なるべく(私の方の元作品を)読まなくても読めるよう書くつもりですので、お付き合いいただければ幸いです。
原作死亡キャラ全員生存ではないです。死ぬキャラもいます。
手元に残すのは、現在の予定では4人ほどになります。
アリス・ヴェル・トレラントは困惑していた。
つい先程まで、魔王城でゴロゴロしていたはずが、気付けば外へ放り出されていた。
侍らせていた美女たちも消え、たった一人で外にいる。
「……ここ、どこ?」
木々が生い茂る森の中、というのは確認できた。だが、魔王城周辺の森林ということでもない。
あの辺は瘴気が舞っているが、ここにはそんなものはない。
となると考えられるのは別の国の森の中となるが、そもそもアリスに感知されずに転移できるような強者がいれば、それこそ脅威である。
一人、心当たりがないわけではない。だがアリスと彼の間にはある程度の信頼があり、アリスとしてもこんな事をするように思えなかった。
「とりあえずエンプティに連絡しようかな。急に消えたら発狂しそうだし」
アリスはそう言うと、〝通信魔術〟を投げた。
エンプティという魔王幹部と会話すれば、ある程度のすり合わせが出来る。急に消えたら侍らせていた女の子も驚くだろうし、と。
しかし、応答はなかった。
彼女が通信を拒否することなどない。そもそも、部下がアリスを拒む必要もない。
離れた場所にいても通信できることは既に立証済みで、遠すぎるがゆえの通信不可だったという理由も有り得ない。
「んもう、直接転移するか。――〈転移門〉」
魔王城への〈転移門〉を開く――が、それは叶わなかった。
開いた門の先には漆黒の闇が広がっており、普段見える玉座の間がなかった。
「…………は?」
アリスは咄嗟に転移先を切り替えた。
支配した国、従属させた国、管理している国、初めて踏み込んだ未踏の地、契約している国。
どれを開いても、どこを指定しても、黒。闇。何もない。
「なんで……?」
魔王となって初めて、アリスは焦りを覚えた。
脳裏にひとつ浮かんでいた可能性が、肥大化していったためだ。
「処分、された?」
まさか有り得ない。いや、だが最近の私は――。頭の中で意見が分裂する。
アリスは魔王だったが、実際は不要になった転生者を殺すための〝ゴミ箱の魔王〟だった。
いつかはその自分さえゴミ箱行きになることは知っていたが、それがまさか通達も何も無く、急に訪れるとは思わないだろう。
それに処分と言う割には、まだ体もある。意識もあり、内側へと目を向ければ能力も以前のままだ。
「……ん? レベルが、半減してる?」
――ひとつを除いて。
200あったレベルが、現在は100へと減っている。これはアリスにとって由々しき事態だった。
本格的に、神に見放されたのだと信じ込めるほどには。
(……なるほど。とはいえ〝魔術〟も〝スキル〟も残されている。ただ捨てるわけじゃないみたい。殺しているところをショーとして見たいのかな? ふむ……)
となれば、調査だ。アリスもただ指をくわえて死を待つような女ではない。
この場所はどこで、どれ程の脅威があって、自分はどの位置にいるのか。それを知る必要があった。
〈スライム生成〉のスキルを、アリスは発動させた。
すると目の前には二人の美女が現れる。
美女二人はアリスの前に跪くと、命令を待った。
「……レベル75? こっちも半減してるのか、面倒だな……」
――せっかく生成したが、このスライムは使い捨てになるだろう。
情報を持ち帰れれば万々歳だが、75レベルならば少し腕の立つ冒険者といい勝負をして負けてもおかしくはない。
(こんなことになるなら、召喚魔術を使うべきだったな……)
「アリス様、御命令を」
「ああ、うん。……んー、周囲の索敵。戦闘は許可しないから、生命体、可能なら人間がいれば引き返して報告」
「かしこまりました」
二人のスライムは頷くと、すぐさまその場から消えた。アリスの目には追えていたが、人を超えた速度が出ていたことだろう。
以前見た、生成スライムとあまり変わらないように思えた。
レベルダウンしているならば人並みの速度になるはずだが、いまいち原理がわからなかった。
「待ち時間に色々調べておこう」
――一時間ほどして、スライムが二人とも傷もなく帰還した。
彼らの知能でも脅威となり得る対象が見つからなかったが、人の気配を察知したため戻ったという。
「おそらく、盗賊のたぐいかと思います」
「盗賊?」
――ちょうどいい。
