一週間だけの特別講師──カルネさん。
ウチが名門校であるがゆえに呼べたそのトレーナーは超絶有名人であり、実力派のトレーナーであると同時に世間で話題沸騰中の女優でもある人物だ。カロス地方だと街で見かけるだけでお祭り騒ぎになるらしい。
が、そんなことは二の次だ。
彼女の手持ちにキルリアがいた。メスの。
授業で何かしらさせるつもりだったのか、始業してすぐにボールから出されたそのポケモンを目にした俺は、衝撃の余り声を失い。
その瞬間キルリアがテレポートをして教室内から消え去った。で、それが授業の演出ではなく普通に事故だったと判明し、カルネ先生の特別授業が始まる前にキルリアの大捜索が行われた──というのが本日の午前中のハイライトである。これ俺のせいですマジでごめんなさい。
そして時間帯は昼頃。
有名人と話したすぎるスクール中の生徒たちを、上手く華麗に躱しながら再びウチのクラスまでやってきた先生に呼び出され、二人きりで校舎裏へ移動してきた現在へと繋がる。
「今朝はごめんなさいね、タイガ君。私のキルリアってば少し感受性が高すぎちゃって」
「い、いえいえ。彼女を驚かせてしまった自分が悪いんです。……ほんと、すいません」
非常階段の下に並んで座りながら、かなり念入りに陳謝している。大抵の生徒は、緊張したキルリアが技の誤発動をしてしまったと思い込んでいるし、先生自身がおこなった説明のニュアンスもだいたいそんな感じだった──が、本当の原因はカルネさんにバレてるし俺も気づいているのだ。
ヒトの感情の機微に敏感なキルリアを、どうやら俺の内心の発露でビビらせてしまったらしい。
「初めてだったのよね、ラルトス系のポケモンを見たのが。驚いても無理はないわ」
まるであやすように俺の頭を撫でる先生。仮にも自分のポケモンが一瞬とはいえ脅かされたのにこの対応。これが本物の大人の余裕か……。
「聞いたわ。お父様の生態調査に同行して、イッシュのポケモンの生息地域を研究してるって。すごいわね、その歳で」
「い、いえ、本当にただくっ付いてるだけですし……はは……」
褒めて貰えるようなことはしてないし、キルリアさんをエロい目で見てしまって本当に申し訳ございませんと謝罪を重ねたいところだが、ただ『姿を見て驚いた』と解釈してくれているようなので今は乗っかっておこう。性癖のカミングアウトなど知り合ったばかりの他人にするものではない。
「でも、イッシュの地にラルトスやキルリアはいないものね。そりゃビックリしちゃうか」
「あっ、その、苦手とかじゃないんです! むしろ好きで! 大好きで!」
「そうだったの? ふふ、よかった。なら顔を合わせても大丈夫そうね……キルリア」
先生が小さく呟くと、ボールの中から自主的にキルリアたんが姿を現した。ついでにクルリと一回転してからお辞儀。あまりにも可愛すぎたので俺もお辞儀しておく。
「サー」
「……ッ!!!」
こうして、改めてキルリアの実物を前にして──不安が消し飛んだ。
デカパイムッチムチすけべサーナイトでシコッていた頃、お気に入りの絵師が姉妹丼のようなテンションでキルリアやラルトスも一緒に描いており、無論そちらも使わせていただいていたワケなのだが、この世界に来てから一つだけ懸念点があったのだ。
果たして、俺は
それだけが最大にして唯一の問題であった。
どこか恐れからかネットで彼女たちの画像や動画を調べることは敢えてせず、初めてホンモノを目の当たりしたその時の感情で全てを決定しようと決めていたワケだが……すべては杞憂に終わり、胸の中に残ったのはじんわりと温かい多幸感だけだった。
キルリアは可愛かった。
あとめっちゃ下腹部が疼いた。なんというか、想像していたよりも人型だし、ケモノやモンスターというよりはモン娘に近く、万人がシコりやすいタイプだった。
別にケモナーでもマイナーな性癖を持っていたわけでもなく、ほぼ人間みたいなムチムチサーナイトでシコってたらそれで趣向が固定されてしまっただけなので、彼女たち本来のポテンシャルがそもそも高くて安心した。どうやら俺は正常だ。
これならきっとサーナイトのメスもスケベな体つきをしていることでしょう。世界に感謝。三顧の礼。
