古代?中世?残念。近代です!神魔と綴る近代史 作:暇つぶし放浪記
「ちっ、雨降ってんじゃねぇかよ!」
断続的に続く強い雨音に野卑なアルマ語が混ざる。
見覚えのあるアルマダ人の二人組が駐屯所の入り口で天を見上げ、棒立ちになっている。
その視線の先には分厚い雲が渦巻いていて、打ち付けるような雨を降らしていた。
「何言ってるか分からないが、文句なら受付けねぇぞ。今すぐ頭を撃ち抜かれないだけ感謝するんだな。この屑ども!」
早くいけ!
腕を振り払いながら、後ろにいたロバートが声を張り上げる。
男たちは不愉快そうに顔を顰めたが、言っても無駄と判断したのか、舌打ちを置いて去っていく。
後姿が雨の中に消える。
もう隠れる必要はなさそうだな。
ジュリウスもといアルスは部屋を出て、昇降口へと向かう。
既に軍服ではないが、誰にも疑いの視線を向けれられることはなかった。
「来たな。」
雨よけの屋根の下、ロバートが微笑と共に出迎える。
いつの間にか流行の紙巻き煙草を手にしていて、先端には真っ赤な火が灯っている。
アルスは露骨に顔を顰めて、じとりとした目を向けた。
「俺、煙草の臭い嫌いなんですけど。」
「最後くらいいいだろ。」
肩を竦めながら煙を吸い、ふぅと吐き出す。
紫煙が湿気った空気に溶けていく。
「本当に仕事を辞めるのか?」
大きく肩で息をした後、ロバートは口火を切る。
飄々とした笑みは変わらなかったが、不思議と何処か寂しげに見えた。
毎日のように顔を突き合わせたのに、初めて見る顔だ。
この期に及んでまだ知ることがあったとはな。
ふっと頬を緩めた。
「他にやりたいことが見つかったので。」
前に踏み出し、立ち上る紫煙に並ぶ。
辞表はもう提出していた。
事が事だっただけに申請はすぐに受理され、本日付で軍を辞めている。
これで気兼ねなく暴れられる。
狼煙のように上がっていく煙を追って、嵐の空を見上げる。
次の嵐は大地で起きる。
「もしかしたら、先輩にも迷惑をかけるかもしれません。」
「あいつらの事か?」
声が一つ低くなった。
見れば、苦虫を嚙み潰したように顔を顰めている。
微笑は口元から消え、細められた視線は刃物のように鋭く研ぎ澄ませられている。
「それなら気にすんなよ?人一人殺しておいて何のお咎めもないなんて俺だって納得いってねぇ。しかも、目撃者があんなにいたのにだ。」
飄々とした昼行燈の癖にロバートは意外に義に厚い男だった。
アルスが空室で身を隠せていたのも、雨なのに釈放されたのも彼の手引きによるものだ。
正義感が独善的過ぎるキライも含めて、余りに役人に向いていない人間だが、それでもアルスは彼が嫌いでなかった。
「別件ですよ。」
「ん、そうか。」
少しバツが悪そうに頬を掻く。
気まずい空気を煙草に逃げようと口まで持っていき、ふとそれを下げた。
「別に良いぜ。どんな迷惑かけてもよ。俺はお前の先輩だからな。」
先輩風を吹かせ、にっと笑う。
本当に良い先輩だった。
彼が好きだった理由もただそれだけだった。
「じゃあ、俺行きます。」
「おう!またな。」
「はい。」
短く交わした別れの言葉を最後にその場を後にする。
これからやるべきことがあった。
降りしきる雨の中をひたすらに突っ切っていく。
街には人気がなく、すれ違う人も少ない。
いつもは馬車が行き交っている通りですら今日は空いていた。
(見つけた。)
探していた後姿はすぐに見つかった。
例のアルマダ人の二人組だ。
傘も持っていない彼らは通りの店の屋根で雨を凌ぎながら歩いている。
そして、迷い込むように狭く、人気のない道へと入っていく。
恐らく雨を避ける為だろう。
(あの道なら回り込めるな。)
何度も巡回した道だ。
この街の地理なら手に取るように分かる。
別の道からは入って先回りをする。
辿り着いたのは幅の広い一本道。
視界は開けているが、建物が少なく、人も住んでいない。
ここで彼等を待ち伏せする。
目を閉じ、意識を研ぎ澄ます。
合羽が雨を弾く音が耳朶を打つ。
その中にアルマ語の声が二つ混ざる。
それは徐々に大きく、近くなっていく。
――来た。
二つの足音が立ち止まったのを感じ、目を開き、合羽を脱ぎ捨てる。
見れば、例の二人組が数メートル先で立ち尽くしている。
だが、その反応は全く異なっている。
