艦隊これくしょん ―海に咲く五つの志―   作:震殿

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軍学校入校編
第一話 五つの蕾


 四月十日。

 東京、市ヶ谷。

 春風が吹くたび、正門脇に並ぶ桜から、薄桃色の花びらが舞い落ちていた。

 その下を、真新しい制服に身を包んだ若者たちが次々と通り過ぎていく。

 北から来た者。

 南から来た者。

 海軍を志した理由も、その先に思い描く未来も、それぞれ違う。

 ただ、ここに集まった者たちには、一つだけ共通点があった。

 彼らが目指しているのは、ただ海軍へ入ることではない。

 人を率い、艦を率い、そして時には艦娘たちの命を預かる――海軍幹部となることである。

 彼らの前にそびえるのは――海軍軍学校。

 深海棲艦との戦争が始まって、八年。

 世界大戦後も存続した日本軍は、八年前から、それまでとはまるで異なる敵との戦いを続けている。

 人ならざる敵――深海棲艦。

 そして、それに対抗する存在――艦娘。

 開戦当初、日本各地には複数の軍学校が存在していた。

 しかし、第一次大規模侵攻を境に、その教育体制は大きく見直されることとなった。

 従来の戦争を前提とした教育だけでは、深海棲艦との戦いには対応できない。

 その現実を突きつけられた日本軍は、各地の軍学校を閉鎖・再編し、軍種ごとに教育機能と人材を集約した。

 陸軍は霞ヶ浦に。

 航空隊は厚木と岩国に。

 海軍は市ヶ谷に。

 それぞれの軍学校が置かれ、幹部を志す者は各軍学校へ入校し、二年間の教育課程を修了しなければ幹部になることはできない。

 一方、幹部以外の軍人は、十八歳以上であれば各地の基地や鎮守府から直接入隊することができる。

 そして今日。

 全国から海軍幹部を志す若者たちが、市ヶ谷へ集まっていた。

 その数、百数十人。

 その中に――五人の少女がいた。

     ◇

「大きいなぁ……」

 一人の少女が、正門の前から校舎を見上げていた。

 長い茶色の髪が春風に揺れる。

 山本陽向。

 そして今日、四月十日は――彼女の誕生日でもあった。

 陽向は胸の前で両手を握る。

「よーし!」

 大きく息を吸い込んで。

「十七歳最初の日! 今日から頑張るぞー!」

「朝っぱらから大声出すな!」

「いたっ!」

 後頭部を軽く小突かれた。

 振り返れば、鮮やかな赤い髪をした少女が、呆れた顔で立っている。

「茉梨ちゃん!」

「その呼び方やめろって何回言えば分かるのよ!」

 黒木茉梨。

 現在十六歳。

 七月二十三日に誕生日を迎えれば、十七歳になる。

 陽向とは、京都にある孤児院で一緒に育った幼なじみだった。

「だって茉梨ちゃんは茉梨ちゃんでしょ?」

「意味分かんない」

「でも、茉梨って呼んだら変じゃない?」

「私は昔から陽向って呼んでるけど?」

「私は茉梨ちゃんって呼びたいの」

「じゃあ最初から聞くな!」

 茉梨の声まで正門前に響いた。

 周囲を歩いていた新入生たちが、二人を見る。

 茉梨がその視線に気づいた。

「ほら。あんたが騒ぐから注目されてるじゃない」

「本当だ」

 陽向は周囲を見回した。

 今日から同じ場所で学ぶ者たち。

 何人かと目が合う。

 陽向はにっこりと笑った。

「みなさーん!」

「……ちょっと待ちなさい。何する気?」

「おはようございまーす!」

 正門前に、陽向の声が響き渡った。

「大声で挨拶するのやめなさい!」

「なんで!?」

「なんでじゃないわよ!」

「だって今日から同級生でしょ?」

「そういう問題じゃない!」

