僕と五つ子と、間違いだらけの青春ラブコメ   作:吉月和玖

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第2話 転校生と、間違いだらけの青春

──昼休み終了後。

 

午後の授業が始まるまで、あと数分。

僕──長尾景紘は、自分の席で教科書を広げていた。

 

「……うーん」

「どうした、景紘」

 

隣から声をかけてきたのは、上杉風太郎。

小学校時代からの親友であり、学年トップの成績を誇る秀才だ。

 

「いや、この間出された課題なんだけど……最後の問題が分からなくてさ」

「見せてみろ」

「良いの?」

「ああ」

 

僕がノートを差し出すと、風太郎は問題を一瞥(いちべつ)した。

 

「……ここだな」

「ん?」

「お前、途中の計算を間違えている」

「あ、本当だ」

「まったく。問題文はちゃんと読め」

「ははっ。気をつけるよ」

 

風太郎は呆れながらも、丁寧に解き方を教えてくれた。

こういうところは、本当に頼りになる。

もっとも。

 

「……風太郎」

「何だ?」

「さっきの中野さんには、ちゃんと謝った方が良いと思うよ?」

「…………」

 

途端に、風太郎の表情が曇った。

 

「……まだ言うのか」

「だって、初対面であんなこと言ったら怒るよ」

「事実を言っただけだ」

「うーん……」

 

困ったなぁ。

風太郎は決して悪い奴ではない。

むしろ、家族思いで面倒見も良い。

ただ。

人との接し方が少し不器用なのだ。

 

「……景紘」

「ん?」

 

今度は後ろから声が聞こえてきた。

比企谷八幡。

こちらも小学校時代からの親友だ。

 

「諦めろ。こいつに女心を理解させるのは、数学の赤点常連に微分積分を教えるより難しい」

「……八幡」

「何だ?」

「それ、ちょっと言いすぎじゃないかな?」

「事実だろ」

「お前にだけは言われたくないぞ、八幡」

「ほう。俺は女心を理解していないんじゃない。理解する必要がないだけだ」

「……それ、余計に問題じゃない?」

「景紘。世の中には知らなくて良いこともあるんだよ」

「ははは……」

 

相変わらずだなぁ。

そんな会話をしていると。

 

ガラッ。

 

教室の扉が開いた。

 

「ほら、お前たち。席につけ」

 

担任の先生が教室へ入ってくる。

僕たちは慌てて席へ戻った。

 

「午後の授業の前に、転校生を紹介する」

 

……転校生?

僕は思わず顔を上げた。

そういえば。

昼休みに出会った中野さんも、今日転校してきたと言っていたっけ。

 

「入ってきなさい」

 

先生の声に応じて、一人の女子生徒が教室へ入ってきた。

 

赤みがかった長い髪。

星形の髪飾り。

そして、旭高校とは違うデザインの制服。

 

……あれ?

 

「中野五月です。以前は黒薔薇女子に通っていました。まだ分からないことも多いですが、よろしくお願いします」

 

丁寧に頭を下げる少女。

間違いない。

昼休みに出会った中野五月さんだった。

 

「……あれ?中野さん?」

 

思わず声が漏れる。

すると。

中野さんも僕に気づいたらしい。

一瞬、驚いたように目を見開いた。

そして。

小さく微笑んでくれた。

……うん。

まさか同じクラスになるなんて。

世間は狭いものだねぇ。

 

「……おい」

 

隣から風太郎の声がした。

 

「……どうしたの?」

「……あいつ」

「うん?」

「昼休みの……」

「ああ。中野さんだね」

「……何でここにいるんだ?」

「いや、転校してきたからじゃないかな?」

「そういう意味じゃない!」

 

……うん。

分かってるよ。

 

「……景紘」

 

後ろから八幡が声をかけてきた。

 

「ん?」

「何か、面白いことになりそうだな」

「……そうかな?」

「少なくとも、風太郎にとってはな」

「おい、八幡!」

「何だよ。事実だろ」

 

……まったく。

この二人は。

 

◇◆◇◆◇

 

転校生の紹介が終わり、午後の授業が始まった。

五月さんは先生に案内され、空いていた席へ座る。

どうやら、僕たちと同じクラスになったらしい。

……まあ。

さっきの紹介を見れば分かることだけど。

それにしても。

 

「…………」

 

隣の風太郎が、先ほどから落ち着かない。

教科書を開いてはいるものの、視線は何度も五月さんの方へ向いている。

 

……珍しいなぁ。

風太郎が授業中に勉強以外のことを気にするなんて。

 

そんなことを考えていると。

 

ブブッ。

 

机の中に入れていたスマホが小さく震えた。

 

……ん?

