僕と五つ子と、間違いだらけの青春ラブコメ   作:吉月和玖

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第3話 正しさと優しさは、必ずしも同じではない

~八幡Side~

 

──放課後。

 

旭高校の校舎には、部活動へ向かう生徒たちの声が響いていた。

運動部の掛け声。

廊下を歩く生徒たちの足音。

窓から差し込む、九月の強い西日。

そんな中。

比企谷八幡は、一つの教室で何とも言えない表情を浮かべていた。

 

「……で?」

 

気怠そうに口を開く。

 

「俺は何で、こんなところに連れてこられたんですか?」

 

目の前には、腕を組んで立つ平塚静。

そして。

窓際の席で本を読んでいる、一人の少女。

雪ノ下雪乃。

 

長い黒髪に、整った顔立ち。

誰が見ても美少女と呼ぶであろう容姿をしている。

ただし。

 

「平塚先生。その方は本当に、こちらへ入部されるのですか?」

「そのつもりだ」

「……そうですか」

 

雪乃は八幡へ視線を向けた。

 

「随分と目つきの悪い方ですね」

「……おい」

「何か?」

「初対面の相手に対して、もう少し言い方ってもんがあるだろ」

「事実を述べただけですが?」

「……さいですか」

 

……何だ、この女。

 

八幡は心の中でため息をついた。

平塚先生は、そんな二人のやり取りを見て満足そうに頷いている。

 

「うむ。なかなか相性が良さそうじゃないか」

「どこがですか」

 

八幡は即答した。

 

「先生。俺には、どう見ても相性最悪に思えるんですが」

「そうか?私はそうは思わんぞ」

「……はぁ」

 

話が通じない。

いや。

そもそも、話を聞く気があるのだろうか。

 

「それで、先生」

 

雪乃が本を閉じる。

 

「この方を連れてきた理由を、お聞きしても?」

「ああ」

 

平塚先生は頷いた。

 

「比企谷には、人との関わり方を学んでもらおうと思ってな」

「……人との関わり方?」

 

雪乃が首を傾げる。

 

「ああ。こいつは少々、ひねくれた考え方をしている」

「少々、ですか」

「おい」

 

八幡が口を挟む。

 

「初対面で人の性格を決めつけるのはどうかと思うんですが」

「あなたの言動から判断しただけよ」

「……そうですか」

 

本当に、遠慮のない女だ。

 

「比企谷」

 

平塚先生が声をかける。

 

「お前が提出した作文、覚えているな?」

「……ああ」

 

『青春とは嘘であり、悪である』

 

自分が書いた文章だ。

別に間違ったことを書いたつもりはない。

青春を謳歌している連中が、友情だの恋愛だのと騒いでいる。

その裏側にある欺瞞(ぎまん)を指摘しただけだ。

 

「お前は、人との関わりを否定するようなことを書いていたな」

「否定したわけじゃありませんよ」

「ほう?」

「必要以上に群れる必要がないと言っただけです」

「……なるほど」

 

平塚先生は腕を組む。

 

「だが、お前には友人がいるだろう?」

「……まあ」

「長尾と上杉だ」

「…………」

 

八幡は少しだけ視線を逸らした。

 

「小学校からの腐れ縁ですよ」

「それだけか?」

「……それだけです」

「ふむ」

 

平塚先生は小さく笑った。

 

「では、比企谷。お前に質問だ」

「……何ですか?」

「長尾と上杉が困っていたら、お前はどうする?」

「……は?」

 

突然の質問だった。

 

「答えてみろ」

「……まあ、内容によりますね」

「ほう?」

「景紘なら、大抵のことは自分で何とかするでしょうし。風太郎なら、勉強関係なら俺の出る幕はないですから」

「それ以外なら?」

「…………」

 

八幡は少し考えた。

そして。

 

「……放っておけないでしょうね」

 

小さく答えた。

 

「ほう」

 

平塚先生が笑みを深める。

 

「それは何故だ?」

「……何年も一緒にいるからですよ」

「つまり、友人だからか?」

「……まあ、そういうことになりますね」

「そうか」

 

