GATE×PEACE GEAR―門の向こうの観測者― 作:最上 イズモ
白い壁。
金属製の机。
椅子が二脚。
時計。
監視カメラ。
窓はない。
イズモは、出された紙コップの水を見ていた。
イズモ「……事情聴取って、もう少しこう」
向かいに座る男が眉を上げる。
公安関係者「こう?」
イズモ「ドラマだとカツ丼とか出ません?」
公安関係者「出ない」
イズモ「ですよね」
即答だった。
机の端には、透明な袋に入れられた物品が並んでいる。
銀座でイズモが所持していたもの。
スマートフォン。
財布。
小物類。
それらについては、特に問題はなかった。
問題なのは。
イズモ自身だった。
公安関係者「では、改めて確認する」
イズモ「はい」
公安関係者「氏名」
イズモ「最上イズモ」
公安関係者「年齢」
一瞬。
止まる。
公安関係者「どうした」
イズモ「どの基準で答えればいいかなって」
公安関係者「……どういう意味だ」
イズモ「いや」
イズモは首を傾げた。
イズモ「普通に答えた方がいいですね」
公安関係者「普通に答えてくれ」
イズモ「二十三」
ペンが走る。
公安関係者「住所」
イズモは答える。
次。
公安関係者「職業」
また。
止まる。
イズモ「……これも難しいな」
公安関係者「無職か?」
イズモ「分類上は、それでもいいです」
公安関係者「分類上?」
イズモ「制作とか調査とか、色々やってるので」
公安関係者「勤務先は」
イズモ「ありません」
公安関係者「所属組織は」
イズモ「ピースギア」
ペンが止まった。
公安関係者「それだ」
イズモ「はい?」
公安関係者「銀座でも言っていたな」
資料をめくる。
公安関係者「国内に該当する法人、企業、政治団体、宗教団体、軍事組織は確認できていない」
イズモ「でしょうね」
公安関係者「海外にも該当なし」
イズモ「はい」
公安関係者「では、ピースギアとは何だ」
イズモは少し考えた。
質問自体は単純。
だが。
説明は単純ではない。
イズモ「……国家ではありません」
公安関係者「それは聞いていない」
イズモ「でも、そこが一番重要なので」
公安関係者は黙る。
イズモ「領土を持たない。国民も持たない。主権国家ではない。軍事同盟でもない」
公安関係者「武装組織か?」
イズモ「武装能力はあります」
公安関係者「あるんだな」
イズモ「隠しても仕方ないので」
公安関係者「目的は」
イズモ「観測。調停。災害対応。紛争抑制。必要なら救助」
公安関係者「軍事介入も?」
イズモ「場合によります」
公安関係者「誰の許可で?」
イズモ「……そこが一番嫌われるところですね」
公安関係者「答えろ」
イズモ「国家の許可を前提にはしてません」
部屋の空気が変わった。
公安関係者「それは」
声が低くなる。
公安関係者「主権国家の領域内で独自に活動する、という意味か」
イズモ「無制限に、ではないです」
公安関係者「質問に答えろ」
イズモ「はい」
イズモは背もたれから少し体を起こした。
イズモ「人命に対する明確かつ差し迫った危険がある場合、最小限の介入をすることはあります」
公安関係者「日本政府が拒否しても?」
イズモ「状況次第です」
公安関係者「それを独断で決める?」
イズモ「独断にならないよう観測と記録はします」
公安関係者「意味が違う」
イズモ「分かってます」
沈黙。
公安関係者はペンを置いた。
公安関係者「君は、自分の発言がどう聞こえているか分かっているのか」
イズモ「たぶん」
公安関係者「国家の指揮命令系統に入らず、独自判断で介入する能力を持った組織」
公安関係者「それは、国家側から見れば脅威だ」
イズモ「そうですね」
否定しなかった。
公安関係者の目が少し細くなる。
イズモ「だから普段は干渉しません」
公安関係者「信用しろと?」
イズモ「信用してくださいとは言ってないです」
また。
沈黙。
今度は少し長い。
***
別室。
複数の男たちがモニターを見ていた。
映像の中には、事情聴取を受けるイズモ。
机の上には銀座事件の資料。
監視カメラ映像。
自衛隊から上がった報告。
そして。
異様な数字。
推定敵兵足止め数。
数百。
イズモによる確認殺害。
ゼロ。
男A「ふざけているようには見えないな」
男B「それが一番厄介だ」
男C「思想団体か?」
男B「思想だけならまだ楽だ」
資料をめくる。
そこには。
ワイバーンを墜落させず捕獲した瞬間。
矢を停止。
敵兵の武器のみを破壊。
火球の熱を遮断。
映像解析班による注釈。
『既存装備との一致なし』