 

確認すると、風太郎からメールが届いていた。

 

『景紘。後で話がある』

 

……話?

 

僕は隣を見る。

風太郎は真剣な表情で黒板を見つめていた。

 

……何だろう?

 

◇◆◇◆◇

 

午後の授業が終わった後。

 

「景紘。ちょっと来い」

 

風太郎に呼ばれ、僕は教室の隅へ移動した。

 

「どうしたの?」

「……家庭教師の件だ」

「ああ。昼休みにらいはちゃんから連絡があった仕事?」

「そうだ」

 

風太郎は小さく頷く。

 

「さっき、詳しい情報が届いた」

「へぇ。どうだった?」

「……それが」

 

風太郎は携帯電話の画面を見せてきた。

そこには、家庭教師の仕事に関する情報が表示されている。

そして。

 

「……転校生?」

 

僕は思わず呟いた。

 

「そうだ」

「転校生って……」

「……あいつだ」

 

風太郎が視線を向けた先。

そこには、クラスメイトと話している五月さんの姿があった。

 

「……え?」

「家庭教師の生徒が、中野五月だった」

「…………」

「…………」

 

……なるほど。

それで授業中、あんなに落ち着かなかったのか。

 

「……すごい偶然だね」

「感心している場合か!」

「いや、だって……」

 

昼休みに出会った転校生。

その子が、風太郎の家庭教師の生徒。

しかも。

初対面で大喧嘩。

……うん。

これは大変そうだ。

 

「……どうするの?」

「決まっている」

 

風太郎が真剣な表情で答える。

 

「何としてでも、あいつと仲良くなる」

「……へぇ」

 

思わず目を丸くしてしまった。

風太郎が自分から女の子と仲良くなろうとするなんて。

 

「……何だ、その顔は」

「いや、珍しいなぁって」

「仕事だからな」

「ああ、なるほど」

 

……そういうことか。

 

「とにかく、時給五千円だぞ。絶対に逃すわけにはいかん」

「ははっ。風太郎らしいや」

 

僕は苦笑しながら頷いた。

 

「でも、まずは謝った方が良いと思うよ?」

「……分かっている」

「本当に?」

「分かっていると言っているだろ」

 

……少し心配だなぁ。

 

◇◆◇◆◇

 

そして。

風太郎の奮闘が始まった。

 

「おい、中野」

「…………」

「昼休みのことなんだが……」

「…………」

 

五月さんは、風太郎の方を見ようともしない。

 

「……聞いているのか?」

「…………」

 

完全無視。

……うん。

予想はしていたけれど。

 

「中野さん」

 

僕が声をかけると。

 

「あ、長尾君」

 

五月さんが振り返った。

 

「どうしましたか?」

「いや、風太郎が何か話したいみたいなんだけど……」

「そうなんですか?」

「うん」

「……私は特にありません」

「……そ、そっか」

 

……これは手強い。

風太郎の顔が引きつっている。

 

「……景紘」

「うん?」

「何でお前には普通に話すんだ?」

「いや、僕に聞かれても……」

「くそっ……」

 

……まあ。

理由は分かるんだけどね。

 

◇◆◇◆◇

 

その後も、風太郎は諦めなかった。

 

「中野。勉強で分からないことがあれば──」

「長尾君。次の授業の教室はどちらでしょうか?」

「あ、うん。こっちだよ」

「ありがとうございます」

「……おい」

「…………」

 

また無視。

別の休み時間には。

 

「中野。これ、さっきの授業のノートだ。必要なら──」

「長尾君。少し質問しても良いですか?」

「もちろん」

「この学校の図書室は、どちらにありますか?」

「ああ。それなら……」

「……中野!」

「…………」

 

……うーん。

これは。

さすがに風太郎が可哀想になってきた。

もっとも。

最初に失礼なことを言ったのは風太郎なんだけど。

 

「……景紘」

「うん?」

「どうすれば良いと思う?」

「まずは、ちゃんと謝ることかなぁ」

「……謝ろうとしているんだが」

「うん。でも、まだ謝れてないよね?」

「…………」

 

