初めての短編小説ですので、少々おかしい部分があるかもしれません。
いつも、ある席が空いていた。
商売繁盛、客足はいつも多いというのに、その席だけは空白のように空いている。
昼も夜もいつも、空いている。
誰もが側を通り、他の空いている席に座って行くというのに、その席だけは不気味なほどに座られない。
皆、そこに何かいるようでもないというのに、その席を避け続ける。
まるでその席は存在しないかのように、触れようとしても無いかのように彼等はそこを通り過ぎる。
店員に聞いてみても、
「あの席については、経営当初からあまり座られない席であったと、店長が言っていました。」
と言っていて、ならばその店長に話を聞いてみれば、
「彼等はあの席が嫌いなのでは?
オカルト的な話ではありますが、霊でも住み着いているのやもしれませんな。」
と、笑いながら言う始末。
誰も、あの席が空いていることには疑問を持たないのだ。
それが不気味でしょうがなく、誰も座らぬというので、私は気になってあの席に触れようとした。
さすれば、その席のことが分かると思って、近づいてみれば…
なんと不思議なことか、触れられぬというのだ。
いや、それだけであれば、まだおかしい、少しおかしいような、何かだという事に結論付けられたろう。
だが、まさか近付くだけで席が消えてしまったのだ。
あったと思われる場所に手を伸ばしてみたとしても、そこには何もない。
何か触れるような感覚も、何もないのだ。
気味が悪いと思いながら、この店で気に入った酒を飲む。
仕事帰りの疲れた身体に、アルコールをぶち込んでどうにか身体を動かす。
酔っているのかもしれない、だがそれが何だというのだ。
やはり気になり、その席に近付く。
そうしてみると、今度は近づいても消えず、それに触れれるのだ。
ましてや、座ることすらできてしまう。
これはなんだ、酔っちまって変な夢でも観ているのかと思ったが、店員が近づいてきて話しかけて来た時に、これはまだまだ現実だということを知覚した。
「あら…ちょっと、大丈夫…です、か…?」
「ああ、座れてるかい…?オレの酔い潰れた頭が見せてくるクソッタレな幻覚かとも思ったがね、どうやら嬢ちゃんの言い方的にゃそうじゃねぇらしい…」
呂律の回らない口で言葉を紡ぎつつ、その机に突っ伏す。
どうやら呑みすぎたようだ。動けない。
店員が何やら話しかけてきているようだが、何も聞こえない。
あー、クソ。呑みすぎた。頭が痛てぇし、何だか、眠くも――
そんな事を思った時に、視界は闇に包まれた。
「私の予約席だったんだぜ、あそこ。」
そんな事を聞いて、オレは飛び起きた。
いや、訂正しよう。目を開けた、が正しい。飛び跳ねれるような状態じゃなかった。
何故なら、何やら縛り付けられてるらしかったからだ。
手術台のような何かに乗せられ、ベルトのようなものが2つ、オレの身体をこの台に括り付ける。
ああ、ああ、クソ。起こしやがれ。
そう言おうとした、その時。
「はは、なんかごもごもごもごも言ってるよ。」
そう話す女は、まるで俺を嘲るように見下している。
口に何かを詰められているのか、口を開けようにも閉めようにも何もできやしなかった。
オレより高い位置に座っているそいつは、何だか変に…怖く思えた。
美しいとも思える黒髪は、何だか視界を奪い、闇へと吸い込むようであったからだ。
「―――…!(テメェ…!)」
「うるさいなぁ…全く、その身体と精神を剥離させないよう、そのベルトで固定してるんだからさ。一回黙って、もう一回寝ててよ。」
「―――?(は――?)」
その言葉が、オレに対して言われたことだと、認めたくなかった。
身体と、精神が、剥離している…だと?
「―――、―――――――!(オレに、オレに何をした!)」
「それを聞きたいのは私なんだけれどね。何で、あの席に座ったの?」
オレの言葉は、口が塞がっていてうまく発音できないはずなのに、この女には聞こえているようだった。
「―――、――――――――――(何故か、そんな事を聞かれても―)」
「…ただの好奇心だと?」
その声のトーンが落ちる。まるで締め付けられように。
オレは自分自身がどうやって呼吸しているか分からないが、それでも、息が詰まる感覚に苛まれた。
「…見える側かな。あの席、わざわざ隠しておいたんだよ?