「……サァ」
カルネさんの手前ということもあるのか、気を利かせて俺の隣に座ってくれたキルリアだったが、分かりやすく頬を赤らめて、顔を両手で覆い隠してしまった。本当にごめんなさい。これ思考を巡らすのがセクハラだよな普通に。
首を振って意識を改めた。このままじゃ普通に嫌われるし、思考の矛先をキルリアから外そう──というわけでカルネ先生へ向き直った際、彼女のネックレスに視線が吸われた。
「先生のネックレス、綺麗ですね。なんだか不思議な模様も見えるし……」
「ああ、これ? キーストーンって言って、綺麗なだけじゃなくてメガシンカに必要な──って、あ、ごめんなさいね。まだ一般に出回っているような情報じゃなかった……」
バツの悪そうな顔で、コホンと咳払いを一つ挟んだ先生だったが、彼女の口にした単語には聞き覚えがあった。
メガシンカ。
あれだ、えっと確か。
「なんでしたっけ、あのー……あぁ、リザードンが黒くなるやつっすよね、メガシンカ」
「──ッ!?」
他にメガシンカするポケモンがいるのか知らんが、リザードンのソレだけは知っている。
あれはそう、受験期で毎日ピリピリしていた頃だ。
ポケモンから離れて久しく、とはいえ他の娯楽にうつつを抜かしている余裕もない時期に、友人伝いで一つの話題が耳に入った。
いわく、今度アニメのポケモンで初代の頃の話をやる、と。
サトシではなくゲーム準拠で、馴染みのある初代リメイクの主人公っぽい少年が、相棒にリザードンを据えて冒険する特番だったか。
なんか流れは忘れたが、ミュウツーと闘ってるときに覚醒してたのは覚えてる。バチクソにカッコよかったので記憶にこびりついた、新しめなポケモンの数少ない情報のうちの一つだ。たしか火が蒼くなるんだよねアレ。
「……リザードンのキーストーンはまだ発見されていないはず。……タイガ君、どこでその黒いリザードンを見たの?」
「えっ? あ、えーと……」
先生の発言からして、まだこの世界では未実装なのか。いや知らんて。ポケモン世界の時系列を考えたことなんて金銀の時しか……。
「その、バトルしてるどこかのトレーナーさんがそんなことを。だいぶ前だったし、うろ覚えなので詳しくは……」
「……そう。カロス以外の地でメガシンカが……いえ、急かしちゃって悪かったわね。それにしてもタイガ君ほどの年齢の子がメガシンカを知っているとは驚きだわ」
「一応ウチの父も研究畑の人間ですから……小耳に挟んだくらいです。はは……」
ちょっとヤバイ部分に片足突っ込んでしまったっぽいので、誤魔化し誤魔化しでその場を乗り切り、なんとかこの日は先生の追求から逃げきれた。もう迂闊なことは口にしないようにしよう、そうしよう。
◇
後日。スクールが休みで自宅に引きこもっていた俺は、先日の件で再燃したラルトス探しの情熱の赴くまま、イッシュポケモンの生息環境資料を読み返していた。
ホウエンやシンオウでラルトスが出現する場所と近い環境の地域や、イッシュのエスパータイプが頻出しやすいエリアの再調査だ。
まず大前提として、ラルトスというポケモンは初めて姿が確認されたホウエンですらそもそも見かけるのが珍しいほど、人前に出てくる機会が少ないポケモンだ。
ゲームでも出現率がかなり低く、確か捕獲したのは殿堂入り後の暇な時間を費やせるタイミングだった。
かなり甘めに設計されてるゲームのホウエン地方でソレなのだから、現実ではもっと難しいのも道理というか。
「ふうぁ゛ー……目が痛い」
一旦資料漁りを中断し、リビングで昼食の準備を始めた。
カルネ先生には勇気を貰った。キルリアが現実に存在するという、当たり前だがどこか疑ってしまっていた部分を払拭して頂けたのはまさに僥倖だった。
「……ん?」
これからどう調査計画を立てて親父に提案しようかな、などと考えながら鍋を振っていると、玄関扉からノックの音が聞こえてきた。人間ならインターホンを鳴らすのでポケモンの誰かだろう。
「はいはーい。……おぉ、ケルディオか。おひさ」
『やぁ、タイガ』
やってきたのは小さい馬っぽいポケモンことケルディオ。エヌと遠出した際に出会った特殊なテレパシー持ちで、なんか普通に会話ができる。確か剣道部なんだっけ?
