GATE×PEACE GEAR―門の向こうの観測者― 作:最上 イズモ
会議室の空気は重かった。
原因は。
机の中央に置かれた資料。
表紙には。
《最上イズモに関する暫定評価》
とだけ書かれている。
その下。
赤字。
《機密》
陸上自衛隊幹部「では、始める」
数人が資料を開く。
映像がスクリーンに映された。
銀座。
門。
敵兵。
そして。
その真正面に立つ一人の青年。
再生。
騎兵が吹き飛ぶ。
だが。
死なない。
矢が止まる。
ワイバーンが着陸させられる。
数百人の兵士が進軍不能になる。
炎が遮断される。
何度見ても。
現実感がなかった。
政府関係者「映像加工の可能性は」
技術担当「ありません」
政府関係者「撮影機器の故障」
技術担当「複数の防犯カメラ、報道映像、個人撮影映像すべてで同一現象を確認しています」
別の映像。
路上へ落ちた矢。
変形している。
だが。
破壊されてはいない。
技術担当「電磁的な痕跡は特定できず」
資料をめくる。
技術担当「爆薬なし」
技術担当「発射体なし」
技術担当「既知の指向性エネルギー兵器とも一致しません」
政府関係者「本人は?」
技術担当「環境へ干渉した、と」
政府関係者「分かるように言ってくれ」
技術担当「こちらも困っています」
小さなため息。
幹部の一人が腕を組む。
陸自幹部「重要なのは原理だけではない」
映像停止。
画面の中。
イズモが。
倒れた敵兵を見ている。
陸自幹部「運用思想だ」
政府関係者「非殺傷?」
陸自幹部「正確には、必要性がない限り殺傷しない」
政府関係者「違いがあるのか」
陸自幹部「ある」
ページを開く。
《本人聴取記録》
一文が読み上げられる。
陸自幹部「『絶対に殺さないと決めると、逆に誰かを見殺しにする場合がある』」
沈黙。
陸自幹部「少なくとも、現実と完全に乖離した平和主義者ではない」
政府関係者「しかし日本の指揮命令には従わない」
陸自幹部「そう言っている」
政府関係者「危険では?」
別の男が口を開いた。
公安担当「危険です」
即答。
公安担当「能力だけを見れば」
一枚めくる。
公安担当「もし本人の供述通り、銀座の侵攻部隊を殺害可能だったのであれば」
公安担当「歩兵部隊一個中隊どころの話ではない」
政府関係者「拘束は」
公安担当「推奨しません」
陸自幹部「理由は」
公安担当「拘束できる保証がない」
政府関係者「警察施設にいるじゃないか」
公安担当「本人が従っているだけです」
誰も言葉を挟まなかった。
公安担当「手錠もしていない」
公安担当「武器も取り上げていない」
政府関係者「武器を持っていないからだろう」
公安担当「そこです」
画面に。
イズモの両手が映る。
公安担当「彼にとっては」
少し間。
公安担当「周囲そのものが武器になり得る」
空気。
水。
地面。
炎。
公安担当「拘束という行為そのものが成立するか不明です」
陸自幹部「敵対を招く方が危険、と」
公安担当「現時点では協力的です」
政府関係者「現時点では」
その言葉だけが。
妙に残った。
***
その頃。
イズモは。
別室で待たされていた。
イズモ「……長い」
机。
椅子。
水。
そして伊丹。
なぜか。
向かい側にいる。
伊丹「会議ってのは長いもんだ」
イズモ「なんで伊丹さんも残ってるんです?」
伊丹「俺が聞きたい」
本来。
伊丹は事件当日の状況説明を求められただけだった。
なのに。
気づけば。
帰れない。
制服でもない。
休日の格好のまま。
イズモ「イベント」
伊丹「言うな」
イズモ「まだ間に合う可能性は」
伊丹「ない」
イズモ「……」
伊丹「そんな顔するな」
イズモ「いや」
イズモは椅子の背へ体重を預けた。
イズモ「こっちも予定潰れてるので」
伊丹「何してたんだ」
イズモ「制作」
伊丹「何の?」
イズモ「いろいろ」
伊丹「お前の『いろいろ』怖いんだよ」
イズモ「普通の制作ですよ」
伊丹「普通って言葉の信用度が低い」
イズモ「ひどい」
扉の横。
警備に立つ隊員が。
僅かに視線を逸らした。
笑ったらしい。
伊丹「しかし」
イズモ「はい」
伊丹「お前、随分平然としてるな」
イズモ「何が?」
伊丹「政府に囲まれて事情聴取されてるんだぞ」
イズモ「逃げる理由ないし」
伊丹「怖くないのか」
イズモは少し考えた。
イズモ「警戒はしてます」
伊丹「見えないけど」
