──いねぇ。
ラルトスが、イッシュにいねぇ。
「んぐあぁぁ……」
自室のベッドの上でゴロゴロしながら、俺は絶望に身を窶していた。
あれから一年と少し。
姉はナギサシティのジムリーダーを攻略し、シンオウジムバッジを全て揃え、いよいよポケモンリーグに挑戦する──といった怒涛の順調具合だというのに。
俺がしたことは調査、調査、調査。収穫が無かったわけではないが、やはりラルトスに繋がる糸口は見つからず終いであった。
もういっそホウエン地方だかに渡ってゲットしてやろうかと迷いもしたが、俺はまだ十歳を迎えておらず単独渡航が許されていない。それにイッシュを歩き回れる現状も、親父の調査の助手という名目があるからこそ実現しているのだ。
たとえホウエンでのラルトス捕獲旅の為の時間を捻出しても、そもそも自分だけで使える資金が少ない。今のままではホウエンを小旅行して帰ってくるだけになってしまうことだろう。
「ん……どうした、ヒトモシ」
「ンム」
とりあえず飯でも食うかとベッドから上体を起こしたところ、足元でうろうろしてたゴーストタイプのポケモンが窓の外を指差した。
追従して視線を動かすと、なるほど空模様が怪しい。
「こりゃ雨か……サンキュな、ヒトモシ。洗濯物を取り込もう」
「ンユゥ~」
というわけで庭に出たところ、かごの中に衣服類をぶち込んでいるポケモンが一匹いた。まーた来てんのかあいつ。
「おうおうドッコラー。助かるけど洗濯物が汚れるから触んなくていいって前にも──」
「デア!」
「え、わざわざ庭の水道で手ぇ洗ったの? それはゴメン……マジでありがとうございます……」
気を利かせて片付けてくれた衣服を受け取り、共に自宅の中へと戻っていった。てかドッコラーが角材を部屋の端に置く所作が自然すぎる。お前ウチの住人じゃないだろ。
「カレーしかねぇわ。カレーでいい?」
「デデン」
「ンユム~」
またポケモン共が遊びに来るだろうから、と多めに作っていたカレーを彼らに振る舞っておく。ヒトモシもドッコラーも野生の個体だが、なんでか昼飯だけはウチへ食べに訪れるのだ。贅沢な舌になってるよアンタら。
コイツらの他にも友達になったポケモンはそれなりにいるが、なんかヒトモシだけは普通に一線越えているというか、ゴーストタイプだからなのか気が付けば家にいらっしゃる。タダで間借りしてんなよお前。
ふと、飯を食いながら窓の外を見ると、やはりそれなりに強い雨が空を支配しているのが見えた。これはもう今日一日は外に出られなさそうだ。
「──ひぃ~っ。降られた降られたぁ」
ボケーっと空を見ながらカレーをかっ食らっている最中、ウチの玄関を何者かが勢いよく開けた。少しだけ辟易しつつ、乾いたタオルを片手に向かうと、やはり玄関には予想通りの少女がいた。
褐色肌に紅色の髪と、この辺では珍しい風貌だ。
「やられたな、フウロ。どこ行ってたんだ? ほいタオル」
「わ、ありがとうタイガ。えっとね、研究所で──」
軽く会話を交わしながらリビングへ戻ると、腹いっぱいで早速昼寝に移行しているポケモン二匹に、フウロの視線が注がれた。
「あれま。この子たち、また来てたの?」
「また来てるって言葉はフウロにも当てはまるけどな」
「いいじゃんいいじゃーん。下宿先より近いんだよここ~」
まるで我が家のように勝手知ったる振る舞いでウチを使ってるこの少女はフウロ。父の研究の関係で空路を使用することが多く、その関係者の娘である彼女も、俺と同じように親にくっ付いてイッシュを飛び回っている。
それなりに接する機会が多くなって以降、ことあるごとにこの家へ上がり込んでは入り浸っている自由な少女である。この世界での幼馴染と言ったところか。
「ねーねータイガ。明日からスクールに転入生が来るって噂だよ」
薄手のシャツとショートパンツというかなり無防備な姿に着替えたフウロが、ソファに寝そべりながらそんなことを呟いた。こいつ俺が男だってこと忘れてない?
