伸ばせし腕に 刃は迫り
抱き留めし袖に 名は残る
森の上へ出た時、黒いものが木々の間から消えた。
朝の光が戻る。その下で刀が振られた。受けた方の腕が跳ね上がり、男が尻餅をつく。
俺は二人の間へ降りた。
頭へ落ちてきた刀を受け止める。白い仮面の奥で目が動いた。肩へ触れようとすると、その口が大きく開く。
「平子」
呼んでも止まらない。
俺は刃を外へ流し、懐へ入った。伸ばした手へ歯が寄る。噛みつかれる前に頬へ触れると、平子の膝から力が抜けた。
支えた身体が、腕へ沈む。
昨日は、お前さんの方から刀を合わせてくれたのにねぇ。
「烏有隊長!」
後ろの男が立とうとした。
俺は平子を抱えたまま振り返る。五番隊の子だった。額から血を流し、片方の刀の柄を両手で握っている。
「動ける?」
「はい。ですが、ほかの隊長方も」
「分かってる。立てる者を連れて、あの木の外へ出て。俺が呼ぶまで戻らないようにね」
男が頷く。
俺は平子を根元へ寝かせ、刀を抜いた。
刃の向こうに、ローズがいた。
こちらも顔が隠れている。腕を振ると、手にした刀が傍の幹を削った。その先へ逃げた子を見つけ、足が地面を蹴る。
〈現を離れ、夢路を辿れ。待つ夜に果てはなし、
霞が袖を撫でた。
瞬歩で追いつき、ローズの肩を掴む。振り返った顔へ手を添えると、刀が地面へ落ちた。俺はその背を支え、逃げかけていた子へ声を掛ける。
「その刀、拾っておいてくれる?」
「……はい」
「刃には触らないでね」
返事を待つ間に、別の霊圧が膨れた。
振り向く。
木の向こうで、赤い光が集まっていた。
俺はローズを下ろし、そこへ踏み込む。ひよ里の顔がこちらへ向いた。開いた口の奥に光がある。
昨日、拳西にも同じことをした。
顎へ掌を添え、上へ向ける。
虚閃が空を抜けた。
枝が弾け、折れた幹が傾く。俺はひよ里の頬へ手を移し、眠りへ誘った。抱き留めたところへ木が倒れてくる。
「伏せて!」
近くにいた子たちへ叫ぶ。
空いた左手を上げた。落ちてきた幹を掌で受け、ひよ里から遠い方へ押しやる。地面が鳴り、葉が散った。
その音の向こうから、大きな身体が来た。
羅武だった。
俺はひよ里を抱え直し、踏み込んできた腕を避ける。脇を通るつもりだったが、羅武の手が袖へ掛かった。
「少し待ってね」
その手首へ触れる。
掴んでいた指がほどけた。倒れる方へ膝を入れ、肩を支えて寝かせる。ひよ里もその隣へ下ろした。
あと二人。
リサは少し離れたところにいた。刀を地面へ突き、首を振っている。近づくと顔が上がり、その刃が俺へ向いた。
刀を持つ手首を掴む。
リサは離さなかった。もう片方の手が俺の顔へ伸びる。そちらを避けず、掌で受けた。
力が緩む。
俺は刀を抜いてから、その身体を下ろした。
鉢玄は、まだ膝をついていた。
顔の半分が白い。両手を合わせようとしているが、指がうまく動いていなかった。傍には九番隊の子が倒れている。
「鉢玄」
呼ぶと、顔が僅かに動いた。
俺を見たのかもしれない。
「……近づいては」
まだ、声がした。
俺はその前へ屈む。
「大丈夫。拳西も白も、同じだったよ」
「私も、もう……」
「うん。眠っててもらうね。怪我した子は、俺が引き受けるから」
肩へ手を置いた。
鉢玄は何か言おうとした。けれど、その前に頭が下がる。俺は額を地面へぶつけないよう支え、ゆっくり横へ寝かせた。
六人。
一人ずつ顔を見てから、俺は傍の隊士へ手を伸ばした。
ああ。
お前さんも、まだ息があるねぇ。
*
「烏有」
夜一が来た時、俺は男の腹へ手を当てていた。
声へ顔を上げる。あいつは俺の傍へ降り、寝かせた者たちを見渡した。平子のところで足が止まり、それからひよ里へ目が向く。
「皆、同じか」
「うん。六人とも。今は眠ってる」
「傷は」
「こっちの子を先に見てるよ。夜一、平子の背中を押さえてくれるかな。血が出てる」
夜一がすぐに動いた。
後ろから来た隠密機動の者へ布を出させ、平子の身体を横へ向ける。俺も男の傷が閉じるところまで確かめ、そちらへ移った。
羽織の背が裂けていた。
血で貼りついた布を夜一が開く。俺はその下へ手を差し入れた。
「斬られておるな」
「拳西も、背中をやられたって」
「誰に」
「顔を見る前だったらしい。平子たちにも、起きたら聞かないとね」
夜一の手が止まった。
俺も平子の顔を見る。眠っていれば、いつものあいつだと分かるところを探してしまう。けれど、今は頬まで覆われていた。