平塚先生は満足そうに頷いた。

 

「なら、お前にも他人を助ける気持ちはあるということだ」

「……先生」

「何だ?」

「話が飛躍してません?」

「していないさ」

 

……いや、してるだろ。

 

八幡は心の中で突っ込んだ。

すると。

 

「……なるほど」

 

雪乃が静かに口を開いた。

 

「つまり、比企谷君は他人との関わりを否定しているわけではなく、自分が認めた相手としか関わろうとしないのね」

「……まあ、そんなところだ」

「随分と狭い世界で生きているのね」

「……おい」

「何か?」

「初対面の相手に、そこまで言うか?」

「事実でしょう?」

「……ぐっ」

 

言い返せない。

……いや。

言い返せないわけではない。

ただ、反論するのが面倒になっただけだ。

 

「雪ノ下」

 

平塚先生が声をかける。

 

「比企谷に、この部の活動を説明してやってくれ」

「……分かりました」

 

雪乃は本を机に置いた。

そして、八幡へ向き直る。

 

「この部は奉仕部よ」

「……それは見れば分かる」

「困っている人を助けることを目的としているの」

「……ボランティア部みたいなもんか?」

「少し違うわね」

 

雪乃は静かに首を振った。

 

「ただ手を貸すだけでは、その人のためにならないこともあるでしょう?」

「……まあな」

「だから、私たちは問題を解決するための手助けをする。本人が自分の力で前へ進めるようにね」

「……なるほど」

 

八幡は小さく頷いた。

……言っていることは、理解できる。

ただ。

 

「……で?」

「何かしら?」

「俺がここにいる理由は?」

「平塚先生が連れてきたからでしょう?」

「そういう意味じゃねえよ」

「では、どういう意味?」

「……いや、もう良い」

 

……面倒くさい。

本当に面倒くさい。

 

「比企谷」

 

平塚先生が口を開く。

 

「お前には、しばらくここで活動してもらう」

「……拒否権は?」

「ない」

「ですよねー」

 

予想どおりだった。

 

「それじゃ、俺は帰っても?」

「駄目だ」

「……はぁ」

 

……帰りたい。

今すぐ帰りたい。

景紘なら、今頃何をしているだろうか。

風太郎の相談にでも乗っているのかもしれない。

……いや。

あいつの場合、余計なお節介を焼いている可能性の方が高いか。

 

そんなことを考えていると。

 

「比企谷君」

 

雪乃が声をかけてきた。

 

「……何だ?」

「あなたは、この部の活動に不満があるの?」

「……まあ、あるな」

「そう」

 

雪乃は小さく頷いた。

 

「では、あなたは何故、人を助ける必要がないと思うの?」

「……別に、助ける必要がないとは言ってねえよ」

「では?」

「助けを求めていない奴に、無理やり手を差し伸べる必要はないってことだ」

「…………」

 

雪乃の表情が、少しだけ変わった。

 

「……なるほど」

「何だよ」

「あなたの考え方は、随分と消極的なのね」

「そうか?」

「ええ」

 

雪乃は真っ直ぐに八幡を見つめた。

 

「困っている人がいても、その人が助けを求めるまで何もしないということでしょう?」

「……場合によるな」

「曖昧な答えね」

「世の中、白黒はっきりつけられることばかりじゃねえだろ」

「それはそうね」

 

雪乃は一度頷いた。

 

「けれど、だからといって何もしなければ、何も変わらないわ」

「……そうかもな」

「あなたは、変わることを恐れているのではなくて?」

「…………」

 

八幡は黙り込んだ。

 

……何だ、この女。

 

初対面だというのに、随分と踏み込んでくる。

 

「……雪ノ下」

「何かしら?」

「お前、友達いるか?」

「…………」

 

一瞬。

雪乃の表情が固まった。

 

「……それが何か?」

「いや、何となくな」

「質問の意図が分からないのだけれど」

「俺も、お前の質問の意図が分からなかったからな」

「……そう」

 

雪乃は小さく息を吐いた。

 

「少なくとも、あなたよりは人との接し方を理解しているつもりよ」

「……へぇ」

「何か?」

「いや、別に」

 

