ポケモンハンター事件が解決した日の深夜。
俺は自室にて正座の構えを取り、ケルディオ──そしてラルトスと向かい合っていた。
なぜ護衛についたはずの彼らが俺の部屋にいるのか。それは数時間前まで遡る。
実はあの後、ジョウトの三犬みたいな準伝説っぽい三体の馬が現れ、色違いたちの引っ越しの護衛を引き継いでくれたのだ。
ケルディオに『君は聖剣士を継ぐ資格を得た』とか意味深なことを告げつつ、ケルディオパーティに代わって俺の友人たちを導いてくれた。
バッフロンやエモンガ、ゾロアはその三体に同行し、ケルディオとラルトスだけがここに残った形だ。
大抵の色違い共は今回のお引越しでいなくなったが、一般人目線から見ると珍しい種類のポケはまだ残っているため、また別のハンターが襲来した場合に追い払うためにケルディオたちは滞在期間を伸ばしてくれた。少なくともハンターたちがこの山に見切りをつけるまでは手を貸してくれるらしい。
それはそれとして。
──ラルトス。
色違いのメス。
彼女が心を突き動かす。
『ふぅん。そうですか、この人間が手を貸してくれたと』
『タイガは信用できるよ! 君が人間を良く思っていないのは分かってるけど……彼のことは』
『みなまで言わなくていいですよ、ケルディオ。今日何があったのかは知ってますし……森のポケモンたちからこの少年のことは聞きました』
どうやらラルトスもケルディオと同じく高度なテレパシー持ちで、二人の会話の内容は俺にも伝わっている。
せっかくの客人を野ざらしで放っておくのもアレなので宿を提供した次第だが、すげぇ寛ぎながらせんべい貪ってるケルディオとは対照的に、ラルトスは座布団の上でジッとこちらを品定めする様に見つめている。照れます。
『バリバリ……あ、それでタイガ、今日の夕食はなに? もぐもぐ』
『食べながら話さないでください、ケルディオ。……どうやら彼はその前に話があるようですよ』
俺の内心を見透かしているらしいラルトスは、仲間を一蹴しつつ改めて意識をこちらへ向けた。
一体どこまで心を読まれているのかは分からないが……俺は内に秘めた感情を抑えることができない。顔に出さないだけでやっとなのだ。わァ~、ラルトスちっちゃ。座布団の上にちょこんと座っててかわいい。クールな声音もいい感じだね。マジで緊張してきた。
『……そんなに私を手持ちに加えたいんですか』
「あ、いや、それは違うんだ。決してそんなつもりは……誤解させてゴメン」
滲み出た欲望から良くない勘違いを誘発させてしまい、心の中で猛省する。確かにいまメンタル面での暴走を止めることはできていないが、それでも人間として矜持ある振る舞いは心掛けねば。
『あなたの手持ちにならなってもいい──そう考えているポケモンは多いです』
え、そうなの。
『大抵の森のポケモンたちはそうでした。本当はケルディオだってそうです』
『ちょおっ言うなよォ!? 心読めるくせにデリカシー皆無!』
『引っ越した彼らも、あなたが言えば留まったでしょう。なのに、どうして私なのですか』
「……その、本当に違うんだよ。キミを捕獲したいとかそんなんじゃない」
よく遊んでいたポケモンたちに関しても、捕まえたいだとかそんな風に思ったことはない。一緒にいて楽しいからそばにいただけだし、俺の料理を美味そうに食ってくれるから昼飯を振る舞っていただけだ。マジに他意はなかった。
ただ、目の前の女性相手に緊張してしまっているのは紛れもない事実だ。妙な形の感情を読んでもらうことで誤解が生じてしまうのなら、もういっそストレートに伝えてこちらの真意を知って頂こう。
すぅ。
はぁ。
深呼吸を一拍挟み、心を落ち着かせる。
大丈夫だ。遅かれ早かれ出会ったら口にすることだった。伝えられる時に伝えてしまおうではないか。顔が熱いがもう強行突破だ。
真心を込めて、誤解なきよう真摯に、誠実に。
「──ラルトスさん、一目惚れです! まずはお友達から始めさせていただけませんかっ!
『イヤです』
「そんなァ!?」
『あはは、タイガおもろ』
ケルディオくんちょっと黙っててね。いまはサシでお話し中なんだ。大事なお話し中なんだ……っ!
『……色違いの
なぜか言葉を詰まらせるラルトスさん。もしかしてもしかするのか。いけっ、伝われ、届け俺の想いっ!!!!
