星を掴め ―― 嗤われた【重力魔法】、時間も光も支配して最強になった   作:朝凪小夜

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第7話 光の幼馴染

 

 ルーチェが俺のねぐらを訪ねてきたのは、聖点のことを真剣に考え始めて数日後の夕暮れだった。

 

 ルーチェとは、この二年、ステラほど疎遠にはなっていなかった。時折、街で顔を合わせれば、言葉を交わす程度には。だが、こうして、向こうから、俺のねぐらを訪ねてきたのは、初めてだった。

 

 倉庫の戸を叩く音がして、開けると、そこに、ルーチェが立っていた。

 

 金の髪が、夕陽を受けて、燃えるように輝いていた。長い髪を、緩く編んで、肩に流している。その髪の色は、この都市では、めずらしい。だから、幼い頃から、ルーチェは、どこにいても、目立った。人混みの中でも、あの金の髪を探せば、すぐに見つかった。夕暮れの逆光の中で、その輪郭が、金色に縁取られている。誰が見ても、美しい娘に育った、と思うだろう。

 

 そして、その目。

 

 碧い、澄んだ目だ。空の色を、そのまま閉じ込めたような。だが、ただ澄んでいるだけじゃない。その奥に、何か、静かな深さがある。子供の頃から、ルーチェのこの目に見つめられると、俺は、心の底まで、見透かされているような気がした。

 

「久しぶり、クロト」

 

 ルーチェは、柔らかく、微笑んだ。

 

 整った顔立ちだった。すっと通った鼻筋。薄い唇。全体に、線が細く、儚げで、それでいて、芯の強さを感じさせる。ステラが、まっすぐな陽の光だとしたら、ルーチェは、静かな、月の光だ。子供の頃から、そう思っていた。

 

 綺麗な娘だと、俺は、素直に、そう思う。思うが――それだけだ。ステラを見たときのような、胸が締めつけられる感じは、ない。ルーチェの美しさは、俺にとって、澄んだ月や、綺麗な光と、同じ種類のものだった。美しいと、認める。だが、焦がれはしない。それが、ステラと、ルーチェの、俺の中での違いだった。

 

「……ルーチェか。どうした、こんなところまで」

 

「あなたの噂、聞いたわ」

 

 ルーチェは倉庫の中をちらりと見た。石だの、鉛の錘だの、鉄くずだの、俺の検証の道具が散らばっている。その散らかりようを見ても、ルーチェは眉一つ動かさなかった。むしろ、その散らかりを懐かしむような目で見ていた。

 

「ガレンを沈めて、ドグを退けた。石ころ使いが大化けしたって。……ううん」

 

 ルーチェは俺をまっすぐに見た。碧い目が俺を捉える。

 

「大化けじゃない。あなたは、やっと、みんなに追いついてもらえたのね。私は、ずっと前から知ってたけど」

 

 私は、ずっと前から知ってた。

 

 なんてことのない幼馴染の励ましの言葉だ。俺はそう受け取って少し照れた。

 

「……買いかぶりだよ。ただ、諦めが悪かっただけだ」

 

「その諦めの悪さを、私は知ってるって、言ってるの」

 

 ルーチェはそう言って微笑んだ。

 

「まあ上がってくれ。狭いけどな」

 

「お邪魔します」

 

 ルーチェは迷いなく俺のねぐらに足を踏み入れた。まるで何度も来たことがあるみたいに自然な足取りで。初めてのはずなのに。

  

 

 

  

 ルーチェのスキルは光魔法だ。

 

 これもめずらしいスキルだった。聖点で授かった力。光を操る。教会でも光魔法の使い手は重んじられる。女神の力に近いとされるからだ。実際、ルーチェは教会にもそれなりの伝手があると聞く。

 

 ルーチェは木箱に腰を下ろすと、掌に小さな光を灯してみせた。

 

 夕暮れの薄暗い倉庫の中に、その光はふわりと浮かんで、周囲を柔らかく照らした。温かい光じゃない。冷たくもない。ただ静かで澄んだ光。ルーチェの目の色によく似ていた。

 

「相変わらず、綺麗だな。お前の光は」

 

 俺が言うとルーチェはほんの少し目を見開いた。それからその光をふっと消した。

 

「……クロトは昔からそう言ってくれるわね」

 

「言うだろ。綺麗なものは綺麗だ」

 

 俺にとっては、それはただの事実だった。ルーチェの光は綺麗だ。ステラの剣が鮮やかなのと同じくらい当たり前の事実。だがそう口にする俺の声に特別な熱はない。俺自身、それをなんとも思っていなかった。綺麗なものを綺麗だと言う。それ以上でも以下でもない。

 

 だがルーチェはその俺の言葉に、なぜか、少しのあいだ黙り込んだ。碧い目が掌の光の消えた場所を見つめていた。何を考えているのか俺には読めなかった。

 

 ルーチェはそういうところがあった。ふと、こちらの分からない深い場所に沈み込む。子供の頃からそうだった。ステラが感情を全部顔と体に出す子だったのに対して、ルーチェはいつも静かで底が見えなかった。

