古代?中世?残念。近代です!神魔と綴る近代史 作:暇つぶし放浪記
「バアラトちゃん、ちょっといいかな?」
時は少し遡り、昼間に移る。
遠征の準備をしていたバアラトはエリザベスに手招きして呼び出される。
その声はいつもよりやや硬い。
向かった先にはお菓子と紅茶が用意されていた。
「どうかしたんですか?」
「ちょっと話したいと思ってね。ごめんね、忙しい時に。」
「構いませんよ。日頃、お世話になってますから。」
案内されたソファーに腰掛ける。
「そう言って貰えると助かるよ。あっ、お菓子は好きに食べて良いからね。」
ローテーブルを中心に右斜め隣に設置されたもう一つのソファーにエリザベスが座る。
普段よりも甲斐甲斐しいのは緊張のせいだろうか。
(わざわざ、
少し長くなりそうですね。
チョコレートを一つ摘み、口に含む。
そして、口の中に広がった甘みを紅茶で喉の奥に押し込んだ。
「最近、どう?ここでの暮らしにはもう慣れた?」
「はい、エリザさんや彼にも良くしてもらっているお陰で、楽しく過ごさせてもらってます。」
「そっか。それなら嬉しいんだけど。」
当たり障りのない会話がすぐに途切れる。
春の暖かさが静寂と緊張を孕む。
カチカチ時計の音が響く中、ふと窓の外で大きな風が吹き、ざぁざぁと枝葉が鳴った。
「ねぇ、君達さ、本当は恋人じゃないでしょ?」
それに紛れ込ませるように彼女は決定的な問いを投げた。
灰茶色の眼差しに力強い光が宿っていて、誤魔化すことは出来ないと悟る。
「えぇ、その通りです。」
小さく息を吸いなおした後、バアラトは肩の荷が下りたようにそれを認めた。
「……随分、あっさり認めるんだね。」
「確証があったから尋ねたのでしょう?貴方たち
「成程ね。」
少し照れたようにはにかみながら、足を組み替える。
親子と呼ばれることは満更でもないらしい。
だが、思う所もあるのか、彼女は天井に視線をやり、目を細めた。
そして、そのままの態勢で次の句を紡ぐ。
「うん、そうだね。
上から叩きつけるような断定であった。
論理的な根拠ではない。
だが、彼女にとっては決定的で、絶対的な理由なのだと分かる。
バアラトは少し言い淀み、ためらいがちに問う。
「……それは彼が全然モテないってことですか?」
だとすれば、中々、ショックな話ではある。
バアラトから見たアルスは千年に一人の逸材である。
確かに奇異な格好をしているが、だからと言って、全く女人に相手にされないとは思ってもみなかった。
「あっはははははははは!」
ぷっと噴き出したかと思いきや、一目を憚らずに腹を抱えるエリザベス。
何か笑いどころがあったのだろか?
親としては心配するところでは?
怪訝に首を傾げる。
エリザベスは暫く笑い転げていたが、ようやく落ち着いたのか、はぁはぁと息を吐き出しながら口を開いた。
「あぁ、うん、まぁ、そういう見方もあるかな。」
「……取り敢えず、息を落ち着けてください。」
絶対に適当な事を言ってるな、この女。
じっとした目を向ける。
すると、エリザベスは大きく咳ばらいをし、背筋を糺す。
引き締め直した神妙な顔で本当の理由を口にする。
「でも、私が言いたいのはあの子の性格かな。」
「性格ですか?普通だと思いますが。」
「うん、表面上はね。」
普通に笑って、普通に泣いて、普通に怒って。
「でも、いつでも捨てられる。そんな目をしてる。」
寂しげな言葉がバアラトの胸に針のように突き刺さる。
一か月前に負った心痛が疼き、堪えるように身を固くする。
頭の中には一つの情景が浮かんでいた。
思い当たる節があった。
(私が彼を勧誘した時、一瞬だけ空気が変わった。あれはそういうことですか。)
自らの目的のために、必要なものと必要無いものを選り分ける。
感情すら、度外視して。
そういった資質が彼にはあるということだ。
思えば初めて会ったとき、彼は本気で刀を振るっていた。
まだ何も害をなしていないバアラトに対して。
秘密を知るものを殺すことで、真実を闇に葬ろうとしたのだ。
「あの子にはとある秘密があるの。」
堰を切ったように言う。
自棄になったのかとバアラトが目を見開くと、
「やっぱり。」
彼女はにんまりと笑い、白い歯を見せる。
どうやられたらしい。
だだ、今はそのことを追求するつもりはないのか、滔々と語り続ける。
「その事をあの子に言ったとき、私はあの子にお母さんって呼ばないでって言ったんだ。あの子のお母さんとは友達だったから、あの子にとってのお母さんは一人でいて欲しかった。」
再び、天を見上げる。
誰かを思い出すように。
きっと彼女にとってとても大切な人だったのだろう。
だから、どんな苦労を背負ってでも、その一人息子を大切に育ててきた。
アルスの普段の立ち居振る舞いや幅広い知識を見れば、それが分かる。
「あの子は突き放されたみたいな顔をした後、分かったって言ったの。そして、それ以降、私をお母さんとは呼ばなくなったし、誰にも秘密を話さなかった。」
どんなに仲のいい友達であっても、思いを寄せられている相手でも、絶対に。
懺悔するような声音が部屋に響く。
彼女はそのことが今のアルスを決定づけたと確信しているのだ。
己の確固たる寄る辺を否定され、偽りの名で生きていかなればならなくなったことが、彼の二面性を形作ったのだと。
「どこにもいけなくなってしまったんですね。」
「うん、多分あの子はもう何も求めてないんだと思う。」
そして、虚無へと至ったのだ。
本当の自分がどこにもいないのだから、世界にある全てのものにも意味がなくなる。
どうせ手に入らないのだから。
「本当は何だってできるのにね。」
だが、彼は興味を示さないだろう。
名声にも、富にも、快楽にも、美徳にも、善行にも。
「だから、君が来てくれて本当に良かった。」
エリザベスは俯けていた顔を上げた。
眩しいものを見るように目を細め、救われたような表情だった。
その意味が分からず、首を傾げる。
「どういう意味ですか?」
「君ならあの子を連れ出せるかもしないってこと。」
「なるほど?」
得意げにされたウインクに疑問符付きの納得を見せる。
よく分からないが、どうにもそういうことらしい。
眉根を寄せ、腕を組みながら、何とか理解しようと努める。
想像力を総動員し、考えあぐねた末、バアラトはそれらしい寓話にたどり着く。
つまり、彼は白馬の王子様を夢見るお姫様なのだ。
本当の自分を見つけ出してくれる誰かをずっと待ってて、バアラトにはその資格がある。
「成程、分かりました。」
今度、会う時は白い馬と花束を持参して、もう一度、勧誘してみよう。
頭の中で彼が「そんなわけねぇだろ!」と喚いているが、他ならぬエリザベスがそう言うのだ。
やってみる価値はある。
「うん!だから、ちゃんと戻って来てね。私はもう君の事、家族だって思ってるから。」
その時の母のような微笑みをバアラトは決して忘れない。
昼下がりの暖かさが不思議と肌に染みて、目頭がかっと熱くなる。
私が私であると認めてもらえたことが心の底から嬉しかった。
魂の奥深くで蟠っていた何かが消え、少しだけ胸が軽くなる。
「はい!」
この気持ちを少しでも返したい。
力強い返事が家の中を木霊する。
その響きはすっかりこの家に馴染んでいた。