幻影旅団全員生存RTA 作:ワトソンくん
荒野。夜。
気球の残骸が、黒い煙を上げて燃えている。
ウボォーギンを乗せたクラピカの車は、すでに闇の彼方へ消えている。だが、残された旅団に焦りの色はない。
マチが、静かに手を伸ばした。
指先から、細い念糸が伸びている。
「……逃げても、追える」
ウボォーギンが連れ去られる瞬間、彼女はこっそり念糸を繋いでいた。
マチが振り返り、残されたメンバーに告げる。
「行くわよ」
追跡チームだけで車に分乗し、夜闇を切り裂いて走り出す。
廃ビルには、次の作戦を練る仲間たちが残っている。
モールも、肋骨を押さえながら黙って後部座席に滑り込んだ。
◆◆◆
追跡の途中、幹線道路から外れた荒地。
前方を塞ぐように、複数の人影が立っていた。
陰獣の残党。
梟(フクロウ)が手を広げる。
「ファンファンクロス」
視界が歪み、世界が四角い枠で切り取られる。
閉ざされた空間。
そして、その中に閉じ込められたのは、ノブナガと、そしてモールだった。
「おい、なんだこれ! 出せコラ!」
ノブナガが壁を斬りつける。
刃は空間の境界に弾かれ、手応えさえない。
その隣で、モールは座り込んでいた。
ポケットから、小さなおもちゃの兵隊を取り出す。
三体。四体。五体。
モールは、兵隊の背に指を当てた。
制約と誓約。
「……ウボォーギンを、殺そうとする者を、止めろ」
「……ボクが、解除と言うまで、止まるな」
兵隊の目が、かすかに赤く光る。
ノブナガが振り返る。
「おい、青いの。何してんだ」
「……準備」
モールはそれだけ言って、布切れを取り出した。
そして、静かに鶴を折り始める。
暴れる刀と、折られる鶴。
閉ざされた空間の中で、只ならぬ準備が音もなく進んでいく。
◆◆◆
空間の外。
旅団は陰獣残党と交戦していた。
マチが念糸を操り、梟を捕縛する。
「動かないで。食い縛るわよ」
フェイタンは、陰獣三人を相手にしていた。
手刀が閃く。骨が砕ける。悲鳴が途切れる。
「痛いか? ……もっと痛い目に合わせてやる」
シズクはデメちゃんを構える。
「……デメちゃん、吸って」
陰獣二人が、まとめて吸い込まれる。
「……あ、ごめん。吸いすぎた」
シャルナークは携帯を弄りながら、それを眺めている。
◆◆◆
梟が無力化されたことで、ファンファンクロスが解けた。
ぽっかりと開いた空間。
ノブナガが飛び出してくる。
「やっと出られるか!」
その後ろから、モールも出てきた。
手には、折り上がった鶴。
ポケットには、目だけが光る兵隊たち。
◆◆◆
シャルナークの情報を頼りに、追跡チームはウボォーギンの居場所を突き止めた。
ヨークシン市内の、あるビルの一室。
扉を開けて突入する。
そこには、拘束具で拘束されたウボォーギンがいた。
そして、彼の前に立っているのは、ダルツォルネだ。
「待っていた。こいつの移送を頼む」
「……まるで馬子にも衣装だな」
突入してきた旅団を見て、ウボォーギンはふんと鼻を鳴らした。
「……なにっ!?」
ダルツォルネが異変に気づいた瞬間、すでに遅かった。
フィンクスが、ダルツォルネの背後から手刀を突き出していた。
刃は心臓を貫き、背骨を断つ。
呆気なく死んだダルツォルネ。
シズクがデメちゃんを召喚し、ウボォーギンの体に這わせた。
「……デメちゃん、ウヴォーの身体にある、悪い毒、全部吸い取って」
デメちゃんが、ウボォーギンの体内に潜む毒を吸い取る。
毒が抜けたウボォーギンは、拘束具を力ずくで引きちぎった。
そして一拍。
ウボォーギンは、ゆっくりと息を吸い、そして叫んだ。
「クッソー!!!!」
ビル中に響き渡る大声。
ノブナガが耳を押さえる。
「おい、バカ! 静かにしろ!」
だが、遅い。
その叫びは、すでにクラピカ達に聞こえていた。
◆◆◆
ウボォーギンはビル内でクラピカを探す。
だが、すでに空。
「……逃げたね」
フェイタンが溜息を吐く。
◆◆◆
ヒルを完全に排出するため、そして情報収集のために数箇所の拠点を襲撃。
ウボォーギンはビールを煽り、用を足し、体を軽快にした。
シャルナークがパソコンを取り出す。
ハンターライセンスを使い、ハンター専用サイトを駆使してアクセス。
