GATE×PEACE GEAR―門の向こうの観測者―   作:最上 イズモ

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第4話 アルヌスの丘

 

門を抜けた瞬間。

 

空気が変わった。

 

匂い。

 

湿度。

 

土の感触。

 

風の流れ。

 

イズモにとっては、それだけではない。

 

視界の端。

 

通常なら存在しない観測値が、薄い光の層のように重なっている。

 

地球側では、局所的な異常としてしか現れなかったもの。

 

銀座で見た火球。

 

あれと似た反応が。

 

ここでは。

 

空気中の至る所に存在していた。

 

イズモ「……常在してる」

 

伊丹「何が?」

 

イズモ「銀座で敵が使ってたやつ」

 

伊丹「魔法?」

 

イズモ「まだ魔法って確定したくない」

 

伊丹「十分それっぽかったけどな」

 

イズモ「それっぽいと、そうであるは別です」

 

伊丹「面倒な研究者みたいになってるぞ」

 

イズモ「観測者です」

 

伊丹「もっと面倒だった」

 

前方。

 

陸上自衛隊の部隊が展開していく。

 

門の周囲。

 

丘陵地。

 

遠くには。

 

石造りの建造物。

 

そして。

 

明らかに人工的な防御陣地。

 

イズモの視線が止まる。

 

熱源。

 

多数。

 

かなり多い。

 

伊丹「見えるか?」

 

イズモ「人間系熱源、多数」

 

伊丹「どれくらい」

 

イズモ「正確には無理」

 

イズモは少し目を細めた。

 

イズモ「でも」

 

イズモ「歓迎会って人数じゃない」

 

直後。

 

遠くで角笛が鳴った。

 

地面が。

 

僅かに震える。

 

伊丹「来るぞ」

 

丘の向こう。

 

人影。

 

一つ。

 

十。

 

百。

 

千。

 

旗。

 

槍。

 

騎兵。

 

巨大な隊列。

 

イズモ「……多いな」

 

伊丹「今さら驚くところか?」

 

イズモ「銀座より多い」

 

伊丹「そりゃ本隊だろうな」

 

自衛隊側の動きは速かった。

 

射線。

 

配置。

 

指示。

 

各部隊が淡々と準備へ入る。

 

イズモは。

 

その流れの邪魔にならない場所まで下がった。

 

伊丹「お前は?」

 

イズモ「最初は見ます」

 

伊丹「戦わないのか」

 

イズモ「必要になるまで」

 

伊丹「……了解」

 

その返答を。

 

伊丹は意外と簡単に受け入れた。

 

やがて。

 

距離が縮まる。

 

敵軍の先頭。

 

盾。

 

槍。

 

その後方に弓。

 

騎兵。

 

そして。

 

何か巨大な生物。

 

イズモ「文明段階に対して動員数が大きい」

 

伊丹「分析は後だ」

 

イズモ「はい」

 

警告。

 

停止要求。

 

通じているかは分からない。

 

だが。

 

敵軍は止まらない。

 

速度を上げる。

 

そして。

 

発砲。

 

最初の一斉射。

 

音が。

 

丘全体を叩いた。

 

イズモの表情が変わった。

 

倒れる。

 

前列。

 

次。

 

その次。

 

土煙。

 

叫び。

 

馬。

 

盾。

 

人体。

 

あまりにも。

 

速い。

 

イズモは。

 

ただ見ていた。

 

火力差。

 

という言葉だけでは。

 

足りなかった。

 

敵側に。

 

対応手段がない。

 

盾は意味を成さない。

 

鎧も。

 

隊列も。

 

勇気も。

 

突撃も。

 

何も。

 

届かない。

 

伊丹「……」

 

横を見る。

 

イズモは動かない。

 

ただ。

 

目だけが。

 

戦場全体を追っている。

 

自衛隊が撃つ。

 

敵が倒れる。

 

後続が前へ押す。

 

さらに倒れる。

 

騎兵が側面へ回る。

 

そこにも火力が向く。

 

イズモ「……」

 

伊丹「大丈夫か」

 

イズモ「大丈夫」

 

短い。

 

普段より。

 

明らかに短い。

 

敵軍の中。

 

指揮官らしき者が叫んでいる。

 

撤退ではない。

 

前進。

 

また。

 

前へ出る。

 

イズモ「止まらない」

 

伊丹「命令なんだろ」

 

イズモ「撤退命令出ないの?」

 

伊丹「俺に聞くな」

 

さらに銃声。

 

敵軍の密度が。

 

目に見えて減っていく。

 

イズモは。

 

右手を上げかけた。

 

止まる。

 

今。

 

介入したら。

 

自衛隊の射線を乱す。

 

敵の突撃を補助する可能性がある。

 

危険。

 

では。

 

自衛隊を止める?