 

「クロト」

 

 やがてルーチェは顔を上げた。

 

「あなた、聖点を目指してるでしょう」

 

 俺は息を呑んだ。

 

「……なんでそれを」

 

 まだ誰にもはっきりとは言っていない。マレナには聖点の仕組みを尋ねただけだ。目指すとは口にしていない。

 

 ルーチェは静かに微笑んだ。

 

「分かるわよ。あなたが貴族街に行ったことも。ステラのことも。……そして、あなたが次に何を考えるかも」

  

 

  

 俺は少し驚いていた。

 

 ルーチェは全部分かっていた。俺が崖の際で何を見たか。何を知ったか。そしてその先で俺が何を目指し始めたか。俺自身、まだ輪郭の掴めないその衝動の行き先を、ルーチェはもう見抜いていた。

 

 昔から勘のいい奴だった。俺はそう思って納得した。ルーチェはいつも俺のことを俺より先に分かってしまう。子供の頃からそうだった。それだけのことだ。

 

「聖点を獲る。それが、あなたがステラのいる場所に近づける、たった一つの道だから」

 

 ルーチェの声は穏やかだった。責めるでも憐れむでもない。ただ事実を述べるように。

 

「身分の壁を越えるにはそれしかない。庶民が、圧倒的な戦果で勲一等を掻っさらう。……そうでしょう」

 

「……ああ」

 

 俺は認めるしかなかった。ルーチェの言葉は、俺のまだ言葉にならない考えをそのまま言い当てていた。

 

「無謀だって、分かってる」

 

 

 

 

「今の俺じゃ聖点討伐の末席にも加われない。竜や狼の地獄だ。歴戦の冒険者でも死ぬ。……マレナにもやめとけって言われた。それでも」

 

「それでも、やるのね」

 

「ああ」

 

 ルーチェはしばらく俺を見ていた。碧い目が静かに俺を捉えている。

 

 そして。

 

「なら私が手伝う」

 

 ルーチェはそう言った。

 

「……手伝う?」

 

「あなた一人じゃ無理よ。でも私となら違う」

 

 ルーチェは木箱から立ち上がった。夕暮れの光の中で金の髪が揺れた。

 

「私、この二年冒険者としてそれなりに地盤を固めてきたの。信頼できるパーティの伝手もあるし、珠地域の情報も集めてる。装備も、教会との繋がりも。……聖点討伐に必要なものを少しずつ揃えてきた」

 

 この二年。冒険者として地盤を固めてきた。聖点討伐に必要なものを揃えてきた。

 

 俺はその用意周到さに素直に感心した。俺が河原で石ころを磨いているあいだルーチェはこんなにも先を見て着々と備えを進めていたのか。俺とはまるで器の違う話だ。

 

「すごいな、お前」

 

 俺は正直に言った。

 

「俺が石ころ相手に、うんうん唸ってるあいだに、そんなに先のことまで考えてたのか」

 

「……ええ。まあね」

 

 ルーチェは少しだけ目を伏せた。碧い目が一瞬俺には読めない色を宿した気がした。だがそれはすぐにいつもの静かな微笑みの下に隠れた。

 

「私、昔からそういうの得意なの。先のことを考えるのが」

 

 

  

  

 先のことを考えるのが得意。なるほどと思った。ルーチェは昔から俺やステラよりずっと大人びていた。俺たちがその日のことしか考えていないあいだも、ルーチェだけは静かにずっと先を見ていた。そういう奴だ。

 

 差し伸べられた手を疑う。そんな余裕はそもそも今の俺にはなかった。幼馴染が俺を信じてくれて手を貸してくれる。無謀な道に一人じゃなく二人で挑める。ルーチェの光魔法と俺の重力魔法。相性だって悪くないはずだ。これ以上ありがたい話があるか。

 

「頼む」

 

 俺は頭を下げた。

 

「お前がいてくれるなら心強い。……正直、一人じゃどこから手をつけていいか分からなかった。助かるルーチェ」

 

 ルーチェは俺の下げた頭をしばらく見ていた。

 

 その顔にどんな表情が浮かんでいたのか。頭を下げていた俺には見えなかった。

 

 だが顔を上げたときルーチェはいつものように柔らかく微笑んでいた。

 

「任せて。あなたを必ずあの場所まで連れて行くから」

 

 あの場所まで。

 ステラのいる場所まで。

 

 夕暮れが闇に変わる頃にルーチェは帰っていった。倉庫の戸口で振り返りもう一度微笑んで。

 

「また来るわ。近いうちに。……準備の話をしましょう」

 

 金の髪が夜の闇に溶けていく。その後ろ姿を俺は戸口で見送った。

 

 心強い味方ができた。

 

『第二百十三日。ルーチェが力を貸してくれることになった。光魔法と重力魔法。二人でなら聖点も夢じゃないかもしれない。……いい幼馴染を持ったものだ』

 

 その夜俺は久しぶりに穏やかな気持ちで日記を書いた。

 

 

 

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