「珍しいな、お前からこっちに来るなんて。上がってけよ、一緒に飯食おうぜ」
『あ、うん。ありがとう、頂きます』
即席で作った炒飯を彼にも振る舞いつつ居間に腰を下ろすと、いつに間にか食べ終えていた彼が妙にシリアスな顔をこちらに向けた。どしたの。てか食うの早すぎだろ。
「なんかあったのか? 修行の旅をしてたんだろ」
『……実は、一緒に旅をしてる仲間のエスパータイプが、未来予知で危険を察知してね。この辺りで何かが起こる気がする、と。だから先行して僕だけ戻ってきたんだ』
「ん、参考程度に聞いておくが、そのお仲間の未来予知ってどれくらいの精度?」
『……三割くらい?』
「微妙~」
どちらかと言えば当たらない寄りじゃん。いやまぁ未来予測できる時点でスゲェのはそうなんだけども。
「というか仲間ができたんだな。みんなを護る孤高の勇者とか自称してたじゃん」
『や、やめてよぅ! 昔の話!』
まだボッチで痛い時期のコイツと出逢ったのは、とある渓谷。エヌがドラゴンポケモンと遊ぶ際についていったところ、人相が悪すぎるそのドラゴンを敵だと思ったケルディオが飛び出してきた……というのが邂逅の瞬間だ。まぁこいつボコボコに返り討ちくらって泣いてたけど。
「……あ。ケルディオ、お弁当ついてるぞ」
昔話に花を咲かせていた最中、彼の額にあるツノに米粒が付いているのに気づいた。精神的に成長してもこういうところは相変わらずだな。
『──ひっ!』
すっ、とツノへ手を伸ばすとケルディオが反射的に身を引いた。
「あら。……悪い。そのトラウマ、まだ治ってなかったのか」
『うっ……ご、ごめん。ボクのツノ、何でついてるのか分からないくらい弱いし脆いし……』
とあるバトルでこいつはこのツノを折られたことがある。以来、バトルに限らず日常生活でもツノを庇うように過ごしているらしい。
「まぁ、確かに戦うためのツノにしちゃ細いよな。センサーとかだったりするのかな?」
『どうだろう。ボク、テレパシーは使えるけどエスパータイプじゃないし……』
ああだこうだとあまりに貧弱なツノについて談義すること、数分。
唐突に家のインターホンが鳴った。今日は来客が多いなと思いながら玄関を開けると、そこにはこの二日間で随分見慣れた人物が立っていた。
「あれ、カルネ先生?」
「こんにちは、タイガ君。博士は……あぁ、留守なのね」
「すいません。研究所にもいなかったなら、たぶん隣町の植物園かもです」
「そう、ありがとう。でもいいの、今日は博士ではなくあなたに用事が──」
どうやら父が目的ではなかったらしいカルネさんが来訪の理由を口にしようとした辺りで、後ろからヌルっと友人が顔を出してきた。いま話してるんだからリビングにいなさいよアンタ。
「ちょ、ケルディオ。悪いけど居間で待っててくれ」
「……ッ!?」
『知り合いかい? 友達として挨拶しないと』
「ぇっ、ま、幻の……えっ?」
なんか先生がすっげぇ動揺してらっしゃるしヤバいこと呟いてた。こいつ幻のポケモンなんすか。マジ?
確かに同族は見たことなかったが、ラルトスとかタマゴグループが近いポケモンしか詳しく調べてないから全然知らなかった。
狼狽するカルネ先生にどう説明しようかと煩悶しかけた──その時。
突如として家の外にウォーグルが襲来し、その背に乗っていた男が玄関まで駆け寄ってきた。今日は多いなぁ! 来客がなァ!
「タイガっ!」
「ん、おぉ。エヌ?」
「大変なんだ、あの森にポケモンハンターが!」
◇
俺がエヌとよく遊んでいたあのバトルフィールドがある森は、やたらと色違いのポケモンが多く生息している。よくタッグを組んでいるユニランやフシデも通常とは別色の個体だ。
エヌ曰く今回のようなハンターや闇の売人たちから逃げてきた連中の集まりらしく、今日遂にまた新たなるバイヤーたちに発見されてしまったようだ。
ケルディオの仲間が言っていた未来予知もコレだろう、というわけで迷惑承知でカルネ先生にも同行してもらい、警察に連絡しつつ先行して森の中へと向かっていった。
発見したのは既に特殊なネットに捕縛されている友達たちや、かなり手ごわそうなポケモンを引きつれている十数人相当の大規模な野盗集団であった。
大量の色違い、という美味しすぎる情報のせいか、今回のポケモンハンターたちは本腰を入れてやってきたようで、いつも森のポケモンたちと協力して撃退できていた範疇を逸脱している。
大半のハンターはウルトラ最強トレーナーのカルネさんが受け持ち、残りをエヌが。俺は捕獲された仲間が連れていかれないよう食らいついている……のだが防戦一方だ。多勢に無勢にもほどがある。
「サトシ、サトシ。心にいつもマサラタウン」
