古代?中世?残念。近代です!神魔と綴る近代史 作:暇つぶし放浪記
まだ薄明の名残を残す空の下、バアラトを待つ。
朝露に濡れた大気は適度にひんやりとしていて、眠気を覚ましてくれる。
ズボンのポケットに手を突っ込みながら、辺りを見回す。
暗い影の帳が下りた景色。
鬱蒼と立ち並ぶ建物の群れの中、ここだけ切り取られたように視界が開けている。
その理由は後ろにある。
壮然と屹立する背の高い建築物。
ルート駅だ。
徐々に朝陽が顔を出すとその全容が見えてくる。
長方形に広がる赤レンガと石造りの外壁、窓の群れが昇る光に合わせて輝きだし、最後は飾り付けられた尖塔が姿を現す。
堂々として、犯しがたい。
幼い子供であれば、これが城だと言ってもそれを信じただろう。
それほどの威容だった。
暫く駅を眺めていると、背後で馬車が止まった。
どうやら来たみたいだな。
「お待たせしました。」
予想通り、バアラトだった。
その手には大きめのスーツケースの柄が握られている。
随分と重そうだが、それを細腕で軽々、扱う様は改めて、彼女が神魔であることを思い出させてくれる。
「ほら持つよ。」
「いえ、重たくないですから。」
「俺の外聞が悪くなるから、寄越せって意味だ。」
ひったくるようにスーツケースを奪う。
バアラトは目をぱちくりさせていたが、仕方の無いものを見たかのように肩を竦める。
それから駅の中に入り、定期券を購入する列に並ぶ。
「本当に俺もついていかなくて大丈夫なのか?日帰りで帰れるから、宿選ぶぐらいは手伝うぞ?」
「平気ですよ。いつまでも貴方に頼りっきりというわけにもいけませんから。」
一顧だにしない。
だが、その横顔は清々しく、昨日見た焦燥感が消えている。
「そうか。」
小さくそれだけを返し、前を向く。
購入した定期券は一名分だけだった。
「そろそろだな。」
暫くの時をベンチで過ごし、出発の時が迫る。
立ち上がったバアラトと異なり、アルスは座ったまま。
どの道、
「一つお願いがあるんですが、良いですか?」
「内容次第だな。」
「帰ってきたら、もう一度、貴方のことを誘っても良いですか?」
思わず見上げると、慈母のような微笑みが出迎える。
正直、この顔が苦手だった。
エリザの顔と重なるからだ。
それで強く出れなくなってしまう。
「どうせ断るぞ?」
「構いませんよ。」
「好きにしろ。」
「ありがとうございます。」
一歩、前に出る。
彼女はゆっくりと振り返りながら、笑った。
年頃の少女のように。
「その時は白馬に乗って、沢山の花束を用意しますね。」
それはやめろ!!
こうしてバアラトと別れた。
そして、すぐにその場を後にした。
先程のツッコミが思ったより響いたため、人目に晒され、恥ずかしくなったからである。
次の日、アルスはいつも通りの朝を迎えていた。
「あれ?バアラトはまだ起きてないのか?」
紅茶を片手にソファーで寛ぐエリザベスに尋ねる。
すると彼女はふっと笑った。
そして、気付く。
思ったよりもバアラトがいることが当たり前になっていたことに。
「あぁ、もうくそ。」
何かが足りない家に悪態が響く。
今日は不思議と何もかもうまくいかない日になる気がした。
◇
(あの子、バアラトちゃんがいなくなって調子を崩してたね。)
今朝の一幕を思い出し、エリザベスは頬を緩める。
アルスの作ってくれた卵サンドをもう一口食べる。
時刻は正午。
朝の客を一頻り捌き、昼休憩を取っていた。
(いい薬だね。あんな可愛い子がいつまでも野放しのまま自分の傍にいてくれると思ったら、大間違いだって知るといい。)
心の中で「別にそんなのじゃねぇ!」と義息が強がるが、あんなに取り乱しておいてそれは無理がある。
エリザベスから見れば、アルスはとっくにバアラトのことが好きだし、家族だと思っている。
問題は本人がそのことに気付いていないこととそれすらも切り捨ててしまえる点にある。
(もう一つなにかあれば、きっと何かが変わると思うんだけど。)
そうすれば、私という檻から巣立ち、世界へと彼は羽ばたくだろう。
その結果、彼が王の直系であるとバレたとしても構わない。
散々、帝王教育としてあらゆる教養を叩きこんできたが――いや、だからこそ、彼の積み上げてきた努力と辛苦が報われることをこそを望んでいた。
(ってこんなこと、本当は私が思う資格なんて無いんだけどね。それでも――ごめんね、アリア。)
それが親としての願いで無くして、なんだというのか。
母は一人でいいと彼を突き放しておきながら、今更、そんな事を願うのか。
友から母の地位を奪わんとする強欲と自ら種蒔いておきながらそれを否定する身勝手さ。
自己否定の感情が胸の奥底から溢れ、火山のように噴火する。
だが、それを遥かに凌ぐほど子への愛情は膨れ上がってしまっていた。
天を見上げ、在りし日の友に許しを乞う。
罪悪感はあるが、引き返したいとはもう思っていなかった。
「おい、本当にやるのか?やめろって言われたって聞いたぞ。」
「うるさい!あんな恥をかかせられて、泣き寝入りなど出来るものか!絶対に自らの所業を後悔させてやる!」
ふと扉の外から揉めるような声が聞こえてくる。
何かあったのだろうか?
椅子から立ち上がり、外へと向かう。
店の手前で喧嘩されても迷惑だし、情けは人の為ならずである。
「どうかなさったんですか?私に手伝えることであれば何かお手伝いしますが。」
外にいたのはアルマダ人の男性の二人組。
一人は大柄で癖のある髪をしていて、もう一人は痩身でブランド物を身に着け、気取った服装をしていた。
身なりは整っているので、旅行中の観光客だろうか?
「ふははははは!」
気取った服装の男が人目も憚らずに笑いだす。
突然のことにぎょっとするが、男はお構いなしであった。
関わってはならない人に関わってしまったのかと思い、後ろに一歩後退る。
男が懐に手を伸ばしたのは殆どの同じタイミングだった。
「親子揃いも揃って、我が祖国の言葉を喋りおって!身の程を知れよ!!劣等民族が!!」
取り出されたのは回転式拳銃を見て、エリザベスは息を止めた。
向けられた銃口は確かにこちらを向いていて、男の目は血走っている。
殺される。
心臓がぎゅっと縮まり、時が凍る。
走馬灯のように過去の記憶がいくつも浮かんでは消えていく。
(そっか。これがもう一つか。)
そして、全ての出来事が一本道に繋がれ、必然であったと悟る。
これから訪れる決して逃れることの出来ない死も。
運命が彼を導くための一つの礎なのだと。
胸の奥がきゅっと引き締められる。
それでも心は穏やかだった。
(幸せになってね。)
抗うことなく、静かに目を伏せる。
心に浮かんでいるのは最愛の息子と新しく出来た娘の姿。
その行く末を見届けることが出来ないのは心残りではあるが、最後に親としてなすべきことを果たして死ねる。
本望であった。
凶弾が放たれる。
エリザベスは最期に世界が壊れる音を聞いた。