星を掴め ―― 嗤われた【重力魔法】、時間も光も支配して最強になった 作:朝凪小夜
セルフィリアの最深部へと。俺とルーチェは進んでいた。
倒すたびに。俺は強くなる。竜を。狼を。異形を。この絶望的な戦力差の中で。むしろ俺の力は。膨れ上がっていった。
だが。最深部に近づくほど。魔物もまた強くなった。
そいつは。これまでのどの魔物とも違った。
巨大な双頭の竜。セルフィリアの最深部を守る主の一体。聖点の最も濃い力を宿したその巨体は。俺の時間遅延ですら。完全には止められなかった。
俺の領域に踏み込んでも。そいつは。鈍りながらも。動いた。強引に。膨大な力で。俺の時間の檻を。押し破ろうとした。
「……効きが、浅い!」
俺は歯を食いしばった。
これまでは。竜すら止められた。だがこいつは。俺の領域を。力でねじ伏せてくる。聖点の力が。あまりに濃すぎて。俺の重力の密度が。追いついていない。
双頭の竜が。二つの顎から。炎を吐いた。
俺とルーチェは。かろうじてそれを避けた。身体を土に投げ出して、どうにか。だが次は。ない。あの炎を。まともに浴びれば。俺たちは。焼き尽くされる。
「クロト!」
ルーチェの声。
俺は掌を掲げた。あの竜の突進を。止めなければ。だが通常の領域では。足りない。もっと密度を。もっと深く。もっと強く。
俺は。魔力を。極限まで。練り上げた。
そのときだった。
俺の頭の中で。何かが。繋がった。
密度。
俺はこれまで。領域の密度を上げることで。効果を強めてきた。密度が高いほど。時間は遅れ。光は鋭く曲がる。密度と効果は。比例する。それは。ずっと前に。掴んでいた規則だった。
なら。
密度を。一点に。極限まで。集束させたら。
どうなる。
これまでは。領域を広げて使ってきた。面で。空間で。だが。もし。その密度を。一点に。圧縮したら。無限に。近い密度に。したら。
――そこは。どうなる。
思考が。閃光のように。走った。
密度が高いほど。時間は遅れる。光は曲がる。なら。密度が。極限に達した一点では。時間は。限りなく止まり。光は。限りなく曲がる。
俺はこれまで。領域を広げることばかり考えてきた。より広く。より大きく。多くの敵をまとめて遅らせるために。密度は広げれば薄まる。だから広さと密度は。いつも俺の中で。天秤にかかっていた。
だが逆だ。
広げるのではなく。集める。一点に。ありったけの密度を。針の先ほどの一点に。すべて注ぎ込んだら。そこの密度は。どこまでも高くなる。天井なんてない。無限に。近づいていく。
いや。
曲がるどころではない。
密度が無限に近づけば。光は。曲がって、曲がって。ついには。その一点から。出られなくなる。
――光すら。閉じ込められる。
俺は。震えていた。
迫り来る双頭の竜も。忘れて。俺は。その閃きに。打ちのめされていた。
光すら出られない一点。
この世界を最も速く進む光。何ものにも遮られずまっすぐに進む光。それを俺の重力は。曲げてきた。だが。密度を極限まで集束させれば。光を曲げるどころか。閉じ込められる。光すら逃げ出せない真の。重力の。檻。
それが。
俺の力の。行き着く先だった。
時間を遅らせる。光を曲げる。その二つの先に。全てを。光すら。閉じ込める一点が。あった。
「……クロト! 危ない!」
ルーチェの悲鳴が。俺を我に返らせた。
双頭の竜が。目前に迫っていた。二つの顎が。開いている。赤い光が見える。炎が来る。
俺は。とっさに。その閃いたばかりの力を。試した。
密度を。一点に。集束させる。竜の片方の顎のその奥へ。
完全には。いかなかった。
まだ俺には。その力を。完成させる技術も。魔力も。足りなかった。真の檻を。作るには。至らなかった。
だが。
一点に集束させた密度は。竜の片方の頭を。ぐしゃりと。押し潰した。
まるで。見えない手が。その頭を。握り潰したように。頭蓋が。内側へ。凄まじい力で。圧縮されて。竜の片方の頭が。潰れた。
鋼を超える鱗も。極限まで強化されたその頑強さも。関係なかった。ただ一点に集まった密度が。その内側へ内側へと。すべてを引きずり込んで。握り潰した。硬さで抗える力ではなかった。ありとあらゆるものを押し縮める根源の圧。それが竜の頭を。ひしゃげた鉄屑のように。握った紙の様に、捻じ込んだ。
双頭の竜が。絶叫した。
残った片方の頭で。のたうつ。俺は。その無防備になった喉元へ。
「ルーチェ!」
「――ええ!」
ルーチェの光が。走った。俺が曲げて導いたその光が。竜の残った頭を。貫いた。
双頭の竜が。崩れ落ちた。
しんと。静まり返る。
俺は。荒い息を整えながら。掌を見つめていた。
押し潰した。竜の頭を。密度を一点に集束させて。
まだ不完全だ。真の檻には。至っていない。だが。その片鱗に。俺は触れた。
この力を。突き詰めれば。
光すら閉じ込める一点を。作れる。全てを。押し潰し。飲み込む。真の重力の檻を。
俺のスキルの。行き着く果て。
背筋を。あの悪寒と高揚が。これまでにない強さで。駆け上がった。
石ころを持ち上げるのがやっとだったあの頃。時間を遅らせられると知ったあの日。光を曲げられると気づいたあの夜。その一つ一つの積み重ねの。果てに。
全てを圧し潰す一点が。あった。
「……クロト」
ルーチェが俺を見ていた。
その碧い目が。これまで見たことのない色をしていた。
畏れだろうか。あるいは。陶酔。俺のその力に。あいつは。魅入られたように。見入っていた。
「今の力……」
「ああ」
俺は頷いた。
「まだ、不完全だ。でも。……突き詰めれば。もっとすごいものになる。光すら閉じ込められる。全てを圧し潰す。……そういう力だ」
光すら閉じ込められる。
その言葉を口にしたとき。俺は。ふと。奇妙なことを。思った。
光を。閉じ込める。
俺の隣にいるこの光の使い手を。俺は。閉じ込められるのだろうか。
ばかげた考えだった。なぜそんなことを思ったのか。自分でも分からない。ルーチェは俺の相棒だ。閉じ込める必要なんて。ない。
だが。
その考えは。一瞬。俺の頭をよぎって。そして。消えた。
俺は。それを。深く考えなかった。
ルーチェは。俺のその力を。じっと見つめて。
そして。静かに。微笑んだ。
「……すごいわクロト。あなたは、本当に。世界でいちばんすごい力を、手に入れつつある」
その声には。喜びと。そして。どこか。痛みのような色が。混じっていた。
俺には。その痛みの意味が。分からなかった。
あいつは。俺が。光すら閉じ込める力に。至ろうとしていることを。喜んでいるようで。同時に。何かを。畏れているようにも。見えた。
だが。俺は。その複雑な色を。読み解く余裕は。なかった。
俺はただ。自分の手にした力の。その途方もなさに。酔っていた。
――光すら閉じ込める一点。
その力がいつか俺自身をどんな運命へ連れて行くのかを
そして、その力が皮肉にも俺の隣にいるこの光を支配し返せる唯一の力であることを
俺はまだ知らずにいた
ただ最深部の大珠へと俺はその未完成の力を抱えて進んでいった