星を掴め ―― 嗤われた【重力魔法】、時間も光も支配して最強になった 作:朝凪小夜
光を曲げられる。
その発見を、俺はただの面白い現象のまま放っておかなかった。
思い付きからルーチェの光が俺の領域で曲がることを知った。あれから、俺は討伐の合間にその現象を繰り返し検証してきた。曲がるというだけの事実を。使える力に変えるために。
考えたのはこうだ。
俺の領域は光を曲げる。ならその曲がりを狙って制御できれば。ルーチェの光を俺が思う方向へ捻じ曲げられる。
それができれば。どうなる。
俺の攻撃力は貧弱だ。石を叩きつける程度。だがルーチェの光は鋭く速く決定的だ。その光を俺が自在に操れるなら。俺の力はただ遅らせるだけの守りの力から。攻めにも関われる力に変わる。
検証は地道なものだった。
ルーチェに協力してもらい、俺はあいつの光を何度も何度も曲げた。領域の大きさを変え、密度を変え、位置を変え。そのたびに光がどう曲がるかを記録していく。
『第三百一日。領域の密度を上げると光の曲がりが鋭くなる。密度と曲率は比例する模様』
『第三百四日。領域を薄く広く張ると、光は緩やかに大きく逸れる。狙った方向へ逸らすには領域の"傾き"が重要』
少しずつ規則が見えてきた。
光は俺の領域の密度の高い方へ曲がる。ちょうど坂道を玉が転がるように。俺が領域の中に密度の"坂"を作れば。光はその坂に沿って進む道を変える。坂を急にすれば鋭く。緩くすればなだらかに。坂の向きを変えれば曲がる方向も変わる。
俺はそれを繰り返し体に覚え込ませた。頭で理屈を分かっているだけじゃ足りない。実戦では一瞬で坂を作らなければならない。何百回とルーチェの光を曲げて。俺はその坂の傾きを指先の感覚で操れるようになっていった。
ならその坂の傾きを自在に操れれば。
俺はルーチェの光を思うがままに曲げられる。
「クロト。……それ、戦いに使えるの?」
検証を見ていたルーチェが尋ねた。
「ああ。……たぶんな」
俺は掌を見つめながら答えた。
「お前の光は鋭くて速い。でもまっすぐしか飛ばない。だから敵が遮蔽物に隠れると当たらない。……だが俺がその光を曲げられたら」
俺は顔を上げた。
「遮蔽の向こうへ回り込ませられる。敵が隠れても。死角から当てられる」
ルーチェの碧い目が。
わずかに見開かれた。そしてその目の奥にあの静かな深い光がともった。俺の力がまた一つ伸びる。その伸びる先をあいつは俺よりもずっと遠くまで見ているような。そんな目だった。
実戦で試す機会はすぐに訪れた。
その日の討伐相手は影渡りという魔物だった。素早く遮蔽物から遮蔽物へと跳び移り、死角から襲ってくる。まっすぐな攻撃ではなかなか捉えられない厄介な相手だ。
ルーチェの光も影渡りには手を焼いた。あいつの光は速いがまっすぐしか飛ばない。影渡りが岩陰に跳び込めばそれで終わりだ。光は岩を貫けない。
だが今日は。
影渡りが岩陰に跳び込んだその瞬間。
「ルーチェ! 撃て! まっすぐでいい!」
俺は叫んだ。
ルーチェが迷わず光を放つ。影渡りのいない岩の手前へ。まっすぐに。あいつは俺の意図を聞かずとも分かっていた。俺が何をしようとしているか。だから迷わなかった。ただまっすぐ俺の張る領域へ光を預けた。
その光の進む先に。
俺は領域を置いた。密度の坂を作って。傾けて。岩陰の影渡りへと光が回り込むように。
光が曲がった。
まっすぐ飛んでいたルーチェの光が。俺の領域でぐらりと進路を変え。岩陰へと回り込んだ。
影渡りは岩陰に隠れて安心していた。まさか光が曲がって追ってくるとは思っていない。その無防備な影渡りの胴を。
曲がった光が貫いた。
影渡りが声もなく崩れ落ちた。
