科学王国の忍者 作:あいまい
一子たちが帰還した司帝国の本拠地は、張り詰めた緊張感に包まれていた。
「なるほど。ゲンの報告は、すべて出鱈目だったというわけだね」
玉座に腰掛けた司は、静かに、だが圧倒的な威圧感を孕んだ声で呟いた。
その前で、氷月が淡々と報告を続ける。
「ええ、千空君は生存しています。そればかりか、村の人間たちを統率し、科学の国を築き上げていました」
周囲の兵たちがざわつく。死んだはずの男の生存、そして科学の復活。司の目が、冷酷な光を帯びた。
「千空が生きているとなれば、一刻も早く叩かなければならない。……だが、これからは厳しい冬が来る。このストーンワールドでの冬籠りを甘く見れば、こちらも無事では済まない。───千空たちへの総攻撃は、冬解けの直後だ」
司の冷徹な宣言に、兵たちが息を呑む。来春、全面戦争。科学vs武力の決戦だ。
「はい、司さん!1つ提案があります!」
「なんだい、一子」
千空の生存という予想外の事態に、いつもの余裕が消えた司の視線が、冷たく私を捉える。そのプレッシャーを受け止めながら、私は口を動かした。
「今、ほむらちゃんが1人で村を監視してますよね? 無いとは思いますけど、もしかしたらゲン君みたいに、千空の口車に乗せられて寝返っちゃう可能性があります。それに、ずっと1人で監視させるのも、ほむらちゃんの身体に悪いですし……私が半月おきくらいに、監視の任を交代するのはどうですか?」
これならば、定期的に千空の元へ大手を振って通える。
しかし、私の提案を聞いて、横に立つ氷月は、フッと冷たい鼻笑いを漏らした。
「ほむら君はゲン君と違って、寝返るような人間ではありませんよ。……寧ろ、一子君。君の方が、千空君の作る科学アイテムに簡単に釣られてしまいそうですが?」
「私でなくとも、基本的に科学アイテムは魅力的に映るでしょ?私たちは豊かさに慣れきってしまった現代人なんですから」
私はいつものように愛想笑いで取り繕うことはせず、わざとらしく声を少し潜めた。
村に火をつけるという残虐な作戦を口にした瞬間から、私は根本的にこの男のことが気に入らないのだ。本音を出してしまうのはスパイとして愚行の極みだが、この男にだけは、何か言ってやらないと気が済まなかった。
「それに……私、正直ほむらちゃんのこと、あんまり信用できないかな〜って」
その言葉が落ちた瞬間、氷月の雰囲気が一変し、周囲の温度が数度下がったかと思うほどの鋭利な殺気がピリッと張り詰めた。
「……ほむら君が信用できないとは? 彼女は与えられた仕事を過不足なく、卒なくこなします。感情に流されず、自分の頭で冷静に判断してね」
「身内に甘いですね〜!あの子、殆ど喋らない……というか、基本的に氷月さん以外は無視するじゃないですか。だから、何考えてるか分からないんですよね。意思の疎通ができないっていうか。そんな人を、どうやって信用しろっていうんですか?」
「……なるほど。それが君の本性というわけですか」
「女なんて大体こんなもんですよ〜」
一子と氷月は、無言のままバチバチと火花を散らして睨み合った。そんな2人の険悪な空気を、見兼ねたように司が仲裁の口を挟んだ。
「一子、少し言い過ぎだ。ほむらも俺たちの大切な仲間なんだ」
「そう……ですよね。ごめんなさい司さん!私、ほむらちゃんになんて酷いことを……」
ハッと我に返ったフリをして慌てて両手で口を覆う。だが、司は責めるような色も見せず、ふっと息を漏らして微笑んだ。
「だが、君の言うことにも一理ある。確かに、冬の間ずっと1人で監視させるのは体に堪えるだろうし、千空たちが何をしてくるか分からない。うん。一子の言う通り、監視は半月ごとの交代制にしよう」
それから半月が経った。私は、ほむらと監視の任務を交代するため、単身で村の間近までやってきていた。
ほむらは、どこにいるのだろうか。監視ならば、見渡しの良い高い木の上にいるはずなのだが。
少し探して、太い枝の上にちょこんと座っている人影を発見した。私は音もなく木を駆け上がって、彼女のすぐ背後の枝へと着地する。
「ほ〜むらちゃん、お疲れ!」
「っ!?」
ビクゥッ! と、絵に描いたようにほむらの肩が跳ね上がった。振り返った彼女の顔は、驚愕でフリーズしている。
「……なに?」
すぐにいつもの無表情に戻り、ほむらは、冷淡な声を返してくる。
「司さんからの命令でね、監視の任務は半月ごとに、私と交代制でやることになったの。体調面に配慮しての決定だって」
「いい。私、そんなに疲れてないから」
「いやいや、これボスからの命令だから!ほむらちゃんがここで帰ってくれないと、私が司さんに叱られちゃうの。ね?お願いだから帰って!」
