卍解のその先を追い求めて。   作:lalaland

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伸ばせし腕に 刃は迫り
抱き留めし袖に 名は残る




133.救援の白袖

 

 

 森の上へ出た時、黒いものが木々の間から消えた。

 

 朝の光が戻る。その下で刀が振られた。受けた方の腕が跳ね上がり、男が尻餅をつく。

 

 俺は二人の間へ降りた。

 

 頭へ落ちてきた刀を受け止める。白い仮面の奥で目が動いた。肩へ触れようとすると、その口が大きく開く。

 

「平子」

 

 呼んでも止まらない。

 

 俺は刃を外へ流し、懐へ入った。伸ばした手へ歯が寄る。噛みつかれる前に頬へ触れると、平子の膝から力が抜けた。

 

 支えた身体が、腕へ沈む。

 

 昨日は、お前さんの方から刀を合わせてくれたのにねぇ。

 

「烏有隊長!」

 

 後ろの男が立とうとした。

 

 俺は平子を抱えたまま振り返る。五番隊の子だった。額から血を流し、片方の刀の柄を両手で握っている。

 

「動ける?」

「はい。ですが、ほかの隊長方も」

「分かってる。立てる者を連れて、あの木の外へ出て。俺が呼ぶまで戻らないようにね」

 

 男が頷く。

 

 俺は平子を根元へ寝かせ、刀を抜いた。

 

 刃の向こうに、ローズがいた。

 

 こちらも顔が隠れている。腕を振ると、手にした刀が傍の幹を削った。その先へ逃げた子を見つけ、足が地面を蹴る。

 

〈現を離れ、夢路を辿れ。待つ夜に果てはなし、夢通路(ゆめのかよいじ)〉

 

 霞が袖を撫でた。

 

 瞬歩で追いつき、ローズの肩を掴む。振り返った顔へ手を添えると、刀が地面へ落ちた。俺はその背を支え、逃げかけていた子へ声を掛ける。

 

「その刀、拾っておいてくれる?」

「……はい」

「刃には触らないでね」

 

 返事を待つ間に、別の霊圧が膨れた。

 

 振り向く。

 

 木の向こうで、赤い光が集まっていた。

 

 俺はローズを下ろし、そこへ踏み込む。ひよ里の顔がこちらへ向いた。開いた口の奥に光がある。

 

 昨日、拳西にも同じことをした。

 

 顎へ掌を添え、上へ向ける。

 

 虚閃が空を抜けた。

 

 枝が弾け、折れた幹が傾く。俺はひよ里の頬へ手を移し、眠りへ誘った。抱き留めたところへ木が倒れてくる。

 

「伏せて!」

 

 近くにいた子たちへ叫ぶ。

 

 空いた左手を上げた。落ちてきた幹を掌で受け、ひよ里から遠い方へ押しやる。地面が鳴り、葉が散った。

 

 その音の向こうから、大きな身体が来た。

 

 羅武だった。

 

 俺はひよ里を抱え直し、踏み込んできた腕を避ける。脇を通るつもりだったが、羅武の手が袖へ掛かった。

 

「少し待ってね」

 

 その手首へ触れる。

 

 掴んでいた指がほどけた。倒れる方へ膝を入れ、肩を支えて寝かせる。ひよ里もその隣へ下ろした。

 

 あと二人。

 

 リサは少し離れたところにいた。刀を地面へ突き、首を振っている。近づくと顔が上がり、その刃が俺へ向いた。

 

 刀を持つ手首を掴む。

 

 リサは離さなかった。もう片方の手が俺の顔へ伸びる。そちらを避けず、掌で受けた。

 

 力が緩む。

 

 俺は刀を抜いてから、その身体を下ろした。

 

 鉢玄は、まだ膝をついていた。

 

 顔の半分が白い。両手を合わせようとしているが、指がうまく動いていなかった。傍には九番隊の子が倒れている。

 

「鉢玄」

 

 呼ぶと、顔が僅かに動いた。

 

 俺を見たのかもしれない。

 

「……近づいては」

 

 まだ、声がした。

 

 俺はその前へ屈む。

 

