──なぜソレで抜いたのか。
そう問われれば、理由など『ムチムチだったから』ということ以外には思いつかない。
とあるSNSのおすすめ欄で無造作に流れ続けてくる、大変にセンシティブなイラストな数々──その中に彼女がいた。たったそれだけの、あまりに些細なきっかけであった。
気がついた頃には下半身に手が伸びており、数刻経過して茫漠としていた思考が正常に戻ると、スマホにはそのムチムチ美少女ないし
そこで賢者に等しい冷えた思考が冴え渡る。脳裏に過去がフラッシュバックする。
なんだっけ──ああ、サーナイトだ。うわなつかし、これ。
ポケットモンスターは基本的に我が国の生まれであれば、その成長過程で否が応でも触れることになる。
例に漏れず俺もその大多数の一人だ。どちらかと言えば好きな方だったし、映画だのイベントなどで特別な配布モンスターを賜った記憶も確かにある。
しかし幼少期に好きだったものと離別することを『大人』になることだと勘違いしていた俺は、その奇跡的な再会に思わず息を呑んだ。
ガキの頃にはリザードンだのレックウザだのと少年心を擽るモンスターにしか興味を示さず、サーナイトなど確か……ミツル……ミノルくん? みたいな名前のライバルキャラが使っていたという印象しか残っていなかった。
だというのに歳を重ねた俺は、大人になったことでそのモンスターを美少女だと認識してしまった。することができてしまったのだ。
そこにあったのは感涙。
間違え続けの後悔しまくりな自らの『成長』に対して、生まれて初めて心からの歓喜を覚えた瞬間なのであった。
…………サーナイトってこんなムチムチしてたっけ? まあいいか、シコれるし。
◇
「フシデ、どくばり!」
とある鬱蒼とした森の最奥──その開けた場所で相手トレーナーの指示が響き渡る。
まるでここでバトルしてくださいとでも言いたげな、分かりやすく整備されたその広場は、しかし人間の手によって造られた人工的なものではない。
この森、この区画に生息するポケットモンスターたちが、腕試しのためにと各々の力を掛け合わせて完成させた、言わば自然のバトルフィールドである。
「ユニラン。じこさいせい」
「あぁっ、また……!」
俺が味方のポケモンへ平静に技を指示すると、鍔の長いキャップを被った少年が焦りを声に出す。フシデと呼ばれるモンスターの毒針で負った多少のダメージが、回復技でみるみるうちに完治し、戦況が覆る。
「ねんりき」
一転攻勢。
キャップ帽の少年──この世界の俺とほぼ同い年であろう、推定六、七歳前後の彼が膝を突いた。今日こそは勝つ、という強い意気込みで来たからこそ、敗北の落胆も大きいのだろう。
「お疲れ様、ユニラン。今日のねんりきもキレッキレだったな」
「ュ~♪」
そして勝利のハイタッチ。まぁコイツは手がないのでほぼこちらが撫でる形だが、向こうはそれでもいいらしい。
転じて、すぐさまバッグからオレンのみを複数個取り出し、倒れたフシデのもとへ駆け寄る。彼を持ち上げて膝の上に乗せ、小さくちぎったきのみの欠片をそっと口へ運べば、一時的に衰弱した体力も回復の兆しを見せ始めた。
「ギィ……」
「おう、相変わらずスゲェどくばりだった。射出速度に限って言えばこの森でナンバーワンだろ」
「ンギギッ……!」
こちらの称賛に反応してか、照れ交じりに首をよじるフシデ。このままきのみを齧りつつ日向ぼっこをしていれば、ものの数分で元気溌剌に戻ることだろう。
ポケモンたちのケアを軽く終え、今度は膝を抱えて落ち込む少年の近くへ赴き、無遠慮にその隣へと腰を下ろした。
「よっと……バトルお疲れさん、
「……また負けた。
「まーた早口で自省し始めやがって。まずは会話しなさいよ会話」
呆れつつ軽く肩を小突く。普段は子供とは思えないほど理路整然と喋る彼だが、ことバトルになると苦手意識を露骨に顔に出してしまうのが癖だ。
「トモダチがー、って言うならまずは俺より先にフシデを回復させてあげるべきだぜ。バトルの反省はそれから」
「うっ……」
痛いところを突かれた、という苦い表情だ。いつもは周囲のモンスターへ気遣いを欠かさないからこそ、バトル後のケアを忘れるほど『闘い』に関しては得意分野ではないのだろうな、と察せてしまう。
「……その通りだ。全くその通りだよ、タイガ。……気が回らなくてごめん、フシデ」
「ギィーギ」
指示役からの沈鬱な謝罪を受けるも、当のむしポケモン本人はまったく気にしていないらしく、いつも通り彼の膝上へと飛び乗った。
