ピピピピ……
元気にアラームを鳴らすスマホをなだめ、布団から出る。
「……………………」
今日は寝れてないわけじゃあない、昨日は一日中課題をして進捗を5割に伸ばし気持ち良く就寝した。
学校に行きたくないわけでもない、別に学校の雰囲気は嫌いではないし新しい友人もできた。
この気だるさはきっと朝特有のものでしかない。
そう自分を納得させてリビングに出る。
「あれ?兄貴早いね」
「今日登校日らしいんだよ、久遠(くおん)も早いな」
「私はなんか早起きできたから図書館でも行こうと思って」
普段は昼過ぎまで寝てる俺が起きてきたのが珍しいのか、妹の久遠がパンをかじりながら見つめてくる。
「……なんだよ」
「マシな顔になったね、アレ以降ひどい顔してたし」
アレ。おそらくは俺が倒れたときの、除細動器を胸に入れることになったときのこと。
「……悪いか?」
「いや?良いことだと思うよ。私としては兄貴がいない方が友達を家に呼びやすいし」
「じゃあ、俺がもうちょいまともになれるように祈っとくんだな」
「ふーん。いいけど」
「……?何がだ?」
祈れ、と言われたことに対する返答ではないことくらいは分かるが、久遠は優しげとも嘲笑とも取れる笑みのままパンを食べ終えた。
「なんでも。兄貴も早く食べないと遅れるよ?」
私は休みだけど〜と言いながら話を反らしてきたので面倒だから放っておく。
駅で珍しく勇気達と合流し、汽車に揺られる。
スマホのAIに数学の解答を食わせて答え合わせをしていると二人が話しかけてきた。
「おはよぉサイくん…んぇー勉強してるぅ、真面目だねぇ」
「おはよう才人。今日は少し早起きしてみたぞ」
「俺はいつもこの時間だが…一応夏の課題はもう半分終わってる。ラブ、お前も昨日やってきたんだろ?」
「うん…まれちゃん達のおかげでかなり進んだよぉ」
まれちゃん…そういえば真恋て名前だったか、ついこの前は姫路さん呼びだったはずなので勉強会で仲良くなったようだ。
「最終的にどうしようもなくなったら俺が教えるんだが、女同士で話したいこともあったらしいからな」
勇気が(物理的に)上から言葉を続けてくる。
こいつは教えるのが好きらしく、必ず早くに課題を終わらせては勉強会を開きたがるのだが、今回は俺は勝手に進めてるしラブは新しい友人に夢中だ。
「どうせ勇気はもう終わらせてるんだろ?俺が間に合いそうになくなったらコピーだけ持ってきてくれ」
「いやそこは俺とセットで使ってくれな〜?」
姫路さんも半分は終わっているように言っていたし、バイトのシフトは週1〜2回程度に調整したから、いつ何を言われてもどうにかなるだろう。
…………なんで俺は8月も姫路さんと遊ぶ前提で予定立ててるんだ?確かに誘うとは言われたし昨日もこれからしたいことを話したりもした。
しかしまだ社交辞令の可能性も高い。向こうにとって俺は都合が良いだけの存在かもしれないが言ってたことが本音とも限らないし、いまいちその真意を計りかねている。
「何難しい顔してるのぉ」
AIさん読んでくれなくて困ってるよ〜とラブが額を叩いてくれたおかげで意識が戻る。
「すまない、寝不足かもな」
「それは大変だ、にしてはクマがいつもより薄い気もするけどな」
変なところ気が付きやがるなこいつ
「うるさいな……」
ニヤついている親友に苛立ちを覚えつつ目を閉じて眠る振りをする。
「起きてぇ〜着いてるよぉ」
「仕方ない俺が担いでいくか!」
起きとる。一瞬寝たけど。
「起きとるわ、行くかぁ」
「眠そう、分かるよ〜天の川銀河見るの楽しいもんね」
「それは分からん」
天体観測が趣味なのは身内だとラブだけで自分も別に興味はない。
