夏休みと言えども先生の仕事はなくならない。今日も今日とて激務に追われる先生のもとへ、当番のノアがとある提案をしてきて……

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お久しぶりです、クモたろーです。
今回はC108にて、浪岡 西人先生のサークル『波浪世界』で頒布されたミレニアム夏休み合同に寄稿した作品の公開になります。素敵な合同に参加させていただきありがとうございました。


夏に任せて(C108ミレニアム夏休み合同寄稿文)

 青い空。高くそびえる入道雲。ぎらぎらと輝く太陽に呼応するように、セミたちが生を謳歌している。

 そんな、実に夏らしい光景も窓の外。空調の効いた部屋で蛍光灯とモニターの光に照らされた私は、これまた文明の産物である書類仕事の山に埋もれていた。

「…………はぁ」

 終わる気配のない仕事に溜息が漏れる。一応、今やっている一連のタスクが終われば少しは楽になるのだが、だからといって仕事の総量が減るわけではない。

 あぁ、冷たいビールが飲みたい……。

そう思った矢先、着信を知らせる通知音が響く。生徒からの相談か、はたまたトラブルか。トラブルではありませんようにと天に祈りながらタブレットの通知を開くと、そこには。

『ご無沙汰しています、先生。我々は本日バーベキューを開催します。こう暑いとビールが恋しくなるでしょう。たまには先生も仕事を休んで羽を伸ばしてみてはいかがでしょうか。我々はいつでも歓迎いたしますよ』

 そんな文面と共に、浜辺で火をおこしながらビールの缶を呷る我らが悪友、ゲマトリアの写真が表示されていた。寛ぐための椅子や大きなクーラーボックスも映っており、ガッツリ楽しむつもりなのがよくわかる。

……こいつらブン殴ってやろうか。

 眠気も手伝ってか『先生』にあるまじき純粋な殺意を胸に、能面のような顔でタブレットを見つめていると、不意に首筋に冷たいものが当たった。

「あら、なかなか聞けない悲鳴ですね。先生の貴重な声ですから、しっかりと記録しておかないと」

 不測の刺激に飛び上がった私を見てくすくす笑うのは、今日の当番生徒であるノアだ。

夏ということもあって普段の分厚いジャケットは着ておらず、制服も半袖のものとなっている。薄手のものとはいえ黒いストッキングを着用しているのは、なにかこだわりでもあるのだろうか。

「いつの間にそんなところにいたんだい、ノア」

「十五秒ほど前からです。私に任せていただいた分が終わりましたので、報告ついでにアイスコーヒーでも淹れて差し上げようかと」

 からん、と氷が躍る音と共に、ノアは手元のグラスを掲げて見せる。集中力も切れていたことだし、ここはノアの厚意に甘えるとしよう。ゲマトリアの所業も、ノアの優しさと笑顔に免じて許してやることにする。

 ご丁寧にストローまで完備されたグラスを受け取って、そのまま冷気を放つ琥珀色の液体に口を付ける。やはりというべきか、ノアの持ってきたコーヒーは風味もミルクの量も私の好みに完璧に合致していた。今日は疲れているのを見て取ったのか、ほんのりと砂糖の甘みも感じる。

ちらりと視線を動かすと、いつものように私を観察しているノアと目が合う。そんなに面白いものでもないと思うのだが、ノアは私の記録を欠かさない。曰く、このコーヒーも観察と記録から導出される秘密の淹れ方とのことだし、別にやめさせるほどのことでもないか。

「ところでノア、さっきお願いした分の仕事が終わったって言ってた気がするんだけど」

 ちうちうとコーヒーをすすりながら尋ねれば、ノアはぱちくりと瞬きをしてから微笑んで、ぱたんと手帳を閉じた。

「ええ。後ほど確認をお願いしますね、先生」

「結構な量あったと思うんだけど」

「それで先生のお役に立てるのならば何よりです」

 すまし顔でそんなことを言っているが、本当に頼んだ分がすべて終わったのであれば、普段のノアの作業ペースよりもずっと速い計算になる。これは何か裏があるのではないか。悪戯好きの書記との短くない付き合いから、そんな予感が芽生える。

