星を掴め ―― 嗤われた【重力魔法】、時間も光も支配して最強になった 作:朝凪小夜
セルフィリアへの準備を進めるうちに。俺は一つの事実に。改めて向き合うことになった。
俺が狙っているあの聖点は。
同時に三つの思惑が。ぶつかり合う場所だった。
一つ目は俺だ。
俺はセルフィリアを獲る。誰にも見下されない圧倒的な自由のために。そして――あの俺を嬲った連中への。ほんの少しの仕返しのために。
二つ目はヴェルドー家。
あの男はセルフィリアを獲る。ステラの箔付けのために。庶民の血に武功で箔をつけて。正式にあいつを妻に迎えるために。
三つ目は。
――ステラだ。ヴェルドーに協力し輿入れをするその当事者として、最大戦力として、そこに居ると。
だから、目に映っていたのは。三つの思惑だった。
盤面には俺とヴェルドー家という陣で。同じ獲物を狙う三つの思惑。
皮肉な話だった。
俺がセルフィリアを獲れば。ヴェルドー家の目論見は砕ける。ステラの箔付けは不発に終わる。あの男の武功は俺に奪われる。
つまり。
俺が聖点を獲ることは。
――ステラの輿入れを。阻むことになる。
かつての俺なら。それを望んだだろう。ステラをあの男から取り戻す。輿入れを阻止する。あいつをあの世界から救い出す。そのために聖点を獲る。そういう筋書きを。夢見たかもしれない。
だが。
今の俺は。
そんなことは微塵も考えていなかった。
ある日俺は。都市の大通りで。偶然ステラを見かけた。
馬車に乗って。貴族街の方へ向かうところだった。従者を従えて。豪奢な衣をまとって。窓の外を眺めている。
その横顔を。俺は少し離れた場所から見ていた。
黒い髪を結い上げ。緑の目は穏やかで。満ち足りていた。何一つ不足のない令嬢の顔。あの宴で見たあの男の腕の中の満ち足りた顔と。同じ顔だった。
かつて俺が。恋したあの黒髪。泥の道を木剣を提げて、駆けていたあの黒髪。「クロト、遅い!」と振り返って笑ったあの緑の目。それはもうどこにもなかった。馬車の窓に収まっているのは。ただ貴族の令嬢。俺の知らない女。かつての面影を探しても。もう指の先にも引っかからなかった。
あいつは。幸せそうだった。
あの世界に馴染みきって。何の迷いもなく。あの男の妻になることを。当然の幸福として。受け入れている。その横顔から。それが伝わってきた。
俺は。
そのステラを見ても。
もう何も感じなかった。
救いたいとも思わなかった。取り戻したいとも。あいつは幸せなのだ。あの世界で。あの男の隣で。救い出す? 何から。あいつは救いなんて望んでいない。あの満ち足りた横顔が。それを告げていた。
俺がセルフィリアを獲って。あいつの輿入れを阻んだとして。
あいつは感謝しないだろう。むしろ。迷惑がるだろう。
自分の幸福を邪魔されたと。あの男との婚姻を妨げられたと。あいつは俺を恨むかもしれない。あるいは――俺のことなど思い出しもせずに。ただ箔付けが遅れたことを。不運だと嘆くだけかもしれない。
馬車が遠ざかっていく。
俺はそれを見送った。
救う対象ですらなかった。
あいつは。もう俺にとって。救うべき幼馴染でも。取り戻すべき想い人でもなかった。ただあの世界で幸せになっている遠い他人。俺が聖点を獲るその先に。偶然いるだけの。存在。
俺は都市の雑踏の中で。しばらく立ち尽くしていた。
考えれば考えるほど。奇妙な構図だった。
俺はセルフィリアを獲る。自由と仕返しのために。
ヴェルドー家はセルフィリアを獲る。ステラの箔付けのために。
二つの思惑が。同じ聖点で。ぶつかる。
そしてそのぶつかり合いの中心に。
ステラがいる。
だが。
誰一人。
――ステラを救おうとはしていなかった。
俺は自由と仕返しのため。ステラを救うためではない。ヴェルドー家はステラを箔付けの道具として使うため。ステラを幸せにするためではない。あの男にとってステラは都合のいい妻に過ぎない。
誰も。あいつを一人の人間として。救おうとはしていない。
そして当のステラは。
救いなど望んでいない。
あの満ち足りた横顔。あいつは今の場所で幸せなのだ。誰かに救われる必要なんて。感じていない。むしろこの三つ巴の争いなど。あいつにはどうでもいいことかもしれない。誰がセルフィリアを獲ろうと。あいつはあの世界で幸せに生きていく。
――誰も救わない争いの中心に。救いを拒む者がいる。
なんて皮肉だと。俺は思った。
かつて俺が命がけで追いかけたあの少女。そのあいつを巡って。三つの思惑がぶつかっている。なのに。その当のあいつは。誰の思惑にも。救いにも。興味がない。ただ幸せにそこにいる。
俺の恋も。あの男の打算も。何もかも。あいつには。届いていなかった。
その夜俺は。ルーチェにその話をした。
「今日、ステラを見た。……もう何も感じなかった。救いたいとも取り戻したいとも。あいつは幸せそうで。……俺が聖点を獲っても。あいつを救うことにはならないんだな。誰もあいつを救おうとなんてしてない。あいつ自身も救いを望んでない。……変な話だ」
ルーチェは静かに俺の話を聞いていた。
そして。
「……それでいいのよ、クロト」
あいつは言った。
「あなたはもう。ステラのために聖点を目指してるんじゃない。あなた自身の自由のために。あなた自身の仕返しのために。……ステラを救うとか取り戻すとか。そんなこと考えなくていいの」
「……ああ」
俺は頷いた。
ルーチェの言う通りだった。俺はもうステラのために動いていない。あいつを救うためでも取り戻すためでもない。ただ俺自身の自由と。俺自身の仕返しのため。
それでいい。
ステラのことは。もういい。あいつは幸せなのだ。俺は俺の道を行く。
俺はそう思った。