時々見回りに来る店員以外に、人の気配もないゲーセン2階のビデオゲームコーナー、少し暗めの照明の元で僕は口を開こうとして、固まっていた。
「あの店員さんね、実は私の従姉妹なんですよ。君を探すときもちょっとだけ教えて貰っちゃった」
コンプラ的にヤバいですよね、と苦笑いする姫路に、精一杯微笑み返して喋り出す。
「俺がどうしてこの機械入れたのかは話してなかったよな」
「ペースメーカーとは、違うんですよね?」
「うん、ペースメーカーとはまたちょっと違うやつ。んで、じょさ…めんどいからICDって呼ぶんだけど」
左鎖骨の下、ICDが埋まっているところを少し撫で、そのままカタチに沿うようになぞる。
「こいつは俺の心臓が変な動きしたら、それ以上悪くならないよう心臓を止めるためのショックを流してくれる頼もしいやつだよ」
そこまで言って、目の前の赤の似合う人が真っ白い顔になっているのに気づく。
「止めるって、じゃあそれってちゃんと機械が動いても、周りに人がいなかったら…」
「そんときは、そのままおしまいかもなあ」
ヘラっと笑って事実を告げる。
「…去年冬に心室細動で倒れてさ、なんとか後遺症なしで生き返れて、そのままの流れで入れた。まあぶっちゃけ精密検査で異常が見つからなくて、根治できないからお守りでいれましょうねって感じだったんだが」
「もしそれが動いたら私は何をしたらいい?人を呼ぶ?心臓マッサージ?人工呼吸?もし動いたら手を挙げて教えてくださいね」
蒼白のまま早口で俺のICDが動いたときの心配をしてくれる。
動いたら手を上げる余裕なんてないと思うけども。
「落ち着けって、そうそう作動しないから。でもそうだな、もし起こったら、救急呼んで心臓マッサージが一番だな」
「うん……うん……覚えました」
メモ帳まで取り出して対処法を覚えてくれる姫路に、ちょっと嬉しくなって。
「頼もしいね、でも一つ約束してほしい。もしこれが作動して手も尽くして、それで俺が駄目だったら。」
親にもあいつらにも言っていない、本心からの願い。
ずっと、心のなかにある一つのこと。
「俺なんかのことは、忘れて欲しいんだよ」
「「……………………」」
……どのくらい黙っていたんだろうか。
さらに蒼白になった君ときっと笑えてない笑顔の僕。
(あー…やりすぎたな、これは)
「本気で、言ってるんですか?それがあなたの願いだって…?」
「うん。誰にも言ったことがないんだけどね、誰かの傷になんかなりたくもないし、叶うなら消えられたらなって」
パチンッ!!
言い終わるのが早かったか手が飛んでくるのが早かったか。姫路の右平手が俺の頬を撃ち抜いていた。
痛いけれど、頬よりも胸のほうがジンと痛んだ。
「ご、ごめんなさい、ちがくて、そうじゃないんです…」
「……うん、わかってる。謝らなくていい。悪いの俺だし」
叩かれた頬を撫でる、もう痛みはない。
「そ、そうです。あなたが悪いです。忘れてくれだとか消えられたらだとか……そんなの」
消え入りそうな声の早口で、姫路は続ける。
「そんなの…………もうできるわけ、ないでしょう…」
うなだれてこっちを見てくれないその人は、俺を忘れないと言ってくれている。
「そうだな。俺の身勝手で、幼稚な願いだよ」
「すいません。頭を冷やしたいので、今日はもう帰って大丈夫ですか…」
「うん、ごめんな、せっかく楽しかったのに」
(……俺が大バカ野郎で。)
「………………明後日。」
「え?」
「……明後日会いましょう。アーケードで」
「ゲーセンでじゃないんだな」
「多分冷静ではいられないので、少し大声出せるとこがいいです」
となるとかなり限られるけども。
「……じゃあカラオケ屋とかかな。うん。分かったよ」
姫路は涙をにじませたまま、裏口からコソッとゲーセンを出て帰路につく。
そんな様子を見守り、汽車に乗り込んで反省をする。
(踏み込みすぎたな…でも、あれは、温かった。)
ぶたれた頬を軽く触る。少しだけ赤くなっている場所からは確かな熱があった。
《ごめんなさい、感情的になってしまいました》
《いいってば、最近殴られたことなかったし、たまには良いもんだね》
内容には触れないように、できるだけ茶化して返す。あのお人好しの姫さんには、今日のことはきっと重たかっただろう。
(言うべき言葉じゃあなかった)
あの場において、甘えていたのは自分だ。
あんな事を言って姫路を困らせて、あげくぶたせて許しを得ようとした。
彼女が悪いこととした試し行為そのものを、最悪なかたちで返してしまった。
(ともかく一日もらえたんだ。おれも頭冷やそう…)
「ただいま。」
「おか。うわ、ひっどい顔。」
出迎えというよりは、たまたま玄関を通りかかった妹からのご挨拶である。
「兄貴に向かってなんだよ、その言い草は」
「どうでもいいけど、すぐ風呂いきなよ」
景気の悪い顔をしている自覚はあるが、そこまでの顔してるのか。
「ああ、ありがとうよ」
おそらく妹の厚意だと思うことにして、風呂場に行き洗面台を見る。
何のことない、陰キャが映っているだけだが、その顔には見覚えがあった。
(ああ、確かにこりゃ酷いな……)
「久しぶりだな、こうやって見るのも」
映っているのは胸に機械をいれる前の自分、何一つ誇ることもなく、障害というある種の特別感すら持ってない頃の自分。
世界に居場所なんかないと、思い込んでいた時の、自分だった。
「たった1週間で絆されすぎたな。あの人を居場所だと思いかけてるのか?」
それとも俺があの人の居場所になれるとでも?