「ありがとう、とっても助かるよ。……で、本当のところは?」

「あら、私が嘘をついていると?」

「ノアが嘘をつくとは思えないけど、全てを話してくれるとは限らないこともわかってきたからね」

「……。ふふ。先生に見透かされるというのも、これはこれで悪くないですね」

 案の定何か隠していたらしいノアは、どこか満足げに笑っている。そこで満足しないでくれ。

「わざわざ隠そうとしたってことは、言いづらいことなの?」

「言いづらい、というよりは……大したことではないのですが。二週間後にセミナーの業務で少し遠出をすることになってしまったので、もしよろしければ付き合っていただけないかと。時期的に先生の休暇を頂く形にはなってしまいますが、引き受けていただいた際にはちょっとしたお礼もありますから」

「なんだ、そんなことか。ノアは私の大切な生徒なんだし、気にしなくてもいいんだよ」

「なるほど、そうですか。では、この杞憂も先生の大切な生徒のこだわりということでひとつ」

 ぴんと人差し指を立てながら微笑むノア。相変わらずノアが何を考えているのかはよくわからないままだ。

カレンダーに新たに予定を書き入れ、残り一口のコーヒーをカップごと呷る。底に残っていたコーヒーは、溶け切らなかった砂糖のおかげで殊更に甘かった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 青い空、碧い海。波の音に負けじと声を上げる蝉や鳥たち。潮の香りとほんのり甘い果物の香り。サングラスの向こうでは、午後の陽を受けて砂と波がキラキラと輝いている。シンプルなボードショーツの水着とアロハシャツ風のラッシュシャツに身を包み、ぼーっと水平線を眺めるというのも随分贅沢な時間の使い方だ。

 ノアとの約束の日、随分と早い時間にミレニアムサイエンススクールからは少し離れた場所で待ち合わせた私たちは、そのまま電車を乗り継ぎ船に乗り、三時間ほどかけて目的地であるこの島にやってきた。予めノアから動きやすい服装と着替え、そして水着を持ってくるよう言われていたから海にでも行くのだろうとは思っていたが、まさか一度陸を離れて島にまでやってくるとは思ってもいなかった。

 なお、当のノアは現在着替え中である。例によって、覗きに来てはいけませんよ、なんて言い残していく悪童っぷりは流石というべきか。一々理性を試すような真似をするのはやめてほしいものだ。

 邪な考えを追い出すべく、砂浜に立てたパラソルの下で波の音を聞きながらノアの説明を思い返す。ミレニアムが保有する、地質調査や海洋・島嶼生態系などの実習の場となる島。八平方キロほどの小さな島で、このサイズの島にしてはあまり高低差がない平たい形になっている。大陸からはジェット船で一時間強だったから、五~六十キロといったところだろうか。

ミレニアムといえばやはり工学や情報科学の印象が強いが、生物学や地学、数学といった分野も自然科学であり、ミレニアムが探求する対象だ。そして今日の仕事は、近々行われるらしい臨海実習のための下見だった。

この島にやってくるための船の点検(といっても大半は自動点検装置がやってくれるから何か所か物理的損傷がないか確認するだけだが)に始まり、回る予定のコースの道や各種設備の確認作業と、午前中はあちこち動き回ることになった。だがそれも半日とかからず終えることができたのは、やはりノアの手腕のおかげだろう。毎年行っている実習なのだからそうそう異常などないのだろうが、時折細やかな違いを見つけては記録していくノアはとても頼もしく見えた。ノアは自分の能力についてやや悲観的に考える節があるが、この観察眼と記録の明瞭さ、正確さはミレニアムにおいて重宝されるのではないだろうか。

暑さのせいか、結局思考が一周してノアに戻ってきたところで、砂浜に落ちた影が近づいてくるのが視界に映った。水着に着替えるだけにしては少し長かったなと思いつつ、影の主に視線を向ける。

「じゃじゃーん! お待たせしました先生。どうですか、なかなか良いでしょう?」

そして、私は言葉を失った。

 ひらひらと手を振って見せるノアが着ていたのは、純白のモノキニ。片方の肩からもう片方の腋にかけて胸元にフリルがあしらわれ、フリルに隠れていない方はオフショルダーのようでもある。脇腹部分は大胆に空いており、三本の紐がスリットを作るように背中へと流れていた。

腰には水色のパレオが巻かれており、くるぶしまでを日光から守っている。右の太腿にはこれまた白いベルト状のものが巻かれているのがパレオの奥に見える。カジュアルなサンダルは、ノアにしては珍しくアクティブな印象を演出していた。