「……ありがとう。きみさえ良ければ、次の腕試しでもボクと一緒に闘ってほしい。……いいかな」
「ギギッ!」
エヌからの誘いをフシデは活きのいい返事でもって応えた。
ついさっき偉そうなことを口にした俺だが、この二人の友情に関しては口を挟める隙がない。きっと俺が何も言わずとも、エヌはこのポケモンに対してただの回復以上のケアを施していたに違いない。
「……ねえ、タイガ。ボクはどうしてきみに勝てないんだろう?」
「んー……今回に関しては、そんな問題なかったが……敢えて言うならどくばり連射かな」
エヌが首を傾げる。俺の指摘がよく分からないようだ。
「確かにどくばりはタイプ一致だが、フシデが覚えてるもう一つの技、ころがるのほうが威力が出る」
「ぁ……で、でも、どくばりと少ししか変わらないんじゃ……?」
「そこは命中率との兼ね合いだな。確かにどくばりのほうが当たりやすいが、そもそもフシデが覚えてるまるくなるを使った後のころがるが当たれば、おそらくユニランはワンパンで──」
またいつも通りに、バトル内容を振り返りつつ改善策や仮装戦闘を彼に語っていく。まぁうだうだ講釈垂れてるが、トレーナーズスクールですぐに学ぶ基礎知識の範疇だ。
この森でしか会うことができず、どうやら普段はそういったバトルを学ぶ施設にも通うことができないらしいエヌではあるが、要領のいい彼のことだから数ヵ月もしないうちに俺など相手にならなくなるだろう。
「へ、へぇ……特性マジックガード……」
「ユニランをどく状態にしたくてどくばりを撃ってたんなら、今度から戦法を変えるべきかもな」
「……すごいね、タイガは。僕も負けてられないや」
「エヌなら俺のことなんてすぐに追い抜くさ。てかお前ポケモンと話せるんだろ? 俺が学びたいくらいだよ……」
涼しい風の吹く麓で、大木に腰掛けながら雑談に花を咲かせていく。バトル解説もさることながら、なにより彼の話が俺の興味を惹いてやまなかった。
まるで人間と同じようにポケモンと会話ができるだなんて夢のある話だ。バトル中の指示や大まかなニュアンスを伝えることは可能でも、こと正確な会話となると途端に困難と化す。
しかし、エヌのおかげでその夢物語は実現可能な現実へとラインを落としたのだ。であれば俺も話してみたい。いつか会えたら──いや、いずれ逢わねばならない
◇
前の世界で死んだかどうかは定かではない。ただ、この世界で生まれ育った記憶もない。
確かなことは、俺がなぜか四歳頃の姿で森の中で倒れていて、そこをとある人物に拾ってもらったこと。
鏡に映る自分の顔が、記憶の中にあるかつての自分と同じ顔なあたり、やはり何かしらの理由で年齢が逆行してどこぞの名探偵よろしく縮んでしまったと考えるのが妥当なところか。
まぁ、現在の自分の状況は謎に包まれているが極論を言ってしまうとどうでもいいのだ。
転移でも転生だろうとどの道あの世界には戻れない。家族や友人は心配だが、この世界でも既に家族や友人がいる。すべてを諦めることはせずとも一旦は切り替えることにした。
これから生きていくうえでの目標は二つ。
一つはシンオウ地方の神話の調査。
もう一つは俺が拾われたこのイッシュ地方で、ラルトスというポケモンを捕獲すること、である。
前者については、実はそこまで重要視していない。空間とか時を司る伝説のポケモンがいるらしいので、彼らの力を借りることができれば元の世界に戻れるというか、自分が陥った状況ぐらいは把握できるかな、といったただの希望的観測だ。
そもそもこの世界における伝説のポケモンとは、歴史の文献にしか記述がないような、実在すら疑われる神話上の生物のことだ。元の世界での知識を当てはめれば、ポケモンがいる世界なら伝ポケもいるのだろうが、そう易々と発見できるような相手ではないだろう。
なので、こちらをあまり本気で追いかけることはない。もう八割くらいはこの世界で生きていく覚悟も決めているので、本当にボヤっとした目的程度のものである。
だが、後者は違う。
ラルトス、ないしサーナイトを手持ちに加え入れることは、夢ではなく現実に追いかけている目標だ。行動の指針そのものなのだ。
──かつて俺はサーナイトでシコっていた。かつてと言うほど昔でもないが、とにかく彼女で抜き散らかしていた。
ある日の夜から狂ったようにサーナイトのセンシティブイラストを漁りまくり、その切れ長でクールな瞳とムッッチムチの下品な怠惰ボディが織りなすドスケベパワーに圧倒され続けていたのだ。