さっきまで、ひよ里に何か言われていたのだろうか。
あいつが倒れていた近くには、見覚えのある箱があった。
「ここで、何か見た?」
近くに立っていた五番隊の子へ尋ねる。
俺が最初に逃がした男だった。額へ布を当てられながら、こちらを見ている。
「怪我人が見つかって、隊長方が集まられました。その後、急に何も見えなくなって」
「黒くなったの?」
「はい。灯りも見えませんでした。平子隊長が離れるなと仰って、それから……斬り合う音が」
声が途切れた。
夜一が男へ顔を向ける。
「見えるようになった時、誰がおった」
「平子隊長が、目の前に。顔が変わっていて、こちらへ刀を」
俺は男の手を見た。
刀の柄を握っていた時と、同じ形になっている。布を当てていた隠密機動の子が、その指をゆっくり開かせた。
「よく受けたねぇ」
男がこちらを見る。
「俺が来るまで、刀を離さなかったでしょう」
「……はい」
「うん。もう下ろしていいよ。皆、眠ってるから」
男の肩が下がった。
夜一が傍の者へ目を向ける。座れるところへ連れていき、ほかに見たことがあれば聞くよう命じた。
その背を見送ってから、あいつが俺へ向き直る。
「儂が着いた時には、黒いものはなかった」
「俺が来る直前に消えたよ」
「そこから出た者は」
「見てない。平子がうちの子を斬りかけてたから、先に止めた」
夜一が頷く。
責める顔ではなかった。平子の背へ目を戻し、俺が手を退けるまで待っている。
「探す?」
「外へ出た者を確かめる。生きておる者も、まだ見つかるかもしれん」
「うん。お願い」
傷へ布を当ててもらう。
夜一は立ち上がり、木々の向こうへ声を飛ばした。北で捜していた組をこちらへ回し、現場へいた者を一人ずつ確かめている。
俺もローズのところへ移った。
背へ傷がある。ひよ里の肩にも、リサの脇にも。眠らせれば済むと思ったわけではないけれど、これほど皆を斬る必要があったのかい。
回道を通す。
ローズの指が僅かに動いた。俺はその手を寝具の代わりに敷いた羽織へ戻し、顔を近づけた。
「まだ起きなくていいよ」
言ってから、自分の声を聞いた。
さっきは拳西が起きて、喜助まで笑っていた。白も自分で器を持とうとしたねぇ。
その間に、お前さんたちは。
俺は口を閉じ、傷へ目を戻した。
*
鉄裁が来ると、運べる者から動かすことになった。
喜助から話を聞いてきたらしい。顔を見ても驚きを口にせず、鉢玄の傍へ膝をつく。首へ手を添え、呼吸を確かめてから俺を見た。
「眠りを保ったまま、お運びできますか」
「うん。俺もついていくよ」
「では、こちらから」
鬼道衆の者が担架を寄せる。
鉄裁は鉢玄の腕を持ち上げた。大きな身体を寝かせるために何人も手が出る。その一人が指へ触れた時、鉢玄の手が跳ねた。
俺が肩へ触れる。
指が緩むまで待って、鉄裁が腕を下ろした。
「ありがとうございます」
「まだ、中では動いてるんだねぇ」
「はい。ですが、ご本人の霊圧もあります」
鉄裁の目が鉢玄へ戻った。
俺もそちらを見る。
さっきは最後まで喋ってくれた。近づくなと、俺へ言おうとしていた。その声までなくなったわけではない。
「喜助には、そう伝えておくよ」
「お願いいたします」
隣で担架が持ち上がった。
リサだった。四番隊の子が脇へ当てた布を押さえている。夜一がこちらへ戻り、その顔へ一度目を落とした。
「京楽には知らせた」
「うん」
「自分で迎えに来ると言うておったが、四番隊へ向かってもらう。あちらも人手が要るじゃろう」
「そうだねぇ。寝かせるところも、増やしてもらわないと」
口にして、担架を数えた。
拳西と白の部屋には、もう六人も入らない。隣の部屋を空けてもらうのだろうか。あそこにも、昨日運んだ子がいる。
夜一が俺を見る。
「烏有」
「うん?」
「お主も、こちらへ」
平子の担架が来ていた。
俺が腕を伸ばすと、夜一が反対側を持つ。二人で支え、持ち手を隊士へ渡した。
刀も戻ってくる。
平子のものは、さっきの男が離さずに持っていた。こちらへ渡した後も担架を見ているので、俺は隣を歩いてくれるかと頼んだ。
「俺が、ですか」
「うん。何か変わったら呼んで。お前さんの声なら、俺もすぐ分かるよ」
男が頷く。
俺はひよ里の方へ回った。箱を拾ってきた隠密機動の者が、担架の下へ載せようとしている。
「そいつは、俺が持つよ」
受け取ると、蓋が少し開いていた。