露出自体は少なめながら、かわいらしさと美しさが非常に高いバランスでまとまっている。歩みに合わせて半透明なパレオからのぞく真っ白な脚に視線が吸われてしまうのは、不可抗力というやつだろう。

 白い麦わら帽子の下の髪型は普段のストレートから一変、軽く編まれたローポニーテールとなっており、ゆったりとした印象に仕上がっている。流石に普段愛用しているヘッドギアは外してきたようだ。時間がかかったのは、この髪型のせいだろうか。

 まるでそこだけ暑さとは切り離されているかのような涼やかな出で立ち。サングラスつけていてなお目を焼くような美しさは、私の口を開きっぱなしにするのには十分な威力を持っていた。

 惚けている私から答えが返ってこないことを不満に思ったのか、ノアはするりと距離を詰め、「えいっ」という可愛らしい掛け声とともに私のサングラスを取ってしまった。

「ふふん、これで見やすくなりましたね、先生?」

「……色々と眩しいから返して欲しいな」

「そういった条件も含めて見たままを観察するのも、実地調査の醍醐味だとは思いませんか?」

 私から奪ったサングラスを緩めにかけて、上目遣いでこちらをのぞき込みながら言うノアは実に楽しげだ。

「別に私は調査に来ているわけじゃないんだけど」

「確かに先生は本日、私の業務の付き添いに来てくださいましたが……折角です。ここはひとつ、本日の『実習』から得られた内容をレポートにまとめて見るというのはいかがでしょう?」

「遠慮しておきます……締め切り前夜に徹夜でレポートを書くのは学生の時だけで十分だよ」

「もっと計画性をもって取り組めばよいのでは……」

「あーあー聞こえない!」

 チクショウ言われなくてもわかってるよそんなこと!

 両耳に掌を押し付けてそっぽを向く私。それを見て、ノアはいつものようにくすくすと笑う。

「ですが先生。私は、この時間をレポートにできるくらい先生の記憶に残るものにできたらいいと思ってますよ。……お休みの日に付き合っていただいたわけですし、すぐ忘れてしまうような退屈な日々に埋もれてしまうのは申し訳ないと言いますか、寂しいと言いますか」

 そう言って、今度はノアがそっぽを向いてしまう。その頬が赤いように見えるのは、夏の太陽のせいだろうか。

 もっとも、ノアのささやかな望みは既に叶ったも同然なのだが。ただでさえノアと過ごす時間は忘れられない思い出だというのに、水着のインパクトまで加われば忘れたくても忘れられないだろう。

「それにしても、水着、すごく似合ってるね」

「ふふ、ありがとうございます。目を見て言ってくださるとさらに嬉しいのですが」

「無茶言わないでくれ、心臓が持たない」

「仕方ありませんねぇ、ここは先生の反応を記録できただけ良しとしましょう。ちなみに、この水着はこの前買ったばかりで、見せるのは先生が最初なんですよ?」

「⁉」

 今、ノアがいつもの手帳を持っていなくてよかった。客観的に見なくても、今の私はとても間抜けな反応をしているに違いない。さらりと爆弾を落とさないでほしいものだ。

「まだユウカちゃんにも見せてない水着です。今日一日付き合ってくださる先生への『お礼』ですから、張り切って選んじゃいました」

「ちょっと待って言ってたお礼ってこれのこと⁉」

「あら、私では不満ですか? ゲヘナの風紀委員会にアビドスの方々、百鬼夜行の生徒さんに、果てはヴァルキューレまで。トリニティ関しては複数の部活の水着を堪能したという記録があるので、てっきり先生はそういうご趣味なのかと」

「それは……本当に違うんです……」

 まずい、目が笑ってない。今のノアに逆らってはいけないと、私の中の本能が告げている。思えばミレニアム生と水着になるような場面で同行したことはこれまでなかった。実情を知らないノアが変な疑いを持つのもそうおかしな話ではないのかもしれないが……。

 え? エイミの水着姿は見たことあるだろって? あれは流石に水着になる環境としてはノーカンでよくないですか?