アリスはにんまりと笑った。盗賊であれば、死んで困る人間は少ない。むしろいないとも言える。
この世界での戦闘力や人間の具合を確かめるには、これ以上にないほど適切なサンプルだった。
(賊であれば、ある程度は戦えるはず。少し力のある人間、といった部類だろうか。さてさて、私の力はどこまで通用するのかな……)
好奇心と、少しの怖さ。彼女はそれらを抱えて、スライムの発見した拠点へと向かった。
スライムに案内されて到着したのは、洞窟だった。
丸太で作られた障害物に、数名の人間――見張りが立っている。見張りがいるということは、中に何かがあるということ。守るべき遺跡にしては雑な場所で、盗賊の拠点と言われた方が納得する。
アリスは意識を集中させ、視界を飛ばした。千里眼や遠隔視に近い能力だ。
あまりにも距離があると体調不良に陥るが、この程度の洞窟ならば許容範囲だった。
「……中に、数十人。……ん? 一人だけまともなのがいる。これがボスかな? あとは、うん、普通の人間と変わりない……」
妙だった。レベルダウンしているというのに、この地にいる人間らしき個体が脅威に思えない。
処分されてこの場所で死ぬのだと思っていた。ゆえにこの場所は、自分よりも強い個体が多いのだと。
事実、レベル100というのは、アリスの認識では人間でも到達できるレベルだった。
(たまたまいちばん弱い人間に出くわしただけ? ……いや、考えるよりも聞いた方が早い)
どうせ殺されるなら、ここで悩んでいたってしょうがない――アリスはそう判断し、表へ出て行くことにした。
アリスが出ると、見張りは彼女に気がついた。普通の女や冒険者であれば警戒されたり、いい獲物として見られるのだろうが、アリスはそうではない。
長い白髪に、二つの漆黒の角は山羊のようにぐるりと巻かれている。そしてこの近辺では見ないであろう、紫紺の民族衣装。それだけでなく、腕や頬には、人の肌にはない鱗が浮き出ている。
極めつけはその瞳であった。白目と黒目が反転した異様な目は、見つめられるだけでもその不気味さを感じ取れる。
「……なんだ?」
「魔物?」
「亜人、か?」
男達は困惑しているものの、武器へ伸ばした手はそのままだ。アリスはその様子に、少しだけ感心した。
敵か味方かもわからない未知の存在を見てもなお、きちんと対応をしようとするその仕草。少なくとも、初心者の盗賊ではないことは確かであった。
「やあ、こんにちは。どうにも迷子のようだ。君たちに情報を聞ければと思うんだが」
染みついた魔王ロールで口を開けば、男達は改めて武器を構えた。どうやら失敗らしい、とアリスは思う。
いつものフランクな会話で続けられればよかったのだろうが、どうにも人間を前にしてしまうと、ここしばらくの癖が前に出てきてしまう。
しかし、状況が分かっていない中で、自分の悪い点を一つ見つけられたのは、まだ良い方だろう。
「ふむ。今後は気をつけるとしよ――気をつけようかな」
「おい! これ以上近づくな!」
見張りの一人が、声を張り上げた。剣先は明らかにアリスに向けられており、それを見た途端、スライムが臨戦態勢を取った。
相手がその気ならば、ちょうどいい。それに見張り程度ならば殺したって構わないだろう。
どうせ中には数十名も人間がいる。情報を聞き出すにしても、数名を生かしておけばいいだけなのだから。
「戦力確認もしたいし。よし。殺せ」
「かしこまりました」
スライム二体が飛び出す。そして、その瞬間にはもうアリスは悟っていた。互いの戦力差を。
アリスの目に追えていたスライムたちの動きを、彼らは追えていなかった。とうに、あと一歩のところまで到達していたというのに、彼らは剣を振る様子も、逃げる気配もなかった。
そう、見えていなかったのである。
彼らが目の前に二人の美女を確認した瞬間には、命が絶たれた。一人は切り裂かれ、一人は酸によって溶かされ、また一人は別の殺し方をされた。
あっという間だった。そして、呆気なかった。
「完了しました」
「ありがと。戦闘も大丈夫そうだね」
「はい。問題ありませんでした」
アリスがレベルダウンしていない状態で戦ったときと、変わらないように見えた。
アリスの認識では、盗賊や冒険者などであれば、装備も含めてレベルが50前後、強ければ80を超えていてもおかしくない。
スライムたちは75レベルだが、知能はあまり高いとはいえないため、苦戦を強いられても仕方ないと考えていた。
(……最後の可能性だけど、まさか人間のレベルが低いのか?)