「大丈夫。拳西も白も、同じだったよ」

「私も、もう……」

「うん。眠っててもらうね。怪我した子は、俺が引き受けるから」

 

 肩へ手を置いた。

 

 鉢玄は何か言おうとした。けれど、その前に頭が下がる。俺は額を地面へぶつけないよう支え、ゆっくり横へ寝かせた。

 

 六人。

 

 一人ずつ顔を見てから、俺は傍の隊士へ手を伸ばした。

 

 ああ。

 

 お前さんも、まだ息があるねぇ。

 

        *

 

「烏有」

 

 夜一が来た時、俺は男の腹へ手を当てていた。

 

 声へ顔を上げる。あいつは俺の傍へ降り、寝かせた者たちを見渡した。平子のところで足が止まり、それからひよ里へ目が向く。

 

「皆、同じか」

「うん。六人とも。今は眠ってる」

「傷は」

「こっちの子を先に見てるよ。夜一、平子の背中を押さえてくれるかな。血が出てる」

 

 夜一がすぐに動いた。

 

 後ろから来た隠密機動の者へ布を出させ、平子の身体を横へ向ける。俺も男の傷が閉じるところまで確かめ、そちらへ移った。

 

 羽織の背が裂けていた。

 

 血で貼りついた布を夜一が開く。俺はその下へ手を差し入れた。

 

「斬られておるな」

「拳西も、背中をやられたって」

「誰に」

「顔を見る前だったらしい。平子たちにも、起きたら聞かないとね」

 

 夜一の手が止まった。

 

 俺も平子の顔を見る。眠っていれば、いつものあいつだと分かるところを探してしまう。けれど、今は頬まで覆われていた。

 

 さっきまで、ひよ里に何か言われていたのだろうか。

 

 あいつが倒れていた近くには、見覚えのある箱があった。

 

「ここで、何か見た?」

 

 近くに立っていた五番隊の子へ尋ねる。

 

 俺が最初に逃がした男だった。額へ布を当てられながら、こちらを見ている。

 

「怪我人が見つかって、隊長方が集まられました。その後、急に何も見えなくなって」

「黒くなったの?」

「はい。灯りも見えませんでした。平子隊長が離れるなと仰って、それから……斬り合う音が」

 

 声が途切れた。

 

 夜一が男へ顔を向ける。

 

「見えるようになった時、誰がおった」

「平子隊長が、目の前に。顔が変わっていて、こちらへ刀を」

 

 俺は男の手を見た。

 

 刀の柄を握っていた時と、同じ形になっている。布を当てていた隠密機動の子が、その指をゆっくり開かせた。

 

「よく受けたねぇ」

 

 男がこちらを見る。

 

「俺が来るまで、刀を離さなかったでしょう」

「……はい」

「うん。もう下ろしていいよ。皆、眠ってるから」

 

 男の肩が下がった。

 

 夜一が傍の者へ目を向ける。座れるところへ連れていき、ほかに見たことがあれば聞くよう命じた。

 

 その背を見送ってから、あいつが俺へ向き直る。

 

「儂が着いた時には、黒いものはなかった」

「俺が来る直前に消えたよ」

「そこから出た者は」

「見てない。平子がうちの子を斬りかけてたから、先に止めた」

 

 夜一が頷く。

 

 責める顔ではなかった。平子の背へ目を戻し、俺が手を退けるまで待っている。

 

「探す?」

「外へ出た者を確かめる。生きておる者も、まだ見つかるかもしれん」

「うん。お願い」

 

 傷へ布を当ててもらう。

 

 夜一は立ち上がり、木々の向こうへ声を飛ばした。北で捜していた組をこちらへ回し、現場へいた者を一人ずつ確かめている。

 

 俺もローズのところへ移った。

 

 背へ傷がある。ひよ里の肩にも、リサの脇にも。眠らせれば済むと思ったわけではないけれど、これほど皆を斬る必要があったのかい。

 

 回道を通す。

 

 ローズの指が僅かに動いた。俺はその手を寝具の代わりに敷いた羽織へ戻し、顔を近づけた。

 

「まだ起きなくていいよ」

 

