「ありゃあとした〜」
暇な田舎のコンビニでおにぎりを棚に詰めていると、バイトの先輩に声をかけられる。
「進藤君、なんか良いことあった?」
「え?…そこまでは」
「そう?いつもよりなんというか覇気があるっていうのかな?そんな感じがしたからね」
いいことだよね〜と俺の3倍速で商品を入れていく先輩を見ながら、平静を装う。
チャララ〜ン
「「いらっしゃいませ〜」」
挨拶と同時に客の姿を確認する。
若い、タバコではないな。
手に書類もない、収納代行でもないな、急いでレジに行く必要もないか。
顔、つい最近よく見た整った顔。
背中にゾッとした感覚が走る。ぎこちなく、見て見ぬふりでおにぎりを詰める。
「おーホントに働いてるんですね…」
「………ラブに聞いたのか」
「うん、Keegleマップ付きで教えてくれましたよ」
(しばくしかないか、ラブ。)
というか市内住みのはずならここは3駅は離れてるんだが?
「何?友達かい?」
「進藤くんの大親友で、姫路真恋って言います〜」
わざとらしくクネクネと縒れながら答える姫路さんに、平静を保てなくなる。
「3回くらいしか会ってねえよなぁ!」
「あんなに濃い逢瀬をしたのにそんな言い草だなんて、よよよ…」
「令和によよよって使うやつ初めて見たわ」
くだらない話に心地よさを感じつつも、仕事をしなければいけない。
目を泳がせていると、先輩が察してくれた。
「ははは、面白い人だね。お客さん少ないし品出しももう終わるから、少し喋ってていいよ〜」
違う、そうじゃなくって…助かるけど助からなくてぇ…
観念して姫路さんに向き直ると、予想通りの満面の笑顔が待っていた。
「先輩さん、良い人ですねぇ」
「……俺なんかにも良くしてくれる、いい人だよ」
素直に言うと、姫路さんの興味は先輩から別に移ったようで俺の制服姿をじっと見てくる。
「ふぅん、……制服似合ってますね」
「喜んで良いのか分からんなぁ、何を買いに来たんだ」
(頼むからさっさと買って帰ってくれ)という本音を一切隠す気はない。
「シャー芯とノートと、あとスイーツどれが新しいやつです?」
「この辺だな、生クリーム祭りのやつだ」
今、スイーツコーナーにはよく知らない牛乳専門店とのコラボ商品がならんでいる。溢れんばかりの生クリームに姫路さんも圧倒されたようだ。俺も帰りに買って帰るか。
「うわー全部劇薬ですよ……何にしようかな」
「これっ!」とタルトを手に取りレジに向かう姫路さんを俺も後を小走りで追い、レジを打っていく。
「店員さん、スマイルくださいな」
突然の使い古された無茶ぶりにピッピッと小気味良く打っていた腕が止まってしまう。
「すいません、サービス提供終了コンテンツでございます」
顔も上げずにすげなく返すも、姫路さんの満面の笑みはむしろ強さを増していて。
「んふふ〜じゃあまた後でメッセ送りますね」
「ああ……って何しに来たんだこんなとこに」
「君を見に来たのもそうだけど、ちょっと親戚の家に用があってですね。名残惜しいんだけど長居出来ないんですよ」
理由を言いながらも、バーコードで!と会計を済ましてくれる。
「それは良かった、こちらレシートです。ありがとうございました〜」
「ああっ!強制終了…」
姫路さんはこちらに満面の笑みを向けたまま、ほとんど後ろ向きに店の出口へと歩いていく。
急に静かになった店内で、自分の鼓動だけがやけに大きく聞こえる。
「あ、もう帰っちゃった?ちゃんと挨拶したかったんだけど」
先輩が品出しを終えて、ひょこっと顔を出してきた。
「ッスね…」
たぶんまた来そうだな……
「でも器用な人だね、帰り際だけちょっと見れたけど、杖付きながらあんな後ろ向きに歩けるんだ」
そう言われたら、そうだ。
装具と杖で歩く姫路さんの姿に、いつの間にか慣れすぎていた。
「進藤君も、彼女のこと好きなんだねえ」
「んっふ!」
考えことをしながらレジを触ってると、とんでもない爆弾を落とされた。
「マジで3回しか会ってない、ほぼ初対面みたいな相手ですよ、……まあ、ウマが合うのは認めますけど」
「そうなの?君、友達っぽいあの背の高い子とか来ても、眉少し動かしたり二、三言話すくらいだから珍しく見えたよ」
「それは……あっちは昔からでこっちは最近知り合ったので」
自己矛盾を起こしている俺に、先輩は笑みを向けて。
「青春っていいよなぁ、俺も就活頑張んないと」
よく分からないが先輩に何かの栄養素を摂取されたような気がした。
チャララ〜ン
「いらっしゃ、お前らか」
さらに良く見た顔が立て続けにやってくる。
厄日か?