風太郎が黙り込む。

……やっぱり。

この辺りは、もう少し頑張ってもらうしかないかな。

 

◇◆◇◆◇

 

放課後。

ようやく授業が終わり、教室には帰宅する生徒たちの声が響いていた。

 

「……疲れた」

 

風太郎が机に突っ伏す。

……珍しい。

勉強では決して弱音を吐かない風太郎が、ここまで疲れているなんて。

 

「お疲れ様、風太郎」

「……景紘」

「うん?」

「女って、何であんなに面倒なんだ?」

「……それはちょっと問題発言じゃないかな?」

「事実だろ」

「いや、風太郎の場合は自業自得だと思うよ?」

「……くそっ」

 

僕は苦笑する。

後ろでは、八幡が本を読んでいた。

 

「……風太郎」

「何だ?」

「お前、根本的なところを間違えてるぞ」

「……何?」

「謝罪ってのは、相手に聞いてもらうためのものじゃない。自分の非を認めるためのものだろ」

「…………」

「お前の場合、謝ったら仲良くしてもらえると思ってる時点で間違いなんだよ」

「……八幡」

「何だ?」

「お前、たまにまともなこと言うよな」

「たまにって何だ、たまにって」

「はははっ!」

 

思わず笑ってしまった。

……でも。

八幡の言うことも、もっともだと思う。

風太郎は家庭教師の仕事を成功させたい。

だから、五月さんと仲良くなろうとしている。

けれど。

五月さんからすれば、そんな事情は関係ない。

ただ、初対面で失礼なことを言われた。

それだけなのだ。

 

「風太郎」

「……何だ?」

「焦らなくても良いんじゃないかな?」

「……だが」

「ちゃんと謝って、それから少しずつ話せるようになれば良いと思うよ」

「…………」

 

風太郎はしばらく黙っていた。

そして。

 

「……考えておく」

 

小さく答えた。

……うん。

少しは伝わったかな。

その時だった。

 

ガラッ。

 

教室の扉が開いた。

 

「比企谷八幡はいるか?」

 

低く、よく通る女性の声。

僕たちが振り返ると、教室の入口に一人の女性教師が立っていた。

 

平塚静(ひらつかしずか)先生。

国語科の教師であり、生活指導も担当している。

生徒思いで面倒見が良い先生だけれど、怒らせると少し怖い。

……いや。

かなり怖い。

 

「……比企谷」

「……はい?」

 

八幡が顔を上げた。

 

「ちょっと職員室まで来い」

「……先生。俺、何かしましたっけ?」

「心当たりがないのか?」

「ありすぎて特定できませんね」

「威張って言うことじゃないだろう……」

 

先生が呆れたようにため息をつく。

 

「八幡。また何かしたの?」

 

僕が尋ねると。

 

「景紘。お前まで俺を問題児扱いするな」

「いや、普段の言動を考えるとな……」

 

風太郎がぼそりと呟く。

 

「風太郎。お前にだけは言われたくねえよ」

「何だと?」

「……二人とも、落ち着いて」

 

僕が苦笑しながら間に入る。

すると。

 

「比企谷。無駄口はそこまでだ」

 

平塚先生が腕を組んだ。

 

「来い」

「……へいへい」

 

八幡は気怠そうに立ち上がる。

 

「……八幡」

「何だ、景紘」

「大丈夫?」

「大丈夫だろ。たぶんな」

「……たぶん?」

「まあ、死にはしねえよ」

「縁起でもないこと言わないでよ」

「ははっ。じゃあな」

 

珍しく小さく笑った八幡は、平塚先生の後を追って教室を出ていった。

 

◇◆◇◆◇

 

~八幡Side~

 

──職員室。

 

「……で?」

 

平塚先生の机の前に立った八幡は、面倒そうに口を開いた。

 

「俺、何かしましたか?」

「何かしたか、だと?」

 

平塚先生が一枚の紙を取り出す。

 

「これに見覚えは?」

「……作文ですか?」

「そうだ。お前が提出した作文だ」

 

八幡は紙を受け取った。

そこには、自分が書いた文章が並んでいる。

題名は──

 

『青春とは嘘であり、悪である』

 

「……ああ」

「思い出したか?」

「はい」

「何か言うことは?」

「……我ながら、なかなか良い文章ですね」

「比企谷……」

 

平塚先生のこめかみが、ぴくりと動いた。

 

