「お祭りなんて久しぶりですねえ」
上機嫌極まりない真恋に連行されてきた、俺の地元から2つ隣の駅。
正直土地勘も何もない、ほとんど来たことのない場所だ。
「よさこいの時期なんか、真恋はずっと拗ねてたからなあ」
「別に拗ねては…反省してますよ、もう…」
まあよさこいは人がヤバすぎるので、多分誘われてても行かなかったと思うんだけども。
こっちの祭りは花火こそあれど小規模で締めに少し上がるくらいというものだ。
我が県ではまともに花火が上がるお祭りは8月も下旬にかかる時期にはもう終わっちゃっている。
「もっと大きな花火大会も良いんですけど、人混み嫌いなんですよね」
「俺もだな。昔はよく行ってたけど、最近は親と妹が行くから唐揚げとか頼むくらいだなぁ」
「妹さんいらっしゃるんだ…」
あれ?言ってなかったっけ…?ていうか引っかかるのそこなんだ。
「しっかし、ここもこんな人多いんだなあ。知らんかった」
「思ったより居ますね。道幅も狭めなので、気をつけないとですね?」
そういうと真恋は俺のシャツの裾を掴んでいた手を離して、エスコートを求めるように差し出してくる。
「一日に二回もそういう差し出し方されるとはなあ」
「あら、お嫌ですか?」
「いいや?でも、受け取り方を知らない無作法者で悪いな、と」
「ふふ、そんなことどうでもいいでしょう?」
言われるがまま真恋の手を取り、軽く握る。
「そもそもエスコートだってあなたがやり始めたんでしょう?」
「路面降りた時のアレか…よく覚えてるな」
「全部覚えていますよ。あなたがどういう人か、見極めようと必死でしたから」
「俺は俺で何企んでるか分かんないから、怖くて必死だったよ」
「企んでるってなんですか、もう」
「実際ちょっと罠張ってやがったのによく言う」
大げさな口調で言い合う最初の約束のときの話。
メッセでも通話でも、もう何回も言い合った疑心まみれだったときの話。
(多分、これからも何回も話題に出すんだろう)
真恋から見放されなければ、俺が手放さない限り、きっと。
夕方のオレンジとテキ屋の明かりのオレンジが眩しく混じり合い、行く道を照らしている。
「あ、綿菓子ありますよ!綿菓子!」
「そんな荷物になりそうなの、先に買って大丈夫か?」
「大丈夫です、問題ありません。そういうの考えてたら楽しめませんよ?」
俺の手を引きずんずんと前へと進んでいく真恋は流石に目立つようで、
…あの人、杖持ってる…
…なんで普通の人のほうが後ろなんだろ…
…すごい可愛いけどこの辺の人なのかな…
…ちょっと道空けないと当たるよ〜…
いや、これ俺が遅いせいで余計に目立ってるな。
少し人の隙間が空いたところでぐっと前に行き真恋に並ぶ。
「お、やっとノッてきましたね」
「何にだよ。綿菓子の次は射的に行くのか?」
「そうですけど、えいっ」
真恋が急に立ち止まったかと思えば、俺の鼻を指で押してきた。
「周りを見過ぎです。喧騒なんて意味無いでしょうに」
……喧騒に紛れて聞こえた声は俺にだけ聞こえているものではもちろん無かったようだ。
「言わせておけば良いんですよ。ここにはお祭りくらいでしか来ないんですから」
この強さが、姫路真恋だな。
「……すまん」
「謝るくらいなら射的当ててくださ〜い」
そう言うと、てててっと射的の屋台に駆けていく。
「俺、これ下手なんだよなあ」
少し遅れてのれんをくぐり、真恋の杖を持つ。
「え、ゲームやってたらイけるんじゃないんですか、こういうの」
「いや全く違うだろう……」
「それでこれどうしたらいいんです……?」
コルク銃のセッティングが分からなくてフリーズしていたので入れてやる。
「よし、やりますよ!ふんす!」
「ふんす!て」
その後おおげさに気合を入れた真恋は、その身体にはかなり大きく見えるコルク銃を構える。
「さてお嬢、狙いは?」
「落とせそうなやつで」
「ざっくりしすぎだろ」
駄菓子に向けて放たれた真恋の弾は、吸い込まれるように箱と箱の隙間に飛んでいく。
「駄目だ!ズレてます!」
「まだ弾はあるから修整しよう。銃の威力はありそうだから落ち着け」
そうはいったものの、2発目、3発目と順調に外していく。
「あっちのチョコのほうが落としやすそうじゃないですか?」
「また狙いつけ直しになるぞ」
「大人しくそのまま狙いますか…」
「ああ、もうちょいこう、そう。そっち」
さっきまでの角度を見つつ銃口を調整していく。
「ちょっと上過ぎません?」
「さっきそのくらいは落ちてたから大丈夫だろ」
「信じますよっと」
放たれた4発目は、きれいな線を描きヨーグルト味の駄菓子の箱に当たる。
「当たった!」
「落ちろよぉ!」
ゆっくり揺れた駄菓子はストンと地面に落下してテキ屋のおやっさんに拾われて、こちらの手元へとやってくる。
「ふわぁ!やりましたよ、へへ」
「おめでとさん。俺もやってみるか」
「ふふ、教えてあげますよ〜」
「調子乗ってんなよ」
真恋に杖を返して、おやっさんにお金を渡し銃を構える。
狙いは最上段にある人形、その中でも落としやすそうなひよこの置物だ。
「あ、なぁんか上狙うの、様になってますねー。ずるい」
「何がずるいんだよ」
