GATE×PEACE GEAR―門の向こうの観測者― 作:最上 イズモ
朝。
焼けた村には、まだ煙の匂いが残っていた。
夜の間に消し切れなかった火種。
濡れた木材。
土。
簡易救護所。
そして。
その入口。
イズモ「……」
ロゥリィ「♪」
イズモ「……」
ロゥリィ「♪」
イズモ「伊丹さん」
伊丹「何だ」
イズモ「まだいる」
伊丹「見れば分かる」
ロゥリィは。
昨日から。
ほぼずっと。
イズモの近くにいた。
少し離れて。
ついてくる。
座れば。
隣。
立てば。
見る。
何か作業を始めれば。
覗く。
イズモ「監視されてる気分」
伊丹「お互い様だろ」
イズモ「私はもう少し距離取る」
伊丹「知らん」
ロゥリィ「?」
イズモ。
横を見る。
ロゥリィ。
笑う。
イズモ「絶対楽しんでる」
伊丹「言葉通じてないだろ」
イズモ「それでも分かる」
その時。
救護所の中。
物音。
イズモの顔が変わる。
イズモ「起きた?」
伊丹「誰が」
イズモ「昨日の子」
二人。
入口へ。
ロゥリィも。
当然のようについてくる。
***
少女。
テュカは。
ゆっくり。
目を開けた。
知らない天井。
布。
薬草ではない。
変な匂い。
消毒。
それすら。
彼女には分からない。
テュカ「……」
身体を起こす。
痛い。
特に。
左腕。
脇腹。
でも。
動く。
死んではいない。
その事実。
少し遅れて。
昨日。
思い出す。
森。
炎。
父。
叫び声。
赤い翼。
テュカ「……お父さん」
息。
浅くなる。
入口。
足音。
振り返る。
昨日の男。
イズモ。
その後ろ。
伊丹。
そして。
さらに後ろ。
黒。
赤。
巨大なハルバート。
テュカ「……」
目。
止まる。
瞬間。
顔色が変わった。
テュカ「え」
イズモ「?」
テュカ「え……?」
ロゥリィ「おはよう」
テュカ「なんで」
身体。
一気に起こす。
イズモ「待って!」
テュカ「なんでエムロイの使徒がいるの!?」
救護所。
一瞬。
静か。
イズモ「……」
伊丹「……」
ロゥリィ「ふふっ」
イズモ。
ゆっくり。
伊丹を見る。
イズモ「今」
伊丹「分からん」
イズモ「でも」
ロゥリィを見る。
イズモ「なんか重要なこと言われた気がする」
テュカ。
指。
ロゥリィ。
テュカ「ロゥリィ・マーキュリー!」
伊丹「名前は分かるな」
イズモ「うん」
テュカ「エムロイの使徒!」
イズモ「……エムロイ?」
伊丹「そこも拾ったのか」
イズモ「単語だから」
ロゥリィ。
楽しそう。
ロゥリィ「そうよぉ」
テュカ「なんでここにいるの!?」
ロゥリィ「面白い子を見つけたから」
視線。
イズモ。
テュカ。
その動きを追う。
ロゥリィ。
イズモ。
また。
ロゥリィ。
テュカ「……」
理解。
したくない。
でも。
分かる。
テュカ「あなた」
イズモを指す。
イズモ「私?」
テュカ「何したの」
イズモ「……」
言葉。
まだ全部は分からない。
でも。
雰囲気。
責められている。
イズモ「なんか怒られてる?」
伊丹「多分」
ロゥリィ「怒ってはいないと思うわよ?」
イズモ「あなたは分かってるでしょ」
ロゥリィ「もちろん」
イズモ「通訳」
ロゥリィ「やぁよ」
イズモ「なんで」
ロゥリィ「面白いもの」
イズモ「絶対そう言ってる」
伊丹「もう通じてるだろ、それ」
***
少しして。
村の住民。
それと。
テュカ。
自衛隊員。
身振り。
単語。
少しずつ。
情報整理。
その中。
イズモは。
昨日から集めた音声を。
頭の中で。
何度も。
分類していた。
人称。
動詞。
指示語。
地名。
固有名詞。
まだ。
会話と呼べるほどではない。
でも。
断片。
繋がってきた。
イズモ「……」
ロゥリィ。
見る。
イズモ「ロゥリィ」
ロゥリィ「なぁに?」
イズモ「エムロイ」
指。
ロゥリィ。
イズモ「使徒?」
ロゥリィ「そう」
頷く。
イズモ「使徒……」
伊丹「分かったのか?」
イズモ「多分」
少し。
考える。
イズモ「神様の直属?」