ここに来れるのは私だけでいいからね。」
そう言いながら、その女は立ち上がり、何かを取りに行く。
「―――――――(オレに何を――)」
「一度、戻すだけだよ。君に尋問しようかと思ったけれど、異端狩りでもなければ魔術連盟の奴でもない。全く、魔導店の入口に来てしまうだなんて、不運にも程があるだろう。」
そう言いながら、女は何か、黒く、光沢すら無いのに、何故だか命そのものを狩るのではないかと思えるナイフを持ってくる。
「君の剥離を止める。キャンセルはなしだ。
あと、後で何か欲しいものはあげよう。君は運がいい。
ここに居たのが私じゃなく店長だったら、きっと死んでたよ。」
その店長というものは、おそらくあの店の店長のことではない事を頭の中で察しながら、オレはそのナイフを突き立てられる。
腹を裂かれ、胸までも切られる。服も皮膚も骨も、その刃には何もないように、あまりにも軽い力で、何もかも裂かれていく。
血が噴き出す。血すらも切られているような、そんなように血は小さな霧となって辺りに撒き散らされる。
痛い。だが、それよりも、気持ちが悪い。
何か、身体とこの意識の合わない感覚。
同期しない。身体の動きはおかしくはないのに、オレの精神はそれを歪んだ認識をする。
目を閉じ、何も見えなくする。
見ていたら、気分が悪い。
「終わったよ。大丈夫?生きてる?」
そんな言葉で、目が覚める。
「はぁっ!?身体…は…」
話せる。口は開くし、閉じれる。いつもの呼吸も。
変な感覚もない。
さっきまで裂かれていた腹も何も、跡も残らず治っている。
血の噴き出した跡もない。
「…ああ…大丈夫だ、が。テメェ、オレを…いや、何でもねぇ。」
何か聞こうと思ったが、貼り付けたような笑みが怖すぎる。
何か、知ってはいけない領域があるような。
「すまないね、あそこ、普通は入れないんだよ。
入れてしまうと、今みたいに尋問用の魔術が発動して、肉体と精神が剥離する。
あれで固定しておかないと、どんどん離れていって、最後には幽体離脱…いや、それより酷いことになって死ぬことになるからさ。」
そうやって言う女は、どこか楽しげだった。
「んだよ、なんでそんなに笑顔なんだ?」
「いや、初めてあれが作動してさ…成功したから、その嬉しさについ、ね?」
そう言いながら、女は話を進める。
「さっきの話の続きをしようか。君は実に素晴らしいよ。素質はあるのに、家柄に恵まれなかったらしい。」
「はぁ…」
さっき言ってた、魔術連盟とか、そういう話か。
「うちに来れればよかったんだけどねー、そんな簡単に入れないからさ。それに、君人間でしょ?じゃあ無理だ、うちは魔種族専門なんだよね。」
そう言いながら、その女は耳を見せる。
その耳は、普通の耳とは違って、尖っていて長かかった。
「…エルフか。」
「へぇ~、知ってるじゃん。なんで黙ってたの?」
「はっ、オレの仕事仲間の一人が、魔術連盟?とやらの勤務でね。オレは特段知らないが、お前さんはよーく知ってるみてぇじゃねぇの。」
「はは、その通り。まあまあ、そんな話はいいじゃないか。」
そう言いながら、その女は奥に歩いていき、何か瓶を持ってくる。
「…なんだこれ。」
黒く粘性の液体の入ったそれを、オレに渡してくる。
その瓶を持つと、見た目に反しかなり重い。
まるで、鉄を持っているようだ。
「液体金属の一種だよ。君の思う形に変形できる。
例えば剣、レイピア、槍、銃、ナイフ。
無論、大きければ大きいほど、そのものの中はスカスカになるけど。」
そう言いながら、奥へとまた歩いていった。
「今度はもう来ないように。次来たら…私はここにいないかもしれないから。」
「アンタみたいな美人に会えるなら、何度でも来るんだがな。」
そう言うと、少し笑って、また話を続ける。
「はは、君みたいな純粋な人は、まだこっちに来るべきじゃないよ。」
「そうか?そりゃどうも。
ああ、最後に。名前だけ、教えてくれよ。
オレはアルト。アルト・ベール。アルトかベールでよろしく。」
そう話すと、女は驚いたような顔を一瞬したが、その次の瞬間には無邪気な笑顔になって、子供みたいに笑った。
「ふふ…あは、あははっ!はぁ〜、ほんと…純粋すぎるでしょ。やっぱり君、まだこっち側は早いよ。
好奇心に負けないようにね?ベールくん。
誰もが、そんな一つの好奇心で死ぬ世界があるんだからさ。」
「はぐらかすなよ。名前、言ってくれ。」
「ちぇ。バレちゃったよ。まあいいや。
魔導店第一店員、コード。エルフだよ。また会うときは…無い方が良いかな。」
そう言いながら、奥に行く足を止めて、女は――コードは、オレに手を出す。
「握手くらいできるだろう?」
「はっ、舐めんなよ。」
そう言いながら、手を取った。
「…温かい。」
そう呟いたように、聞こえた。
その日以降も、オレはその店に通っている。
無論、その魔導店とやらには行っていないが。
あの空白の席のことがわかっただけでも、良かったんだとオレは思う。
そう、分かって、帰ってこれたこと。それこそが良かったことだ。
もし彼女がいなかったのなら、違う結末が待っていたのだと思うと、ぞっとする。
そう思いながら、また酒を飲む。
だが、酒の力あったとて、もうその席には近づかなかった。
瓶はまだ、空けていない。
あれはきっと、使えってことじゃないんだろう。
オレたちが会ったことを示す、目印の一つとして、渡してくれたんだろうな。
そんなことを考えながら、瓶のことを思い出す。
あの時もらった瓶に書いてあったことを、また思い出す。
『好奇心には、私だって殺されるからね。』
特徴のある字体で、でも書き慣れているように感じられた。
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「…面白い人。」
「ここにニンゲンを入れたことは、弁明しないと?」
「いいでしょ、別に。怒りすぎだって、店長。」
そう言いながら、また魔術の研究を進めた。
「でも…あの人は、温かかったよ。」