「挨拶は大事だよ?」

「声量の話してんの!」

 そのとき。

「お、おはようございます……」

 少し離れたところにいた男子新入生が、戸惑いながら返した。

 陽向の顔がぱっと明るくなる。

「おはようございます!」

「だから大声で返すな!」

 周囲から小さな笑い声が起こる。

 陽向も笑う。

 茉梨だけが額を押さえていた。

「入校初日から何やってんのよ……」

「みんなと仲良くなれるかなって」

「百何十人全員に挨拶する気?」

「できるかな?」

「やるな!」

「えー」

「ほら、行くわよ」

「待ってよ、茉梨ちゃん」

 二人が歩き始める。

 数歩進んだところで、陽向が思い出したように口を開いた。

「あ、そういえば」

「今度は何?」

「今日って何日だっけ?」

「四月十日」

「へぇー」

「何よ」

「四月十日なんだ」

「そうだけど」

「何かの日じゃなかった?」

「知らない」

「えー」

「何よ」

「本当に知らない?」

「知らない」

 陽向は自分を指差した。

「私、今日誕生日なんだけどなぁ」

「知ってるわよ!」

 茉梨が反射的に答えた。

「…………」

「…………」

 陽向の顔に、にんまりと笑みが広がる。

「やっぱり覚えてるじゃん」

「……あ」

「じゃあ、何か言うことない?」

「ない」

「あるでしょ?」

「ない!」

 茉梨はぷいっと顔を背けた。

 忘れているはずがない。

 陽向の誕生日くらい、何年も前から知っている。

 ただ――今日は妙に言いづらかった。

 周りには、知らない同級生たち。

 これから始まる新生活。

 そんな場所で改まって「誕生日おめでとう」と言うのが、どうにも気恥ずかしい。

「茉梨ちゃーん」

「しつこい!」

「陽向さん。あまり茉梨さんを困らせてはいけませんよ」

 二人が同時に振り返った。

 聞き覚えのある、柔らかな声。

 長い緑色の髪。

 白い花飾り。

 落ち着いた佇まいの少女が、そこに立っていた。

「千鶴ちゃん!」

「千鶴!」

 橘千鶴。

 現在十六歳。

 十月八日に誕生日を迎えれば、十七歳になる。

「お久しぶりです。陽向さん、茉梨さん」

「久しぶり!」

「千鶴も無事着いたのね」

「はい」

 三人にとって、これは初対面ではない。

 陽向と茉梨が暮らしていた京都の孤児院。

 その運営に携わっているのが橘家だった。

 千鶴自身も以前から孤児院を訪れている。

 だからこれは、出会いではない。

 京都から遠く離れた市ヶ谷での再会だった。

「あ」

 千鶴が何かを思い出した。

「そうでした」

「ん?」

「陽向さん」

 千鶴は柔らかく微笑んだ。

「十七歳のお誕生日、おめでとうございます」

「ありがとう、千鶴ちゃん!」

「…………」

 茉梨が黙る。

 陽向が、ゆっくり茉梨を見る。

「茉梨ちゃん」

「何よ」

「千鶴ちゃんは言ってくれたよ?」

「よかったわね」

「茉梨ちゃんは?」

「知らない」

「ねえ」

「知らないったら知らない!」

 千鶴が口元に手を添えた。

「ふふっ」

「千鶴まで笑わないで!」

     ◇

「……あの」

 三人の後ろから、小さな声がした。

「そこ、通っていい?」

「あっ、ごめん!」

 三人が道を空ける。

 そこにいたのは、長い黒髪の少女だった。

 白い肌。

 青とも緑とも見える翡翠色の瞳。

 三人と同じ、真新しい海軍軍学校の制服を着ている。

 ただ、三人よりも幾分幼く見えた。

「ありがとう」

 少女は小さく頭を下げ、そのまま通り過ぎようとする。

「ねえ!」

 陽向が呼び止めた。

 少女が振り返る。