中に紙が挟まっている。喜助の字だった。端へ土がついていたが、破れてはいない。
俺はそこを押し込まず、蓋を開いて紙を中へ戻した。
ひよ里が聞いてきたのかな。
どこへ当てたらいいか。何を確かめればいいか。喜助はきっと、途中まで一緒に試してから渡したのだろう。
あいつに、これを返さないとねぇ。
六人を連れて、森を出る。
夜一は現場へ残った。鉄裁が先頭へ立ち、道を空ける者へ声を掛けている。俺は真ん中を歩き、皆の眠りを確かめた。
平子の担架が僅かに揺れる。
傍の男がすぐに支え、こちらを見る。俺が頷くと、そのまま隣へ戻った。
ちゃんと、ついてきてくれるんだね。
俺も足を速めた。
*
四番隊の門には、京楽がいた。
リサを見つけると、すぐ傍へ来る。顔へ掛かった布を上げたところで、その手が止まった。
「……リサちゃん」
返事はない。
京楽はしばらく顔を見ていた。それから布を戻し、担架を持つ子へ中へと声を掛ける。
俺も隣へ並んだ。
「傷は塞いだよ。今は眠らせてる」
「うん。ありがとう、烏有さん」
礼を言われると思わず、顔を向ける。
京楽は担架から目を離さなかった。自分の袖へ血がついたことにも、まだ気づいていないらしい。
「起きたら、怒るだろうね」
「何を?」
「僕が迎えに来たこと。仕事はどうしたって、言われそうだ」
俺はリサを見る。
その声を、また聞けたらいいねぇ。
けれど、口へ出す前に烈が来た。部屋は用意してありますと言い、そのまま担架の先へ立つ。
俺もついていった。
白い寝具が六つ並んでいた。
昨日は二人だった。喜助と烈へ来てほしいと頼んだ時には、二人を連れて帰ればと思っていた。
今は、ここへ皆を下ろしている。
喜助が入口に立っていた。
俺の持った箱へ目を向け、それからひよ里を見る。手を伸ばしたのは、箱へではなかった。
「猿柿サン」
寝床の傍へ座り、肩へ掛かった布を開く。
塞がった傷へ指を寄せた。そのまま顔へ目を移し、白いものが頬へ続いているところまで確かめていた。
「肩を斬られてたよ。深かったから、先に治した」
「……ありがとうございます」
俺は箱を床へ置いた。
喜助は見なかった。
ひよ里の腕を取り、昨日、拳西へしたのと同じように調べ始める。俺も向かいへ座りかけたが、烈が先にそちらへ入った。
「烏有さんは、こちらをお願いいたします」
平子へ呼ばれる。
俺は頷いて移った。背の傷を確かめる間、横へ向けた身体を支える。仮面の下から息が漏れたので、肩へ触れ直した。
その時、廊下で杖の音が止まった。
先生が入ってくる。
六つの寝床を見てから、俺へ顔を向けた。
「全員、生きてるよ」
先に伝える。
先生は頷き、平子の傍へ来た。俺が支えていた腕へ目を落とし、それから喜助を呼ぶ。
「同じか」
「はい。拳西サンと久南サンに起きたものと、同じ反応です」
先生の手が杖を握り直した。
俺は平子を仰向けへ戻す。烈が布を掛け、顔の周りだけを空けてくれた。
「夜一が、まだ現場を見てる」
「知らせは受けた。捜索は続けさせる」
先生の後ろで長次郎が頭を下げた。
廊下には別の者も待っていた。先生の羽織を見つけると膝をつき、封じられた書状を差し出す。
「中央四十六室より、至急の御伝達です」
先生が受け取った。
封が切られる音を聞きながら、俺は平子の手を寝具の中へ戻した。指先が冷えていた。布をもう少し寄せようとしたところで、先生の声がする。
「八名の隔離。並びに、今回の処置に関わった者への聴取じゃ」
喜助の手が止まった。
烈が顔を上げる。俺も先生を見た。
「ここで診るのは?」
「続ける。容体の報告も、改めて儂から出す」
先生が書状を畳む。
けれど、渡しに来た男はまだ下がらなかった。
「浦原隊長には、直ちに御出頭いただくようにと」
喜助がひよ里の腕を下ろした。
俺はそちらを見る。あいつの指が布から離れ、膝へ戻ろうとしていた。
「待って」
喜助の手が止まる。
俺は立ち上がり、先生の前へ行った。
「話すなら、俺が先に行くよ。森で何があったかも、喜助へ来てって頼んだことも、俺が話せる」
先生が俺を見る。
その向こうで、男が口を開きかけた。
「喜助は、今ここで診てるでしょう」
俺は六人の方へ顔を向けた。
ひよ里の傍には、まだ開けられていない箱がある。返してきたのに、あいつは一度も中を見ていなかった。
「その手を止めさせる前に、聞いてほしいことがあるんだ」