「ひっ!?ま、待ち伏せ!?」
一人は恐怖で顔を青ざめ、首を振りながらたたらを踏む。
「ふはははは!やはり来たか。」
一人は歓喜に肩を震わせ、声を上げて笑った。
相変わらず気取った話し方をする男は懐から銃を取り出し、構える。
「これであの日の雪辱を果たせる!」
成程、狩人のつもりなのは向こうも同じらしい。
どうやったかは知らないが、銃を用意したうえで誘導していたようだ。
思わぬ反撃にあったことに鼻白む。
画竜点睛を欠いた心地である。
同時にその粗末な銃で殺すつもりか?と内心、小馬鹿にもしていた。
もう一人の癖毛の男も同じことを感じたのだろう、泡を食って、気取った口調の男の肩を掴む。
「何やってる!逃げるぞ!?」
「うるさい!劣等民族に虚仮にされたまま終われるものか!」
肩に置いた手は振り払われる。
癖毛の男は低く舌打ちし、後ろを振り返る。
更に気取った男の方も見て、顔をくしゃくしゃにした。
酷く迷っているようだった。
だからこそ、気取った男が機先を制するように警告する。
「おい、逃げるなよ。逃げれば先に貴様から撃ち殺してやる。」
抑揚のない危うげな声だった。
すんと顔から感情が抜け落ち、無表情となり、その一方で目だけは狂気に血走っている。
まるで表面張力のような男だ。
コップ一杯分しか器を持たぬくせに、後一滴でも入れば溢れてしまう。
結局、癖毛の男は逃げるのを諦めたようだ。
「――終わりか?」
アルスは退屈そうに鼻を鳴らし、一歩前に踏み出す。
まったく、くだらない喜劇であった。
揃いも揃って致命的な勘違いをしているのだから。
「死ね!!」
気取った口調の男が引き金を引く。
バン!!と物々しい音が静寂を切り裂く。
放たれた凶弾が回転しながら、真っ直ぐに飛んでくる。
そして、吸い込まれるように脳天に直撃した。
重たい衝撃が頭を後ろへと押し込み、首が仰け反って、反発する。
脳漿と血飛沫が勢いよく飛び散り、水たまりを赤く染めた。
「成程。これが契約者の力か。」
だが、アルスは生きている。
額に手をやると、既に傷跡はない。
頭蓋骨を撃ち抜かれ、砕けた骨で脳みそがぐちゃぐちゃになっていたはずだし、まだ頭の中に銃弾も残っているはずだが、体を何の支障もなく動かすことが出来る。
そういった後遺症を含めて完治してしまうらしい。
「……なぜ、いきている?」
限界まで目を見開き、呆然と呟く。
構えられた腕も自然と下がってしまっている。
既に瞳に狂気の色はない。
代わりに本能的な怯懦がゆらゆらと揺れている。
アルスは淡く笑う。
「『契約者』の力だ。
英雄、半神、吸血鬼、天使。
数多の呼び名で謳われし神々の代理人。
強大過ぎるがゆえに力を行使することを封じている神々に変わって、その力を行使する存在。
ジュリウス・バルカ・アルストリアはバアラトと契約したことで、その存在へと至っていた。
「説明はこれで終わり。じゃあ、死のうな?」
悠然と歩き出す
一歩、また一歩と、迫る死神のように。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?来るな!来るなぁぁぁぁ!」
気取った男は顔を振り乱しながら、半狂乱になって銃を乱射する。
最早、避けるまでもない。
まるで虫でも捕まえるように手を動かし、銃弾を掴んでいく。
契約者となることで動体視力と身体能力が強化されたことでこんな曲芸も出来るようになってしまった。
都合、八発ほど弾を撃ち終えると、カチカチと空の弾倉が回転する音が鳴った。
彼の命数が尽きた瞬間である。
掴んでいた弾を地面に落とす。
ぴちゃっと湿った音が二つ。
彼の勘違いは相手を殺せると思ってしまったこと。
「待て!待て!待ってくれ!私を殺せばすぐに貴様だと足がつくぞ!」
気取った口調の男は先進国の優等民族としての誇りさえかなぐり捨てて、腰を低くし、命乞いをする。
とはいえ、言っている事はもっともだ。
状況的にも、動機的にもアルスが最も怪しまれる。
特に男はアルスが襲撃にくることも想定していた。
万が一を考え、誰かにそのことを伝えていた可能性も十分にある。
もっとも、アルスもその程度のことは織り込み済みだったが。
「問題ないさ。お前たちを殺すのは俺じゃなくて、天罰だからな。」
