星を掴め ―― 嗤われた【重力魔法】、時間も光も支配して最強になった 作:朝凪小夜
俺とルーチェが冒険者として名を上げるのにそう時間はかからなかった。
珠地域の浅い縁で経験を積み、力を伸ばし。やがて俺たちは、中級の討伐依頼を受けるようになった。魔物の巣の掃討。珠地域のより深い場所への調査。歴戦の冒険者でも手を焼くような仕事だ。
だが俺たちはそれをこなした。
鮮やかに、と言っていい。
理由ははっきりしていた。俺とルーチェの力の相性があまりに良かったからだ。
その日、俺たちが受けたのは、珠地域の中腹に巣食う岩喰いの群れの掃討だった。
岩喰い。牛ほどの大きさの岩のような外皮を持つ魔物だ。聖点の力で強化されたその外皮は並の剣も刃を通さない。歴戦の冒険者が数人がかりでようやく一体を仕留める。そういう厄介な相手だった。
「数は十二体。……多いな」
岩場の陰から群れを見渡して俺は呟いた。
「多いけど」
隣でルーチェが静かに微笑んだ。金の髪が珠地域の淡く光る空気の中で揺れる。その横顔は討伐に臨むときですらどこか静かで涼やかだった。恐れも気負いもない。ただこれから起きることをとうに知っているような落ち着き。碧い目が群れを静かに見据えている。
「私たちなら大丈夫でしょう?」
「……ああ」
俺は頷いた。
この数ヶ月で俺たちは自分たちの戦い方を確立していた。
まず俺が動く。
群れの中に飛び込むわけじゃない。俺の役目は支えることだ。岩喰いの突進。あの外皮の塊が地を蹴って突っ込んでくる。その一撃はまともに食らえば命はない。
だが俺の領域に入れば。
遅れる。
俺は岩喰いの突進の進路に次々と領域を置いていった。以前よりずっと速くずっと広く張れるようになっている。魔物を倒し強化を吸収し俺の井戸は深くなった。あの雨上がりの水たまり程度だった井戸が今ではいくつもの領域を同時に湛えていられる泉になっている。
突進してきた岩喰いが俺の領域に突っ込む。
鈍る。
あの巨体の突進が水飴の中を進むように遅くなる。聖点の力で強化されたその力こそが俺の重力の格好の的だ。強化されていればいるほど俺の重力は深く効く。石ころ使いと嗤われた力はこの場所でこそ牙を剥く。
そして。
鈍ったその一瞬に。
光が来る。
「――退いて、クロト」
ルーチェの声。
俺は身を引く。次の瞬間鈍った岩喰いのその頭部に。ルーチェの光が突き刺さった。
閃光。澄んだ白い光の槍が岩喰いの硬い外皮をいとも容易く貫いた。ルーチェの光魔法は二年の研鑽で恐ろしく洗練されている。ただ照らすだけじゃない。収束させ、貫き、断つ。強化された外皮すら、あの光の前では紙のように裂ける。まっすぐで迷いがなく、そして美しい一撃だった。
岩喰いが崩れ落ちる。
俺が遅らせ。ルーチェが貫く。
それが俺たちの戦い方だった。
俺の重力は攻撃には向かない。時間を遅らせ光を曲げる。それは守りと補助の力だ。石を叩きつける程度の貧弱な攻撃しか俺にはできない。
だがルーチェの光は鋭く速くそして決定的だ。
俺が相手を遅らせ動きを封じる。無防備になったその一瞬にルーチェの光が致命の一撃を突き込む。
俺一人では岩喰いを遅らせることはできても、倒すことはできない。ルーチェ一人ではあの俊敏な突進をかわしながら、致命の一撃を当て続けるのは難しい。
だが、二人なら。
二人なら噛み合う。恐ろしいほど綺麗に。
十二体の岩喰いは四半刻とかからずに掃討された。俺が遅らせルーチェが貫く。その繰り返し。まるで二人で一つの生き物みたいに。言葉を交わすまでもなかった。俺がどこに領域を張るか。ルーチェがいつ光を放つか。互いの動きが手に取るように分かった。