……なるほど。

こいつも、なかなか面倒な性格をしているらしい。

 

「……ふふっ」

 

そんな二人を見て、平塚先生が笑った。

 

「やはり、相性が良さそうだな」

「どこがですか!」

 

八幡は思わず声を上げた。

雪乃も不満そうに先生を見る。

 

「先生。私も、その意見には賛同しかねます」

「そうか?私は面白いと思うが」

 

……この先生。

絶対に楽しんでいる。

 

◇◆◇◆◇

 

それから、しばらく。

八幡と雪乃は、互いの考え方について言い合いを続けていた。

もっとも。

言い合いというより、雪乃が八幡の考え方を指摘し、八幡が皮肉で返すという流れだったが。

 

「……つまり」

 

雪乃が口を開く。

 

「あなたは、他人との関わりを最小限にしたいのね」

「そういうことだ」

「でも、友人はいる」

「ああ」

「矛盾しているわ」

「……何がだ?」

「他人との関わりを避けたいのに、友人関係は維持しているのでしょう?」

「……別に、全員と関わりたくないとは言ってねえだろ」

「そう」

 

雪乃は少し考えるように視線を落とした。

 

「では、そのお友達はどんな方なの?」

「……は?」

「長尾君と上杉君だったかしら」

「……ああ」

「どんな方なの?」

 

八幡は少し考えた。

 

「……景紘は、まあ……」

「まあ?」

「人が良すぎる奴だな」

「……人が良すぎる?」

「ああ。困っている奴を見ると、放っておけない。初対面の相手でも平気で話しかけるし、頼まれごとを断るのも苦手だ」

「……なるほど」

「そのくせ、本人は大したことをしているつもりがない」

「……そういう方なのね」

 

雪乃は小さく頷いた。

 

「では、上杉君は?」

「……風太郎か」

 

八幡は小さくため息をついた。

 

「勉強しか頭にない奴だ」

「……勉強?」

「ああ。学年トップの成績を取るためなら、睡眠時間も削る。金のことになると、さらに面倒になる」

「……随分と極端な方なのね」

「そうだな」

「それで、あなたは?」

「……俺?」

「ええ」

 

雪乃が真っ直ぐに見つめてくる。

 

「その二人と一緒にいて、楽しいの?」

「…………」

 

八幡は少し黙った。

 

……楽しい、か。

 

そんなこと、考えたこともなかった。

小学校から、ずっと一緒だった。

特別な理由があったわけではない。

ただ。

気づけば、いつも三人でいた。

 

「……まあ」

 

八幡は小さく答えた。

 

「悪くはないな」

「……そう」

 

雪乃は、それ以上何も言わなかった。

ただ。

ほんの少しだけ。

その表情が柔らかくなったように見えた。

 

◇◆◇◆◇

 

──翌朝。

 

「……というわけだ」

 

教室。

八幡から昨日の出来事を聞いた僕は、思わず目を丸くした。

 

「……奉仕部?」

「ああ」

「八幡が?」

「そうだ」

「……へぇ!」

 

僕は思わず笑顔になった。

 

「良かったじゃない!」

「どこがだよ」

 

八幡が露骨に嫌そうな顔をする。

 

「いや、新しい友達ができるかもしれないし」

「……お前な」

「それに、困っている人を助ける部活なんでしょ?」

「まあ、そうらしいが」

「八幡に向いてると思うよ?」

「……は?」

 

八幡が怪訝そうな顔をした。

 

「何でだよ」

「だって、八幡って何だかんだ言って面倒見が良いから」

「……どこがだ」

「小学校の頃から、いろいろ助けてもらってるし」

「…………」

 

八幡は黙り込んだ。

 

……あれ?

何か変なこと言ったかな?