そういう筋書きである。
誰がどう考えても、人が殺したものでないのなら、それは事件としては取り扱われない。
指をパチンと弾く。
雨の中、大地に向かって光が降り注ぐ。
蛇行する竜のように体をくねらせ、男に食らいつく金色の光。
バアラトの司る雷と同じものだ。
これが『契約者』として得たもう一つの力。
その力は凄まじく、雷に打たれた男は忽ちのうちに黒焦げとなり、焼死体となって地面に倒れた。
「少し強くしすぎたか。」
これでは事故を装うどころか、怪事件が出来てしまう。
もう一人は加減しないと。
視線の焦点を焼死体から移動させ、もう一人へと。
「うあぁぁぁぁ!うあぁぁぁぁ!」
癖毛の男は腰を抜かしたのか、尻餅をついていた。
必死に逃げようと尻を浮かせて下がっていたが、手を滑らせ、水たまりに顔を突っ込んだ。
彼の勘違いは逃れられると思ってしまったことだ。
「許してくれ!謝る、謝るから!罪だってちゃんと償う!だから――」
逃さないし、許しもしない。
死というのは常に起こるだけなのだ。
雷鳴がもう一度、一本道に木霊する。
今度は上手くいったのを確かめて、アルスは合羽を拾い、踵を返す。
家に帰るのだ。
吹き荒ぶ雨風に全身をびっしょりと濡らしながら、ただもくもくと歩く。
すると、曲がり角からばっと人影が飛び出してきた。
「わっ!」
びくりと肩を跳ね、体を強張らせる。
まったくと言っていい程、気配が掴めなかった。
「ふふふふ!」
その反応が面白かったのか、人影――バアラトは傘を持っていないほうの手を口元にやり、クスクスと喉を鳴らした。
この女!わざと気配殺してやがったな!
主人である女神を睨みつけ、こめかみを引き攣らせる。
本来なら契約の影響でお互いの位置や状況を直感的に理解できるのだが、契約上、上位者にあたる彼女は一方的にそれを隠す権限を持っている。
それを悪用してのこの所業である。
彼女もまた天罰が下るべきだった。
だが、どうしてだろう、雷を食らってもけろってしているバアラトの姿が容易に想像できるのは。
それどころか、本日二件目の焼死体となってアルスが発見される未来さえ思い浮かぶ。
女神は天罰の対象外。
結局、諦めるほかなかった。
「そんなに濡れていては風邪を引いてしまいますよ。ほら、入ってください。」
笑い終えた彼女は手招きして、一つしかない傘に誘う。
もう一本持って来いよと言うのは野暮であった。
彼女から傘を受け取り、寄り添うようにしてお互いの体を狭い空間に収める。
「びしょびしょですね。乾かしてあげます。」
彼女が指を弾くと、びしょぬれだった衣服と髪があっという間に乾いた。
じゃあ、傘要らねぇだろ。
思わずそんなことを思うと、ビリっと触れ合う肩から電流が走る。
「まだ何も言ってない。」
「顔には出てましたよ。」
「すみません。」
それなら仕方ないか。
他愛のない事を喋りながら、二人で家路につく。
慣れないことをしているせいか、中々すぐには辿り着けない。
それでもあと少しというところまで辿り着くと、彼女は神妙な面持ちで訊いてきた。
「気は晴れましたか?」
何がとは言わなかった。
彼等に報復したことで満足できたのかを聞きたいのだろう。
それが復讐心に囚われることを心配してか、或いは再び生きる目的を見失わないかという危惧から来るものなのか、それは分からない。
だから、ありのままの本心を答える。
「全然。元々、あんな小物どうでもよかったしな。」
どうでもよさそうに肩を竦める。
演技ではない。
昨夜、彼女に言った通りだった。
彼らの命が何億と積み重なろうとエリザベスの命には及ばない。
最初から復讐などするつもりがなかった。
「ただ、けじめはつけた。」
だから、これは単に気持ちの整理の問題で、彼らの命はその程度が相応しい。
ふと傘を叩く音が優しくなっていることに気付く。
見れば、雨粒が小さくなり、雨が弱くなり始めていた。
「これからどうします?」
バアラトは安心したように頬を緩め、肩に寄り添ってくる。
らしくない愚問である。
「――俺たちが本当の名前で生きられる世界を作る。」
その為にはまずこの国を変えるとしよう。
「手伝ってくれるか?」
「はい、喜んで。」
それから少しして家に辿り着く。
もうすぐ雨も上がるだろう。