「お前は、これを真面目に書いたのか?」

「もちろんです」

「……そうか」

 

先生は深くため息をつく。

 

「お前の文章には、他人との関わりを拒絶するような考え方が目立つ」

「別に拒絶しているわけじゃありませんよ」

「ほう?」

「必要以上に関わる必要がないと思っているだけです」

「……なるほど」

 

平塚先生は腕を組んだ。

 

「だが、お前には友人がいるだろう?」

「……まあ」

「長尾と上杉だ」

「…………」

 

八幡は少しだけ目を逸らした。

 

「小学校からの付き合いですからね」

「それだけか?」

「……それだけです」

「ふむ」

 

先生はしばらく八幡を見つめていた。

そして。

 

「比企谷。お前に一つ、課題を与えよう」

「……嫌な予感しかしませんね」

「安心しろ。良い経験になる」

「先生がそう言う時点で安心できないんですが」

「口答えするな」

「……はい」

 

平塚先生は立ち上がった。

 

「ついてこい」

「……どこへ?」

「お前に必要な場所だ」

「……はぁ」

 

八幡はため息をつきながら、先生の後を追った。

 

◇◆◇◆◇

 

校舎の廊下。

放課後ということもあって、周囲は静まり返っていた。

 

「……先生」

「何だ?」

「俺、これから何をさせられるんですか?」

「着けば分かる」

「……そうですか」

 

それ以上聞いても無駄だと悟ったのか、八幡は黙って歩き続けた。

やがて。

平塚先生が一つの教室の前で立ち止まった。

 

「ここだ」

「……ここ?」

 

扉には、小さな札がかかっている。

 

──奉仕部。

 

「……奉仕部?」

 

八幡が首を傾げる。

 

「何ですか、それ」

「困っている生徒を助ける部活だ」

「……はぁ」

「お前には、ここで少し学んでもらう」

「……何を?」

「人との関わり方だ」

「…………」

 

八幡は何とも言えない表情を浮かべた。

……面倒なことになった。

そんな心の声が聞こえてきそうだった。

 

「入るぞ」

 

平塚先生が扉を開ける。

 

ガラッ。

 

その先にあったのは、静かな教室だった。

机と椅子。

窓から差し込む夕陽。

そして。

窓際の席で、一冊の本を読んでいる少女。

 

長い黒髪。

白い肌。

整った顔立ち。

どこか近寄りがたい雰囲気を纏った、美しい少女だった。

 

「雪ノ下」

 

平塚先生が声をかける。

少女がゆっくりと顔を上げる。

 

「……平塚先生」

 

落ち着いた声。

その視線が、先生の隣にいる八幡へ向けられた。

 

「そちらの方は?」

「新しい部員候補だ」

「……部員候補、ですか?」

 

少女は八幡を見つめた。

そして。

 

「……随分と目つきの悪い方ですね」

「…………」

 

八幡の眉がぴくりと動く。

 

「……初対面でそれかよ」

「事実を述べただけですが?」

「……そうですか」

 

……何だ、こいつ。

 

八幡は心の中で呟いた。

平塚先生は、そんな二人を見て満足そうに頷いた。

 

「よし。紹介しよう」

 

そして。

 

「比企谷八幡。こちらは雪ノ下雪乃だ」

「…………」

「雪ノ下。こちらは比企谷八幡」

「……よろしくお願いします」

「……どうも」

 

二人は、ぎこちなく挨拶を交わした。

こうして。

比企谷八幡と雪ノ下雪乃。

二人の出会いが、静かに始まった。

そして。

この出会いが、やがて長尾景紘たちの日常にも大きな変化をもたらすことになる。

もちろん。

この時の八幡は、まだ知る由もなかった。

 

 




ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

五月との関係修復に悪戦苦闘する風太郎。
そんな親友を見守る景紘と八幡でしたが、今度は八幡にも新たな出会いが訪れました。

ついに登場した雪ノ下雪乃。そして、物語に加わる奉仕部。

『五等分の花嫁』と『俺ガイル』、二つの物語が少しずつ交わり始めます。

果たして三人の幼馴染と五つ子たちは、これからどんな青春を過ごすのでしょうか?

続きが気になった方は、ぜひお気に入り登録・評価で応援していただけると嬉しいです!

皆様の感想も、今後の執筆の大きな励みになります。

次回もよろしくお願いいたします!

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