──昼休み。
いつものように風太郎、八幡と三人で訪れた学食。
そこで僕──長尾景紘は、思わず足を止めていた。
「……すごいねぇ」
目の前にいるのは、昨日知り合った転校生。
中野五月さん。
……だけではない。
五月さんの周囲には、四人の女の子が座っている。
それだけなら別に驚くことではない。
問題なのは──
「……全員、そっくりだな」
隣で風太郎が呟く。
「だよね」
髪型。
髪の色。
服装。
それぞれ違う。
けれど。
顔立ちは驚くほど似ていた。
「……まさか」
八幡がぼそりと呟く。
「五つ子か?」
「五つ子……」
改めて言われても、なかなか信じられない。
双子なら見たことがあるけれど。
五つ子なんて初めて見た。
しかも。
五人とも同じ高校に転校してきたということだろうか。
「……あ」
その時。
五月さんが僕たちに気づいた。
正確には。
僕たち──というより。
「…………」
風太郎を見た瞬間。
五月さんの表情が露骨に曇った。
「……おい」
八幡。
それを言うな。
「風太郎。思いっきり嫌そうな顔されてるぞ」
「見れば分かる!」
「ははは……」
やっぱり。
昨日のこと、まだ怒ってるよなぁ。
すると。
「あれ?」
五人の中から、一人の女の子がこちらを向いた。
髪を短く切った、明るそうな女の子。
頭には緑色のリボンをつけている。
「五月のお友達?」
「えっ?」
五月さんが驚いたように振り返る。
「ほら、あそこ」
「あ……」
僕と目が合う。
「こんにちは、中野さん」
軽く手を上げると、五月さんも小さく頭を下げてくれた。
「こんにちは、長尾君」
……良かった。
僕は普通に話してもらえるらしい。
「…………」
その横で風太郎が何とも言えない表情をしている。
「……景紘」
「何?」
「何でお前には普通なんだ」
「だから僕に聞かれても……」
「昨日からこの調子だな」
八幡が呆れたように呟く。
「……うるさい」
風太郎が睨み返す。
すると。
「五月」
今度は別の女の子が声を上げた。
黒いリボンをつけた、少し勝気そうな女の子。
「誰よ、あいつら」
「昨日、学食で知り合った方たちです」
「ふーん」
女の子が僕たちを見る。
そして。
まず僕。
次に八幡。
最後に風太郎へ視線を向ける。
「…………」
五月さんが何かを思い出したらしく、頬を膨らませた。
「……一人、とても失礼な方がいますけど」
「おい」
風太郎が反応する。
「事実だろ」
八幡が追撃する。
「八幡、お前はどっちの味方だ!」
「少なくとも今の話に関しては、お前の敵だな」
「即答するな!」
「まあまあ……」
僕は二人の間に入った。
……本当に。
この二人を一緒にしておくと、すぐこうなるなぁ。
「ふふっ」
その時。
笑い声が聞こえた。
五人の中で、一番髪の短い女の子だった。
右耳にピアスをつけている。
「面白い人たちだね」
「面白くありません」
五月さんが即座に否定する。
「そう?」
「そうです」
「でも、あっちの人とは普通に話してたじゃん」
そう言って、女の子が僕を見る。
「えっと……長尾君、だっけ?」
「あ、うん。長尾景紘」
「私は中野一花。よろしくね、カゲヒロ君」
「よろしく、中野さん」
「一花でいいよ」
「え?」
「だって」
一花さんは五月さんたちを指差す。
「全員、中野さんでしょ?」
「あ……」
確かに。
これから五人と話すなら、全員を中野さんと呼んでいたらややこしい。
「じゃあ、一花さん」
「うん。それでよろしく」
柔らかい笑顔。
何というか。
大人っぽい人だなぁ。
「それなら私も!」
先ほどの緑色のリボンの女の子が勢いよく立ち上がった。
「私は四葉です!中野四葉!よろしくお願いします!」
「よろしく、四葉さん」
「はい!」
元気だなぁ。
見ているこっちまで明るい気分になりそうだ。