 

それも違う。

 

敵は。

 

明確に攻撃している。

 

ここで射撃を止めれば。

 

近接戦闘へ移行する。

 

被害が増える。

 

イズモ「……」

 

指が。

 

ゆっくり下がる。

 

今は。

 

介入しない。

 

その判断だけで。

 

胸の奥に。

 

少し重いものが残った。

 

***

 

戦闘は。

 

長く続かなかった。

 

時間としては。

 

だが。

 

丘の景色は。

 

完全に変わっていた。

 

旗。

 

盾。

 

壊れた車輪。

 

倒れた馬。

 

人。

 

土。

 

血。

 

静かだった。

 

さっきまで。

 

あれだけ音があったのに。

 

静かすぎた。

 

伊丹「終わったな」

 

イズモ「……たぶん」

 

伊丹「たぶん?」

 

イズモ「まだ動いてる人がいる」

 

伊丹の顔が変わる。

 

イズモは。

 

もう歩き出していた。

 

伊丹「おい!」

 

イズモ「負傷者」

 

伊丹「勝手に――」

 

止まる。

 

最初の取り決め。

 

生命への差し迫った危険。

 

事後報告。

 

伊丹「……くそ」

 

追う。

 

丘を下る。

 

自衛隊員が警戒している。

 

イズモが手を上げる。

 

イズモ「救命行動します!」

 

隊員「待て、敵兵だぞ!」

 

イズモ「だからです」

 

隊員「まだ武器を持ってる可能性がある!」

 

イズモ「確認してから近づきます」

 

しゃがむ。

 

十数メートル先。

 

倒れた兵士。

 

胸が動いている。

 

浅い。

 

イズモ「意識なし」

 

近くの槍。

 

視線だけ向ける。

 

風。

 

槍が。

 

地面を滑って遠ざかる。

 

隊員「……」

 

イズモ「武器除去」

 

ゆっくり近づく。

 

負傷箇所。

 

出血。

 

呼吸。

 

脈拍。

 

イズモ「重い」

 

伊丹「助かるか」

 

イズモ「分からない」

 

即答。

 

手を。

 

傷の少し上へ置く。

 

伊丹「何する」

 

イズモ「止血補助」

 

周囲の空気。

 

水分。

 

布。

 

装備。

 

使えるものを探す。

 

傷を。

 

無理に閉じない。

 

異物。

 

内部損傷。

 

感染。

 

分からない。

 

だから。

 

今は出血だけを抑える。

 

イズモ「……」

 

兵士が。

 

僅かに目を開けた。

 

何か言う。

 

聞き取れない。

 

イズモ「言葉分からない」

 

兵士「……」

 

また。

 

何か。

 

イズモは。

 

ゆっくり首を横に振った。

 

イズモ「ごめん」

 

伝わらない。

 

それでも。

 

声の調子だけは。

 

少し落とす。

 

イズモ「今、止血してる」

 

兵士の手が。

 

動く。

 

イズモの腕を。

 

弱く掴んだ。

 

伊丹「気をつけろ」

 

イズモ「大丈夫」

 

兵士の視線。

 

混乱。

 

恐怖。

 

理解できていない。

 

敵に。

 

何をされているのか。

 

その表情。

 

少しだけ。

 

銀座の人々と似ていた。

 

イズモ「……」

 

兵士の手。

 

力が抜ける。

 

イズモ「まだ脈ある」

 

伊丹「衛生隊呼ぶ」

 

イズモ「お願い」

 

***

 

その一人だけではなかった。

 

歩く。

 

見つける。

 

武器を遠ざける。

 

確認。

 

救命可能なら。

 

処置。

 

自衛隊側も。

 

最初は戸惑っていた。

 

だが。

 

数人目になる頃には。

 

誰も止めなくなった。

 

むしろ。

 

負傷者の位置が共有され始める。

 

衛生隊員「こっちは?」

 

イズモ「呼吸あり。右脚損傷。止血済み」

 

衛生隊員「次」

 

イズモ「奥に一人」

 

衛生隊員「味方?」

 

イズモ「敵」

 

衛生隊員「……了解」

 

伊丹は。

 

