古代?中世?残念。近代です!神魔と綴る近代史 作:暇つぶし放浪記
次の日、アルスは仕事だった。
夜勤なので昼に出勤したばかりなのだが、夕焼けに照らされる顔には既に疲労の色が濃く表れている。
街の方々に顔を出した後だからだ。
主に回ったのは酒場だが、中にはエリザベスと繋がりのある政治家や貴婦人の元も訪れていた。
前者は素直に仕事だが、後者に関しては地盤固めが目的だ。
と言っても、有力者に近づいて、昇進を近づけるという意味ではなく、顔つなぎの意味合いだ。
彼らの中にはエリザベスの顧客であったり、服飾のファンもいるが、彼女を女性の社会進出の象徴として利用しようとしている者も少なくない。
だから、こちらもエリザの身の安全を守るために彼らの力を利用するし、それを忘れさせないためにも定期的に訪問しているのだ。
お陰で空き巣対策にもそのなるのだから、彼らにとっては一石二鳥だろう。
迷惑だなんて言われる筋合いはない。
(にしても、偉い奴ってのはどうしてあんなに話が長いんだ。)
悄然と溜息を吐き、道行く人の群れに逆らって進む。
茜色の陽光を背にした彼らの顔は暗い影で塗り潰されているようだった。
誰そ彼。
そういうには疲れて見えたが。
巡回ルートを回り切り、駐屯所へと戻る。
その途中、ふと路地裏に出くわした。
すっと伸びた路地が薄っすらとした暗闇に覆われて、明かりの消えた喫茶店の窓が夕日を鈍く反射する。
物鬱げで、おどろおどろしい雰囲気だ。
だが、アルスの頭にはバアラトの顔が思い浮かんでいた。
(まさかいたりしないよな?)
淡い期待と共に足を踏み入れる。
不思議な気分だった。
歩くごとに視界のどこかに雷光の残滓を探している。
だからなのか、周囲の異変にいち早く察知できた。
「嫌!離して!」
木霊する悲鳴にアルスは足を止める。
意識を集中し、耳を澄ませば女性の抵抗するような声が断続的に聞こえてくる。
――駆ける。
軍靴で石畳を強く蹴りつけ、大きな肩で風を切り裂いていく。
「おい!何をしている!!」
現場まで辿り着くと、ありったけの怒鳴り声を叩きつける。
視線の先には少女の腕を掴み、衣服に手をかけようとする二人組の男がいる。
身なりは整っていて、肌は日焼けしたように浅黒い。
「ちっ!めんどくさいのが来たな。おい、どうする?」
アルマ語!こいつら、アルマダ人か!
「今すぐにその少女から手を離せ!」
だとしても、引き下がる理由はない。
言語を切り替え、アルマ語で警告する。
すると、二人の男は驚いたような表情をし、次いでにやりと笑い、顔を見合せた。
「特に問題なんて起こってませんよ。お巡りさん。」
「そうだぜ。俺たちはただこの子に人生勉強を教えてやろうと思っただけだ。劣等民族に物を教えるのは俺達、先進国の役目だからな。これも仕事なのさ。」
下卑た哄笑が辺りに響く。
どうやら話しても無駄のようだな。
アルスは無言で腰の刀を抜く。
「はっはっはっ、この時代に侍ソードってマジかよ!お前!そんなちんけなブツで俺たちがビビると思ってんの?」
「所詮、劣等民族ということです。本物の武器とはこういうものを言うのです。」
懐から取り出したのは
それをアルスへと向け、撃鉄を起こす。
「現地の警官だぜ?殺したら面倒じゃないか?」
「問題ありません。このぐらいならもみ消せます。」
気取った口調の男は抑揚を抑えた声で言う。
だが、切れ長の目には爛々とした光が輝いていて、まるで興奮を隠せていない。
狩猟を楽しむ貴族のつもりなのだろう。
アルスは白けたような目を向ける。
それでも銃口から目をそらすことはしない。
視線が重なり、緊張が高まる。
静寂は今やピンと張った糸のようだ。
「駄目!逃げて!!」
少女が叫ぶ。
それが破局への引き金となった。
「死になさい!」
獣のような笑みと共に放たれる銃弾。
耳を聾するような重低音。
視界の端に発砲炎の光が過ぎる。
だが、痛みはない。