青とピンクのメッシュが入った髪の地雷系女とオレンジ髪の身長180を余裕で超えるイケメン男。
明らかに近寄りたくない雰囲気のカップルだ。
「店員さんが冷たいなあラブ!」
「お客さんだよぉ!私たち!」
「へいへい、んで何をお求めで」
「店員さんのスマイルを……」
「今日は先に買ってったやつがいてな。売り切れだ」
先ほどサービス終了したものだが、結果的には持っていかれてしまった。
「物好きな人もいるんだねぇ」
「ラブ、お前は後でしばくから」
「うへっ!?なんでぇ!?もしかしてなんかバレたぁ?」
「ラブ、何をしたんだ!才人の卒業アルバムを横流しでもしたか!」
「うるさいぞバカども」
「ップルが抜けてますよ旦那」
ひとしきりじゃれたところで、何でシバかれるのか察しているラブが嬉しそうに言う。
「ふふ、すごく仲良くなれてるようで良かったぁ。姫路ちゃん、いい人でしょぉ?」
「………………まぁ。」
「ああ、姫さん絡みなのか、ラブが良いことしたって言ってたの。最近こっちを探ってたみたいだからその辺りかな」
「お前はこえーよ、どういう立場なんだ」
勇気は不敵な笑みで、シャー芯と男の夜のマナーを手に取りレジに来る。
「友達のこういうの、なんか嫌だな……」
「よしんば、それが親友なら……?」
「更に嫌だな……」
馬鹿な事を言いながらも、手早くレジを済ませて次の客に取り掛かる。
ラブはコンビニスイーツとノート。
またタルトなのは、流行りでもあるのだろうか。
「課題多いから、糖分とノートだよぉ」
「お前は真面目なやつだな」
「ノートはじつは天体観測用だけどね。夏はいろいろ見えていいよねぇ」
「ラブはまだ課題に手もつけてないからな、明後日一応登校日なんだが」
「えっ?そうだったか」
「7月31日、登校日だよ?忘れてた?」
「完全に。たしか、健康かどうかくらいの確認だったか」
思い返せば、スマホのカレンダーにそんなことを入れた覚えがある。
「あと、一応の課題進捗も聞かれるんだったかな」
「あんまり進み遅いと、自習室開いてるアピール延々されるって聞いたぁ……」
「今年の俺はもう3割以上くらいやってるから、問題ないかな」
「えっ、裏切られたぁ…」
「中学のときと比べて真面目じゃないか、どうしたんだ?」
「バイト入れたいし、やりたいこともあるからな」
最近金が入り用でね、と手をヒラヒラさせると、
「やりたいこと、ねぇ。サイくんのそういうの久しぶりに見た、嬉しいねぇ」
ラブは、何処か慈愛に満ちたものを含んで色の違う両目を揺らしている。
「我が親友さまは最近ずっとダメダメだったのに、いい影響を受けたみたいで」
「何様視点だよ」
「ふふ、じゃあ俺達は帰るよ」
勇気とラブが商品をしまい手を振る。
「ん、ああ……またな」
「デレてるよぉ!サイくんがデレてるよぉきぃくん!」
「コンビニじゃなければ録画回してたなラブ!」
「帰れや!」
「ふー、なんかいつもより疲れた……」
いつも通りの半日程度の労働、なのに気持ち多めの疲労感が襲う。
こんなに早く情報が漏れるとは。
そしてまさかこんなに早く来るとは……
メッセには通知が数件。
《ラブを許してくれな。あいつは、お前を理解してくれそうな人が見つかって、舞い上がってるみたいだから》
《分かってるよ。彼氏を火炙りで許すことにする》
《…………やっぱラブ、しばいていいよ?》
こいつらにはこの返答で良いだろう、問題はその次だった。
