普通にしよう、いつも通りにしようと言った直後に顔を真っ赤にしながら、してやったり顔をしている人を見たことありますか?
僕は今初めて見ました。
……思考を謎の語りでまとめ直し、椅子を離すようにズラす。
「姫路さん?」
「はい、さ、才人くん?」
せめて名字の呼び捨てからではないのか。
「俺ね、距離感って大事だと思うんだよ。なんで急に名前呼びしはじめたんですか?」
「……呼びたかったから?」
あらそう、シンプルなお答え。
「でもやっぱり、私には早いと思ったので戻します。進藤さんは私のこと、真恋でもまれちゃんでもまれたんでも好きに呼んで構いませんよ!」
「言ってて恥ずかしくないんか」
「あなた風に言えば、クソほど恥ずかしいですけど」
おお、綺麗な声で言われると「クソほど」も綺麗に聞こえるな…じゃなくてやっぱり恥ずかしいのかよ。
じゃあまれたんとでも呼んでやろうかと思ったけど、それは俺が死ぬのでやめておく。
「まだそんな踏み込めるほど、お互いのこと知らんだろ。噂を気にするなってのもただの俺の勝手を言ってるだけだ」
「でも、周りを気にする必要が無いって言ってくれたの嬉しかったです。」
その言葉こそ俺の自己中心的な面の最たるものだ。
いくら傷ついて傷つけても治らなかった悪癖。
そのせいで、地元から離れた高校を選んで逃げることになった。
誰も責めてなんかないのに、自分自身から逃げることになったんだ。
「協調性が無いだけだから、あんまり良いものでも無いぞ」
「その、ラブさんから「サイくんは、絶対に他人の言葉で人を見たりしない。好意も失望も、自分で見たもので判断してくれる」って聞いたんです」
あいつめ、適当なことを言ってくれたな。
ただ俺は、感情の制御が人より下手なだけだ。感情を抑えて、考えを丸めて、周りに合わせるという普通ができないだけなんだ。
「残念ながら俺はそんな出来た人間じゃない。普通に噂だって丸呑みにするし、姫路さんに優しいのだって、単純にあなたの容姿が優れているからかも知れないよ」
突き放すようにただの事実を言いたてる。
出来た人間どころか、俺は人間としての完成度は低い方だと自認している。
きっと、あのとき声をかけたのだって、姫路さんが周りから好かれているのを知っていたから。
姫路さんの容姿が良いのを知っていたから、下心から行ったに違いないんだ。
……のだが、何故か姫路さんはまた顔を赤くしている。
「あなたから見ても、私の容姿は優れていますか?こんなちんちくりんで、髪ばっかり伸ばしているのに」
「え……そりゃ姫さん呼びも、まあ自然に思うくらいには優れていると思うが…髪もクセついて少し跳ねてはいるけど、キューティクル?は綺麗で光ってるし、身長に関しては俺は高かろうが低かろうがあんまり気にしないしな」
あとは……と続けようとして静止される。
かなり必死めに。
「いえ、もういいです。ありがとうございます。もう分かりました。これ以上はヤバいので」
何がヤバいのかは、あんまり分からないがいじめてるように見られても嫌なので、やめておくことにした。
姫路さんが、赤くなった顔を冷ましながら、筐体にコインを入れる。
「このゲーム、大体俺等より年上くらいなのよな」
「えっ、てことはこの機械もそのくらい古いんでしょうか」
流行ゲーが入っている筐体とは全く違う、黄ばんだ白の筐体、色褪せたコマンドリストのインストを必死に読みながら、CPU戦に挑戦している。
「うん。ゲームの本体は中の基盤だから完全に同じとは言えないけど、だいたいそのくらいかな」
「へえ…やっぱり物には歴史があるんですね」
「だな、そして教えるって言ってもこのゲームは難しいうえに、あんまりやったことも無いので、正直マジの触りしか教えられん」
一応最新作の方なら少しやってたんだけど、昔のタイトルは従兄弟と数戦ネットでやったのと、ここで数クレ触っただけだ。
「はい、先生、質問です」
「どうぞ、姫路さん」
「技が出ません」
「あー…昔のゲームは、落ち着いて回したほうが出しやすいんよ。成立猶予自体はあんまり変わらないから、コマンドの最後レバーがどこにあるかを意識して、ボタンを押すといいよ」
自分も昔のゲームやったとき出なかったなあ、と懐かしみつつ要点を教えるが、少し分かりにくいようだ。
一度手本を見せてみるか、と横に着きに行き、
「一回俺が技を出してみるから、ちょい手離してもらっていい?」
「えっ、ちょっと待って、あ、もう上から手をかぶせて、私ごと動かしてくれませんか?」
は?何を言うとるんだこの人は。
「ほら早く〜このままじゃ1ステージ目で負ける人になっちゃいますよ〜」
明らかに焦っている顔ではなく、いたずら顔だ。
流石に何回か見てるから見慣れてきたぞ…!
そして、こういうときの姫路さんはやらなきゃ動かない人だ。
「ええい、もう知らんからな!」
姫路さんの両手の甲に、自分の手を重ねる。二人羽織ってやつだ。
重ねた手がピクッと跳ねる。姫路さんの想像より更に小さい手と、自分の一応標準的な男子サイズの手が重なって、すっぽりと収まる。
(うおっちっさ、折れそう。これどこまで力を入れたらいいんだ?)