「で、こっちが二乃」
「ちょっと四葉。勝手に紹介しないでよ」
黒いリボンの女の子が不満そうに言う。
「中野二乃よ」
「よろしく、二乃さん」
「……どうも」
少し警戒されているのかな。
まあ。
初対面だし、当然か。
「それから……」
四葉さんが最後の一人を見る。
その子は、さっきからほとんど話していない。
長めの髪。
首元には、青いヘッドホン。
前髪で片方の目が少し隠れている。
「三玖!」
「……自分で言える」
小さな声。
そして。
僕を見る。
「中野三玖」
「長尾景紘。よろしく、三玖さん」
「……うん」
小さく頷く三玖さん。
これで。
一花さん。
二乃さん。
三玖さん。
四葉さん。
そして五月さん。
……本当に五人姉妹なんだ。
「いやぁ……」
思わず五人を見比べる。
「本当にそっくりだね」
「そうですか?」
四葉さんが首を傾げる。
「うん。髪型とかは全然違うけど、顔を見るとやっぱり姉妹なんだなぁって」
「えへへ。私たち、五つ子ですから!」
「五つ子を見るのは初めてだよ」
「よく言われます!」
そんな僕たちのやり取りを横で見ていた八幡が、
「……コミュ力お化けかよ」
と呟いた。
「ん?」
「何でもねえ」
「そう?」
八幡はため息をつく。
すると、一花さんが八幡を見る。
「そっちの君は?」
「……比企谷八幡」
「ハチマン君ね」
「好きに呼んでくれ」
「何かテンション低いね」
「通常運転だ」
「へぇ……」
一花さんが面白そうに八幡を見る。
「ちょっと変わった人だね」
「よく言われる」
……そこは否定しないんだ。
「それで……」
最後。
五人の視線が風太郎へ向かう。
「…………」
「…………」
何だろう。
さっきまで普通だった空気が、一気に重くなった気がする。
主に五月さんのせいで。
「……上杉風太郎だ」
風太郎が名乗る。
「学年トップの上杉?」
二乃さんが尋ねる。
「そうだ」
「へぇ」
「ちょっと二乃」
五月さんが不満そうに口を挟む。
「この人ですよ。昨日、私に失礼なことを言ったのは」
「……は?」
二乃さんの表情が変わった。
……あ。
これは。
「五月に何言ったのよ」
「別に大したことは──」
「風太郎」
僕は即座に止める。
「それ以上はやめよう」
「何でだ」
「絶対に話が悪化するから」
「……同感だな」
珍しく八幡も同意してくれた。
「上杉君」
五月さんが睨んでいる。
「私はまだ許していませんから」
「……分かっている」
「本当に分かっているのですか?」
「だから、昨日から謝ろうと──」
「聞きたくありません」
ぷいっ。
顔を背けてしまった。
「…………」
風太郎が固まる。
「……風太郎」
「何だ、八幡」
「ドンマイ」
「殴るぞ」
「何でだよ」
「二人とも……」
僕は苦笑するしかなかった。
◇◆◇◆◇
「ところで」
一花さんが僕を見る。
「三人とも、お昼まだなんでしょ?」
「うん」
「だったら、一緒に食べる?」
「え?」
思わぬ誘いだった。
「一花!」
二乃さんが声を上げる。
「いいじゃん。席も空いてるし」
「私は別に……」
「四葉は?」
「私は大歓迎です!」
「……三玖は?」
「どっちでもいい」
「五月ちゃんは?」
「……長尾君と比企谷君なら」
「俺は?」
風太郎が即座に尋ねる。
「…………」
五月さんは無言。
「……おい」
「風太郎」
僕は肩を叩いた。
「頑張ろう」
「何をだ!」
そんなわけで。
僕たちは五人と同じテーブルで昼食を取ることになった。
……八人。
なかなかの大所帯だ。
「……それ」
二乃さんが風太郎の昼食を見る。
「何?」
「何食べてるの?」
「焼肉定食だ」
「焼肉ないじゃない」
「焼肉抜きだからな」
「……は?」
二乃さんが固まる。
四葉さんも目を丸くしている。