たまに宇宙を見ながら思索に落ちることはあるが、大体別のこと考えるのにちょうどいいからだ。
教室に着いて定位置の自分の席に移動する最中、何となく雰囲気が異様なことに気づいた。
まあ夏休み中の登校日なんて全体が浮足立っても不思議ではないが。
聞こえてくる噂が妙に色恋に寄っている、というかもっと具体的なところが聞こえてくると、
「山口くんと4組の子が付き合い始めたんだって~」
「え〜なんかあの足の人もモールでデートしてたらしいしみんな夏休みで作るんだねえ」
「ゴッホゴッフ!」
思いきりむせこんでしまった。
幸いにも急にむせた陰キャのことを気にする人は少なく何人かに怪訝な顔をされるだけで済んだのだが。
とりあえず可能性がありそうな方を睨んでみると向こうも噂が聞こえていたのか、ブンブンと首を振っている。
「ラブではないと思うぞ、本当に気をつけてたのは保証する」
「じゃあたまたまか……」
それはそれで、困る。
ショッピングモールでのことを誰かに見られていたってことだ。
まあ正直ありうるとは考えていたことである。
ここはクソ田舎でまともな場所はあのモールくらい。
もちろんうちの生徒も山ほど来ていて不思議じゃない。朝の不調はこれが頭にこびり付いていたからか。
そこまで考えて、思考が止まる。
張本人が何人かの取り巻きと共にやってきた。
「ラブちゃ〜ん、ちゃんと家でも課題してきました?」
「あっ、まれちゃん……うんやってるよぉ」
ほら、と課題を姫路さんに見せるラブの顔は明らかに引きつっている。
というか右目だけこちらを見ている。器用だな。
「なあ才人!あのゲームの攻略教えてくれないか!」
突然勇気が被さるように視界に割って入る。
(才人、目線向けすぎだ)と口パクで教えてくれなければあのまま見続けてしまっていた。
(すまん、……ありがとう)
見すぎた…すぐさま向き直り適当なゲームの攻略を話す。
この時ばかりはおせっかいな親友に感謝した。
視線を一つ感じたように思うが、気の所為ということにする。
集会とHRが終わり、皆が下校を始める。
部活がある連中は昼からの活動に備え飯を食いに出ていって、そうでない人ももうあまり教室に残っていない。
そんな人のまばらな教室で、スマホを見つめる陰キャが一人。
《ごめん!噂のことは知らなくて、普通にラブちゃんの様子と、ちょっと君のことを見に行っただけなんですよ》
《別に姫路さんが悪い訳では無いから、しゃあないわ》
ちょっとそっけない書き方になってしまったがそれ以外に思いつかなかった。
なにしろ経験が全く無い。まったく。
《なんとか一人になれたから、このままあのゲーセンに行こうと思ってます、裏口からなら私でも目立たないし》
《そうか、俺も今から向かうわ》
行かないという選択肢が無くなっていることに苦笑しつつも教室を出る。
(俺もたいがいチョロいな)
裏道を進む足は少し早歩きで、軽やかだった。
ゲーセンに着いて軽く周りを確認して、2階へと上がる。今日はいつもの流行り格ゲーじゃなく古い格ゲーに座っていた。
テキストノベルが原作の、最近十何年振りかの新作が出た格ゲー。
コインを入れた様子はなく、デモムービーを眺めている姿はそれだけでも絵になっている。
「すまん、だいぶ待たせたな」
「いいや?こうやって見ているだけでも、結構楽しいものですね」
俺が何を聞きたがっているかは分かっているんだろう、「何でもお答えしますよ」と言った具合で俺の言葉を待っている。
「あの噂、聞いたんだろ?」
「私に彼氏がいるって話ですよね。なんか知らないけどいるらしいですよ?ショックとか受けてくれました?」
「なんでお前に彼氏がいて、ショックを受けなならんのよ」
