迷子の魔王さま   作:むぐらもち

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一歩

(ちょうどいい。試させてもらおう)

 

 男――ブレイン・アングラウスは、刀を構えた。

 あの敗北を機に磨き上げた刀は、まだ強者とも言える相手に向けられたことはなかった。であればこれはチャンスである。

 目の前にはモンスターらしき個体がおり、そして自身のいる傭兵団を襲い、人間を侮って、踏みにじっているのだ。

 彼は編み出した武技〈領域〉へと、獲物が入るのを待っている。狙うは、首。

 一歩、また一歩と、目の前の女が近づく。

 そして足を踏み入れた瞬間、ブレインは刀を振った。

 

(――取った!)

 

 ――間違いなく、刀は首に切り込んだ。

 しかしそれは、断ち切ったのではなかった。刀は首の三分の一ほど食い込んで止まり、それ以上に切り込むことはなかった。

 むしろ、刀は徐々に外側へと押し出されていた。まるで、何かが異物を拒絶するように、不要なものを外へと吐き出すように。

 どくどくと流れ出ていた血液は、ひとりでに首元へと戻っていく。あるべき場所に帰るかのような、不気味な光景だった。

 刀身が全て首から吐き出されると、ブレインはようやく現実に引き戻された。

 

「……な、なんだ、それは……」

 

 聞いたことがない。首を切れない、刀を止めるどころか、肉体自体がそれを拒むことなど。

 首という部位であの気味の悪い動きをするのならば、他の箇所を攻撃した場合には、どうなってしまうのか。考えたくもなかった。

 それに、女は守る動作も、逃げる動作もなかった。

 まるで、受け入れるのが当然のような。

 不気味という言葉で片付けるには、あまりにも異質すぎた。

 

「ふーむ。試しに受けてみたけど、スキルも発動しない、かぁ……。頑張ってくれたみたいなのに、ごめんね」

 

 優しく諭すような謝罪に、ブレインは刀を強く握りしめた。

 ――モンスターの中には、異常なほどの再生能力がある。

 そう聞いたことがあった。だからこの女も、そういう部類なのだと。思い出したブレインは、やり方を変えた。

 一撃必殺が不可能ならば、再生が出来ないほど切りつけてやれば良いのだと。

 

「ああああッ!!」

「おっと」

 

 肉を、骨を断とうと、刀を振り続ける。対人であればそれは脅威であり、ブレインがどれだけの高い場所にいるかを教えてくれる刀筋であった。

 さきほどの攻撃を、かわすことなく受けた女は、その刀の雨を同じ方法で受けることはなかった。

 どこからともなく取り出した漆黒の短剣で、ただ――いなす。

 ブレインがどれだけ必死に刀を振ろうとも、必要最低限の動きでそれらを殺していく。

 

「もういいよ。さっきの攻撃で大体分かった――から」

「っ!」

 

 高い金属音を鳴らして、刀がはじき飛ぶ。カラカラと軽く床を滑り、見ればブレインの刀は二つに折れていた。

 対して女の取り出した短剣はそのままで、まだ彼女の手の内にあった。

 武器を取られたも同然だ。目の前には攻撃が通らず、さらにはブレイン自身の速度にさえ対応してくるモンスターがいる。

 ブレインは両膝から崩れ落ちた。

 敗北というものは知っていたが、ここまで圧倒的な力量差を見せつけられたのは、初めてと言える。

 逃げるべきなのだろう。しかし、この女から逃げ切ることはできるのか。

 脳内で二つの言葉が、せめぎあっている。

 この化け物もそうだが、ブレインを置いて洞窟の奥へと駆けていったあの手下もいる。どちらに逃げても、生き残れる確証はない。

 

「――アリス様」

「ん?」

「洞窟内の人間の捕縛を完了いたしました」

「そう。そのまま監視をしてて。私はこの人間と少し話す」

 

 皮肉にも、ブレインの命を少し延ばしたのは、モンスターの手下だった。

 手下は女からの命令を受けると、一礼をしてまた奥へと戻っていった。

 女はそれを見送りながら、ブレインへと近づく。座り込んでいる彼と目線を合わせるように、彼女もしゃがんだ。

 

「君は、ここでどれくらい強い?」

「……傭兵団の中でなら、一番だろうな」

「あ、ここ傭兵だったんだ。……じゃない、この国。もしくは世界での話だよ」

「世界、世界か……」

 