「焼肉定食なのに焼肉抜きなんですか!?」
「そうだ」
「それ、ただのご飯と味噌汁じゃ……」
「漬物もある」
「そういう問題じゃないと思います!」
うん。
僕もそう思う。
「二百円だからな」
風太郎は気にする様子もなく、ご飯を口へ運ぶ。
「二百円……」
五月さんが呟く。
そして。
自分の昼食を見る。
さらに風太郎の昼食を見る。
「…………」
何とも言えない表情になった。
……昨日、風太郎に食べ過ぎを指摘されたことを思い出したのかな。
触れないでおこう。
「カゲヒロ君は?」
一花さんが僕のトレーを見る。
「今日は唐揚げ定食」
「へぇ」
「景紘は料理もできるぞ」
何故か風太郎が言った。
「え?」
二乃さんが反応する。
「料理できるの?」
「うん。まあ、人並みには」
「景紘の言う人並みは信用するな」
八幡が口を挟む。
「こいつ普通に上手いからな」
「そうなの?」
「八幡まで……」
ちょっと恥ずかしい。
「風太郎にも作ってやるって言ってるんだが、こいつが断るんだ」
「当たり前だ」
風太郎が答える。
「材料費がかかる」
「そこ?」
二乃さんが呆れる。
「いや、でも」
僕は苦笑する。
「毎日こんな食事だと栄養が心配だからさ」
「余計なお世話だ」
「らいはちゃんも心配するよ?」
「……妹を出すな」
……効いたらしい。
「へぇ」
二乃さんが僕を見る。
「本当に料理するのね」
「好きなんだ」
「何作るの?」
「和食も洋食も作るけど……家にあるもので適当に作ることも多いかな」
「ふーん」
二乃さんの目が、少しだけ変わった気がした。
さっきまでの警戒心が、ほんの少し薄れたような。
「私も料理するのよ」
「そうなんだ?」
「まあね」
「じゃあ、今度おすすめの料理とか教えてよ」
「……別にいいけど」
そう言いながら、二乃さんは少しだけ得意そうだった。
料理が好きなのかな。
それなら話が合うかもしれない。
「カゲヒロ君って、趣味多そうだね」
一花さんが尋ねる。
「そうかな?」
「料理もするんでしょ?」
「あと、身体を動かすのも好きかな。部活には入ってないけど」
「スポーツできそうですもんね!」
四葉さんが身を乗り出す。
「何かやってたんですか?」
「小さい頃から色々。今も走ったり、筋トレしたりはしてるよ」
「おお!」
四葉さんの目が輝いた。
「今度勝負しましょう!」
「勝負?」
「はい!」
「何の?」
「走るとか!」
「いいよ」
「やったー!」
……本当に元気だなぁ。
「それと」
僕は少し考える。
「本を読むのも好きだよ」
「へぇ。小説?」
一花さんが尋ねる。
「小説も読むけど、一番好きなのは歴史かな」
その瞬間。
「…………」
隣の方で。
ほんの僅かに、動きが止まった。
三玖さんだった。
けれど僕は気づかず、そのまま話を続ける。
「特に戦国時代」
「戦国時代?」
四葉さんが首を傾げる。
「うん」
「景紘は上杉謙信オタクだ」
風太郎。
「オタクって言い方やめてよ」
「間違ってないだろ」
「否定はできないけど……」
「上杉謙信?」
一花さんが首を傾げる。
「有名な武将だよね?」
「うん!」
思わず声が弾む。
「越後の龍って呼ばれていてね。戦国時代でも屈指の──」
「景紘」
八幡が止めてきた。
「何?」
「長くなるぞ」
「……あ」
しまった。
歴史の話になると、つい。
「ご、ごめん」
「別に良いんじゃない?」
一花さんが笑う。
「好きなものの話してるカゲヒロ君、楽しそうだし」
「そう?」
「うん」
……ちょっと恥ずかしいな。
「…………」
その時。
「……川中島」
小さな声が聞こえた。
「え?」
僕は声のした方を見る。
三玖さんだった。
「今、何か言った?」
「…………」
三玖さんが僅かに視線を逸らす。
「……何でもない」
「そっか」
……気のせいかな?