一瞬でいろんな考えが巡る。
しかしやることは決まっているのだからボタンを押すしかない…!
「え、え、両方!?レバーだけかと!」
あ!?そうなの?いやでもレバーだけじゃタイミング伝わらないだろうし、えーっとえーっと、
「えあ、いや、ボタンのタイミングもちょっと独特だから…」
(いやこれ下手な言い訳にしか聞こえんな)
身長172cmの俺が、どう見積もっても150cm以下くらいしかない姫路さんに被さり、手を重ねている。あとでセクハラと言われても、弁解のしようがない態勢だ。
というか何もかもが近い。息を吸うのも危ない気がする!
「おわーなんか変な感覚!すっごい技出せてる!」
「俺が出してるからね!?」
姫路さんの要領が自分より良いのはこれまでの付き合いで分かってるから、コマンドリストを一周したら体を離す…
(なんか凄いことしたな…)手をワキワキと握り直して落ち着こうとするも、少し力を入れるだけで折れそうなほど華奢な指の感触を思い出す。
これでよく距離感とか言えたな俺…いや今回も発端は姫路さんだが。
姫路さんは、顔を真っ赤にしつつもちゃんと練習を続けて、
「おっけー……こうやって…お、なんか出ました!」
「なんか…ってさっきインスト読んでたでしょ」
へへへ…っとハニカミながら、CPU相手にコマンド技をいろいろぶつけてみてる姫路さんを見て、顔の赤さを誤魔化すために筐体の反対に回る。
「お、やりますかー!」
このゲームは、前のゲーム以上に経験してるかどうかが強く出る。
一回体感してもらおうじゃないか。
「この手のゲームのめんどいとこと面白いとこ、両方見せてやるよ!」
結果としては、何も起こらなかった。が正しい試合になった。
「え、なにそれ私一生浮いてるんですけど」
……
「あれコンボまた始まってます?いつガードできたんですか?」
……
「えー!!それ中段?見えるわけないですよ!!」
コンボゲー、セットプレイゲーは、知らなきゃなんにもできないゲームだ。
その分知れば知るほど腕は上がるし、強みの押し付け合いになるのも見方を変えれば自キャラの強みだけ把握していけば勝てるようになるということ。
なので、意外と初心者向けのゲームとも言われるらしい。
「覚えたら楽しいし立ち回りのゲームより一人で練習すれば勝てるようになれるから、いいとこもあるんだけどね」
「なるほどなあ、空飛びながらびったんびったんするの、ちょっと楽しそうですね…」
「楽しいぞ〜。まあ今からこの手のゲームやるなら、新しい方でいいと思うけど」
格ゲーのジャンルとして、コンボゲーも確立されている。
俺に格ゲー教えてくれた人はコンボゲーメインだし、一時期は格ゲーといえばコンボ、みたいになっていた時期もあったらしい。
個人的にはコンボが短めのゲームのほうが好みなので、いまこっちのゲームが主流なことに感謝しないとなあ。
「へえ〜一口に格ゲーって言っても色々あるんですねえ、というか普通にこっちもできるんですね」
「親戚に格ゲー全般俺より数段上手い人がいるから教えてもらった。姫路さんに教えるときの理屈もいくつかは受け売りだよ」
「へえ、なんかいいですね、そういうの。繋いで繋がっていくんだ」
俺の手が乗っていた手の甲を何故かスリスリと撫でながら壮大なことを言っている姫路さんを眺めていると、
「ねえ、進藤くんって私のこと呼ぶとき、さん付けですよね?」
「そうだな、姫路さんって呼んでるな」
「名前呼びがまだしんどいのは聞いたけど、別に名字呼び捨てにしてもいいんですよ?というかしてください?」
「……なんで?」
別に姫路さんで問題ないはずだ。
そもそもほかの友達なんて幼なじみのカップルだけで、あいつらを呼び捨てするのとはまた意味が違う。
「なんか距離遠く感じるのですよ。強制できるなら、下の名前で呼ばしたいです」
「でも姫路だけだとほら、地名感すごいし…」
「そんなの、山口さんとかでも同じでしょう?」
これは引き下がっちゃくれないやつだ…俺のセンサーがそう告げている。
「うー…分かったよ姫路、これからはこう呼ぶからな」
「よろしい。私たちはまだ出会って1週間ですけど、少なくとも私はあなたに普通の友達には話さないようなことをいっぱい話しています」
障害関連のことや、人を疑って試してしまうことなど、確かにいろいろ聞いてしまっている。
「そしてあなたの言葉や態度で、きっとあなたが私に話していないことが、たくさんあるのも分かっています」
「すまん、俺は、」
ズルいやつで。
「いいんです。私が喋ったのは私の勝手。あなたが喋らないのはあなたの勝手。エゴイスティックに行きましょう?」
満面の笑みで指を唇に当てて、しーっ…とジェスチャーをしてみせる。
華奢で、折れそうで、でも強かで眩しい。
「そうだな、じゃあ俺が今から少し勝手に喋るから、聞いてくれるか?」
「もちろん!」
強く確かに放たれた同意の言葉に、もう直視するのも辛くて目をふいとそらし、誰にも話したことのないことを、少しだけ話すことにした。