『どしたの、ラルトス?』
『……人間なんて信用していません。一度信じて裏切られてますから、あんな自分勝手な生き物』
『まぁ、そうだね。そういう人間もいるよね』
『けれど……その、振れ幅が。この人は本気っぽいですし。人間ってみんなこうなんですか』
『タイガが変なだけじゃない?』
変とか言うなよ好きな人の前で。お前は間を取り持ってくれるんじゃねーのかよ。
『……タイガさん』
「はい!」
さん付けなんだ。ちょっとクるものがありますね。
『友好を結ぶかどうかは、あなたの人となりを見てから判断します。私にとってまだあなたはケルディオの友人であって私の友達ではありません』
「ありがとう」
『はい?』
「本当にありがとう、チャンスをくれて」
『血走った眼でそんなこと言われましても……いや、泣いてるんですね。なんで泣いてるんですか? なにこの人……』
──どうやらファーストコンタクトは及第点かギリギリ落第くらいだったようだが、そんなのはこれから挽回していけばよい。とにもかくにもラルトスとの面識が生まれ、これからも会えるようになった事実こそが最も重要なのだから。
ありがとうなケルディオ。お前は聖剣士である以上に恋のキューピッドです。ウマいカレーを作るからね……待っててね……。
◇
怒涛の日々の先に待っていた週末。
俺はフウロの親父さんが運転する車の中で外の景色を眺めながら思慮に耽っていた。肝心のフウロは隣で寝とる。
ラルトスは他のポケモンと違って
そのトレーナーは知らなかったのだ。ラルトスは最初から喋れたわけではなく、トレーナーともっと仲良くなりたいからこそ高度なテレパシーを覚えたということを。
まぁ、なんにせよ大切なのは今のことだ。そのトレーナーのことは追々考えるとして、ラルトスが言っていた『人となりを見る』の意味がまずは知りたい。
どっかで監視してるということなんだろうか。それとも暇な時間に一緒に冒険するとか? デートじゃん。
なにをどうすれば気に入ってもらえるのか、皆目見当がつかないままボーっとしていると、いつの間にかライモンシティに到着していた。
「フウロ。起きてフウロ。着いたぞ」
「んうぇ……?」
──まぁ、その意識は一旦切り替えよう。
今日は調査や研究漬けだった日々のリフレッシュのためにここへ来たのだ。まずは自分が楽しむことを、そして目の前のフウロを楽しませることに注力しよう。
「よーし、いこっタイガ!」
予定通り親父さんは親戚の家へ向かい、ミュージカルホールの前に下ろされた俺たちは早速入館。事前に買っておいたチケットで、とある男の冒険譚を描いた公演を鑑賞する。
上映中にフウロがトイレに行きたくなるなど、ちょっとしたトラブルもあったがおおむね大満足の内容で、また勇気を貰った。
かつてはポケモンと人はもっと距離が近く、今回のショーでは結婚とまではいかずとも、モンスターボールを介さず人間とポケモンのペアが信頼を紡ぎ合っており、なんか普通にウルッときたくらいだ。
「えへへぇ……面白かったね」
「ああ。ミュージカルを見るのは初めてだったが、案外いいもんだな」
どうやらフウロも気に入ってくれたようなので、事前のリサーチは無駄じゃなかったらしい。とりま一安心。
「じゃあ今度はアタシの番! デカすぎる遊園地を完璧に案内しちゃうぞ!」
「すげぇ自信。じゃあ頼むわ……って、うおぉ引っ張るんですねあなたね」
そのまま彼女に物理的にも手を引かれながら、ライモンシティの新たな名物である遊園地へと足を運んだ。
今回はお互いにこの街の情報を調べてから訪れたわけだが、相手が調べると事前に決めていた内容は敢えて一切触れていない。このパーク内はすべてフウロにお任せだ。お手並み拝見といきましょう。
「まずはあそこのバニリッチアイスから。名物ですっ」
「いきなり食い物かい」
まぁ独特なスケジュールではあるが、彼女が楽しめる予定で組まれているならそれに越したことはない。
普段からイッシュ地方を飛び回り、航空機で俺と居合わせる機会が多いフウロをして『あんまり遊べてない』とのことなので、もっとスクール側の友達を大事にしようと気持ちを改めたばかりだ。今日は全力で彼女に乗っかろう。