「……転入生か。ウチのスクールの編入試験を突破するくらいだし、また激烈に強いんだろうな……」
この世界にも学校はある。中でもこの街のトレーナーズスクールは名門の部類で、フウロも下宿先を見繕って通っている遠方組だ。
トレーナーズスクールは現代日本の学校よりは緩いものの、この街のは名門校なので成績が一定以下になると試験官と戦わされることになり、三回連続で負けると除籍処分を下される恐ろしい校則がある。
そんな中、俺はエヌと鍛えたバトル技術で、どうにか必死こいてエリート共の二歩後ろぐらいを走りながら、休暇期間に親父の調査に同行する……といった日々を送っているのが現状だ。
「……ね、ねぇ、タイガ」
「うん?」
寛いでいたフウロがソファに座り直し、ヒトモシを両腕で抱えながら視線だけをこちらへ向けた。
「今度の週末ね、お父さんがライモンシティに連れてってくれることになったんだけど……」
「そりゃいいな。あそこって新しい遊園地ができたばっかりだし」
「う、うん。だから……その、よかったらタイガも一緒に来ない?」
異様に緊張した様子のフウロから放たれたのは、別に何の変哲もない遊びの誘いであった。なんでこんな恐る恐るなんだろう。俺のこと好きなのかしら。
ライモンシティ周辺の調査は八割ほど終了している。環境の特徴から、ここにラルトスはいないだろうと結論付けられたのも覚えている。
……が、たまには気分転換もいいかもしれない。今週末は実地調査もないし、久しぶりに羽を伸ばすのもありだろう。
「お邪魔していいなら、是非」
「えっ。……ほ、ほんと!?」
「何でそんな驚くんですか」
「だってタイガ、いつも調査調査って各地を飛び回ってるから……会えても全然遊べないし」
しまった、俺って友達付き合いが下手だったのか。フウロとはよく会う方だから全然気にしてなかったが、確かに調査先で一緒になっても遊んだりはしなかったな。
「それはマジすまん。……じゃあ、今度のライモンはめちゃくちゃに遊びつくそう。俺もいろいろ調べとくよ」
「っ! うえっ、えへへ! そうだねっ、アタシもめっちゃリサーチしておく!」
「おう。……そういや、親父さん以外は誰か来るのか?」
フウロはめちゃくちゃ友達多いし、大人数で遊ぶのと二人で回るのとでは話が変わってくる。事前に調べる以上そこは知っておきたい。
「ううん、誰も。アタシとタイガだけだし、お父さんも向こうに着いたら親戚に会うから、好きに見て回りなさいって言われたの」
「ほーん。じゃあ二人きりのデートだな」
「うん。……えっ?」
かわいらしく頷いたあと。
一拍置いたあと、フウロの顔が一気に赤くなった。
「デッ──!? ばっ、ばかぁ! そういうんじゃないってば!」
「そうなのか。俺は楽しみなんだけどな……」
「えっえっ、ちょっと……」
「……オロオロしてるフウロ、かわいいね」
「っ! ~んもうっ、なんなの!」
軽くからかったらそっぽ向いちゃった。この年頃の子、情緒が分かりやすくて可愛い~。
◇
翌日。スクールでは課外授業が実施され、二人一組のペアになって付近の森林地帯を散策することになった。
課題は自由選択式で、特定のポケモンを捕獲するか、より珍しい個体を写真にとって収めるかなど、複数ある中で俺が選んだのは写真撮影であった。
この辺の森はエヌとの遊び場でもあり、大抵のポケモンが顔見知りなので今更手持ちになってもらうのも変かと思いそうしたわけだが──少々運が悪かった。
なんとくじ引きで決めたペアが、まさかの転入生だったのだ。今朝の自己紹介以上のことは何も知らないし、どんなことを話せばいいのかもわからない。おまけに──
「えぇと、カミツレさん。麓の方と水辺、どっちに行きたい?」
「……あなたが決めていい」
「うっす。了解……じゃあ山の方へ行こうか」