少し離れて見ていた。

 

銀座と。

 

同じだ。

 

敵か。

 

味方か。

 

そこを。

 

最初の判断基準にしていない。

 

生きている。

 

助けられる。

 

なら。

 

助ける。

 

単純。

 

だが。

 

戦場では。

 

単純じゃない。

 

伊丹「……本当にやるんだな」

 

イズモ「何が?」

 

伊丹「いや」

 

伊丹は。

 

言わなかった。

 

***

 

夕方。

 

丘の上。

 

風。

 

血の匂いは。

 

まだ残っている。

 

イズモは。

 

少し高い場所に座っていた。

 

足元。

 

土。

 

遠く。

 

門。

 

こちら側に作られつつある。

 

自衛隊の陣地。

 

伊丹「こんなとこにいたか」

 

イズモ「休憩」

 

伊丹「珍しいな」

 

イズモ「何が」

 

伊丹「ずっと動いてたから」

 

伊丹は。

 

少し離れた場所に座る。

 

しばらく。

 

二人とも喋らない。

 

遠くで。

 

重機の音。

 

車両。

 

作業。

 

戦場が。

 

基地へ変わり始めている。

 

イズモ「伊丹さん」

 

伊丹「ん?」

 

イズモ「さっきの戦闘」

 

伊丹「うん」

 

イズモ「必要だったと思う」

 

伊丹が。

 

少しだけ目を動かす。

 

イズモ「敵は止まらなかった」

 

イズモ「こっちが撃たなければ」

 

イズモ「多分」

 

イズモ「自衛隊側に死人が出た」

 

伊丹「そうだな」

 

イズモ「でも」

 

止まる。

 

イズモ「……あれ」

 

遠くを見る。

 

イズモ「戦闘っていうより」

 

イズモ「処理に近かった」

 

伊丹は。

 

すぐには答えなかった。

 

イズモ「だから悪いって言ってるわけじゃない」

 

伊丹「分かってる」

 

イズモ「ただ」

 

拳。

 

少しだけ。

 

土を握る。

 

イズモ「向こうの兵士」

 

イズモ「何人が」

 

イズモ「自分でここに来たかったんだろうって」

 

伊丹「……」

 

イズモ「命令だから来た」

 

イズモ「逃げたら処罰される」

 

イズモ「家族がいる」

 

イズモ「徴兵かもしれない」

 

イズモ「何も知らされてないかもしれない」

 

伊丹「全部仮説だな」

 

イズモ「うん」

 

伊丹「でも」

 

間。

 

伊丹「あり得る」

 

イズモ「だから」

 

顔を上げる。

 

イズモ「知りたい」

 

伊丹「帝国を?」

 

イズモ「人を」

 

伊丹「……」

 

イズモ「この世界の」

 

イズモ「国とか」

 

イズモ「軍とか」

 

イズモ「神とか」

 

イズモ「そういう大きい括りじゃなくて」

 

風が。

 

二人の間を通る。

 

イズモ「普通に住んでる人が」

 

イズモ「何考えて」

 

イズモ「どう生きてるのか」

 

伊丹「それで」

 

イズモを見る。

 

伊丹「知ったらどうする」

 

イズモ「その時考える」

 

伊丹「まだ決めてないのか」

 

イズモ「知らないのに決めたくない」

 

伊丹「……」

 

伊丹は。

 

少し笑った。

 

伊丹「お前らしい気はする」

 

イズモ「知り合ってまだ数日ですよ」

 

伊丹「もう十分濃いんだよ」

 

イズモ「それはそう」

 

***

 

数日。

 

丘の様子は。

 

完全に変わった。

 

仮設陣地。

 

車両。

 

通信設備。

 

物資集積。

 

警戒線。

 

門を中心に。

 

現代の軍事拠点が。

 

異世界の丘に作られていく。

 

イズモは。

 

その端。

 

地面にしゃがんでいた。

 

伊丹「……今度は何してる」

 

イズモ「草見てる」

 

伊丹「草」

 

イズモ「地球の植生に近い」

 

伊丹「だから?」

 

イズモ「近すぎる」

 

伊丹「?」

 

イズモ「虫も」

 

小さな虫。

 

指先。

 

イズモ「かなり似てる」

 

伊丹「異世界ってそんなもんじゃないのか」

 

イズモ「その『そんなもん』を信用したくない」

 

伊丹「また始まった」

 

イズモ「生物進化が独立してたなら、ここまで収斂する確率は低い」

 