でも。
川中島って聞こえたような。
上杉謙信といえば。
川中島の戦い。
そして、その相手は──
武田信玄。
「…………」
僕は少しだけ三玖さんを見る。
三玖さんは何事もなかったかのように、静かに昼食を食べている。
……まあ。
また機会があったら聞いてみよう。
◇◆◇◆◇
昼食も半分ほど進んだ頃。
「……そういえば」
風太郎が突然、五月さんを見る。
「中野」
「何ですか」
相変わらず冷たい。
「昨日の家庭教師の話なんだが」
「…………」
五月さんの箸が止まった。
「家庭教師?」
一花さんが反応する。
「何の話?」
「こいつが?」
二乃さんも風太郎を見る。
「そうだ」
風太郎は携帯電話を取り出した。
「俺は昨日、家庭教師の仕事を紹介された」
「へぇ」
「時給五千円だ」
「五千円!?」
四葉さんが驚く。
「すごいですね!」
「そうだろう」
風太郎が得意そうに頷く。
……そこじゃないと思う。
「それで」
風太郎は続ける。
「紹介された生徒が、転校生だった」
「…………」
五月さんの表情が変わる。
一花さんたちも顔を見合わせた。
「昨日の時点では、中野五月一人を教える仕事だと思っていた」
「……え?」
僕は風太郎を見る。
「違うの?」
「ああ。さっき確認した」
風太郎が携帯電話の画面を見る。
そして。
「生徒は一人じゃない」
「…………」
嫌な予感がする。
風太郎も。
五月さんたちも。
そして僕と八幡も。
少しずつ答えに辿り着いていく。
「……まさか」
僕が呟く。
風太郎は五人を見る。
「俺が教えるのは──」
一花さん。
二乃さん。
三玖さん。
四葉さん。
五月さん。
「お前たち五人全員らしい」
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙。
数秒後。
「えええええええっ!?」
四葉さんの声が学食中に響いた。
「ちょっと待って!」
二乃さんが立ち上がる。
「何であんたが私たちの家庭教師なのよ!」
「俺に言うな!」
「私は聞いてませんよ!」
五月さんも立ち上がった。
「俺だって五人いるとは聞いてなかった!」
「五人……」
一花さんが苦笑する。
「それは大変そうだねぇ」
「…………」
三玖さんは無言。
ただ。
少し嫌そうな顔をしている。
そして。
「……なるほどな」
八幡がぼそりと呟いた。
「何が?」
僕が尋ねる。
「いや」
八幡は風太郎を見る。
「こいつの人生、急にハードモードになったなと思って」
「他人事だと思いやがって!」
「実際、他人事だからな」
「八幡!」
「まあまあ!」
僕は慌てて風太郎を止める。
その横では。
「私は認めません!」
五月さん。
「私も反対!」
二乃さん。
「えっと……私は勉強教えてもらえるなら……」
四葉さん。
「私は面白そうだからいいかな」
一花さん。
「…………」
そして無言の三玖さん。
……うん。
これは。
かなり大変そうだ。
「……風太郎」
「何だ!」
「頑張って」
「お前も八幡と同じ反応か!」
「いや、だって……」
僕は改めて五人を見る。
昨日まで。
僕たちの日常にはいなかった女の子たち。
中野一花。
中野二乃。
中野三玖。
中野四葉。
中野五月。
性格は、驚くほど違う。
それでも。
どこかで繋がっているような。
そんな不思議な五人姉妹。
この時。
僕はまだ知らなかった。
風太郎の家庭教師という仕事をきっかけに。
僕自身も。
八幡も。
そして彼女たちも。
少しずつ。
今までとは違う日常へ足を踏み入れていくことを。
そして。
「…………」
ふと。
三玖さんと目が合った。
「……?」
僕が首を傾げると。
三玖さんは、すぐに視線を逸らした。
……何だったんだろう?
まあ。
いいか。
僕は再び昼食へ箸を伸ばした。
この時の僕は。
彼女が呟いた「川中島」という一言が。
これから彼女と話すようになる、小さなきっかけになるなんて。
まだ知らなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ついに景紘、風太郎、八幡の三人が、中野家の五つ子と出会いました!
個性豊かな五人に振り回される風太郎と八幡。そして、早くも五つ子たちと打ち解け始める景紘。
そんな中、三玖が何気なく呟いた「川中島」という一言。
上杉謙信をこよなく愛する景紘と、戦国時代に興味を持つ三玖。
この小さな共通点が、二人の関係にどんな変化をもたらすのでしょうか?
そして、五つ子全員の家庭教師を任されることになった風太郎。
ここから三人と五つ子たちの、賑やかで少し騒がしい日常が始まります!
続きが気になる、これからの関係が楽しみと思っていただけましたら、お気に入り登録や評価で応援していただけると嬉しいです!
また、景紘と五つ子たちの今後の関係や、気になるヒロインについての感想も大歓迎です!
皆様の応援を励みに、これからも丁寧に物語を描いていきます。
それでは、また次回!