「私は上狙うと銃口がすごい上向いちゃいそうなので、なんか恥ずかしかったんですよね」
ずらっと景品が並んだ台の上の方は割と高い位置にある。
俺くらいの身長なら無理なく狙えるけど、真恋だと確かに高いかもしれない。
そのまま不似合いな大きめコルク銃を構え、必死に上を狙う真恋を想像すると笑いが堪えられなかった。
「…可愛いんじゃないか?」
「かっ、あっそれ、妹さんみたいな意味で言ってませんか!?」
一人でヒートアップしている端正な顔立ちの女性を無視して、角度を見定める。
さっき真恋が撃っていた分で銃のクセは分かってるから、少し上目に狙いをつけて放つ。
「外してるじゃないですか」
あれえ?おかしいなぁ。
気を取り直してもう一発。
「また外してるじゃないですか!」
「いや、横で見てるときと感覚が違うからさ…」
「だいぶ上すぎるのと、撃つ時に力入れすぎだと思いますよ」
むう、すごく冷静な意見。
「意識してみる」
「素直でよろしい」
そのあと修正しつつ一発外して、もう一発放つ。
「落ち着いてー、ヨシ」
「あ、当たった!」
弾は当たったけれど思ったよりも置物が重く、揺れてズレただけで止まってしまった。
「もう一発か」
「位置と角度、ちゃんと見てますからね〜」
真恋が数ミリ単位で角度を直してくれるのに従って銃を構える。
「ラスト一発です、やっちゃえ」
「……おう」
深く息を吸った瞬間、少し錆びて硬い引き金を引く。
タァン…
「おっし!ひよこゲット!」
「やったー!アッハハ!」
おやっさんから受け取って、屋台から少し離れて成果を見せ合う。
ひよこの置物と、ヨーグルト味のタブレット型の駄菓子。
価値で言えば全く無いもの。
だけど、それがよかった。
「はい、一個あげます」
「おう、すまん。こっちもほれ、ひよこいるか?」
「えっ、んー、それはあなたが飾っててくれませんか?」
「ん、そうか。じゃあそうしようかな」
「あ、飾ったら写真送ってください」
「なんで!?」
「信用無いから?」
「ひでえなあ」
また部屋がゴチャつくな〜っと考えていると、真恋が次の獲物を見つけたらしい。
「ボール掬いありますよ!取りましょう、ボール!」
「金魚と違って責任ないからいいよな、ボールは」
そんなこんなで回っていると、花火の時間になったらしく、人の流れが激しくなってきている。
「うわあ、結構人いますねえ」
「真恋、離すなよ」
「ええ。コケたくないですし」
いつの間にかエスコートで手を握るのと違って、がっしりと俺の腕を掴まれていたのだけれど、はぐれたり転ばれるよりはよほどマシだ。
「花火はあっちか。どうする?行ってみるか」
「いやー近くても逆に見づらいかもですし、あっちの神社の方行きましょう」
そういって指差したのは、花火の方とは逆の神社の方向。
今回の祭りの一応の主役のはずだけど、今はその座を空の花に譲っていた。
「座れるとこあるかな?」
「さあ?でも人ごみは少しマシそうですね」
「そうだな、そっち行こうか」
神社の方は、俺たちとおなじように人混みから逃げてきた人がそこそこいて、ちょっとした石段などで休んでる状態だった。
「一応座れそうですね」
「花火見るために立ってる人多いからな」
ギリギリ花火が見えるくらいの場所を確保して、空を見上げる。
仕掛け花火などは少ないシンプルな光と音が俺たちを照らしてくれた。
「綺麗ですねえ」
「そうだなあ。ちゃんと見るのいつぶりかな」
ジッと空を見上げて緑や赤に照らされる横顔を見ていると、来てよかったと思えた。
「ラブコメなんかだと、告白のメッカみたいなタイミングですね?」
「ブッフェ!」
「なんでそんな食べ放題の亜種みたいな咳込みするんですか」
「そりゃビュッフェだろ…ていうか突然変な事言われたらこうもなるだろ」
「変、ですか。じゃあ一個告白しますね」
その言葉にグンっと頭を殴られたような感覚になり、ツバを飲み込み、声が出なくなる。
真恋は向き直り、神妙な顔つきをしている。
何か大きな決意をしたような、そんな表情。
「私ね…」
な、なんだ、何を言おうとしている?まさか?
「高校出たら、一人暮らししようと思ってるんです」
…………?
「……はへえ?」
飛び出してきた言葉は想像とはかなり違っていて、安堵となにかの感情で気が抜けた声が出てしまった。
「気の抜けた顔と声しすぎでしょう…結構頑張って言ってるんですが」
「いや?したら良いんじゃないか?俺よりよほど家事もできるだろう」
ん、いやでもそうか。
「そうやって言ってくれるのは、あなたくらいのものですよ」
みんな、真恋の脚に目がいってしまうのだろう。
「そう、だな。さすがにその脚だと、大学にしろ職場にしろ、近い家じゃないと厳しい時もあるか」
「へ?いやまあそうですけども」
「あ、あとセキュリティとか防災も、ちゃんとしときたいよな」
「そうだけどそうじゃなくって…いやもうそうなのかな?そうだった気がしてきました」
……?なぜか肩を落として、緊張の見えていた顔も緩くなっている。
「……大事だぞ?セキュリティ」
「知ってますよ…女の一人暮らしになるわけですしね…」
そう言ったあと、真恋は他の人が何故反対するかを俺に語ってくれた。