伊丹「つまり?」

 

イズモ「地球と何か関係ある可能性」

 

伊丹「門以外で?」

 

イズモ「分からない」

 

伊丹「結局そこか」

 

イズモ「分からないって大事ですよ」

 

伊丹「便利だな、その言葉」

 

イズモ「推測で埋めるよりマシ」

 

伊丹「それはそう」

 

そこへ。

 

隊員が走ってくる。

 

隊員「伊丹二尉!」

 

伊丹「はい」

 

隊員「呼集です」

 

伊丹「何かあった?」

 

隊員「偵察任務の編成が」

 

伊丹「……もうか」

 

イズモが。

 

顔を上げる。

 

伊丹「見るな」

 

イズモ「何も言ってない」

 

伊丹「顔が言ってる」

 

イズモ「行きたい」

 

伊丹「言った!」

 

隊員が。

 

困った顔になる。

 

伊丹「お前は正式な隊員じゃない」

 

イズモ「同行協力者」

 

伊丹「そうだけど」

 

イズモ「観測任務」

 

伊丹「……」

 

イズモ「一番向いてる」

 

伊丹「自分で言うな」

 

イズモ「事実」

 

伊丹「そういうところだぞ」

 

***

 

数時間後。

 

車両。

 

補給。

 

装備。

 

準備が進む。

 

イズモ「……」

 

車両の横。

 

じっと見る。

 

伊丹「今度は車か」

 

イズモ「いいなこれ」

 

伊丹「急に普通の反応するな」

 

イズモ「異世界で自衛隊車両走るの、絵面が強い」

 

伊丹「観測どこ行った」

 

イズモ「両立する」

 

伊丹「便利だな」

 

イズモ「でも」

 

車体を見る。

 

タイヤ。

 

足回り。

 

荷重。

 

伊丹「?」

 

イズモ「道、悪そう」

 

伊丹「まあな」

 

イズモ「速度出しすぎない方がいい」

 

伊丹「そこはプロが判断する」

 

イズモ「ですよね」

 

素直に引く。

 

伊丹は。

 

少しだけ意外そうに見る。

 

イズモ「何」

 

伊丹「いや」

 

イズモ「言われたら止まりますよ」

 

伊丹「銀座の印象が強すぎてな」

 

イズモ「あれは止まったら人死ぬ場面だったから」

 

伊丹「……なるほど」

 

出発の準備。

 

イズモが。

 

車両へ乗る。

 

伊丹「最後に確認」

 

イズモ「はい」

 

伊丹「勝手に消えるな」

 

イズモ「努力――」

 

伊丹「約束」

 

イズモ「……通信可能範囲では」

 

伊丹「妥協したな」

 

イズモ「無理な約束しないので」

 

伊丹「はいはい」

 

エンジン。

 

車列。

 

ゆっくり動き出す。

 

アルヌスの丘。

 

その外側へ。

 

まだ。

 

誰も知らない土地。

 

森。

 

村。

 

街。

 

人。

 

そして。

 

銀座を襲った帝国。

 

イズモは。

 

窓の外を見る。

 

草原。

 

空。

 

雲。

 

その景色の中。

 

遠く。

 

小さな煙。

 

イズモ「……伊丹さん」

 

伊丹「ん?」

 

イズモ「煙」

 

伊丹も見る。

 

方角。

 

かなり遠い。

 

伊丹「村か?」

 

イズモ「分からない」

 

少し。

 

観測。

 

熱。

 

煙。

 

風向き。

 

そして。

 

違和感。

 

イズモ「……大きすぎる」

 

伊丹「何が」

 

イズモ「生活煙じゃない」

 

車内。

 

空気が変わる。

 

伊丹「火事?」

 

イズモ「可能性ある」

 

伊丹「距離は」

 

イズモ「まだ遠い」

 

伊丹は。

 

地図を見る。

 

何もない。

 

現地情報も。

 

ほとんどない。

 

イズモ「行く?」

 

伊丹「……」

 

判断。

 

任務。

 

未知。

 

それでも。

 

煙は。

 

確実に上がっている。

 

伊丹「確認する」

 

イズモ「了解」

 

車列が。

 

進路を変える。

 

まだ。

 

二人とも知らない。

 

その先。

 

炎。

 

焼けた森。

 

崩れた家。

 

そして。

 

巨大な。

 

赤い鱗。

 

この世界で。

 

最初に出会う。

 

本当の意味での。

 

災厄が。

 

待っていることを。

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