「何?」

「新入生?」

 少女は陽向の制服を見る。

 それから、自分の制服へ視線を落とした。

「……あなたもでしょ?」

「え?」

「同じ真新しい制服だから」

「あ、本当だ!」

「陽向……」

 茉梨が額を押さえた。

 少女は、その呼び方を聞いて茉梨を見る。

「陽向?」

「あ、そうだ! まだ名前言ってなかった!」

 陽向は少女へ向き直った。

「私、山本陽向! よろしくね!」

「黒木茉梨」

「橘千鶴です。よろしくお願いいたします」

 二人も続いて名乗る。

 少女は三人を順番に見てから、小さく頷いた。

「雨宮翡翠」

「じゃあ、翡翠ちゃん!」

「……ちゃん?」

「うん!」

「今、名前を知ったばかりだけど」

「でも、もう名前知ってるよ?」

「そういう意味じゃない」

「嫌?」

「…………別に」

「じゃあ翡翠ちゃん!」

 翡翠は少し不思議そうに陽向を見る。

「山本さんって、いつもこうなの?」

「いつもこうよ」

 茉梨が即答した。

「昔からですね」

 千鶴も静かに頷く。

「二人ともひどい!」

「事実でしょ」

「そうなんだ」

「翡翠ちゃんまで納得しないでよ!」

 陽向が頬を膨らませる。

 一方、茉梨は改めて翡翠の顔を見た。

 小柄な体格。

 幼さの残る顔立ち。

 どう見ても、自分たちより年下に見える。

「ねえ、翡翠」

「何、黒木さん」

「アンタ、いくつ?」

「十五」

「十五歳!?」

 茉梨の声が響いた。

 また何人かの新入生がこちらを見る。

「アンタ、成人前じゃない!」

「うん」

「『うん』じゃないわよ! 十五歳って……」

 茉梨は指折り数える。

「この学校、二年でしょ? 卒業するときも十八歳になってないじゃない!」

「戦時特例法ですね」

 千鶴が静かに言った。

 翡翠が頷く。

「うん。それで入った」

 通常、二年間の教育課程を終える時点で十八歳以上になる者なら、成人前でも軍学校へ入校することができる。

 陽向、茉梨、千鶴がこれに当たる。

 しかし、現在十五歳の翡翠は違う。

 二年後に卒業しても、まだ十七歳。

 本来ならば入校することはできない。

 だが、戦時特例法では、卒業時にも十八歳に達しない者について、最低十五歳からの軍学校入校を認めていた。

 もちろん、誰でも認められるわけではない。

 本人が自らの意思で軍人への道を選んだこと。

 家族や周囲から強制されたものではないこと。

 それを厳格に確認したうえで、初めて入校が許可される。

 茉梨は翡翠を見る。

「じゃあ……本当に、アンタ自身が決めたの?」

「うん」

 翡翠は迷うことなく答えた。

「私が決めた」

「…………」

「そっか」

 陽向が笑った。

「じゃあ、一緒だね」

「何が?」

「私たちも、自分でここに来たから」

 翡翠は少し考えた。

「それなら、一緒かもね」

     ◇

 四人は入校式が行われる講堂へ向かった。

 その途中。

「うーん……」

 一人の少女が案内板の前で首を傾げていた。

 長い銀白色の髪。

 青い瞳。

 どこか柔らかな雰囲気。

 四人より少し年上に見える。

 右を見る。

 左を見る。

 もう一度、案内板を見る。

「……こっちかなぁ」

 歩き出そうとする。

「そっち、講堂と逆じゃない?」

 翡翠が言った。

 少女が止まった。

「そうなの?」

「うん」

「じゃあ、こっち?」

「それも違う」

「あらぁ」

 陽向が駆け寄る。

「講堂探してるんですか?」

「うん」

「私たちも行くところ! 一緒に行こうよ!」

「いいの?」

「もちろん!」

「陽向」