イズモ「見せてないので」
伊丹「……」
イズモ「でも」
天井を見る。
イズモ「向こうも警戒する理由は分かるから」
伊丹「自分が怪しい自覚はあるんだな」
イズモ「めちゃくちゃある」
伊丹「あるんだ」
イズモ「身分証明ほぼできない。謎組織。謎技術。国家の命令に絶対従わない」
指を折っていく。
イズモ「私でも監視対象にします」
伊丹「客観視できすぎるのも怖いな」
扉が開いた。
二人とも見る。
自衛官。
階級章を見て。
伊丹の姿勢が少し変わる。
自衛官「最上イズモさん」
イズモ「はい」
自衛官「移動をお願いします」
イズモ「帰宅?」
自衛官「違います」
イズモ「ですよね」
***
会議室。
イズモが入る。
長机。
多数。
政府。
自衛隊。
公安。
明らかに。
普通の事情聴取の続きではなかった。
イズモ「……面接?」
誰も笑わない。
イズモ「違うか」
勧められた椅子へ座る。
真正面。
政府関係者「最上イズモさん」
イズモ「はい」
政府関係者「いくつか確認したい」
イズモ「どうぞ」
政府関係者「まず」
資料を閉じる。
政府関係者「あなたを拘束する意図は、現時点ではありません」
イズモ「ありがとうございます」
公安担当「ただし、自由行動を全面的に認めるわけでもない」
イズモ「妥当だと思います」
公安担当「異論は?」
イズモ「私が同じ立場でもそうするので」
政府関係者「話が早いな」
イズモ「その方が楽でしょ」
少しだけ空気が緩む。
だが。
次の質問。
政府関係者「門の向こう」
イズモの視線が動く。
政府関係者「我々は調査を行う」
イズモ「はい」
政府関係者「場合によっては、自衛隊を派遣する」
イズモ「そうなるでしょうね」
政府関係者「あなたも同行を希望した」
イズモ「します」
即答。
陸自幹部「理由は」
イズモ「情報が足りないから」
イズモは机の上へ指を置く。
イズモ「銀座へ来た部隊は侵攻軍」
イズモ「それはほぼ確定でいいと思う」
全員黙って聞く。
イズモ「でも」
イズモ「侵攻軍がいたからって」
イズモ「向こうにいる全員が侵略者とは限らない」
政府関係者「当然だ」
イズモ「なら」
イズモは顔を上げる。
イズモ「現地を見ないと判断できない」
陸自幹部「日本政府の調査結果では不足か?」
イズモ「参考にはします」
公安担当「信用しない?」
イズモ「信用するかどうかじゃないです」
一呼吸。
イズモ「観測者が一つだけなのが危ない」
少し。
場が静まる。
イズモ「軍が見る景色と」
イズモ「外交官が見る景色と」
イズモ「現地住民が見る景色は違う」
イズモ「多分」
イズモ「私が見る景色も違う」
陸自幹部「だから自分で見る」
イズモ「はい」
政府関係者「特地で勝手に動かれては困る」
イズモ「勝手には動きません」
政府関係者「先ほど、自衛隊であっても止める可能性があると言った」
イズモ「言いました」
空気が戻る。
重く。
イズモ「でも」
イズモ「いきなり攻撃したりはしません」
公安担当「段階を踏む?」
イズモ「観測」
指一本。
イズモ「確認」
二本。
イズモ「対話」
三本。
イズモ「条件調整」
四本。
イズモ「距離を取る」
五本。
イズモ「それでも駄目で」
手を下ろす。
イズモ「今止めないと誰かが死ぬなら介入する」
政府関係者「日本の作戦行動を妨害する可能性を否定しない」
イズモ「否定しません」
陸自幹部「同行を許可するメリットはこちらにあるのか?」
イズモ「あります」
イズモは即答した。
イズモ「未知現象への対応」
イズモ「未知生物の非殺傷制圧」
イズモ「災害時救助」
イズモ「現地語を学習できれば交渉補助」
イズモ「あと」
一瞬止まる。
イズモ「たぶん、門の解析」
技術担当「解析できるのか?」
イズモ「見てみないと分かりません」
技術担当「銀座では?」
イズモ「戦闘中に空間構造を触るほど馬鹿じゃないです」
技術担当「……」
イズモ「接続切れたら向こう側にいた人帰れなくなるかもしれないし」
何人かが。
同時に。
資料へ視線を落とした。
それは。
まだあまり議論されていない問題だった。
門が。
もし。
閉じたら。
特地へ派遣した部隊は。
帰還できるのか。
イズモ「壊すのは簡単でも」
イズモ「直せるとは限らない」
技術担当「門を壊せる?」
イズモ「可能性の話です」
イズモはすぐに付け加える。