 ブレインの世界は、たった今崩れた。倒したかった、勝ちたかったあの男を目標に生きてきたはずなのに。

 目の前の異端者に塗り替えられた。

 まだ上があるという希望ではなく、届かない、高すぎる頂きを見させられた。強さを求め足掻いてきた結果がこれだ。

 

「難しい話だったかな。じゃあ聞くけど、君は人間で弱い方?」

「……弱、い……」

「お、反応した。強い自覚はあり、と。じゃあ違うのかな。なら奥の人間に聞こう」

 

 女はそう言うと、ブレインを掴んだ。そのまま肩に担ぎ上げると、洞窟の最奥へと進んでいく。

 

 

 ▼

 

 

「ふむふむ。ブレイン・アングラウスは強い方なんだね。あとは、ガゼフ・ストロノーフとかいうのがいる、と」

 

 アリスは奥へとたどり着くと、すぐに一人の傭兵を手元に置いた。

 そうして始まったのは、情報の抽出。

 雑に頭部を掴むと、頭の中を直接のぞいた。この方法は低レベル、特に人間相手では尋常ではない苦痛を伴う。

 本来であれば回復魔術を用いて行うのだが、ただの人間の傭兵となると、彼女にとっては不要な存在。どれだけ悶えようとも、叫ぼうとも、彼女は顔色一つ変えることなく知識を吸い取る。

 あまりの苦痛でショック死してしまった傭兵から知識が吸えなくなると、アリスは「あ」と漏らして手を離す。

 

「ま、これくらいでいっか」

「どうされますか」

「使い道はあるだろうから、亜空間で管理しようかな。二人に任せるけど、いい?」

「はっ、はい!」

 

 特に考えもせずに発言した命令に、スライムたちは思ったよりも食いついた。そこまで喜ぶとは思わず、アリスは驚いている。

 既にここまでの情報が蓄積しているから、新たに説明をしなくて済むと思った。それだけだったのに。

 

「と、とりあえず、命令外の殺害は禁止。適度な食事などを与えて、生命維持をさせること」

「承知しました!」

「……う、うん。あと、ここにいないけど、まだ人間がいるはず」

「……っ! も、申し訳ありません、そちらは回収しそこねました。今集めて参ります」

「うん。待ってるね」

 

 探知に引っかかったのは、傭兵だけではない。戦力にはならないが、人間――しかも女がいた。

 どうせこの状況で、残しておくのは〝もったいない〟。ついでに回収をすればいいだろう、とアリスは考える。

 

「……俺は、どうなる」

 

 意気消沈したブレインが、そっとつぶやいた。声には覇気がなく、先ほどの闘志も感じられない。

 変わり果てたブレインだったが、アリスが何か思うことはなく、ただその質問に答えるだけだ。

 

「君は面白そうだから、ペッ――育ててみることにするよ」

「……育てる?」

「うん。あっ、拒否権はないよ。分かるでしょ」

 

 分かるでしょ、という軽い言葉に、絶対的な力の差を感じた。

 ブレインは絶望のまま床を見つめていると、目の前に何かを投げ捨てられる。虚ろな目で見やれば、そこに落ちていたのは漆黒の刀剣であった。黒く塗られた上質な鞘に、金の目貫が光る柄。

 それは武器というよりも、調度品に近いものだった。美術品のように整った刀は、綺麗に飾られて貴族の家に置かれていてもおかしくはない。

 無骨なブレインが帯刀するには、少々洒落ていた。

 さらにいえば、またも、ブレインにはどこから取り出したか不明な武器である。

 

「あげる。さっき折っちゃったから」

「は……?」

「はい、持って〜」

「お、おい」

 

 アリスはブレインの手を取ると、無理矢理刀を持たせた。ほんの少し抵抗していた彼だったが、その柄を握った瞬間、ピタリと止まった。

 ――よく馴染む。

 以前使用していた異国の武器と同じ形であるということもそうだが、まるで生まれてからずっとこれを使ってきたような、そんな感覚。

 それに――軽い。しかしながら武器を振るのに必要なある程度の重さがないわけではない。

 届かなかった速さ、そして高みに近づく感覚を覚えた。

 