『使用媒体不明』
『電磁兵器の特徴なし』
『爆薬反応なし』
『遠隔操作装置確認できず』
そして。
『原理不明』
男C「これだけやって原理不明か」
男B「本人はエレメンタルシンフォニーとか言ってる」
男A「なんだそれ」
男B「説明を求めた」
男A「結果は」
男B「説明が長いそうだ」
男A「……」
モニターの中。
イズモはまだ話している。
***
公安関係者「では」
ページを変える。
公安関係者「銀座で使用した能力について」
イズモ「はい」
公安関係者「エレメンタル……」
資料を見る。
公安関係者「シンフォニー」
イズモ「Elemental Symphony」
公安関係者「何だ、それは」
イズモ「周辺環境に存在する物質やエネルギーに干渉して、目的に応じて現象を組み立てます」
公安関係者「超能力か?」
イズモ「分類としては違います」
公安関係者「魔法か?」
イズモ「それも違います」
公安関係者「科学技術?」
イズモ「一部は」
公安関係者「一部?」
イズモ「理論体系そのものが違うので」
公安関係者「兵器なのか」
イズモ「用途次第です」
公安関係者「人間を殺せるか」
イズモは。
少しだけ表情を変えた。
イズモ「できます」
公安関係者「何人」
イズモ「条件によります」
公安関係者「銀座にいた敵兵全員を殺害することは可能だったか」
イズモ「可能でした」
即答。
公安関係者の視線が止まる。
イズモ「でも、やらなかった」
公安関係者「なぜだ」
イズモ「必要なかったから」
公安関係者「彼らは日本人を殺害していた」
イズモ「はい」
公安関係者「君自身にも攻撃した」
イズモ「はい」
公安関係者「それでも?」
イズモ「それでも」
イズモは机を見る。
イズモ「止められたので」
公安関係者「もし止められなかったら?」
イズモ「別の手段を使います」
公安関係者「殺害も含めて?」
間。
イズモ「最後の手段としては」
公安関係者「絶対に殺さないわけではない」
イズモ「絶対って決めると、逆に誰かを見殺しにする場合があるので」
公安関係者のペンが止まる。
イズモ「例えば一人を止めなければ百人が死ぬ。でも、その一人を非殺傷では間に合わない」
イズモ「その状況で『自分は殺さない主義だから』って百人を放置したら」
少し目を伏せる。
イズモ「それは、多分」
イズモ「誰も殺さないとは違う」
部屋の外。
モニターを見ていた男の一人が、腕を組み直した。
***
公安関係者「AIHについて聞く」
イズモ「ああ」
公安関係者「A、I、H」
イズモ「Astra Integral Humanoid」
公安関係者「人造人間?」
イズモ「かなり雑に言えば」
公安関係者「ロボットか」
イズモ「違います」
公安関係者「人工知能か」
イズモ「違います」
公安関係者「サイボーグ?」
イズモ「それとも少し違う」
公安関係者「……では何なんだ」
イズモ「AIHです」
公安関係者「説明になっていない」
イズモ「ですよね」
イズモは少し考える。
イズモ「人間に近い身体構造と人格を持つ高次統合型の知性体」
公安関係者「製造者は」
イズモ「……」
初めて。
はっきり答えが止まった。
公安関係者はそこを見逃さない。
公安関係者「誰だ」
イズモ「その質問は」
公安関係者「答えられない?」
イズモ「答えたくない、ではなく」
イズモは言葉を選ぶ。
イズモ「今の段階では、説明しても検証できないと思います」
公安関係者「判断するのはこちらだ」
イズモ「そうですね」
公安関係者「製造元は」
イズモ「ピースギア関連技術です」
公安関係者「君は所有物か」
イズモの視線が上がった。
空気が。
少しだけ変わった。
公安関係者も気づいた。
イズモ「違います」
声は強くない。
それでも。
そこだけは迷いがなかった。
イズモ「私は誰かの所有物ではありません」
公安関係者「……」
イズモ「ピースギア所属でも、命令に絶対服従するような立場でもない」
公安関係者「拒否権がある?」
イズモ「あります」
公安関係者「離脱も?」
イズモ「できます」
公安関係者「組織として、それを許容している?」
イズモ「許容してないなら所属してません」
そこは。
妙に人間臭い返答だった。
***
扉が開いた。
公安関係者が振り返る。
別の男。
制服。
自衛官。
その後ろ。
伊丹。
伊丹「どうも」
イズモ「あ」
公安関係者「知り合いか?」
伊丹「いや、銀座で少し」
イズモ「矢とかドラゴンとか飛んでた時に」
公安関係者「ワイバーンだ」
