俺のだめな部分の一端を、真恋に打ち明けた次の日。
大雨で轟々としている以外は、驚くほどに平坦な一日が過ぎていく。
「ひどい雨ですねえ…私、雨苦手なんですよ」
昼休みになり皆思い思いに昼飯を取るなか、真恋は常田さんと一緒に3組で弁当を広げていた。
「なんでいるんだ…?」
「いえ?ラブちゃんとご飯食べてるだけですよ」
それはそうなんだけど、普段は学食に行く二人が何故か事前にパンを買ってきてそれで済ましている。
「おい、勇気」
「ぎっくぅ」
今どき、口で「ぎっくぅ」何ていうのはレトロが過ぎる。
「なんで口裏合わせてまで、こっちで食べてるんだよ」
「ごめんねぇ、サイくんが嫌がるのは分かってたんだけどぉ」
「パンくらいなら、いつでも買ってあげますよ」
「ううぅ〜学食のパン美味しいぃ」
「というわけだ。すまん、才人」
「直球で買収じゃねえか!!」
あまりにも直接的手段で来たな!?
「まあまあ。ここは折れとくのがいいオトコだよ、進藤クン」
常田さんに宥められ、仕方ないとあきらめて自分の弁当を開く。
今日はあんまり時間がなかったので、品数はひかえめ、入れるだけでいい冷食と卵焼きが主体だ。
「今日もお弁当が茶色いですね」
「楽だからな。それにほれ、黄色が一番面積広い」
卵焼きのおかげで黄色が強いのはいいところだ。
卵は完全栄養食だからな。
「それじゃ心配になりますので、こちらを差し上げますよ」
そういって手渡された、小さなタッパー。
中身を見てみると、
「これは、おひたしか」
「ええ、昨日の残りですけど。良かったらどうぞ」
見た目にも昨日の残りとは思えないくらいにしっかりとしたおひたしがそこにある。
いやまあ、おひたしだからしっかりと言ってもしんなりしているんだけども。
「……美味い。出汁が効いている」
「ええ〜いいなあ、まれちゃんのおひたしぃ」
「ふふ、ラブちゃんはこちらを一切れどうぞ。これも私の手作りですよ」
そういって真恋は焦げ目の一切無い、綺麗な黄色をしただし巻き卵をラブの口に放り込む。
「んわぁ!美味しい!甘くないけど美味しい!」
「甘いだし巻きは苦手なんですよ、ね」
含みを持たせた言い方で、こちらに目線を送ってくる。
それをフイとかわしたら、予想通りという顔をして真恋は自分の弁当へ帰っていった。
それにしても…綺麗な焼き方でしっかり火を通しつつも、真ん中らへんは少し柔らかめに仕上がってるのが見た目でわかる。
さすが、すっげえ美味そうなだし巻き焼くんだなあ。
「才人くんも昨日はだし巻きじゃなかったです?」
よく見てるな…そういや昼飯時に来たときに見られてたか。
「朝に時間があったら練習がてら巻いてる。今日みたいにちょっと遅めに起きちまったらオムレツ風だな」
「ふむ、理には適ってますね」
「へえー、進藤クン料理とかするんだ。めっちゃ意外」
そうだろうな。見た目と行動は大体地味陰キャのそれなので。
「料理ってコスパ悪い趣味だから、親の金でやれるうちにやっとこうと思ってな。たまに夕食とかも作ったり、手伝ったりしてる」
「才人が作る料理美味いんだよなー、味付け濃くて。またアレ作ってくれよ、ガオガイガイみたいなやつ」
「カオマンガイな。めんどいからやだ」
何だその勇気で補いそうな料理は。
カオマンガイ自体は、中学時代にテレビで見かけてなんとなく作ってみたらバカほどめんどくさかった。
昼飯にと作り始めたのに昼下がりになってしまった程なので、本当にもう作りたくない。
ついでに普通に味付けもミスったからアレはカオマンガイではない。変則的鶏炊き込みだ。
「めっちゃ本格的なの作るじゃん…」
私より女子力高い系だったりする…?と常田さんが慄いてるが実際はそんなこともない。
「動画サイトとレシピサイトで見た作り方を、トレースするだけだよ」
「それが結構難しいんだよねぇ」
「急に知らない食材とか出てきたら、うちにあるので代用出来ないかな〜ってやっちゃうよね」
「何となくのアレンジは大体失敗しますよね」
食事を終えた真恋が弁当箱を片付け始めたので、タッパーを返す。
「ん。美味かった。ごちそうさま」
「はい。ちゃんと食べてますね。お粗末さまです」
「まれちゃん、おかあさんみたいになってるねぇ」
ラブがキョトンとした顔で当たり前のことを言うように爆弾を落としてくる。
なんてこと言うとるんじゃ、ラブ。
「たしかに。才人くんは目を離したら良くない生活態度になりそうではありますよね」
「自覚はあるよ」
誰の目にも触れないなら、一日に一食しか摂らない自信はあるし外に全く出ない自信もある。
料理は一応趣味だけど、経緯がちょっと変なんだよな。
親に「ゲームもいいけど他に趣味増やしてみないか」と言われたことがある。
そのとき、適度に金のかかる趣味で一番最初に思いついたからやっているだけだ。
「才人は部屋も油断したら散らかるからな」
ぐっ、痛いところを突く。
元々あんまり掃除は得意ではないけれど、最近特にやる気なくてやってないんだよな。
物の場所わかってるからいいかなと。
「いけないよぉ〜、掃除はしなきゃぁ。虫が湧いちゃうよ」
「生ゴミは流石に溜めてないからな」
「ああ、これで生ゴミ溜めてたら進藤クンのこと、汚部屋マンって呼ぶところだった」
常田さんが既に微妙に軽蔑を挟んだ目で俺を見ながら新しいあだ名を考案してくる。
別に構わんけど、地味に酷いな。
「掃除しに行きましょうか?」
「いやいいよ…掃除するよ…」
「あ、折れた」
常田さん、割と俺に当たり強くない?