 

「……景紘」

「うん?」

「お前、そういうことを平然と言うの、やめた方が良いぞ」

「え?何で?」

「……何でもねえ」

 

……変なの。

 

すると。

 

「……奉仕部か」

 

風太郎が口を開いた。

 

「八幡には珍しいな」

「俺だって好きで入ったわけじゃねえよ」

「まあ、そうだろうな」

「……お前、少しは否定しろよ」

「事実だろ」

「……くそっ」

 

僕は思わず笑ってしまった。

 

「はははっ!」

 

本当に、いつもどおりだ。

 

「それで、八幡」

「何だ?」

「雪ノ下さんって、どんな子だった?」

「……ああ」

 

八幡が少し考える。

 

「……面倒な女だな」

「……え?」

「頭は良いらしいが、口が悪い。人の考え方にいちいち突っかかってくる」

「……それって」

「何だ?」

「八幡と似てない?」

「似てねえよ!」

 

即答だった。

 

……うん。

やっぱり似てる気がする。

 

「まあ、機会があったら僕も挨拶してみたいな」

「……やめとけ」

「何で?」

「お前まで巻き込まれるぞ」

「ははっ。大丈夫だよ」

「……そういうところだぞ」

 

八幡が深いため息をつく。

 

……まったく。

心配性だなぁ。

 

◇◆◇◆◇

 

──昼休み。

 

午前中の授業が終わり、僕たちはいつものように食堂へ向かっていた。

 

「……なあ、風太郎」

「何だ?」

「昨日の家庭教師の件、どうなった?」

 

八幡が尋ねる。

 

「……まだ進展はない」

「だろうな」

「何だ、その言い方は」

「いや、昨日の様子を見てれば分かるだろ」

「……くそっ」

 

風太郎が悔しそうに舌打ちする。

僕は苦笑した。

 

「まあまあ。焦らずにいこうよ」

「……そうは言ってもな」

「中野さんも、まだ怒ってるみたいだし」

「……分かっている」

「ちゃんと謝れれば、少しは変わると思うよ」

「……そうだと良いが」

 

……うん。

風太郎も、少しは反省しているらしい。

 

そんなことを考えながら、食堂へ到着する。

いつものように、昼休みの食堂は大勢の生徒で賑わっていた。

 

「さて。今日は何を食べようかな」

「俺はいつもどおりだ」

「……焼肉定食、焼肉抜き?」

「当然だ」

「ははっ。そうだよね」

 

八幡が呆れたように呟く。

 

「……お前、本当に飽きねえな」

「安いからな」

「……さいですか」

 

そんな会話をしながら、食券を購入する。

そして。

空いている席を探していた時だった。

 

「……あれ?」

 

僕は思わず足を止めた。

 

「どうした、景紘」

 

風太郎が尋ねる。

 

「いや、あそこ……」

 

僕が視線を向けた先。

そこには、見覚えのある女の子が座っていた。

 

赤みがかった長い髪。

星形の髪飾り。

中野五月さんだ。

 

……けれど。

今日は、一人ではなかった。

彼女の周囲には、四人の女の子が座っている。

そして。

 

「……え?」

 

僕は思わず目を見開いた。

……似ている。

いや。

似ているなんてものじゃない。

髪型や雰囲気は違うけれど。

顔立ちが、驚くほどそっくりなのだ。

 

「……風太郎」

「……何だ?」

「中野さんって……」

「……ああ」

 

風太郎も、何とも言えない表情を浮かべていた。

 

「……まさか」

 

八幡がぼそりと呟く。

 

「……五つ子か?」

「…………」

「…………」

 

僕たちは、しばらくその場に立ち尽くした。

そして。

 

「……すごいねぇ」

 

思わず、そんな言葉が漏れた。

まさか。

昨日出会った中野五月さんに。

こんなにもそっくりな姉妹がいるなんて。

 

この時の僕は、まだ知らなかった。

彼女たちとの出会いが。

僕たち三人の日常を、これまで以上に賑やかなものにしていくことを。

 

 




最後までお読みいただき、ありがとうございます!

今回は八幡と雪ノ下雪乃の出会い、そして景紘たち三人と五つ子の初遭遇を描きました。

奉仕部という新たな居場所を得た八幡。そして、景紘たちの日常にも少しずつ変化が訪れ始めます。

果たして、五つ子との出会いは三人に何をもたらすのか──

次回から、物語はさらに賑やかになっていきます!

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