頭の中を整理するように、独り言を言いながらシャワーを浴びる。
このまま溶けて流れて行けたならどんなに楽なんだろうな。
8月に入って、また暑さが遠慮を無くしていっている。
今回は駅で待ち合わせではなく、事前に予約したカラオケに現地集合だ。
いつも通り、予定時間の1時間早く着くように汽車に乗って市内に来る。
「うわあ、降りた瞬間これはすごいな…」
そこかしこで陽炎が立ちのぼり、駅前に設置された気温計には35度の文字。
立っているだけで汗が噴き出る、駅から出る前にコンビニに入りスポドリを買っておかないと保たんぞこれは…
というわけで購入したペットボトルを開けながら、気づけばあの日と同じ方向を見ていた。
2度のショッピングモールでのプライズ作戦、その時彼女は必ず向こうから現れた。
光を浴びて、俺なんかでは直視するのもためらわれる。
そんな彼女は、ちょうどいまこちらへ歩いてきてる人のような格好で俺の前に現れたなあ。
輝くような白いワンピース、揺れる炎のような髪、本当にそのままだ。
……ほんとうにそのままだ。
俺はついに暑さに頭をやられたのかもしれない。
「やあ、おはよう進藤くん。今日もすごく暑いですね」
幻聴まで聞こえてくる始末だ、これは重症だぞ…
「おーいって!ずっと呼んでるじゃないですか、大丈夫?」
「え、本物?」
「当たり前でしょう…私の偽物は難易度高いと思いますよ?」
そうあっけらかんと言いながら、軽く杖を振っているのは紛れもなく姫路真恋だ。
呆気にとられて動けなくなる。
喧嘩(というほどでも無いかもしれないが)して、しかも店で現地集合なのにまさかここに来るとは…
「お、おはよう姫路。でもなんでこんな1時間も前に」
「なんか早起きしちゃって、起きたの5時半くらいだったんですよ!家でも居てもたってもいられなくって」
「それに…その服ってさ」
真っ白な、太陽を反射するワンピース、今日は白い帽子も合わせてまさに夏そのものみたいな格好で。
それにその服はこの間初めて一緒にショッピングモールに行った時の、
「ふふ、知ってますよ。あなたはこういう清楚なのが好きなタイプですよ」
「はゃ!?い、いやぁ??普通に露出度楽しむタイプかも知れんでしょうよ!?」
終わった…ごまかすにももうちょっとあるだろう…というか噛みすぎ。
これでは自白しているようなものだ。
「んふ〜説得力無いですよ?あ、でもそういうことなら、今度ちょっと露出増やしてみようかな?」
「勘弁してくれ…」
ソシャゲでは肌面積はガチャの指標にかなり、いやある程度ですよ?なりますけどね?
リアルだと目の前の清楚長め(といっても膝がギリギリ隠れる程度なのでそこまで長くないのか?俺の知識量だと分からない)なワンピースですら、ときおり覗く足に目を逸らしてしまうんでままならないものだ。
誰に向けたものでもない、自分の許容値については一度考えないことにして、目的の方へむかうことにする。
アーケード内のカラオケまでは近く、15分程度歩けば着いてしまう。姫路と話しながらだったら一瞬だろう。
(今の時間がちょっと惜しいな)
別にカラオケ着いても喋ることは確定しているのにこの炎天下を惜しいと思ってしまうのはなぜなんだろうか。
そんなことを思って、なかなか動けずにいると姫路の方から切り出される。
「あーここにずっと居るとさすがに暑すぎますね。早く冷房効いてるとこに行きましょう?」
「そうだな、この殺人的な日光に当たりすぎて、どうにかしてたみたいだ」
ふーっと正気を取り戻し歩き始めると袖口を掴まれる。
「……うん?なんかコンビニで買うもんでもあるか?」
突然握られたギリギリ人体ではない部分のむずがゆさに襲われつつも、平静を装い考えられる中でも無難なことを言ってみる。
「いや、それは別にないんですけど…ね、ゆっくり歩いていきません?」
何故かためらいがちに告げられた提案、今の状況に全く合っていない、この炎天下をさらに味わい尽くす提案だ。
だけどそれは今の俺には願ってもない申し出で、苦笑しながらも受け入れるしかないものだ。
「俺はいいけど…姫路は大丈夫か?暑いだろ」
「暑いですけども。なんとなくこう良いなって、照らされるのも、歩くのも」
袖口を握られたままゆっくりと喧騒に置いていかれながら大通りを歩いていく。
もうすっかり慣れた姫路の歩くテンポに合わせて歩幅を小さくする。時々立ち止まって、笑い合いながら。
結局カラオケについたのは30分後。少し寄り道をしすぎたかもしれない。
もう少し歩いていても、良かったかもしれない。