そこから絶叫ジェットコースターだのあまりに回転が速すぎるコーヒーカップだのと、エネルギッシュなフウロが好きそうなアトラクションたちを存分に楽しんだ後。
最後に俺たちはこの遊園地内を一望できる観覧車へと乗り込んだ。外から見ても荘厳だったが、頂点に達するとマジで高い。ちょっと怖いくらいだ。
「う、おぉ」
「あれれ? タイガってばビビってる?」
「そっちは平気そうだな……」
「ふふ、なんせいっつも空を飛んでるからね。これくらい──きゃっ」
「ッ。……何だ?」
ぴったりと一番高い位置に届いたその時、観覧車が小さく揺れたかと思えば、ゆっくりと回っていたその動きが停止してしまった。
「あ、あれ……止まってる……?」
「……みたいだな。かなり風が強いし、マジな事故っぽい」
安全装置が働いたのか、それとも何かの故障なのか。ともかく観覧車の小さい窓からでも分かるほどの強風が外で吹いており、頻りに乗り物が揺れている。
……よく見ると、遠目に体色が緑色の雲に乗ったオッサンが過ぎ去っていくのが見えた。どうやらトルネロスの野郎が通りがかったらしい。都会には近寄るなって言っといたのに、あのジジイめ。ランおじさんにチクッとこう。
「ふ、ふふっ。なんか新鮮だねぇ」
「……っ!」
これで一緒にいるのが高所が得意なフウロで助かった──などと一瞬でも勘違いした自分を恥じた。隣を見ると、先ほどまで楽し気に園内を眺めていたフウロが、下ではなく上を見ながらぎこちない笑顔を浮かべている。
やはり、そうだ。
ここは飛行機でもヘリでもない。滞空能力の欠片もない鉄の塊の中にいて、こんな上空で取り残されたら誰だって怖いに決まっている。ましてやフウロも俺もまだ子供だ。
腐っても最新鋭の遊園地であればまもなく観覧車は動き出すだろうが、それまで不安を抱いたままでは、今日一日の楽しい思い出がこの瞬間の恐怖心に圧されてしまう。
ならやるべきことは一つだ。
隣にいるフウロの手を握り、そっと肩をくっつけた。
「ふぇっ。た、タイガ……?」
「そういや、昼飯がまだだったよな」
「う、うん……」
もう片方の手でタブレットを取り出し、事前にピックアップしておいたレストラン一覧を画面に表示させて彼女にも見せた。
「フウロは何が食べたい?」
「えっ。……え、えーと、パスタとか」
「いいな、じゃあこの店とか……うおっ、なんだこれ。イワパレスケーキ?」
「わっ、大きい! サッカーボールくらい?」
なんかいい感じのレストランかと思ったら、デザートにイワパレスが背負ってる岩の塊みたいなバカデカいチョコケーキがあった。比較対象にモンスターボールが置かれてるが、ちょっと引くぐらいマジでデカイ。
「すげぇ……絶対食べきれないだろこれ」
「ふふっ、どうかな。甘いもの大好きだし案外いけるかも?」
「マジかよ。手伝わないぞ?」
「なんでぇー! 普通にシェアしようよー!」
──と、そんな風に話題をズラして会話していたらそれに熱中しており、気がついた頃には観覧車が再び動き出しており、もう随分と低い位置まで戻ってきていた。よかった、ちょいと強引ではあったが何とかなったようだ。
「……ねぇ、タイガ」
「うん?」
彼女の問いかけに声だけで反応すると、そのままフウロが俺の肩にそっと頭を乗せた。
「ありがとね。ちょっと怖かったけど……もう平気」
「……そっか。ならよかった」
フウロもいろいろ察していたようだが、恐怖心が薄れてくれたのならそれに勝る結果はない。
というわけでそろそろ降りる時間になり、そのまま流れで手を放したら、秒速でフウロから繋ぎ直された。
「む、むう。……いいじゃん。手を繋ぐくらい、もうちょっとだけさ」
「……なら覚悟しとけよ」
「へっ?」
「俺がいいって言うまで放しちゃだめだぞ。知り合いと出会ってもそのままな」
「えっえ、ちょっと……まってぇ! ごめんごめん! やっぱ無しぃ!」
そんなこんなで雰囲気を明るく保ちながら遊園地を脱出し、それからなんかこっちに実家があるらしいカミツレさんとバッタリ邂逅したものの、それでも手を放さないことでフウロを真っ赤にしてやったのだった。幼馴染をからかうの楽しい~♡