 言ってから、自分の声を聞いた。

 

 さっきは拳西が起きて、喜助まで笑っていた。白も自分で器を持とうとしたねぇ。

 

 その間に、お前さんたちは。

 

 俺は口を閉じ、傷へ目を戻した。

 

        *

 

 鉄裁が来ると、運べる者から動かすことになった。

 

 喜助から話を聞いてきたらしい。顔を見ても驚きを口にせず、鉢玄の傍へ膝をつく。首へ手を添え、呼吸を確かめてから俺を見た。

 

「眠りを保ったまま、お運びできますか」

「うん。俺もついていくよ」

「では、こちらから」

 

 鬼道衆の者が担架を寄せる。

 

 鉄裁は鉢玄の腕を持ち上げた。大きな身体を寝かせるために何人も手が出る。その一人が指へ触れた時、鉢玄の手が跳ねた。

 

 俺が肩へ触れる。

 

 指が緩むまで待って、鉄裁が腕を下ろした。

 

「ありがとうございます」

「まだ、中では動いてるんだねぇ」

「はい。ですが、ご本人の霊圧もあります」

 

 鉄裁の目が鉢玄へ戻った。

 

 俺もそちらを見る。

 

 さっきは最後まで喋ってくれた。近づくなと、俺へ言おうとしていた。その声までなくなったわけではない。

 

「喜助には、そう伝えておくよ」

「お願いいたします」

 

 隣で担架が持ち上がった。

 

 リサだった。四番隊の子が脇へ当てた布を押さえている。夜一がこちらへ戻り、その顔へ一度目を落とした。

 

「京楽には知らせた」

「うん」

「自分で迎えに来ると言うておったが、四番隊へ向かってもらう。あちらも人手が要るじゃろう」

「そうだねぇ。寝かせるところも、増やしてもらわないと」

 

 口にして、担架を数えた。

 

 拳西と白の部屋には、もう六人も入らない。隣の部屋を空けてもらうのだろうか。あそこにも、昨日運んだ子がいる。

 

 夜一が俺を見る。

 

「烏有」

「うん?」

「お主も、こちらへ」

 

 平子の担架が来ていた。

 

 俺が腕を伸ばすと、夜一が反対側を持つ。二人で支え、持ち手を隊士へ渡した。

 

 刀も戻ってくる。

 

 平子のものは、さっきの男が離さずに持っていた。こちらへ渡した後も担架を見ているので、俺は隣を歩いてくれるかと頼んだ。

 

「俺が、ですか」

「うん。何か変わったら呼んで。お前さんの声なら、俺もすぐ分かるよ」

 

 男が頷く。

 

 俺はひよ里の方へ回った。箱を拾ってきた隠密機動の者が、担架の下へ載せようとしている。

 

「そいつは、俺が持つよ」

 

 受け取ると、蓋が少し開いていた。

 

 中に紙が挟まっている。喜助の字だった。端へ土がついていたが、破れてはいない。

 

 俺はそこを押し込まず、蓋を開いて紙を中へ戻した。

 

 ひよ里が聞いてきたのかな。

 

 どこへ当てたらいいか。何を確かめればいいか。喜助はきっと、途中まで一緒に試してから渡したのだろう。

 

 あいつに、これを返さないとねぇ。

 

 六人を連れて、森を出る。

 

 夜一は現場へ残った。鉄裁が先頭へ立ち、道を空ける者へ声を掛けている。俺は真ん中を歩き、皆の眠りを確かめた。

 

 平子の担架が僅かに揺れる。

 

 傍の男がすぐに支え、こちらを見る。俺が頷くと、そのまま隣へ戻った。

 

 ちゃんと、ついてきてくれるんだね。

 

 俺も足を速めた。

 

        *

 

 四番隊の門には、京楽がいた。

 

 リサを見つけると、すぐ傍へ来る。顔へ掛かった布を上げたところで、その手が止まった。

 

「……リサちゃん」

 

 返事はない。

 

 京楽はしばらく顔を見ていた。それから布を戻し、担架を持つ子へ中へと声を掛ける。

 

 俺も隣へ並んだ。

 