しんと静まり返る。
俺は荒い息を整えながら掌を見た。
できた。
光を曲げて。敵の死角へ回り込ませて。当てた。
「……やった」
俺は思わず呟いた。
胸が高鳴っていた。石ころを遅れて落とすのがやっとだったあの頃。時間を遅らせられると知ったあの日。光が曲がると気づいたあの夜。その一つ一つの積み重ねが。今こうして形になっている。
誰も知らない戦い方だ。光を曲げて死角を突く。教会の記録にも貴族の書物にもない。俺とルーチェだけの戦い方。
「すごいわ、クロト」
ルーチェが光を収めて言った。その声にはいつもの静かさの中に確かな熱がこもってい
た。
「私の光が、あなたの手でこんな風に……曲がって届くなんて」
私の光があなたの手で。
その言葉に俺は誇らしさを覚えた。俺があいつの光を活かしている。俺の力があいつの力をより遠くまで届けている。相棒としてこれ以上の喜びはなかった。
それから俺たちの戦い方はまた一段深くなった。
俺が光を曲げる。ルーチェの鋭い光を。自在に捻じ曲げてあらゆる死角を突く。まっすぐしか飛ばなかったあいつの光が。俺の重力を得て変幻自在の軌道を描くようになった。
ルーチェの光は。
俺の手の中で。
思うがままに曲がった。
それは奇妙な感覚だった。
あいつの光。あの澄んだ静かな光。子供の頃から綺麗だと思っていたあの光を。俺が操っている。俺の意のままに曲げている。まるであの光そのものを俺が支配しているような。
考えてみれば不思議な構図だった。
ルーチェは光の使い手。俺は重力の使い手。だが戦いの中では。あいつの光は。俺の重力に従っていた。俺が曲げると決めた方へ。あいつの光は逆らわず曲がった。
光が重力に。
従う。
俺はそのことにある種の高揚を覚えていた。俺の力があいつの光を意のままに操れる。それは俺がこの二人の関係の中で確かに何かを握っているという実感だった。俺はいつもあいつに頼ってばかりだ。暮らしも段取りも何もかも。だが戦いの中でだけは。俺があいつの光を導いている。その一点が俺のささやかな誇りだった。
だが。
戦いを離れれば。
俺の暮らしは相変わらずルーチェの手で回っていた。依頼も装備も情報も段取りも。何もかもあいつに頼りきり。あいつがいないと俺は何もできない。
戦いの中では俺があいつの光を操る。
俺はただ新しい力を手に入れた高揚に酔っていた。ルーチェの光を曲げられる。その一点だけを見て。誇らしく思っていた。
俺が光を支配している。
そう信じて。
その夜ルーチェが帰ったあと。
俺は日記を開いてその日の発見を記した。
『第三百八日。光の湾曲、実戦で成功。ルーチェの光を曲げて影渡りの死角を突いた。俺の重力は光を意のままに操れる。……大きな一歩だ』
書き終えて俺は掌を見つめた。
この手で俺は光を曲げた。あの澄んだ光を。俺の意のままに。
ふと俺は思った。
光はこの世界をいちばん速く進むものだ。何ものにも遮られずまっすぐに進む。そのはずの光を。俺の重力は捻じ曲げる。
もしこの力をもっと突き詰めたら。
光すら俺の意のままになるなら。
その先にはいったい何があるのだろう。曲げるだけじゃない。もっと強く光に干渉できたら。光を留める。閉じ込める。……そんなことすらできるようになるのだろうか。
俺はそのまだ見ぬ力の先を思い描いて。背筋にあの悪寒と高揚を覚えた。
――このときの俺は知らなかった。
その光を支配する力の行き着く先に。何が待っているのかを。
そして。
「私の光が、あなたの手で」
あいつのあの言葉の本当の意味を。
ただ光を曲げられることが。誇らしくてたまらなかっただけだった。
――俺があいつの光を手の中で意のままに曲げている。