引き金が引き絞られる瞬間、射線から逃れるように斜め前へと前進したのだ。
「なっ!?」
絶句する男。
それを今度はアルスが嗤う。
「劣等民族の猿にすら弾を当てられないなんて、狩りが下手なんですね。お貴族様。」
狩猟は上流階級のステータス。
それを侮辱されたことで顔を真っ赤にした男は怒りのままに銃を乱射する。
だが、それより早くアルスは動いていた。
人並外れた動体視力で引き金を引くタイミングと銃口の位置から射線を見極め、撃つより先に弾を避ける。
そして、重心を低くし、前へと大きな踏み込みを繰り返して、距離を詰める。
――間合いに入った。
刹那、銀色の光が弧を描く。
「あっ……」
誰かの口から呆然と呟かれる声。
それはこの呆気ない決闘の顛末を物語っている。
男の首筋に添えられた白刃。
あとほんの少しでも動けば、男の頸動脈が掻き切れ、その生は不可逆の変化を遂げることになる。
「わ、私を殺せば、本国の者たちが黙っていないぞ……」
だからだろう、男の口から出たのは間接的な命乞いだった。
優等民族と言えど、肉体の造りまでは変えることが出来なかったようだ。
「ここは劣等民族の国ですよ?身ぐるみ剥いで、顔を潰せば、身元の特定なんて出来るわけありません。」
アルスは大法螺を吹く。
必ずしもそういうわけではないのだが、別に本当のことを言う必要性はない。
男はアルスには殺せないと言っているのだから、それを否定する材料さえ与えれば勝手に
実際、効果は覿面だった。
浅黒い肌が青紫に見えるほどに血の気が引き、瞳孔が極限まで開かれている。
恐怖のあまり、呆然自失としてしまってたようだ。
「今すぐその子を離して、この場から消えろ。」
気取った口調の男を突き飛ばして、少女を捉えていたもう一人の男にぶつける。
彼は強張った表情でショックで動けなくなっている男とアルスの顔を何度か交互に見比べたが、
「早くしろ」
と低い声で脅されると男を抱えて、足早にこの場を立ち去った。
「まったく、余計な手間かけさせやがって。」
その背を見送ると、アルスはようやく肩から力を抜いた。
この後、まだ夜勤と翌日のバアラトの見送りが残っていると思うと、先が思いやられた。
「あの、ありがとうございます。」
残っていた少女がぺこりと頭を下げる。
あの手の輩に狙われただけあって、可愛らしい容貌の少女だ。
年齢は二、三歳ほど下に見えた。
だからなのか、差し出がましいと思いつつも、余計なことを言いたくなってしまった。
「どういたしまして。っと言いたいところだが、女の子が一人でこんなところを歩くのは感心しないな。俺が来なかったら、大変な事になってたぞ。」
刀を鞘に納めながら、彼女の迂闊を咎める。
この街の治安は良いが、それを過信しすぎるのは良くない。
何の対抗手段も持たない少女が人気のない所を一人にうろつくなんて襲ってくださいと言っているようなものだ。
「ごめんなさい。仕事で疲れてて、少しでも早く家に帰りたかったんです。」
再び、頭を下げた少女の肩は酷く悄然として、小さく見えた。
理由が理由なだけに何も言えなくなったアルスは後ろ髪を手で掻く。
「……どのぐらい働いてるんだ?」
「十四時間ぐらいです。」
疲れ切ったように俯きながら答える。
この様子だと、二日合わせてということではないのだろう。
どう考えても働き過ぎだが、彼女のような境遇のものはこの街にも多い。
寧ろ、アルスやエリザベㇲのような生活の方が少数側だった。
「取り合えず、今日は家まで俺が送ってやる。」
「良いんですか?」
「また、襲われたらかなわないからな。」
冗談めかして言うと、少女は力なく笑った。
「それとあとでお前の仕事先教えてくれ。もうちょっと早く帰らせてもらえないか取り合ってやる。」
「え、でも。」
「安心しろ。こう見えて結構、顔が広いんだ、俺。」
本日、訪問した偉い人たちの顔を思い浮かべながら天を仰ぐ。
空はすっかり暗くなっていて、不敵にほほ笑む三日月が浮かんでいた。