いや。手に取るように分かるというより。ルーチェがいつも俺の半歩先を読んでいた。俺が領域を張ろうとするその一拍前にルーチェの光はもう放たれる位置に構えている。まるで俺の動きをあらかじめ知っているみたいに。俺はただあいつの読みに乗っていればよかった。それが心地よかった。
最後の一体が崩れ落ちたあと。
俺は荒い息を整えながら掌を見つめた。
また体が軽くなっている。十二体分の強化の吸収。俺は確かにまた一段強くなった。
「……すごいな。二人だと」
俺は思わず呟いた。
「一人のときとはまるで別物だ。お前がいると俺の力が何倍にも活きる」
「私もよ」
ルーチェが光を収めこちらを見た。碧い目が静かに俺を映している。
「私一人じゃ岩喰いの突進を避け続けるのはしんどい。あなたが遅らせてくれるから私は安心して狙える。……あなたがいないと私はこんな風には戦えないの」
その言葉は温かかった。
あなたがいないとこんな風には戦えない。
俺はその言葉を素直に嬉しく思った。俺の力が誰かの役に立っている。しかもその誰かは俺一人では届かない場所へ俺を連れて行ってくれる心強い相棒だ。
これ以上ありがたいことがあるだろうか。
俺はまだ気づいていなかった。
「あなたがいないと戦えない」というその言葉が。俺の胸にどれほど心地よく響いたか。そしてその心地よさに少しずつ俺が慣れていっていることに。
――ルーチェなしでは戦えない。
いつしかそれが俺の中で当たり前になっていることに。
俺はまだ気づかずにいた。それがあいつの言葉なのか、俺の実感なのか、その境目すらもう曖昧になっていることに。
討伐を終えて都市に戻ると、ギルドは俺たちの噂で持ちきりだった。
重力使いのクロトと光のルーチェ。二人組の冒険者が岩喰いの群れをたった二人で掃討した。そんな討伐は歴戦のパーティでもめったにやれるものじゃない。
「たいしたもんだクロト」
ギルドの受付でマレナが感心したように言った。赤茶けた髪を今日も無造作に束ねて太い腕を組んでいる。
「石ころ使いが、今や都市でも指折りの冒険者だ。……あたしゃ、鼻が高いよ」
「マレナのおかげでもある。最初に聖点の仕組みを教えてくれた」
「よしとくれ。あんたが自分で掴んだ道さ」
マレナはそう言って笑った。だがその笑みがふと陰った。
「……でもクロト。あんた、まだ聖点を目指してるのかい」
「ああ」
「岩喰いの群れとはわけが違うよ。聖点討伐は。……竜がいる。狼の大群がいる。歴戦のパーティが束になっても返り討ちにあう。それが聖点だ」
「分かってる」
俺は頷いた。
「でも、少しずつ、近づいてる。力も伸びてる。ルーチェもいる。……いつか必ずたどり着く」
マレナは俺の顔をしばらく見ていた。それから何か言いたげに口を開きかけて。だが結局小さく息を吐いた。
この女はいつもこうだ。俺が聖点の話をするたびに何か言いかけて、飲み込む。俺を案じているのは分かる。だがその飲み込まれた言葉の中に何があるのか。そのときの俺は深く考えなかった。
「……気をつけな。あんたたち二人とも」
「ああ。ありがとう」
俺はそう言ってギルドを出た。
外はよく晴れていた。丘の上の貴族街の塀が遠くに白く光っている。
あの境界の向こう。
ステラは今もあそこにいるのだろうか。名門の許嫁として。叙勲を待ちながら。
……そういえばと俺は思った。
最近、ステラのことを考える時間が少しだけ減っている気がする。討伐に明け暮れて力を伸ばすことに夢中になって。あの崖の際で感じた胸の穴の痛みが。今は少し遠い。
いや。
忘れたわけじゃない。届かないあの想いは今も俺の聖点を目指す理由の根っこにある。ただ日々が充実していて。ルーチェと共に戦う日々があまりに濃くて。ステラを想って一人膝を抱える夜が。少しずつ減っている。それだけだ。
それだけのはずだった。
俺は遠い塀を見上げて。
それからルーチェの待つ方へと歩き出した。