実際は軽くダメージ負うだろうなと、考えつつ返す。
「あら、お前呼びとは。親愛と受け取ってもいいんです?」
「如何様にも。」
姫路さんは暗めのゲーセン2階でも明るく輝く大きな眼をこれでもかと瞬かせてこちらを見上げてくる。
「ふふ、喧伝してまわりましょうか?私の恋人は進藤才人、とても良い人だぞー!って」
「勘弁してくれ」
ことさらに否定しないのはまあ、嬉しいが、喧伝するのはまた違うだろう。
「実際二人きりで複数回遊んだのだって、事実ですし」
そこまで言った後、少しむにゃむにゃと言い淀んでいたが意を決したように言葉を続けていく。
「君を好ましく思っているのも、まあ、事実ですし。親愛、友愛、性愛のどれに当たるかまでは、私の対人経験値じゃ分からないですけど。」
一息に吐き出すように言われた言葉に脳髄を殴られたような気分になる。
姫路さんは言っていた、真の恋なんて名前だけど真の愛の存在が分からない、と。
「俺も大体同じ意見だよ、姫路さんのことは1人の人間として、尊重できるし好ましく思ってはいる」
たぶん違うのは一つだけ。これが恋でも愛でも、俺はそれを手に取らない。
……そうあるべきなんだ。
「うん……ありがとうございます」
姫路さんは顔を真赤にして俺の話を聞いてくれていた。
「そこでだ、俺の面が割れてないっぽいから」
「もう、会うのは、やめておきますか?」
もう耐えられないと言うようなひどい顔で、こちらを伺ってくる。
これも処世術だとしたら俳優を目指すことを勧めたくなる。
「普通に過ごせばいいんじゃないか?」
なんとか考えて導き出した、俺の答え。
うわさに思いっきり動揺していたやつが、何を言うとるんだと思わなくもないが、こうすべきだと思った。
それに、俺は普段全く存在感が無い。何をするにも無気力的に動くし、教室からも滅多に出ない。
その上姫路さんに会う時は、マナーとしてワックスで髪を多少整えている、遠目では真正面から見られない限り、そう結びつかないはずだ。
「いいの?そんなこと言うと、教室でも絡みに行きますよ?」
キラキラと目を輝かせて言う姫路さんは懐かしCM動画で見たチワワのようだ。
「それはちょっと、手加減していただいて。」
さすがにそこまでされたら「普通」ではないのでは…
いや、姫路さんの友人観では普通なのか?
友人が少ないから分からないが、言えるのはこれだけだ。
「だけどバカげているだろ、交友関係を噂なんかで変えちまうのはさ」
偽らざる、ただの本心。いや執念とか誓いとかそういう類の可能性だってある想い。
「本当に、ラブさんの言っていた通りの方ですね」
姫路さんは、何かを決意したように勢いよく立ち上がる。
「じゃあ普通に仲良くさせてもらいますからね!そうです、噂なんかにいちいち対応する必要なんて無かったんです!」
「ああ、多少質問攻めにはなるかもだけど、姫路さんが対応出来るならそれで良いと思う」
「よっし!どうせ噂立てようが、学校内で流行るのは夏休みの後ですもんね!どうにでも、いやどうにかなるでしょう!」
やっといつもの通りに戻ったからこれで良かったのだ、しおらしくされたって姫路さんのキャラじゃないだろうからな。
これからの学校生活で起こりうる面倒は、見ないふりをすることにしようか。
「じゃあ、この格ゲー教えてください!さ、才人くん!」
突然の格ゲー教えろの合唱(一人)にハイハイと画面を共に見て、気づく。
この人、今俺のことなんて呼んだ?
ギギギ、と軋むように首を姫路さんに向けると、そこには悪戯に成功した子どもの顔をした、真っ赤なあくまがいた。
主人公の妹の久遠は書いてて楽で好きだけど次の出番は遠いです