熱い視線を送ってくる。流石に妹の前でボクをご主人様呼びするのは憚られるようだし、視線だけで感謝を伝えているつもりなのだろう。
「…………お姉ちゃん。今から家族会議ね」
「…………はい」
……どうやら修羅場はここからのようだ。
ーーこちらからは以上です。マスターへお返しします。
『……………?』
**
お姉ちゃんの右腕が治ってる……? しかもそれをやったのは、微エンチャント武器のはずの魔剣?
訳が、分からない。
お姉ちゃんが知らない男と体を重ねているのではないかという予想が外れたのはいい。
だが、お姉ちゃんの腕が治っているというのは、お姉ちゃんが寝取られるのに匹敵するほどの大問題だ。
だって、これではもうお姉ちゃんをお世話することも、お姉ちゃんに死ぬ程想ってもらうこともできなくなってしまうから。
全盛期のお姉ちゃんは、一人で何でもこなせてしまって。
ハンターとしてはまだCランクだったけど、経験を積んでいけばBランクにもなれるだけの素質があって。
けど不出来な私とパーティを組むために「前線」へ出ることはないから、ピンチになることも少なくなっていく。
ーー何とかしないと。
なるべく早いうちがいい。出来ればこの一ヶ月と少しのブランクで失った感覚を取り戻すまでに。遅くとも、お姉ちゃんの実力がピークに達する前に。
もう一度、お姉ちゃんの右腕を、奪う。
大狼の時は、偶然だった。偶然私がピンチになって、偶然お姉ちゃんも体勢が悪くて、偶然お姉ちゃんが右腕を差し出してしまったが故に起きた事故だ。
それを、今度は意図的に起こす。お姉ちゃんの都合の悪いタイミングでピンチを装って、もう一度あの奇跡を呼び寄せるんだ。
ーー或いは、いっそのこと私自身の手で……。
……そう言えば、お姉ちゃんは自傷をしていた。自責の念に囚われてのものだろうけど……いや、でもそれは右腕が治った後だっけ? そうだ、お姉ちゃんの右腕が治っていた衝撃で飛んでいたが、何故かお姉ちゃんは悩みの種が飛んでったのにもかかわらず自傷していたのだった。訳を聞かないとね。
それと、魔剣のことも気になる。仮にうまくお姉ちゃんの右腕を持って行けても、また再生されては堪らない。多分、魔剣はヒトを選ぶタイプで、血縁の私でもほんの少しだけ力を引き出せたけど、お姉ちゃんの手に渡って真の力を発揮しているって感じかな? 話を聞きつつ、何か理由を付けて魔剣を手放すように説得しないと……。
自傷の件があるし、精神的には私の方が優位。いつものように、お姉ちゃんを説き伏せてみせる!
さあ、楽しい楽しい家族会議の始まりだよ、お姉ちゃん!
「ねぇお姉ちゃん。何であんなことしたの?」