「……」
「…………」
かなりのクール系と来た。というかここまでいくと無表情まである。
初めての土地、初めての環境となれば、人見知りでなくとも多少は緊張して然るべきだろうが、ここまで筋金入りだと中々骨が折れる。俺が話しかけた回数が二桁を超えているのに反して、彼女から話題を広げた回数はまったくのゼロだ。
「そういえばカミツレさん、どこらへんで下宿してるの? 俺はポケセン近くの実家から」
「…………」
短い金色の前髪から薄っすらと覗かせたクールな瞳が、どうも対話の拒否を滲ませていた。課題に関することじゃないと反応が無いらしい。であればそれを織り込みつつ話題を広げていこう。
「課題の撮影対象にゾロアっていたじゃん? まだ生息地域が確定してない希少ポケモンだけど、本当にいんのかなぁ」
「……目撃情報はあったらしいわね」
お、食いついた。マイペースではあるが、引っ込み思案だとか人見知りだとかそういった印象は受けない。独特な空気感というか、物怖じしない姿からやはりクールな人物だという評価が妥当な気がする。
あと同い年なのにすげぇ美人。艶やかな金髪とかたまに香るいい匂いとか、俺が普通の子供だったらクラクラして思わず告白してフラれてたところだ。危なかった……。
なんとか見つけた会話の火種を鎮火させないようゆっくり繋ぎながら、周囲を見渡し散策を続けていく。
「あ、カミツレさんはポケモンなにが好き? 見つけたらついでに撮ろうぜ」
「……エモンガ」
「いいねぇ、でんきとひこうの珍しいやつだっけか。まだ誰かの手持ちでしか見たことないけど……頬の電気袋をこする仕草がかわいいんだよな」
「……あなたは?」
小一時間ほど、しつこくなりすぎない範囲で会話を続けた甲斐があったのか、ついに相手から初めて俺個人のことを質問してくれた。これはいい傾向だ。
「俺はラルトス系かな。進化段階は問わず全部好き」
「……イッシュ育ちなのに、珍しいわね。この地方にはいないでしょう」
「いやいや、分かんないぜ? ソウリュウシティら辺は未探索も多いし……」
と、そんなこんなで雑談を続けながら進んでいると、頬に冷たい感触を覚えた。
「ん。……あー、雨か。昨日といい、最近なんか天気が崩れやすいな」
「……山、下る?」
「いや、集合場所までそれなりに距離があるし、土砂降りになったら大変だ。洞窟を見つけて雨宿りしよう」
「わかったわ」
随分と話しやすくなってくれた同級生を引きつれているうちに──すぐ豪雨に切り替わり、結局走る羽目になった。以前エヌと見つけた洞窟へと駆け込んだが、俺も彼女もだいぶやられてしまった。
「ックシ。……寒いわね」
「火をつけられたら良かったんだけどな。あいにく二人とも手持ちはいないし……ん?」
冷える身体の震えに耐えながら外を見ると、一匹のポケモンがフワフワと飛びながら俺たちのそばまで避難してきた。コイツも雨に降られたらしい。
「おぉ、ビクティニ。お前もびっしょびしょだな」
「……? 見たことないポケモン……」
「キュキュウ」
この白とオレンジのポケモンは、エヌとバトルしてるときにフラっと現れた流れのポケモンだ。コイツと会話したエヌ曰く故郷は別で、兄弟も別の島にいるらしい。
「この子、ビクティニっていうの?」
「ああ、友達が知ってたんだ。研究所の資料にも画像が無かったし、もしかしたらゾロアくらい珍しいポケモンなのかもな」
「そう。……ふふ、かわいい」
カミツレがビクティニを撫でている間に、ささっと小枝をかき集めてきた。この洞窟へ逃げる道中に拾っておいたものと、いま濡れながら多少集めた分でしばらくは保つだろう。
「ビクティニ。悪いがこいつに火ぃつけてもらっていいか」
「キューインッ」