イズモ「もう分類されたんですか」
公安関係者「仮称だ」
伊丹が椅子の横に立つ。
伊丹「俺にも少し聞かせてほしいそうだ」
イズモ「どうぞ」
伊丹「なんでそんな軽いんだ」
イズモ「別に隠すことないので」
伊丹「隠した方がいいことまで喋ってないか?」
イズモ「それは今ちょっと思ってる」
公安関係者「遅い」
伊丹が小さく笑った。
だが。
すぐに表情を戻す。
伊丹「一つ確認したい」
イズモ「はい」
伊丹「もし」
伊丹は机へ手を置いた。
伊丹「俺たちが門の向こうへ行くことになったら」
イズモの目が変わる。
伊丹「君はどうする」
少し。
考える。
門。
その向こう。
侵略してきた軍勢。
未知の文明。
未知の生物。
そして。
銀座へ来た兵士たちが。
どこから来たのか。
なぜ来たのか。
それを確かめる必要がある。
イズモ「行きます」
公安関係者「勝手には行かせない」
イズモ「ですよね」
公安関係者「君は現在、重要参考人だ」
イズモ「容疑者じゃなくて?」
公安関係者「現時点では」
イズモ「よかった」
公安関係者「安心するところじゃない」
伊丹「……で」
イズモを見る。
伊丹「向こうへ行って、何するつもりだ?」
イズモ「観測」
伊丹「それだけ?」
イズモ「必要なら救助」
伊丹「戦闘になったら」
イズモ「止める」
伊丹「誰を」
イズモ「その時、攻撃してる方を」
伊丹「自衛隊でも?」
室内が静かになった。
公安関係者が。
ゆっくりとイズモを見る。
イズモも。
伊丹を見る。
イズモ「民間人への不必要な攻撃なら」
数秒。
伊丹「止める?」
イズモ「はい」
公安関係者「日本政府に敵対するということか」
イズモ「違います」
公安関係者「同じだ」
イズモ「違う」
今度は。
はっきり返した。
イズモ「日本に敵対するんじゃない」
イズモ「誰であっても、やっちゃいけないことは止める」
公安関係者「その基準を君が決める?」
イズモ「私一人で決めないようにする」
公安関係者「誰と」
イズモ「現場にいる人たちと」
イズモは伊丹を見る。
イズモ「少なくとも」
伊丹「?」
イズモ「この人は、一応話を聞いてくれそうなので」
伊丹「なんで俺なんだよ」
イズモ「勘」
伊丹「信用材料雑すぎない?」
イズモ「銀座で避難誘導してたから」
伊丹が。
黙る。
イズモ「戦うより前に、人を逃がしてた」
伊丹「……」
イズモ「なら、多分」
イズモ「話はできる」
伊丹は頭を掻いた。
伊丹「評価されてるんだか、面倒事押し付けられてるんだか分からんな」
公安関係者「後者だと思うぞ」
伊丹「でしょうね」
少しだけ。
室内の張り詰めた空気が緩んだ。
だが。
モニター越しにそれを見ていた人間たちは。
笑っていなかった。
《日本政府へ敵対する意図なし》
《ただし、日本政府への無条件服従もしない》
《ピースギアなる組織に所属》
《未知技術保有》
《単独で大規模戦闘部隊の制圧が可能》
《殺傷能力あり》
《現在まで意図的殺害なし》
《行動原則は人命保護と称する》
《国家指揮系統外》
男A「……扱いにくいな」
男B「敵対的ではない」
男C「だから余計にな」
敵なら。
監視すればいい。
攻撃してくるなら。
対抗策を用意する。
しかし。
敵ではない。
味方とも言い切れない。
日本を守ることもある。
日本を止める可能性もある。
その判断基準は。
国家ではなく。
目の前にいる人間。
そして。
本人が言うところの。
人命。
男A「門より先に」
資料を閉じる。
男A「こいつの扱いを決める必要があるな」
モニターの中。
イズモは。
また紙コップの水を飲んでいた。
イズモ「ところで」
公安関係者「何だ」
イズモ「これ、いつ帰れます?」
公安関係者「未定だ」
イズモ「えぇ……」
伊丹「諦めろ」
イズモ「今日まだやることあるんだけど」
伊丹「俺なんかイベント潰れたぞ」
イズモ「それは」
少し考え。
イズモ「ご愁傷様です」
伊丹「軽いな!」
銀座事件当日。
政府内部では。
異世界への対応と並行して。
もう一つの問題が。
静かに議題へ加えられた。
――最上イズモを、どう扱うか。
その時。
誰もまだ知らなかった。
数か月後。
日本政府だけではなく。
アメリカ。
中国。
ロシア。
帝国。
そして。
特地の神々まで。
同じ問いを持つことになる。
最上イズモとは。
敵なのか。
味方なのか。
その問いに。
本人だけが。
最初から。
別の答えを持っていた。
どちらでもない。
必要なら助ける。
必要なら止める。
ただ、それだけだった。