イズモ「構造分からないので」
技術担当「……なるほど」
政府関係者が。
横の幹部と短く目を合わせる。
そして。
政府関係者「条件を提示する」
イズモ「はい」
政府関係者「特地での行動は、原則として自衛隊の指定区域内」
イズモ「原則なら」
政府関係者「単独行動は禁止」
イズモ「救助時の例外は」
陸自幹部「現場指揮官の許可」
イズモ「通信不能の場合」
陸自幹部「生命への差し迫った危険が確認できる場合に限り、事後報告」
イズモ「それなら」
政府関係者「自衛隊員への能力行使は禁止」
イズモ「例外条件」
空気が止まる。
政府関係者「……何だ」
イズモ「制御不能」
イズモ「誤射」
イズモ「錯乱」
イズモ「民間人への明確な危害」
イズモ「本人の救命のために止める必要がある場合」
公安担当「殺傷は」
イズモ「しません」
陸自幹部「断言するのか」
イズモ「自衛隊相手なら、まず必要ない」
その言い方に。
数人の表情が変わった。
イズモ「あ」
間。
イズモ「今の言い方まずかったですね」
伊丹の声が。
後ろから小さく聞こえた。
伊丹「今さらだぞ」
イズモ「なんでいるんです?」
伊丹「俺も知らん」
政府関係者「それから」
全員戻る。
政府関係者「あなたには連絡担当を付ける」
イズモ「監視役?」
公安担当「否定はしない」
イズモ「誰です?」
全員の視線が。
一箇所へ集まる。
伊丹「……え?」
沈黙。
伊丹「ちょっと待ってください」
陸自幹部「伊丹耀司二等陸尉」
伊丹「はい」
陸自幹部「銀座で最上氏と接触」
伊丹「しましたけど」
陸自幹部「現場行動も確認済み」
伊丹「だからって」
公安担当「本人からも」
資料を見る。
公安担当「『話はできそう』との評価」
伊丹「評価基準が避難誘導だけですよ!?」
イズモ「結構大事ですよ」
伊丹「お前は黙ってろ!」
イズモ「はい」
陸自幹部「正式決定ではない」
伊丹「ですよね?」
陸自幹部「候補だ」
伊丹「候補から外してください」
政府関係者「検討する」
伊丹「その言い方絶対検討しないやつでしょう!」
イズモは。
横を向いた。
少し笑っていた。
伊丹「笑うな!」
イズモ「いや」
肩を揺らす。
イズモ「なんか安心しました」
伊丹「何がだよ」
イズモ「向こう行っても退屈しなさそう」
伊丹「お前なぁ……」
***
数日後。
銀座。
門の前。
自衛隊の展開は。
事件当日とは比べ物にならない規模になっていた。
車両。
人員。
物資。
通信設備。
仮設施設。
そして。
その中に。
妙に浮いた一人。
イズモ「……」
ヘルメット。
防護装備。
貸与された識別用装備。
本人の希望で。
銃器は持っていない。
伊丹「似合わんな」
イズモ「自分でも思います」
伊丹「本当に銃いらないのか?」
イズモ「撃ち方知らないし」
伊丹「そこじゃない気もするが」
イズモ「あと」
手を見る。
イズモ「私が銃持つと、逆に選択肢減るので」
伊丹「?」
イズモ「撃つか撃たないかになりやすい」
伊丹「……なるほど」
イズモ「こっちなら」
周囲を見る。
空気。
地面。
構造物。
イズモ「押すとか」
イズモ「転ばすとか」
イズモ「武器だけ壊すとか」
イズモ「逃げ道作るとか」
伊丹「十分物騒だな」
イズモ「安全寄りです」
伊丹「基準がおかしい」
門の向こう。
暗い。
まだ。
何があるか分からない。
伊丹の表情から。
冗談が消える。
イズモも。
門を見る。
イズモ「伊丹さん」
伊丹「ん?」
イズモ「向こう行ったら」
少し間。
イズモ「自衛隊の判断を優先します」
伊丹「意外だな」
イズモ「現地のルール知らないから」
イズモ「知らない側がいきなり仕切る方が危ない」
伊丹「じゃあ大人しくしてろよ」
イズモ「努力します」
伊丹「努力じゃなくて約束しろ」
イズモ「無理な約束はしない主義なので」
伊丹「既に不安しかない」
前方。
移動開始の合図。
隊列が動く。
一人。
また一人。
門を越える。
異世界へ。
伊丹も歩き始める。
イズモは。
一度だけ。
銀座の空を振り返った。
高層ビル。
道路。
信号。
見慣れた世界。
そして。
前を見る。
石。
土。
違う空気。
違う光。
門の向こうから。
風が吹いてくる。
イズモ「……行こうか」
一歩。
境界を越える。
その瞬間。
視界いっぱいに。
未知の数値が広がった。
大気組成。
重力。
地磁気。
植生。
空間