偶然ほのおタイプが知り合いにいて助かった。お願いすると指示通り薪に炎をくべてくれて、一気に周囲が温かくなった。入り口付近にいるから煙も外に逃げてくれて安心だ。
「よいしょっ……と。うし、カミツレさんも上着と靴下をくれ。中はそんなに濡れてないよな?」
焚き火から少し離した位置に太めの枝をぶっ刺し、彼女より先に上着等を引っかけたことで意図を示した。
「そこにかけて乾かすの? でも、脱いだら寒いんじゃ……」
「濡れた服を着たままの方が体温を奪われるよ。それはこっちで乾かして、身を寄せ合って体温を維持しよう」
「ええ、わかった。……ん。──えっ」
彼女から預かった分を枝にかけ、早速カミツレの隣に座った。そして無心で肩をくっつける。
「ちょっ、た、タイガくん……っ」
意外にも名前を憶えてくれていたらしい。これは僥倖。転入生と仲を深めるチャンスかもしれない。
「炎の勢いが弱いからな。縮こまってなるべく二人とも当たる位置に」
「う、うぅ……」
「ビクティニ。俺じゃなくてカミツレさんにくっ付いてやってくれ」
「キューキュンッ」
「ふえっ。……あ、この子、温かい……」
カミツレの膝の上に乗り、高い体温で彼女の湯たんぽになってくれた友人に感謝しつつ、身を寄せ合いながら瞼を閉じる。
何とも懐かしいシチュエーションだ。
エヌと会う時はいつも屋外で人気のない場所だから、雨に降られるとこんな感じで過ごしていた。
……あいつ、今頃何をしてるんだろうか。半年ほど前から顔を合わせる機会が減り、彼曰く『強くなるためのトレーニングが忙しい』とのことで、親の意向なのかあまり遊べなくなってしまった。
来月の終わりに会う約束自体はしているので、その際に色々聞いてみようか。
エヌは純粋な友人であり、また彼も各地を巡っている影響で、いろんな地域のポケモンと面識を持っている。
なので彼を経由して『ラルトスを見たポケモン』がいないか、という情報を得ることも出来るのだ。いろいろな意味合いも込めてまた会いたいし、フウロとかも紹介したいところだ。
──それからどれくらい経ったのか。
なんとか陽が暮れる前に雨は止んでくれて、ビクティニには今度ポフィンを奢る約束を取り付けつつ、二人とも安全に山を下ることができた。会話とまではいかずとも、ポケモンと意思を伝えあう能力が普通の人よりも高いのは、エヌに付き合っていたおかげかもしれない。
「あっ! おーい、タイガーっ!」
集合場所に到着すると、俺たち二人以外の全てのグループが集まっていた。どうやらあそこまで森の深奥に進んでいたのは俺たちだけだったらしい。
「ふう。なんとか戻れてよかったな、カミツレさん」
「ええ、そうね。……でも、その、タイガくん」
「うん?」
カミツレが何かを言い淀むと同時に、駆け寄ってきたフウロの足が止まった。なにやら固まって口をパクパクさせている。どうしちゃったのかしら。
「……ふ、ふっ、二人とも……どうして手を繋いで……っ」
「えっ? ──あっ、ごめんカミツレさん!」
しまった、と気づいた時には遅かった。道中ぬかるんだ地面で転ばないよう手を握っていたのだが、そもそも放すのを忘れていた。この年頃はみんな多感な時期だし、下手すれば仲を誤解されて妙な噂を流されかねない。カミツレがいじられる前に何とかしなくては。
「い、いえ、別に。……それと、さん付けもいらないわ……」
若干赤くなってしまったカミツレと共に誤解を解きつつ、みんなと合流して今回の課外学習は終わりを迎えた。
転入してきたばかりの子の初めての友達になる、という人間的には意味のある結果だったが、それ以外にこれといった収穫はなかった。まぁ今更この街の野生地帯にラルトスがいるだなんて期待してはいなかったが、やはりちょっと悔しい。
それから数日後。新しくスクールにきた有名な講師の先生の手持ちにキルリアがいた。えっっっっっちょっと待っ