星を掴め ―― 嗤われた【重力魔法】、時間も光も支配して最強になった 作:朝凪小夜
倒れていく時間はひどくゆっくりと感じられた。
膝が地面につく。視界が傾いていく。空が回る。朝の光がぐるりと俺の視界を横切って。
俺は倒れていた。
最強になったはずの体が。全てを圧し潰す力に至った体が。今地面に崩れ落ちていく。
なぜだ。
俺は至ったのだ。事象の地平を創り出した。時間も光も支配した。聖点の支配者すらあの化け物すらこの一撃で圧し潰した。
最強になった。
なのに、なぜ俺は今こんなにも力尽きて倒れていくのか。
――器が悲鳴を上げていた。
朦朧とする意識の片隅で俺はそれを感じていた。
だがそれは力を失う悲鳴ではなかった。
逆、だった。
俺の器が、この決戦で桁違いに膨れ上がっていた。あまりに多くの強化を吸収し、あまりに深く根源の力を引き出し、そして極大質量圧縮、全てを圧し潰す一撃。それを放ったことで俺の器そのものが爆発的に拡がっていた、
俺の器はもともと歪んでいたのだ。
だから重力が破格に効いた。だから誰も至らない力に至れた。そして――その歪みゆえに拡がる余地も異常に大きかった。普通の器ならとうに限界だった。だが俺の歪んだ器はどこまでも拡がっていく底が見えないほどに。
問題は、その拡がる速さに俺の体が追いつけていないということだった。
器だけが桁違いに拡大して、それを使う肉の体が、まだその大きさに馴染んでいない。だから今俺は倒れていく。力を失ったからではない。逆に大きくなりすぎた力に体が一時的に追いつけずにいる。それだけのことだった。
休めば体は器に追いつく。そうすれば俺はまた重力を振るえる。いや今のこの拡大した器なら、倒れる前より遥かに大きな力を振るえるはずだった。
――皮肉だ。
全てを圧し潰す力を手にした俺が、その力があまりに大きくなりすぎて、今一時倒れている。破綻ではない、成長のあまりの急激さその反動だった。
地面が近づいてくる。
いや俺が落ちていくのだ。
この世界はおかしな世界だった。光を重力が支配する。まっすぐ進む光を、俺の重力は曲げてきた。閉じ込めてきた。俺は光を支配した。
だが今。
俺は落ちていた。
まるで重力に引かれるように。まっすぐ下へ地の底へ落ちていく。光を支配したはずの俺が最後には重力に落ちていく。
――ああ。
俺は朦朧とする意識の中で思った。
俺は光を支配した。だが俺自身は落ちていく。光を閉じ込める力を得たその瞬間に俺は落ちていく。自分で創った事象の地平に飲み込まれるように。
自由を求めた。誰にも見下されない場所を。だが俺が至ったのは光すら出られない檻。そして俺自身がその檻の中へ落ちていく。
こんな結末を誰が予想しただろう。
落ちていく俺を。
誰かが受け止めた。
柔らかい腕だった。
金の髪が俺の頬に触れた。
――ルーチェ。
朦朧とする視界にあいつの顔があった。碧い目が俺を見下ろしている。焦りと、心配と、そしてその奥に俺の読めない何かを宿して。
「クロト! クロト、しっかりして!」
あいつの声が遠くで聞こえた。
俺はあいつの腕の中にいた。
光を支配した俺が最後に落ちた先、それは地面ではなかった。
――光の腕の中だった。
ルーチェ。明星。光の使い手。あいつの腕の中に俺は落ちていた。
重力が光に落ちる。
俺はあの支配者を倒した。都市の総力すら押し返した。真の敵をたった一人で事象の地平で圧し潰した。剣星すら越えた。回復すれば、この拡大した器で、俺はもうこの世の誰の手も届かない場所に立っている。貴族も、教会も、剣星も、誰も俺には手が出せない。そういう超越した存在に俺はなりつつあった。
その超越者が今倒れて、たった一人の光の使い手の細い腕の中に、すっぽりと収まっている。
誰にも手の出せないはずの俺が、この金の髪の腕の中にだけは無防備に抱かれて落ちていく。世界の誰も届かない俺に、ただ一人あいつだけが触れている抱きしめている。
「大丈夫……大丈夫よクロト」
ルーチェの声が俺を包んだ。
「よくやったわ……あなたは倒したの。支配者をあなたが倒したの。……あとは私が全部やるから」
あとは私が全部やるから。
その言葉を俺は朦朧とする意識の片隅で聞いていた
いつもそうだった。あいつはいつもそう言った。「私がやるから」と、俺が空っぽのときも抜け殻のときもあいつは俺の代わりに全部をやってくれた。
だから今もあいつがやってくれる。
俺は倒れた。だがルーチェがいる。あいつがあとを引き継いでくれる。大珠を獲るのも、戦勲をまとめるのも全部あいつが。
――俺は安心して意識を手放せる。
そう思った。
あいつがいるから俺は倒れても大丈夫だと。
あとは私が全部やる
あいつが俺の戦果を守ってくれる。俺の代わりにあとを引き継いで俺の勲功を確かなものにしてくれる。
そのためにあいつは「全部やる」と言っている。
そう信じた。
信じて俺は意識を手放した。
ルーチェの腕の中で光の中で。
――光すら出られない闇のいちばん深いところへと。
俺は落ちていった。
最後に聞こえたのはルーチェの声だった。
「……おやすみなさい、クロト」
優しい声だった。
子守唄のように眠りへ誘うように。
「ゆっくり休んで……あとのことは全部、私に任せて」
あとのことは全部私に任せて。
その声を聞きながら。
俺の意識は完全に闇へと沈んだ。