「ん、気に入ったかな」

「……これ、は……」

「私のものにするって言ったからには、ちゃーんと面倒を見るからね。福利厚生は大事なことだし」

「……フクリコーセイ?」

「な、なんでもないよ〜」

 

 あはは、とわざとらしく笑いながら、アリスは誤魔化す。ブレインはそんな様子に、見向きもしなかった。

 彼の目線、そして意識は、目の前の黒い刀に奪われている。

 捻り、傾け、揺らしてみる――やはり勝手知ったような刀だった。

 彼は無意識に、鞘に手を伸ばしていた。

 引き抜けば、全体と同じく漆黒の刀身が現れる。室内の明かりにかざしてみてもなお、光を反射することなどなく、全てを飲み込むような黒。

 覗き込んでも鏡にすらなり得ないその刀身は、妖しい雰囲気を醸し出していた。

 

「振ってみたら?」

「あ、ああ……」

 

 ゆるりと立ち上がり、刀を構える。武技も、アイテムも、何も使用しないただ持っているだけだ。

 ブレインは深く考えず、空を割いた。ひゅんという軽い音は、本当に空気すら切ってしまいそうで、ただ振っただけという心地がしない。

 これで何かを切ったならば、どうなってしまうのだろうという興味さえある。

 

「どうぞ」

「え?」

「斬りたいんでしょう」

 

 アリスは自身の首元を、とんとんと指さした。斬られる側が快く首を差し出すなんておかしな話だが、それは彼女だからこそあり得る。

 ブレインにも、試したい気持ちはあった。ただ素振りするだけでは、その真価は分からない。

 彼には倒せないと確信していて首を差し出すのは、些か腹立たしいが――その苛立ちよりも、好奇心と興奮が勝る。

 ブレインは黙って刀身を鞘に収めると、意識を集中させた。

 さきほど既に一度武技を使っていて、疲労もある。同じ結果を出すのは厳しいだろうが、刀を試す程度はできるだろう。

 

「……行くぞ、化け物」

「はいよ」

 

 前と同じく、アリスは構えもしなかった。ただゆっくりと歩いて、ブレインの武器が届く範囲まで近づく。

 洞窟の中に、アリスの足音が一つ、二つと続く。

 一定の距離を歩むと、ブレインは刀を振った。空中を撫でる音が心地よく、攻撃しているのかと思えないほどに。

 アリスから見ても、確かに先ほどの動きよりもやや鈍って見えた。だが刀はその疲労を補助するかのように、なめらかに、素早く首へと触れる。

 

 ――僅かな差だった。

 一ミリ。二ミリ程度の、小さな差。それでも、先ほどの完璧な状態だったブレインよりも、ほんの少しだけ首に食い込んだ。

 

 アリスの肉体はすぐさま刀を吐きだし、ブレインの刀は首から離れていく。

 

「うん。悪くないね」

「……」

 

 ブレインはぼんやりと刀を眺めたまま、アリスに反応することはない。余韻か、はたまた前回の戦闘結果と照らし合わせて何かを思っているのか。

 アリスもアリスで、「人間が早々にこちらに懐くとは思ってないし」という態度で、すぐに視線を逸らした。

 目線の先にはスライムたちが待機しており、探知で見つけていた非戦闘員を回収していた。

 女たちには性の臭いがまとわりついており、ここでどういう待遇だったかを察せられる。

 記憶を消して家に戻してやるのもいいだろうが、それをやるほどアリスも善人ではない。

 

「こちらの者どもはどういたしますか」

「亜空間に連れて行こうか。メイドでもしてもらおう」

「なっ……! アリス様のメイドでしたら、私どもが……」

「君たちには仕事を振ったでしょ」

「……はい……」

 

 その返事は不服そのもので、命令だから仕方ないという空気が受け取れた。自分が生成したスライムだからこその忠誠心なのだろうが、アリスとしては困ったところである。

 

(そういえばエンプティたちはどうなったんだろう。一緒にこの場所に転移してたりするのかな)

 

 人間の強い剣士がこのブレイン程度であれば、彼女たちが苦戦を強いられることはないだろう。

 無理に戦闘を開始する部下も、今はいない。おそらく一定距離を保って、相手を観察してくれるはずだ。

 この世界で通信魔術が機能しないことは気がかりだが、調査を進めれば何かしらの解明ができるだろうと彼女は踏んだ。

 