 脳内で誰に対するものかもわからない弁明をしていると、ノアがそれまでの圧を霧散させてへにゃりと眉を下げた。

「ところで先生。この水着、褒めていただいたのは嬉しいのですが、実はラッシュガードを忘れてしまいまして。私は日焼けには強くないので、先生のラッシュガードを借していただけないでしょうか」

「ノアが忘れ物とは珍しいね」

「日焼け止めは持ってきたんですけどね。新素材開発部の作った『絶対日焼けしない日焼け止め』を」

「私のを借りるまでもなくそれを使えばいいんじゃないかな……?」

「先生。人は自分の背中を見ることはできないんですよ」

 至極真っ当な疑問を呈したはずの私に、自明の理でも教えるような口調で返してくるノア。これ私が悪いの?

「というわけで、この日焼け止めを塗って差し上げますので、先生のラッシュガードを貸してください」

「そういうことなら、構わないよ」

 誰も見ていないとはいえ、私がノアの背中に塗るのは絵面的にまずい。ノアからの提案で私がそれに従うのであれば、かろうじて体裁も整えられないこともないだろう。

 羽織っていたラッシュシャツを脱いでノアに手渡す。代わりに日焼け止めを受け取って、自分でできる範囲で塗っていく。見た目や感触自体は普通の日焼け止めと変わらないが、本当に名前負けしないだけの性能があるのだろうか。

「この新素材開発部の日焼け止めは、その日焼け予防性能もそうですが、落とすのが簡単なのも魅力なんですよ」

 唐突に、ノアが口を開く。オーバーサイズな私のラッシュシャツに身を包んだ姿は、先ほどまでの印象とは一転して小動物のようなかわいらしさを感じる。

「石鹸で簡単に落とせるとか?」

「それもありますが、一番は専用の日焼け止め落としがあることです。ピンポイントかつ確実に落とせるので、一部では日焼けで模様を作るお洒落なんかも流行っているみたいですよ」

「肌にはよくなさそうだね……」

「そこだけ普通の日焼け止めを塗るとお肌へのダメージも抑えられるそうです。あ、お背中失礼しますね」

 背中をノアの手が滑っていくくすぐったい感触も、数十秒もすれば終わる。最後につつつ、と背中に指を這わせてからかってかってくるのが、なんともノアらしかった。

「さて、それでは先生。折角ですから、少し泳ぎませんか?」

「あれ、ノア泳げるの?」

「いいえ。ですから先生が教えてください♪」

「……とりあえず、水に浮く所からかな」

 帰りの船が出るまでは、まだ時間がある。数時間の夏休みでも、ノアと満喫できるなら悪くない。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 翌日。久しぶりに海ではしゃいでしまった代償の疲労感と共にシャーレで仕事をしていると、ノアがやってきた。

「お疲れ様です、先生。改めて、昨日はありがとうございました」

「大丈夫だよ、私も久しぶりに楽しめたしね」

「……先生、なにか隠していませんか?」

 すっと目を細めたノアに、そう問われる。この間とすっかり立場が逆になってしまった。

「いやぁ、大したことじゃないんだけど、実は少し背中が痛くてね。筋肉痛だと思うんだけど。もう若くないからなぁ」

「念のため、確認させてください。クラゲなど、昨日出会った何かにやられたかもしれませんから」

「たしかにそれは良くないね。確認って……」

「シャツを脱いでください」

 ……まあ、仕方ないか。ノアの指示に従って、シャツを脱いで背中を見せる。

 すると、カシャ、とスマホの撮影音が後ろから聞こえてきた。

「ノア?」

「ふふ、失礼しました。それと、ごめんなさい」

 唐突に謝るノアは、見てわかるほどには上機嫌だ。どういうことだと混乱する私に、ノアは今撮ったものであろう写真を見せてくる。

「やがて消えてしまう、記録には不向きなもの。だからこそ、私は少しだけ、正直になれるんです。……これもきっと、夏の暑さのせいですよね」

スマホには、丸っこく『ノア』と日焼け跡で書かれた私の背中が映っていた。

 

 




パレオは黒と迷いましたが試しにコラを作ってみたところ黒はセクシー過ぎたのでああなりました。日焼けネタ書こうとしたらとんだ変化球になりましたが、楽しんでいただけたら幸いです。
よろしければ評価、感想等お願いします。また、浪岡先生のフォローも是非。それでは、またお会いしましょう
浪岡 西人(X:https://x.com/West_Wave_World、pixiv:https://www.pixiv.net/users/2456426)

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