 茉梨が追いつく。

「まず名前くらい聞きなさい」

「あ、そっか!」

「私は雪代月乃」

 少女は柔らかく笑った。

「よろしくね」

「私は山本陽向!」

「黒木茉梨」

「橘千鶴です。よろしくお願いいたします、雪代さん」

「雨宮翡翠」

 月乃は一人ずつ顔を見る。

「陽向ちゃん、茉梨ちゃん、千鶴ちゃん、翡翠ちゃんね」

 翡翠が月乃を見る。

「雪代さんも最初からちゃん付けなんだ」

「駄目だった?」

「別に」

「じゃあ、翡翠ちゃん」

「うん」

 陽向の顔が明るくなる。

「月乃ちゃんも私と一緒だ!」

「そうなの?」

「私も最初からちゃん付け!」

「あらぁ。一緒だねぇ」

「ね!」

「二人とも馴染むの早すぎでしょ……」

 茉梨が呆れる。

 そんな茉梨を見ながら、月乃がふと尋ねた。

「そういえば、みんな何歳なの?」

「私は今日で十七歳!」

 陽向が真っ先に手を挙げる。

「今日?」

「うん。今日が誕生日!」

「そうなんだぁ」

 月乃が微笑む。

「陽向ちゃん、お誕生日おめでとう」

「ありがとう、月乃ちゃん!」

「そうなんだ。おめでとう」

 翡翠も淡々と言った。

「ありがとう、翡翠ちゃん!」

「…………」

 茉梨が黙った。

 陽向が横目で見る。

「茉梨ちゃん」

「こっち見るな!」

 月乃が不思議そうに二人を見てから、茉梨へ視線を向けた。

「茉梨ちゃんは?」

「私は十六。七月で十七」

「千鶴ちゃんは?」

「私も現在は十六歳です。十月に十七歳になります」

「じゃあ、三人とも今年十七歳になるんだねぇ」

「うん!」

 陽向が答える。

「月乃ちゃんは?」

「私は十九歳だよ」

「十九歳!?」

 陽向が目を丸くした。

「うん」

「もっと近いと思ってた!」

「そう?」

「うん!」

「陽向」

 茉梨が呆れた顔をする。

「それ本人に言う?」

「だって本当にそう思ったんだもん」

「私は嬉しいよ?」

「喜ぶの!?」

 月乃が楽しそうに笑った。

 そして最後に、翡翠を見る。

「翡翠ちゃんは?」

「十五」

「十五歳!?」

 月乃の声が一気に大きくなった。

 近くを歩いていた新入生たちが、一斉にこちらを見る。

「翡翠ちゃん、十五歳なの!?」

「うん」

 翡翠は少しだけ沈黙した。

 そして、淡々と言った。

「年齢を聞かれて驚かれたの、本日二回目」

「二回目?」

 月乃が首を傾げる。

「一回目は?」

 翡翠が横を見る。

 その視線の先には茉梨。

「黒木さん」

「悪かったわね!」

「あははは!」

 陽向が吹き出した。

「茉梨ちゃんと月乃ちゃん、全く同じ反応してる!」

「笑うな!」

「だって十五歳だよ? びっくりするよぉ」

 月乃が言う。

「戦時特例法?」

「うん」

「そっかぁ」

 月乃は、それ以上理由を聞かなかった。

「じゃあこの中では、翡翠ちゃんが一番年下で、私が一番年上なんだね」

「そうなるね」

「じゃあ、私がお姉さんね」

「…………」

 茉梨が月乃を見る。

「さっき道に迷ってたけど」

「それとこれとは別だよ、茉梨ちゃん」

「本当に?」

「多分」

「多分なの!?」

 陽向が笑う。

 千鶴も小さく笑った。

 月乃も笑う。

 そして。

「…………」

 翡翠もほんの少しだけ、口元を緩めた。

 それが――五人が初めて、同じ場所に揃った瞬間だった。

     ◇

 入校式。

 百数十人の新入生が、講堂を埋めていた。

 壇上に立った学校長が口を開く。

「諸君、入校おめでとう」

 ざわめきが消える。

「今日から二年間、諸君はこの海軍軍学校で学ぶことになる」