両手を合わせて拝み倒すと、ほむらは、いかにも不本意そうにため息をつき、重い腰を上げた。彼女は、そのまま無言で木を降り、立ち去ろうとする。
「気をつけて帰ってね〜!」
その背中に、私は満面の笑顔で手を振った。すると、数歩歩いたところで、ほむらがピタリと足を止め、ゆっくりと私の方を振り返ったのだ。その瞳は、いつになく鋭く冷たい。
「どうしたの?」
「あれから……少し、考えたの」
ほむらの、ぽつり、ぽつりとした呟きが、静かな森に響く。
「あの日、村人たちに正面を囲まれて、急に私は気絶した。……恐らく、背後から首に強い衝撃を受けて。でも、おかしいの。村人たちは位置関係的に、私の背後を取ることは絶対にできなかったはず。……それに、すぐ隣に立っていたあなたも、私がやられる前に敵の接近に気がついていないとおかしい」
じわじわと外堀を埋めるように詰め寄ってくる疑惑の言葉。
「そっか!あの村には、強い戦士が隠れてたんだね!」
「……え?」
「いやー、びっくりだよね!死角から音もなく回り込めるような、とんでもない凄腕がいるんだよ、あの村!これは今まで以上に注意深く監視して、司さんにきっちり報告しないといけないな〜!」
ほむらは、なおも疑義をたっぷりと孕んだ瞳で私をジッと見つめてきた。だけど私は、一切の動揺を見せず、ただひたすらに笑顔を返し続ける。
証人はいない。あの場にいたのは私とほむらだけだ。それに、普段から氷月以外とはほとんど口をきかない彼女の言葉を、本気で信じる人間がどれだけいるだろうか。私はみんなと満遍なく話をし、好印象を積み重ねてきた。信用の差は歴然としている。ほむらが疑念を抱いたところで、大きな影響はない───そう判断したからこそ、私は大胆に誤魔化した。
張り詰めた沈黙が数秒。やがて、ほむらはフイッと顔を背けた。
「……じゃあ、あとは任せる」
それだけ言い残すと、彼女は今度こそ森の奥へと音もなく消え去っていった。
これで邪魔する者は誰もいない。すぐにでも千空くんの元へ向かいたかったが、ほむらが戻って来る可能性もある。念には念を入れ、周囲の気配に全神経を尖らせながら、丸1日を木の上での待機に費やした。
◇
「タイムリミットは数ヶ月!俺達はこのストーンワールドに携帯を作る!唆るぜこれは……!」
司帝国との決戦は、冬が明けてから。だがその前に、現代戦最強の武器である携帯電話を作り、司帝国に先制攻撃を仕掛ける。
かくして、冬の石神村で携帯製作プロジェクトが始まった。
まずは携帯に必要なコイルを作るため、千空は『わたあめ機』を製作する。遠心力で溶けた金を極細の線に引き伸ばすための仕組みだったが、テストを兼ねて砂糖でわたあめを作り、村人たちに振る舞う。初めて体験する科学の甘味に村人たちは大喜びし、科学による利益が村に還元されていく。ついでに千空は、こちらを監視しているほむらへも差し入れを送り、その心を揺さぶりにかかった。
更に、わたあめ機をより効率的に動かすためにギアを開発。すると、その仕組みに触発されたクロムとカセキが、独力で巨大な『水車』を作り上げてしまった。これにより、今まで人力に頼っていた製鉄や発電を一気に効率化することに成功する。
そうして冬の寒さが一段と厳しさを増し、電球作りに勤しんでいたある日のこと。
「千空くーーーん!!!」
どこかから、数千年前によく聞いた懐かしい大音声が響いてきた。
聞き慣れない声の乱入に、コハクや金狼といった村の戦闘員が一気に警戒レベルを上げる。林の奥から、黒い髪を1つにまとめた女─── 一子が、猛スピードで駆けてくるのが見えた。
村の連中には、一子が味方であることと、簡単な容姿の特徴を事前に教えておいたため、誰も武器までは構えていない。だが、それでも不審者であることに変わりはないため、コハクと金狼がその突進を止めようと前に出た。
しかし、一子はその2人を軽々と、流れるような身のこなしで回避し、千空を目がけて一直線に肉薄してくる。
あんなコハク級の猛スピードで突撃されるのは御免だったので、千空は咄嗟に横へ身を避けた。
「とうっ!」
だが、一子は当然のようにその回避運動に軌道を合わせてくる。忍者の先読みをナメんじゃねえと言わんばかりの正確さで、一子は千空の胸元に思い切り抱きついた。
千空の筋力では、その質量と速度を受け止めきれるはずもなく、衝撃のまま、無様に後ろへとひっくり返された。
「千空君、久しぶり!」
重なった地面の上、至近距離で心底嬉しそうに笑う一子の顔を見て、千空もまた、呆れ混じりの笑みを浮かべて答えた。
「ククク、相変わらず遠慮のねぇ突撃かましやがって……3700年経っても変わんねーな、一子。テメーはよ」
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