指先が画面を滑る。
そして、見つけた。
◆◆◆
ビル街。
月光が、アスファルトを照らしている。
そこに、クラピカが立っていた。
「ほぉ、逃げずにいるとは大したもんだ」
「どこで死にたい。選ばせてやるよ」
クラピカが言う。
ウボォーギンはニヤリと笑い、指で自分の耳を突っつく仕草をする。
「人気のない荒野がいい。お前の断末魔はうるさそうだ」
ナチュラルに煽りながら、戦場を荒野へと移動させる。
◆◆◆
荒野。
月が、砂漠の地平線に白く浮かんでいる。
ウボォーギンが、ゆっくりと拳を握る。
「……来い」
ウボォーギンが、地を蹴った。
クラピカが鎖を放つ。
だが、ウボォーギンはそれを避けない。
代わりに、地面を拳で叩きつけた。
ドゴォォォォォォン!!
砂漠の地面が砕け、土煙と砂嵐が爆発的に巻き上がる。
視界が完全に遮断された。
「……無駄だ。私には『円』で見える」
クラピカが冷たく告げる。
砂煙の中から、ウボォーギンの気配が迫ってくる。
だが、それは罠だった。
土煙の中から飛び出してきたのは、ウボォーギンの巨躯。
そして、その拳はすでにクラピカの左腕の軌道上にあった。
「遅えんだよ!」
超破壊拳(ビッグバンインパクト)。
「ぐああっ!?」
鈍い音と共に、クラピカの左腕がバキバキに折れた。
骨が砕け、腕が不自然な角度に曲がる。
クラピカが砂煙の中に吹き飛ぶ。
◆◆◆
砂煙が晴れる。
クラピカは地面に転がり、折れた左腕を押さえていた。
激痛。
だが、それ以上に彼を支配したのは、怒りだった。
クラピカが顔を上げる。
その瞳は、紅く染まっていた。
緋の目。
ウボォーギンが、睨みつけている。
その瞳には、旅団に殺された同胞の姿が映っている。
(……旅団。……クルタ族を……)
虐殺された村。
積み上げられた死体。
えぐり取られた緋の目。
ウボォーギンの顔が、虐殺者たちの顔と重なっていく。
クラピカが、震える声で呟く。
「……私はお前達を、絶対に許さない」
クラピカのオーラが爆発する。
絶対時間(エンペラータイム)。
「この状態……すべての系統を百パーセントで引き出すことができる」
クラピカが、折れた左腕を見る。
骨が砕け、肉が裂けている。
だが、クラピカは動じない。
右手から鎖を伸ばし、折れた左腕に巻き付ける。
治癒の鎖(ホーリーチェーン)
鎖で、折れた腕をぐるぐると巻き上げる。
骨の破片を無理やり押し込み、固定する。
シュッーっというような音が荒野に響く。
痛みを寛解させ、腕を機能させる。
これが、クラピカの「治癒」。
圧倒的なまでの才覚。
「……これで、十分だ」
クラピカが立ち上がる。
その動作は、絶対時間による神速そのもの。
ウボォーギンが、拳を振るう。
だが、クラピカはすでにその背後にいた。
「遅い」
クラピカの鎖が、ウボォーギンの四肢に巻き付く。
「……っ!?」
ウボォーギンが驚愕する。
いつの間にか、足元から鎖が伸びていた。
土煙の中で、クラピカはすでに鎖を張り巡らせていたのだ。
クラピカが鎖を引き絞る。
ウボォーギンの巨躯が、鎖によって地面に叩きつけられる。
◆◆◆
「旅団の情報を吐け」
クラピカが、ウボォーギンの顔を殴打する。
拳がめり込み、血が飛ぶ。
「……知らねえよ」
ウボォーギンが、血混じりの唾を吐いて笑う。
「仲間の居場所は? 能力は?」
クラピカが、さらに殴打する。
肋骨が軋む音がした。
「……殺せ」
ウボォーギンが、低い声で言う。
「……殺せ」
その言葉が、クラピカの怒りを極限まで引き上げた。
「……殺せ、だと?」
クラピカの右手が、剣の形をした鎖を構えた。
律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)。
「……死ね」
クラピカの右手が、ウボォーギンの胸へと伸びる。
◆◆◆
その瞬間。
陰に潜んでいた何かが飛び出した。
小さなおもちゃの兵隊。
ファンファンクロスの中で、制約と誓約によって限界を突破された兵隊たちが、空中で隊列を組む。
兵隊の目が、紅く光った。
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!!