 五人も壇上を見る。

「諸君が今日から学ぶのは、単に戦いに勝つ方法ではない」

 学校長は、並んだ新入生たちを見渡した。

「諸君の中には、卒業後、艦娘を率いる者もいるだろう」

 講堂が静まり返る。

「艦娘は、単なる兵器ではない」

 誰も動かない。

「彼女たちは生きている。笑い、怒り、悲しみ、傷つく。そして――死ぬこともある」

 学校長の声が低くなる。

「指揮官の命令一つが、その命を左右する」

 陽向が真っ直ぐ前を見る。

 茉梨の表情が引き締まる。

 千鶴は静かに耳を傾ける。

 翡翠は瞬きも少なく壇上を見つめている。

 そして月乃からは、いつもの柔らかな笑みが消えていた。

「敵を多く沈めることだけが、優れた指揮官の条件ではない」

 学校長は言った。

「戦い、生きて帰す。それもまた、指揮官の責任だ」

 月乃の青い瞳が、僅かに揺れた。

 二年前。

 青森で偶然出会った、一人の青年。

 月乃と同じ十七歳だった。

 そのときの彼は私服姿で、最初は月乃も、彼が何者なのか知らなかった。

 道に迷っていた月乃を助けてくれたことがきっかけで、二人はしばらく言葉を交わした。

 そして、その会話の中で知った。

 彼が軍人であることを。

 若くして軍学校を卒業し、すでに幹部として軍務に就いていることを。

「十七歳なのに、もう軍人なんだ」

「まあな。戦時特例法ってやつ」

 月乃は少し驚いた。

「怖くないの?」

「そりゃ、怖いよ」

 青年はあっさり答えた。

「だから、なるべく無茶したくない」

「軍人なのに?」

「軍人だからだよ」

 青年は笑った。

「怪我してまで勝つのって面倒だろ? どうせなら、みんな無事に帰って、楽して勝った方がいい」

 その言葉が、月乃には妙に印象に残った。

 ほんの短い出会いだった。

 けれど――。

 あの日から、およそ二週間後。

 第二次大規模侵攻が起きた。

 そして彼は、帰ってこなかった。

 月乃がその事実を知ったのは、それから一週間ほど後のことだった。

 ――みんな無事に帰るって言ってたのに……。

 みんなが帰ることを望んでいた人が。

 自分だけは、帰ってこなかった。

「……月乃ちゃん?」

 隣から、陽向が小声で呼ぶ。

「ん?」

「どうしたの?」

 月乃は、いつもの柔らかな笑みを浮かべた。

「ちょっと、昔のこと思い出してただけ」

「そっか」

 陽向は、それ以上聞かなかった。

 壇上では、学校長の話が続いている。

 五人はまだ知らない。

 隣に座る少女が何を失ったのか。

 何を背負っているのか。

 何を守りたくて、この場所へ来たのか。

 知らないまま。

 五人は同じ言葉を聞いていた。

     ◇

 夕方。

 初日の予定を終えた五人は、寮へ戻る道を歩いていた。

「疲れたー!」

 陽向が大きく伸びをする。

「まだ一日目よ、陽向」

「茉梨ちゃんは疲れてないの?」

「その『ちゃん』を聞くたびに疲れる」

「でも、ずっとこう呼んでるじゃん」

「だから半分諦めてるのよ」

「じゃあ、これからも茉梨ちゃんだね!」

「なんでそうなるのよ!」

「お二人とも、本当に変わりませんね」

 千鶴が笑う。

 少し後ろを歩いていた翡翠が尋ねた。

「山本さんと黒木さんって、ずっと一緒なの?」

「うん!」

 陽向が振り返る。

「京都で同じ孤児院にいたんだ」

「腐れ縁よ」

「家族!」

「勝手に決めるな!」

「違うの?」

「…………」

 茉梨が顔を逸らす。

「……違わないけど」

 陽向が嬉しそうに笑った。

 翡翠は千鶴を見る。

「橘さんも二人と昔から知り合い?」