「傷は塞いだよ。今は眠らせてる」

「うん。ありがとう、烏有さん」

 

 礼を言われると思わず、顔を向ける。

 

 京楽は担架から目を離さなかった。自分の袖へ血がついたことにも、まだ気づいていないらしい。

 

「起きたら、怒るだろうね」

「何を?」

「僕が迎えに来たこと。仕事はどうしたって、言われそうだ」

 

 俺はリサを見る。

 

 その声を、また聞けたらいいねぇ。

 

 けれど、口へ出す前に烈が来た。部屋は用意してありますと言い、そのまま担架の先へ立つ。

 

 俺もついていった。

 

 白い寝具が六つ並んでいた。

 

 昨日は二人だった。喜助と烈へ来てほしいと頼んだ時には、二人を連れて帰ればと思っていた。

 

 今は、ここへ皆を下ろしている。

 

 喜助が入口に立っていた。

 

 俺の持った箱へ目を向け、それからひよ里を見る。手を伸ばしたのは、箱へではなかった。

 

「猿柿サン」

 

 寝床の傍へ座り、肩へ掛かった布を開く。

 

 塞がった傷へ指を寄せた。そのまま顔へ目を移し、白いものが頬へ続いているところまで確かめていた。

 

「肩を斬られてたよ。深かったから、先に治した」

「……ありがとうございます」

 

 俺は箱を床へ置いた。

 

 喜助は見なかった。

 

 ひよ里の腕を取り、昨日、拳西へしたのと同じように調べ始める。俺も向かいへ座りかけたが、烈が先にそちらへ入った。

 

「烏有さんは、こちらをお願いいたします」

 

 平子へ呼ばれる。

 

 俺は頷いて移った。背の傷を確かめる間、横へ向けた身体を支える。仮面の下から息が漏れたので、肩へ触れ直した。

 

 その時、廊下で杖の音が止まった。

 

 先生が入ってくる。

 

 六つの寝床を見てから、俺へ顔を向けた。

 

「全員、生きてるよ」

 

 先に伝える。

 

 先生は頷き、平子の傍へ来た。俺が支えていた腕へ目を落とし、それから喜助を呼ぶ。

 

「同じか」

「はい。拳西サンと久南サンに起きたものと、同じ反応です」

 

 先生の手が杖を握り直した。

 

 俺は平子を仰向けへ戻す。烈が布を掛け、顔の周りだけを空けてくれた。

 

「夜一が、まだ現場を見てる」

「知らせは受けた。捜索は続けさせる」

 

 先生の後ろで長次郎が頭を下げた。

 

 廊下には別の者も待っていた。先生の羽織を見つけると膝をつき、封じられた書状を差し出す。

 

「中央四十六室より、至急の御伝達です」

 

 先生が受け取った。

 

 封が切られる音を聞きながら、俺は平子の手を寝具の中へ戻した。指先が冷えていた。布をもう少し寄せようとしたところで、先生の声がする。

 

「八名の隔離。並びに、今回の処置に関わった者への聴取じゃ」

 

 喜助の手が止まった。

 

 烈が顔を上げる。俺も先生を見た。

 

「ここで診るのは?」

「続ける。容体の報告も、改めて儂から出す」

 

 先生が書状を畳む。

 

 けれど、渡しに来た男はまだ下がらなかった。

 

「浦原隊長には、直ちに御出頭いただくようにと」

 

 喜助がひよ里の腕を下ろした。

 

 俺はそちらを見る。あいつの指が布から離れ、膝へ戻ろうとしていた。

 

「待って」

 

 喜助の手が止まる。

 

 俺は立ち上がり、先生の前へ行った。

 

「話すなら、俺が先に行くよ。森で何があったかも、喜助へ来てって頼んだことも、俺が話せる」

 

 先生が俺を見る。

 

 その向こうで、男が口を開きかけた。

 

「喜助は、今ここで診てるでしょう」

 

 俺は六人の方へ顔を向けた。

 

 ひよ里の傍には、まだ開けられていない箱がある。返してきたのに、あいつは一度も中を見ていなかった。

 

「その手を止めさせる前に、聞いてほしいことがあるんだ」

 

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