《明日遊べなくなっちゃいました!友達の1人が全く課題してなかったらしくって》
《それは、最近出来た友人ですか》
《え……いえす?》
《それは間延びした喋り方をしますか》
《可愛いですよね、イエスだよぉ》
《それは、髪に青とピンクのメッシュがありますか》
《オシャレで似合っててかわいいですよね、イエス!》
《それは、自習室に放り込んで帰るのが正解です。いかがでしたか?》
《最悪なアキネー○ーだ!》
《付き合ってたらキリがないから、適当なとこで放り込むといいぞ》
《うーん、でも課題付き合ってあげたいから、すみませんね》
《いや、俺はどちらでもいいんだが》
《あ、じゃあこうしましょう!今から寝るまで通話!》
目を疑う文章を読み終わる暇も無く、メッセからメロディが流れ始める。
「はい、進藤です」
「固すぎませんか!」
いきなりケラケラと笑い始める。
「こちらの電話番号は、現在使用されておりません」
「名乗ってから言わないでください!」
姫路さんとの初めての通話がこれでいいのかと思いつつも、抱いていた疑問をぶつけていく。
「というか、明日遊ぶ約束なんかしてたか?」
「んーん?多分暇だろうから誘うつもりでした」
「それは姫路さんがだよな?」
「両方?」
「バイトとかあるかもだろ……無いんだけどさ」
「暇で合ってるじゃないですか!」
多分誘われたら普通に受けてしまっていたな、と考えて自分の単純さに苦笑する。
「てかよく今日来たな、今週の出勤今日だけなんだけど」
「親戚の家にたまたま家族で来てただけですから、純粋な偶然ですね」
「姫路さん来ただけならまあ幸運で良いんだけど、直後にバカップル…勇気とラブまで来たから、仕込み感すごかったわ」
「ラブちゃんも来たんですね。明日は亜季ちゃん、弓子ちゃんとラブちゃん徹底指導スペシャルです」
「厳しくしてやってくれ」
あのアホ相手ならばいくらでもしてくれていいぞと言うと、弾けた笑いが聞こえてくる。
「そういう進藤くんは進捗悪くないんでしたっけ」
モールで遊んでいる最中に、お互いの進捗は大体把握している。
「このままなら何も問題ないかな」
「テストも悪くないみたいだし実は優等生なんですね。感心感心」
「嫌味か?悪くないっつっても、60点くらいを量産してるだけだし、お前は学年最上位だろう」
「やることなくて勉強してるだけだから、威張るようなものでもないですよ」
「勇気もあれで、全教科学年トップクラスだし、ラブは理数強いんだよな」
周りは皆、優秀なんだよな。
「…………登校日のあとアーケード街いきませんか?」
「勉強会か?それなら行かないが」
「違いますよ、あのゲーセンにまた行きましょう」
慈しむような言い方に、目を見開いてしまう。
「……そういうことなら。」
少し間をおいて、答えた。
その後も少し話して、通話を切った。
「あのゲーセンで、か。」
一週間前に、出会った場所。
「まだたった一週間か、先が思いやられるな」
明日のアラームを外して、画面を見つめる。
モノに溢れた暗い部屋に、スマホの明かりだけがある。
《あいつは、お前を理解してくれそうな人が見つかって舞い上がってるみたいだから》
……勇気のメッセを見直し、反芻する。
「お前らも、俺を理解できちゃいない」
誰にも見せることは無い胸の中、黒くて醜いものを抱きかかえる。
暗い思考を溶かし込むように、目を閉じた。
俺の夏は、まだ終わってくれない。