脳裏に浮かんだ、最後の可能性。
ここが、アリスの知る世界ではないこと。
そうなれば、上司である神様からの連絡がないことも理解できる。
理由は分からないが、何らかの原因で異世界に飛ばされ、その世界の
(確認してみるか。――〈
ステータスを見て、目を丸くした。
並んでいるステータスが、あまりにも低い。そう、〝ただの戦える人間〟のステータスだ。
それに、肝心のレベルも一桁台ばかり。レベルダウンし、100レベルになったことを加味しても、これらの人間がアリスに勝てるわけがなかった。
「やはり、異世界……」
「アリス様?」
「……なんでもないよ。行こうか」
スライムには知恵を特別に与えていないせいか、深く追求してくることはなかった。
アリスは二人を連れて、洞窟の中へと足を踏み入れていく。
洞窟の道中で出会う人間は、いずれも似たようなレベルだった。スライムの動きに追いつけず、ただただ殺されていくだけ。
こちらを侮りながら近づいてきて、軽く屠られ、叫び声をあげる。その繰り返しだった。
アリスはスライムたちが殺していくその後ろを、ゆっくりと歩んでいった。
――つまらない。
顔にも、態度にもそれは表れていた。
「ひぃいいっ!」
「――あ」
スライムが、一人を取りこぼした。さすがに知恵を与えなさすぎたようだ。複数人を相手にする戦闘では、失敗を許してしまった。
薄暗い洞窟の奥へと消えていく背中を、アリスはただ見つめていた。
この場に残った全ての盗賊――らしき男たち――を処理したあと、申し訳なさそうにスライムがひざまずく。
「……アリス様。大変申し訳ありませんでした」
「別にいいよ。マークしてあるから、どうせ追えるし」
アリスにもずいぶんと、余裕が出てきた。戦闘力もさることながら、探知やマーキングにさえ気付いたそぶりがない。
やはり改めて、ただの人間が相手なのだと。
とはいえ、気を緩めていい理由にはならない。変身魔術を用いている姿ではなく、素の、魔王である姿を見られている。
この世界の他の脅威も知らないうちに、自分の情報を垂れ流すわけにはいかないのだ。
「おいおい。こんなところで、主従ごっこか?」
自信のこもった声がして、アリスは振り返った。そこに居たのは、ボサボサの頭髪、無精髭のある男。しかしホームレスやただの盗賊には見えなかった。
確かにあった――〝戦う人間の身体〟。それがそう感じさせたのだ。
――一人だけ、特別な個体。
探知の際に見つけた、他の人間よりも強い個体だと。
同時に、彼女の中に興味が湧き出した。どうして〝これ〟は他とは違うのかという疑問が。
それに、装備品だ。腰にあるものは見覚えがある――刀に酷似していた。
「アリス様、お下がりください」
「ん? いいよ。これは私が相手しよう。君たちは奥にいる人間を捕縛しておいて」
「……ですが、そのような能力は」
そんな能力がないことはアリスも知っている。だから彼女が言い終える前に、魔術空間に手を突っ込んだ。
適当に探ると、それらしきものを引っ張り出す。どこにでもある麻縄を出すと、ぽいとスライムの方へと投げた。
――魔術もスキルもそのまま使えているあたり、アイテムも残っているかと思ったが、その通りだった。
アリスはいつ投げ入れたか分からない縄に感謝するのだった。
「はい、縄」
「ありがとうございます。きっと完遂してみせます!」
スライムたちはそう言ってこの場を去った。目の前に来ていた男は、スライムの速度に追いつけず驚いたままだ。
しかし先ほどまでの盗賊らしき男たちとの違いは、スライムの動きを感じ取れていたという点だろう。
そのせいか、アリスの興味がさらに増える。
「君がここのボス?」
「違う」
「ふむ……。じゃあなんでそんなに強いの?」
「……俺は、強いのか」
「うん。人間にしては強い方だと思うよ」
この場所が異世界だと仮定して、もしも元の世界の基準に直した場合。
この目の前の剣士は、あの世界での英雄の手前まで到達できていただろう。脅威、というほどではないが、警戒していてもいいほどに。
「人間にしては?」
「そう。この洞窟にいる人間よりも遙かに強い。私が今まで見てきた人間の中でも、強い部類だと思う」
これは間違いではない。勇者や英雄といったものを加味すると、もっと順位は下がるだろうが――単純な人間という種族を考えれば、この男は強い。
「まるで俺が、お前に負けるような物言いだな」
「ん? 私に勝つつもりでの質問だったの? だったら答えを変えようか」
「何?」
「君は弱いよ」
目の前の個体は強い。しかしそれは、人間の基準でという意味だ。
人をやめたアリスにとっては、この剣士は戦うに値しない。それこそ、スライムがここで殺しても良かった。
アリスが素直に言葉を続けると、男は少しだけ不快そうに顔をゆがめる。誰しもそういう反応をする。
そして彼女はそれをくすぐり、けなし、否定するのが仕事だった。この言動は、癖になってしまったとも言える。
「……言ってくれるな」
「お世辞で君を悲しませたくないからね」
「……」
男の手が、刀に伸びる。戦闘準備を確認したアリスは、そこでやっとふざけた態度をやめた。
この地に来て、初めての戦闘だ。少しだけ、浮つく心があった。
見知らぬ土地、見知らぬ相手。全てが未知という状況が、少しだけ楽しいと思えた。
「――ブレイン・アングラウスだ」
「アリス。アリス・ヴェル・トレラント。よろしくね~」