言い返そうとした瞬間、窓の外から白い光が教室内を照らした。
どうぅうん…
という音の後、教室内は雷の音に驚いた悲鳴が湧き始める。
「うわあああぁ、きぃいくん、雷がああ」
「落ち着けラブ。大丈夫だよ、俺がいるから」
友人カップルはこれぞ雷の時のカップルというムーブを見せつけてるのだけれど、
「才人くん!見ましたか!今真っ白になりましたね!!」
真恋は、何故か興奮している。
「真恋、雷平気なんだな」
「はい。気象ですからね、怖がっても仕方ないです。家の電化製品のコンセントは抜きに帰りたいですけど」
そうなのか。強いな。
ていうか俺もPCの電源は抜きたいな。親に買ってもらった結構いいPCなのに壊れたら困る。
「私より、そっちの人のほうがそういう反応ですよ」
そういって指さす先には、常田さんが真恋よりも小さく身体を丸めている姿だった。
「常田さ」
どおおおぅぅぅん…
声をかけようとした矢先にもう一発大物が降った。
てか近いな。外見てたら稲妻が見えたかも。
「ヒュッ…ハッ…」
あ、これガチのやつだ。
「さすがにキツそうですね。大丈夫?亜季ちゃん」
真恋は隣で真恋以上…いや以下?に小さくうずくまる常田さんの背ををさすりながら、カバンを探り始める。
「常田さん無理しないでな、イヤホンでも付けといたほうがいいよ」
「ええ、亜季ちゃん。これ使って」
そう言うと真恋はカバンから取り出した自分のワイヤレスイヤホンを、常田さんの耳に突っ込む。
「さあ何聞きますか?」
「ミセス青りんご…」
青春定番ソングを聴いて、落ち着いていく常田さんの背を真恋はさすり続ける。
「手慣れてるな」
「長い仲なので。あなたも怖かったら言ってくださいね」
「大丈夫だよ、雷の非日常感は嫌いじゃない」
「そうですか、ちょっとおしいですねぇ。怖がったほうがよかったですか?」
「面白がることしか出来んかもよ」
「それはそれで、アリかもしれません」
……?最近の真恋は、たまに行間の読めない発言をしてくる。
まあ、楽しそうだからいいか。
「でもちょっと雨だと、この足が煩わしくなるんですよね」
「ああ、滑るからか」
「それもありますけど」
それ以外ってなんだ。
「雨の中で踊れないじゃないですか。雨の中踊る自由ってやつをやってみたいです」
「そんないいもんじゃないと思うけどなあ、アレ」
そこで、昼休みが後5分なことを告げる予鈴が鳴る。
「ああ、もうこんな時間ですか。そろそろお暇しないとですね」
言いながら真恋が立ち上がり移動しようとした時、すぐ近くの床が誰かの上履きからの雨水で濡れてるのが見えた。
「それじゃ、きゃぁっ」
ダスッ
「危ないな、ちゃんと下を見た方がいい。濡れてるぞ」
「あぐ、すいません…」
間一髪というか、先に気づけたのでなんとか真恋をコケ始めで受け止めることができた。
(夏のはじめくらいは、こうやって助けるイメトレしてたなあ)
真恋の歩きが思ったより早かったし、しっかりしてたからやめたイメトレだが、役にたつこともあるもんだ。
「足、捻ってないか」
「はい、だいじょうぶです。ほぼコケる前に支えてくれたからですね」
「いや、水が落ちてたのは見えてたから先に言えばよかったな」
防げた事故だ。
普通に言ってやればよかった。
何故か俺に顔を突っ込んだままになっていた真恋がやっと身体を起こして、今度は下を確かめながら立ち直す。
「才人くんは才能ありますよ」
「なんのだよ」
この話の流れで、なんの才能が生えるんだ。
「私の杖の才能?」
「それは誇れるものなのか?」
「分かりませんけれど、使い心地は最高ですよ」
ものに対してのレビューだな、それは。
「お二人さん、そうやって支え合うのは良いけど、また変な噂出るぜ?」
そう言われて手を見れば、しっかりと真恋に握られている。
「転びそうになった私を助けてくれただけ、なんですけどねえ」
「真恋、あんたすごいね…」
雷の音からなんとか復帰した常田さんに連れられて、帰っていく真恋を見送る。
外の大雨よりも嵐みたいな時間だったな…
「才人はやっぱ天才だよなぁ。人たらしの」
「そうだねぇ」
もうすぐ次の授業が始まる喧騒のなかでの二人の言葉は、二人の中でだけ響いた。