そしてソレが現実に存在する世界へ来訪したことで、妄想は渇望に代わり、羨望は欲望へと様変わりした。
俺は、サーナイトが欲しい。あのムチチッチムチチボディを手に入れたい──と、脳内をそんな感情に支配されてしまったわけだ。
「姉さん、もうシンオウに戻るの?」
「ええ。ガバイトの調子も良くなったし、ジムチャレンジを再開するわ」
八歳の誕生日を迎えた翌日。
俺を拾い、家族として迎え入れてくれた恩人の娘こと、現在の義理の姉が旅支度を背負って玄関の前で立ち止まった。黒目黒髪の俺とは似ても似つかない豪奢な金髪が特徴的な彼女は、なんの憂いもなく俺を弟として受け入れてくれた優しい少女だ。
そんな彼女の夢は、シンオウリーグの最強チャンピオンを倒すことらしい。目指す夢の方向性こそ俺とは違うが、弟として応援以外にもサポートできることは何でもやっていきたいと考えている。
「タイガは……今日から父さんについていくのよね」
「うん。今回の調査で必ずイッシュ地方でのラルトスの生息地を特定してみせるよ」
だが何をするにしても、まずはラルトスをこの手で捕獲しなければ何も始まらない。研究職に就いている父親に無理を言って同行の許可を貰い、ついにイッシュの地の冒険へ繰り出すのが今日というわけだ。伝説の始まりだぜ。
「……タイガ。私、きっと今回はしばらく帰れない」
「あ、そうなの? ミオシティのジムリーダーって、そんな強いんだ……」
「ええ、だから──」
そこまで言いかけた姉さんが、正面から包み込むようにふわりと俺を抱きしめた。発展途上の膨らみかけな胸元にこちらの顔を埋め、なにやら頭部の匂いを嗅いでいる。
「多めに半年分、弟成分をチャージさせて頂戴。んん……すぅーっ」
「……姉さん、めっちゃいい匂いする」
「ちょっと気持ち悪いわよ、タイガ」
「そっちだって吸うのやめてないじゃん……」
弟、とはいえ義理なのだが、そんな事なぞ気に留めていないらしい彼女は、会うたび頻繁にこんなことをしてくる。家族としての愛情を注いでくれるのは泣くほど嬉しいが、それはそれとして義理だし兄妹になってまだ数年。サーナイトへの情熱が燃えていなければ、危うくシスコンになって人生終了するところだった。
「それじゃあ行ってく──」
「ちょっと待って。ガバイトにも挨拶していいかな」
「あ、それもそうね。……出てきて、ガバイト」
玄関で姿を現した、二足歩行のドラゴンタイプのポケモン。こいつは姉さんの相棒だ。
アドバンスシリーズ以降は遊んでいなかった俺だが、さすがにガブリアスは知っているので、コイツがその進化前だというのも連鎖的に知識として取り入れた。クソ強いらしいポケモンが相棒で、そんなやつと相性が抜群な姉なら、きっとポケモンリーグにも挑戦できることだろう。
この世界でのジムやリーグは正真正銘プロアスリートの世界で、ゲームで遊んでいた頃のような感覚で挑めるものではない。チャンピオン戦などワールドカップレベルの実力が必要とされるし、それと同じだけ大規模な催しとして開催されるビッグイベントだ。
だが、姉さんはそのプロの世界をゲームのように──それこそ主人公の如く凄まじい快進撃で攻略していっている。もしかすると俺が知らないタイトルで、彼女は本当に主人公だったのかもしれない。
だから期待こそすれ心配はしていない。いつだって明るく送り出すのが俺の仕事なのだ。
「よし、ガバイト。姉さんのことよろしくな」
「グワァゥ」
彼……失礼、彼女と額をくっつけ合い、瞼を閉じて暫し固まる。彼女とはフカマルの頃からの仲で、こうして実家に帰った際は姉よりも俺にひっついて過ごしてくれる可愛いやつだ。また激烈に美味いポフィンを作ってやるからな。
「ガウ!」
「おう、楽しみにしてるぜ」
「……ふふっ。じゃあタイガ、いってきます。アララギ先生にもよろしくね」
「わかった。いってらっしゃい、姉さん!」
そんなこんなで最強の姉と彼女の相棒を見送りつつ、姿が見えなくなった辺りですぐに自分の身支度に取り掛かった。父親は既に研究所で待機しているので、今すぐ準備を終えて合流しなければ。
必ず。
きっと必ず、このイッシュ地方でラルトスを発見し、この手でゲットして見せる。
そしてキルリア、サーナイトと進化させ、いつかは──だから。
俺は止まらない。
この世界で、かつて抱いた夢を叶えるのだ──!
短編ですがちょっと続きます