ライフルの一斉射撃。
クラピカの足元、背後、頭上。
クラピカの周囲を取り囲むように、無数の弾丸が撃ち込まれる。
「っ!?」
クラピカは反射的に処刑の鎖を防御に回そうとした。
その一瞬の気の緩み。
胸に刺さろうとしていたジャッジメントチェーンの刃先が、数ミリだけ後退した。
だが、兵隊たちの攻撃は止まらない。
可愛い見た目とは裏腹に、その火力は標的を黒焦げにするほど。
そして、彼らの性質は極めて執念深い。
クラピカが壁を蹴って飛び上がっても、兵隊たちは地面を這い上がり、壁をよじ登って追撃する。
鎖で振り払おうとしても、紙切れのように回避し、再び射撃を開始する。
「なんだこれは!」
クラピカの顔から、冷静さが失われていく。
絶対時間による神がかったスピードも、執拗に追いかけてくる無数の銃口の前では、意味を成さない。
そして、何より致命的だったのは、その乱入によってクラピカの「念のコントロール」が乱れたことだった。
ウボォーギンは、苦悶の表情を浮かべながら、その隙を見逃さなかった。
「……てめえごときが……俺の心臓を……握れると……思ったか……!」
ウボォーギンが、チェーンジェイルの拘束を力ずくで引きちぎり、**胸に浅く食い込んだ鎖の刃を**素手で掴む。
掌から血が噴き出す。
だが、ウボォーギンは構わず、鎖を無理矢理引きちぎった。
血飛沫が上がり、鎖が弾け飛んだ。
「ぐああっ!?」
クラピカは、悔しげに唇を噛みながら、闇へと撤退していった。
兵隊たちの追跡を振り切り、鎖のコントロールを取り戻すために、全神経を集中させながら。
荒野に、銃声の残響だけが響いている。
◆◆◆
陰に潜んでいたモールは、震える指先で呟いた。
「……解除」
兵隊たちが動きを止める。
もし解除を忘れていたら、彼らはモール自身を攻撃していたはずだ。
モールは、そっと胸を撫で下ろした。
ウボォーギンには、モールの存在はバレていない。
クラピカにも、モールの存在は悟られていない。
ただ、「謎の玩具が、俺の命を救った」という事実だけが残った。
◆◆◆
荒野。
胸に深い裂傷を負い、血を流しながら、ウボォーギンは荒野の真ん中に座り込んでいた。
周囲には、彼の放つ「近づくな」という念の圧(あるいはオーラ)が、嵐のように吹き荒れている。
遠くで、旅団の気配がする。
だが、誰も近づこうとはしない。
彼の放つ圧に阻まれたのではない。
彼のプライドが、それを許さないことを、旅団は知っているからだ。
ウボォーギンは胸の傷を押さえながら、荒野の風の中に座り続けている。
「……鎖野郎をぶっ殺すまで、俺は帰らねぇ」
その顔には、痛みも疲労もない。
あるのは、剥き出しの殺意だけだ。
陰で、モールがそれを見ていた。
(……この人は、本当に怪物だ)
モールは、ポケットから布切れを取り出す。
静かに、鶴を折る。
一羽増えた。
この折鶴に果たして意味はあるのだろうか。