古代?中世?残念。近代です!神魔と綴る近代史 作:暇つぶし放浪記
この国――ダナンが生まれたのは天暦1834年のこと。
グラン大陸の西の最果てに位置する島国だったアルストリア王国は、列強の一角に数えられる大国アルマダに侵攻され、為すすべなく滅ぼされた。
戦争を主導したとして、時の王と妃が処刑され、王家も解体。
貴族の多くも戦争犯罪人として投獄されるか、私財を没収され、没落の憂き目にあった。
そして、長きに渡り民衆の自由意志を抑圧してきた専制君主制の崩壊と民主主義の勝利が宣言され、かくてダナン共和国が建国された。
そんな国家の存亡劇の裏で生まれたばかりの王子が姿を消した。
戦争が激化する前に教育係であった女性に連れ出され、偽りの身分と名前を与えられ、彼女に育てられた。
それがアルス・ウェルズであった。
(やっぱり、当時は大混乱だったんだな。)
埃の舞う資料室でダナン語で書かれた新聞に目を落とす。
そこには『消えた王子の行方は!?』という大きな見出しと共に王家の紋章が施された指輪の写真が掲載されていた。
だが、更に資料を漁ると、徐々に戦争に関する記事が多くなり、その事は日に日に強まっていく戦火を前に忘れらていったのだと分かる。
(エリザの経歴とか、俺の身分の偽装は前政権も手伝ったって話だし、そう簡単にはバレないようになってる筈。実際、当時の記事にも憶測以上のことは載ってない。)
十八年前の最も記憶が鮮明な時期でさえそれなのだ。
まして戦争の混乱があったことを踏まえれば、アルスが王子だと特定するのはほぼ不可能である。
(だとすると、バアラトの証言が本当なのか?竜に聞いたとかいう与太話が。)
思わず机に突っ伏す。
そんなのどうやって予測しろと?
胸の中でありったけの愚痴を吐き出した後、ゆっくりと体を起こし、紅茶を口にする。
「勤務時間中なのに紅茶とは。税金で飯を食ってる公務員の鑑だな、お前は。」
嫌味ったらしい皮肉に視線を向けると、眼鏡をかけた軍服姿の男が「よっ!」と陽気に酒瓶を掲げた。
同じ警邏隊の先輩、ロバートだ。
「酒瓶持ってきた、先輩には負けますよ。」
「水が高いのが悪いのさ。安い方が選ばれる。資本主義国家なら当たり前のことだ。その一員である俺がそれに則って何が悪い。」
「まさに夜警国家ここに極まれりですね。」
隣に座って酒を飲み始めたロバートを注意するでもなく、アルスは肩を竦めた。
実際、アルスの所属する警邏隊は昼間からお茶してられるぐらいには暇だった。
警邏隊は形の上では軍に所属する部隊だが、その役割は町の治安を維持することであり、他国でいう所の警察のような仕事をしている。
もっとも、こんな平和な街では事件なんてそうそう起きないし、起きたとしても捜査手段は聞き込みか、見回りの強化しかないので、短期的にしか忙しくなることはない。
見回りと酔っ払いの喧嘩の仲裁がもっぱらの仕事だった。
「何読んでんだ?うわっ!?これダナン語で書かれてあるじゃねぇか!?一体、いつのだよ?」
アルマダに征服されて以降、公用語はアルマ語に統一されている。
民間の書籍である新聞はその対象外なのだが、とある構造的理由によって、殆どの新聞はアルマ語で書かれる。
それ故に書かれている言語で、征服前か、征服後か、すぐに判別できるのだ。
「消えた王子の行方ねぇ。」
意気揚々と新聞に手にしたロバートはにやりと怪しげな笑みを浮かべた。
またろくでもない事を考えているのだろう。
「そういや知ってるか?消えた王子がこの街でいるって噂があるの。」
「また都市伝説ですか?」
「そうだ。ロマンあるだろ?」
相変わらず、噂好きな人だ。
アルスは全く動揺しなかった。
その手の噂はどの街にもあるものだし、アルスも何度か耳にもしている。
だが、具体性がないのは先の新聞の通りである。
それならば焦るに値しない。
「実際、王子を見つけたら、どうなると思う?」
何気なく聞いてくる。
どうなるのか、か。
紅茶を少し口にしながら、上を見上げて考える。
長年、考え続けたことだけあって、答えは簡単に出た。
「誰も得しない結果になると思いますよ?」
「
「多分ないと思いますよ。だって、報奨金を出すなんて政府は一言も言ってないわけですし。」
それに政府は恐らく、消えた王子は消えたままでいてほしいと思ってるはずだ。
時の王の息子と言えば確かに体制転覆を正当化する最大の存在ではあるが、国家が国民に再定義された社会で、その正当性がどこまで通用するのかという点では疑義が残るし、そもそも探し出すのが困難だ。
仮に発見したとしても、当時、赤子だった王子に戦争の責任を連座させて処刑するというのは人道的な問題があり、また野放しにしても批判が出るだろう。
その点、消えたままなら正当性なんて意味を為さないし、諸々の問題も表面化しない。
現状維持を望んでいるという意味では、アルスも、政府も、変わらないのだ。
なので、国家の犬として平和を維持するために、先輩に釘を刺しておく必要がある。
「取り合えず、先輩の仕事は百倍ぐらいになりそうですね。」
「良し、この話は終わりだ。」
乱暴に投げ捨てられる新聞。
あっさりと興味を失い、鼻歌を歌いながらお酒を飲み始めたロバートにアルスは苦笑し、新聞をファイルに挟み、棚へと戻す。
このまま埃が散り積もることを祈って。