「よし。とりあえず撤収しようか。二人はこの場所に残って、アイテムとかがあれば全部回収。一時間後、またここで会おう」

「承知しました」

「かしこまりました」

 

 アリスは亜空間への扉を開けた。中にはここに似た薄暗い洞窟が広がっている。

 似ている割にはここよりも幾分か豪華で、生活するには十分なほどの小物がある。脇に伸びる通路は個室であり、その通路の数は非常に多い。

 さらに別の美女が立っていた。ワンピースタイプの衣装に、エプロンを纏っている。主婦か、食堂の女将とでも見えるだろう。

 これは傭兵の健康管理を行うスライムである。

 まだ殺す予定はないため、簡単に死亡されては困る。かといって最初に生成したスライム二体は人間の〝生きるための管理〟が不十分。

 間違えて殺してしまっては面倒なため、今し方生成したものだった。

 

「じゃ、よろしくね。食べ物とか、欲しいものがあったら教えて」

「はい。かしこまりました」

 

 捕縛してあった傭兵を押し込めて、扉を閉じる。

 同じ場所に、また別の空間を開いた。空中に別の場所が浮いている様子は、奇妙なものであった。

 中には金のある人間が住んでいそうな屋敷に、畑、生い茂る木々や花々のある庭が見える。少し郊外に置かれた邸宅だと言われても納得できるものだった。

 

「じゃ、行こうか」

「はっ? おい、歩ける、引っ張るな」

 

 先ほどと同じ要領でブレインを掴んだが、今回は拒否の言葉が飛んできた。

 逃げるつもりならば、と次の準備もしはじめたが、ブレインが動いたことで不要となった。

 彼は自らの足で進み、亜空間の手前まで来た。

 人間からすれば、未知の能力だ。ここに飛び込むのは覚悟がいるというもの。ブレインも同じなのか、最後の一歩が踏み出せずにいる。

 拒否権はない――そう言われた。もう逃げるという道も断たれた。武器さえ手にした。

 この最後の一歩は、ブレインにとって従属の最初の一歩でもある。

 

「怖い?」

「……っ」

 

 横で、アリスがにんまりと笑った。悪魔のような微笑みではなく、悪戯をする子供のような笑みだった。

 目の前の人間が一歩を踏み出そうとしていることが、楽しくてしょうがないのだろう。

 

「この先に行けば、君は化け物に従うことになるもんね」

「……」

「でも私は君を強く出来るよ」

「……強く?」

「人の頂きを見せることができる。人間が弱く脆い種族だと思ってしまうほどのところ、いや、もっとその先へ」

 

 彼が強さに執着していたことは、薄々気付いていた。武器を手に取るものは、往々にして力を求める。

 理由はどうであれ、強くいたい。強くなりたいと思うのは、人間として、戦う人間としてありふれた欲望だ。

 アリスが出会ってきた人間たちも、そういった者が多かった。

 ――もっとも、彼女のもとへ率先してやってくるのは、〝強さ〟よりも〝正義〟を欲するものだったが。

 

「さあさ、ブレイン・アングラウス」

 

 アリスは一歩進んだ。ブレインよりも先に、空間へと入る。

 爽やかな風が吹いて、アリスの白髪が揺れた。心地の良い日差しが照らしているのは、気味の悪い人外。

 

「はっ。俺に選択権はないんだったな」

「物わかりがいいね」

 

 ブレインはにやりと笑いながら、一歩踏み込んだ。

 ――どうせなら、この化け物を利用してもっと高みへと到達すれば良い。

 彼が出した結論だった。ただ利用され、飼い殺しになるつもりはない。人間ならば人間として足掻き、その「育成」さえも己のものにしてやろうと。

 僅かに残った彼の中の闘志が、少しだけ強まった。

 アリスもそれを察知したのか、それ以上口を出すことはなかった。

 空間にブレインを受け入れると、アリスはすぐさま入り口を閉じる。もう逃げ道はない、道は先にしか続いていない。

 

「あ、そうそう。それの名前は漆黒閃雷。素早さが特徴だよ。あとは――雷が付与してあるから、相手によって使い分けてね」

「……ああ」

「改めて、よろしくね。ブレイン。私はアリスでいいよ」

「よろしく頼む」




アインズ様までしばらくかかります……。
10話以内には会わせたいですが、果たして……。
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