何度も同じ言葉を反芻し、あの勇敢な少年のように強くなれるよう自らに暗示をかけ、残っている森のポケモンだけでなく俺も直接相手のポケモンと闘い始めた。エヌと過ごしていた日々の中で、ポケモンと相撲を取ることも珍しくなかったが、こんなところで役に立つとは。
「ドッコラー、角材を借りるぞ! ッラァ!」
既に捕まっているかくとうタイプのポケモンが持ち歩いている木の角材を槍術のように操りながら、ハンターたちのフリージオ軍団を相手取る。
同時に、俺のそばでケルディオが水技で応戦してくれているが、こおりとみずは等倍。効いてないわけではないものの、ケルディオが蹄からドロポンをぶっ放す回数と敵の撃破数が割に合ってない。
このままではマズい。なにか、起死回生の一手は──
『っ! タイガ、危ないっ!』
「ケルディオ!」
俺に突進かましてきたフリージオに対し、ケルディオが勢い任せの頭突きで応戦した。思わずツノが折れていないかの心配を抱いてしまったが──何か妙だ。
「……?」
ケルディオのツノは折れてはいない。それどころか傷ついてすらいないし、なんならツノ部分での突進をくらったフリージオが瀕死手前まで弱っている。
それによく見れば、彼のツノが何やらオーラじみた空気を纏っているようにも見える。その様子を目の当たりにした俺は、一度目を閉じて思惟に耽った。
もしかすると──いや、コレは
「ケルディオ、聞け!」
『っ!?』
彼の背後に迫っていたフリージオを角材でホームランしつつ、背中合わせの体勢で敵に圧をかけながら仮説を叫んだ。
「そのツノは弱点なんかじゃない! お前の一番の強みは、後ろ足の格闘ワザでも、蹄から出す水タイプの攻撃でもなく、そのツノによる攻撃だ!」
『ぼ、ボクのツノが……?』
ネットに捕まった仲間たちが護送車に移動させられている。強力なポケモン使いはエヌと先生が止めてくれているが、友達の連行を阻止できるのは俺たちを置いて他にいないのだ。
もうこの僅かな可能性に賭けるしかない。
カルネ先生が言った通りケルディオが幻のポケモンであるなら、その秘めた力を全開すれば、或いは。
『で、でもタイガ……っ』
「俺を信じろ! いま、
『ッ!』
その言葉に眦を決したケルディオが、一歩前に出る。
『……分かったよ、タイガ。ボクは──』
熱を込めた瞳で眼前を睨み付け、後ろ足を地面に食い込ませてた彼は、遂に咆哮を上げた。
『──勇者になるッ!』
瞬間、烈風がケルディオを纏い、瞬時に霧散。俺の眼の前には新たなるポケモンが姿を現していた。
弱々しく見えていたツノが雄々しく変身し、全身から漲る闘志を迸らせている。
ケルディオが──パワーアップした。
……フォルムチェンジ? デオキシスみたいなもんか。
◇
しんぴのつるぎ、というらしい。なんかケルディオ自身が、頭の中にそんな言葉浮かんだと口にしていた。
スーパー強化されたケルディオの活躍によって森のポケモンたちは解放され、ついでに警察の到着で事態は無事に鎮静化された。
カルネ先生は『あなたが彼の真の力を──聖剣士としての誇りを目覚めさせたのね』とか言って褒めてくれたが、俺は背中をブッ叩いただけで普通にケルディオ先輩がバカ強かっただけです。もう孤高の勇者ネタでいじるのやめよう。
エヌはエヌで『やはり……キミは常に僕の一歩先を……くっ』などとよく解らんことを呟いて、祝勝会の誘いを断ってどこかへ飛び去ってしまった。アイツもアイツで昔のケルディオみたいに拗らせてんのかな。普通にまた遊びたいだけなんだけど……。
それはそれとして。
森のポケモンたちは住処を移すことになった。といっても前々からみんなでそうしようと話し合っていたらしく、大移動の決行前に運悪く襲われてしまったのが今回の真相だったようだ。
道中また変な奴らに見つかっても大変なので、いい感じの裏道を通りつつケルディオの勇者改め聖剣士パーティが、新天地までのルートを護衛することに決まった。まぁクソ強くなった今のアイツがいるならよっぽど大丈夫だろう。
で、肝心のケルディオのパーティメンバーはと言うと。
一人目がバッフロン。めっちゃ強そう。
二人目がエモンガ。カミツレさんが好きって言ってたやつだ。
三人目がゾロアで四人目がラルトスだった。以上の五人で護衛を引き受けるようだ。
……。
…………?
『じゃあタイガ、またね』
「待ってください」
ゾロアまではいい。イッシュにいるポケモンだし。
四人目はなに? なにごと?
「何でラルトスが」
『えぇと、電気石の洞窟で出会ったんだよ。キミとは大違いな、自分勝手なトレーナーに捨てられたんだ。それじゃタイガ、またね。今回のお礼は必ず!』
「いやいやいやちょっと待ってもっと話を聞かせて! いきます先輩! ついて行きます! 俺もいく俺もいく!! 俺も仲間に入れてェッ!!!!」