「はい。ただ、一緒に暮らしていたわけではありません。私の家が、お二人の暮らしていた孤児院を運営しているんです」

「千鶴ちゃんもよく来てたよ!」

「そうなんだ」

 月乃が三人を見る。

「じゃあ三人は、ここへ来る前からお友達だったんだねぇ」

「そうだよ!」

 陽向が答える。

「じゃあ」

 月乃は翡翠を見る。

「私と翡翠ちゃんが、この中では新入りさんなんだ」

「全員、今日入校したんだけど」

「そういう意味じゃなくて」

 月乃が笑う。

「でも、今日から五人ともお友達でいいんじゃない?」

 翡翠は少し考えた。

「雪代さん」

「なあに?」

「友達って、そんなに早くなるもの?」

「何日必要なの?」

「……分からない」

「じゃあ、今日でもいいんじゃないかなぁ」

「私もそう思う!」

 陽向が大きく頷いた。

「山本さんはそう言うと思った」

「じゃあ決まり!」

「何が?」

「今日から五人で友達!」

「勝手に決めないで」

「嫌?」

「…………」

 翡翠は四人を見る。

 陽向。

 茉梨。

 千鶴。

 月乃。

 ほんの少しだけ間を置いて。

「嫌じゃない」

「じゃあ決まり!」

「だから早いって」

 茉梨がため息をつく。

「先が思いやられるわ……」

 そう言いながら。

 その顔は、少しだけ笑っていた。

     ◇

 夜。

 夕食を終えた五人は、それぞれの寮室へ戻っていった。

 千鶴が先に別れ。

 月乃も自室へ向かい。

 翡翠も売店へ寄ると言って離れた。

 最後に残ったのは、陽向と茉梨だった。

「楽しかったね」

「入校式で楽しいも何もないでしょ」

「でも、新しい友達できた」

「月乃と翡翠?」

「うん」

「陽向は誰とでもすぐ仲良くなるじゃない」

「そんなことないよ」

「そう?」

「茉梨ちゃんは特別だもん」

「…………」

「家族だから」

「……急にそういうこと言うのやめて」

「なんで?」

「なんでも」

 二人はしばらく歩いた。

 陽向は、茉梨と長く暮らしてきた。

 けれど。

 茉梨が孤児院へ来る前に何があったのか。

 陽向は知らない。

 初めて会ったころの茉梨は、今とはまるで違っていた。

 誰とも話そうとせず。

 ほとんど笑わず。

 何か大切なものを失ったことだけは、当時の陽向にも分かった。

 だから、無理に聞こうとはしなかった。

 話したくなったら、いつか話してくれればいい。

 そう思っているうちに、何年もの時間が過ぎていた。

「陽向」

「ん?」

 茉梨が立ち止まる。

「どうしたの?」

「…………」

 茉梨は目を逸らした。

 少しだけ迷って。

「……誕生日、おめでとう」

 陽向が目を丸くする。

 そして、笑った。

「やっと言ってくれた」

「うるさい!」

「ありがとう、茉梨ちゃん」

「……ん」

 今度は、ちゃん付けにも文句を言わなかった。

     ◇

 四月十日。

 深海棲艦との戦争が始まって、八年。

 この日、海軍軍学校に、全国から新たな幹部候補たちが集まった。

 山本陽向。

 黒木茉梨。

 橘千鶴。

 雪代月乃。

 雨宮翡翠。

 生まれた場所も。

 育った環境も。

 ここへ来た理由も違う、五人の少女。

 今日出会ったばかりの彼女たちは、まだ互いのことをほとんど知らない。

 それでも。

 春の日差しの中で、五人は出会った。

 その胸に宿る志は、まだ花ではない。

 いつか何色の花を咲かせるのか。

 今はまだ――

 五つの蕾。

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