ロゥリィ「?」
伊丹「雑だな」
イズモ「概念合わせだから」
テュカ「そう」
日本語ではない。
だが。
短い。
イズモ。
そちらを見る。
テュカ。
ロゥリィを指す。
胸。
祈るような仕草。
次。
空。
イズモ「神」
テュカ「エムロイ」
イズモ「エムロイ、神」
テュカ「そう」
イズモ「……」
ロゥリィを見る。
ロゥリィ「?」
イズモ「神様の部下?」
ロゥリィ「まあ、そんな感じねぇ」
イズモ「やっぱ普通の人じゃなかったんだ」
伊丹「そこで納得するのか」
イズモ「でかい斧持って一人で森歩いてる時点で普通ではない」
伊丹「斧じゃない」
イズモ「ハルバート」
伊丹「そこは知ってるのか」
ロゥリィ「それだけ?」
イズモ「?」
ロゥリィ。
自分。
胸。
年齢。
指で。
何か。
イズモ「……数字?」
ロゥリィ「九百六十一」
イズモ「?」
ロゥリィ「歳」
イズモ「……」
静止。
伊丹「どうした」
イズモ「今」
ロゥリィ。
指。
自分。
数字。
繰り返す。
イズモ「九百……?」
ロゥリィ「九百六十一」
イズモ「……」
伊丹「おい」
イズモ「伊丹さん」
伊丹「何だ」
イズモ「たぶんこの人」
間。
イズモ「九百歳超えてる」
伊丹「……は?」
テュカ。
頷く。
伊丹「いやいや」
ロゥリィ。
楽しそうに。
笑う。
イズモ「……」
ロゥリィを。
じっと見る。
ロゥリィ「何?」
イズモ「生体年齢と外見年齢合わない」
伊丹「感想そこか?」
イズモ「気になるでしょ」
伊丹「もっと驚けよ」
イズモ「もう炎龍見た後だから」
伊丹「慣れるの早すぎるだろ」
***
情報整理。
少しずつ。
進む。
ロゥリィ。
エムロイ。
死と戦争を司る神。
その使徒。
人間ではない。
あるいは。
もう。
人間という分類だけでは足りない。
長寿。
超人的身体能力。
神に近い存在。
伊丹「……死神みたいなもんか?」
イズモ「本人の前で言わない方がいいんじゃ」
ロゥリィ「死神?」
イズモ「聞き取った」
伊丹「まずい?」
ロゥリィ「別に」
イズモ「大丈夫らしい」
伊丹「便利になってきたな」
イズモ「単語だけだけど」
ロゥリィ「それにしても」
イズモ「?」
ロゥリィ。
近づく。
イズモ「近い」
ロゥリィ「あなた」
指。
イズモ。
次。
胸。
耳。
目。
何か。
探る。
イズモ「……また観察」
ロゥリィ「あなたの方が変よ」
イズモ「変?」
ロゥリィ「ええ」
イズモ「何が」
ロゥリィ「分からない」
イズモ「そっちも分からないんじゃん」
伊丹「何話してる?」
イズモ「お互いに分類不能」
伊丹「似た者同士じゃないか」
イズモ「違います」
ロゥリィ「似てるかも?」
イズモ「言葉分かってないのに便乗しない」
ロゥリィ「ふふっ」
テュカは。
少し離れて。
そのやり取りを見ていた。
不思議。
だった。
ロゥリィ・マーキュリー。
その名は。
この世界で。
知らない者の方が少ない。
畏れ。
敬意。
警戒。
どれも。
向けられる。
当たり前。
なのに。
目の前の男。
イズモは。
その全てが。
薄い。
怖がらない。
崇めない。
媚びない。
だからといって。
侮ってもいない。
ただ。
分からないから。
観測する。
それだけ。
テュカ「……」
少し。
変。
確かに。
変だ。
***
昼。
村の外れ。
イズモは。
壊れた矢を。
拾っていた。
ロゥリィ。
後ろ。
イズモ「……」
ロゥリィ「……」
イズモ「まだついてくる?」
ロゥリィ「ええ」
イズモ「理由」
ロゥリィ「あなたが面白いから」
イズモ「面白い」
単語。
少し。
理解。
イズモ「……私?」
ロゥリィ「そう」
イズモ「なんで」
ロゥリィ「戦い方」
イズモ「戦い?」
ロゥリィ。
地面。
指す。
炎龍。
翼。
ジェスチャー。
次。
殺す。
首。
切る。
その動き。
イズモ「……」
ロゥリィ。
首。
横。
逃がす。
イズモ「炎龍殺さなかったこと?」
ロゥリィ「そう」
イズモ「それが?」
ロゥリィ「珍しい」
イズモ「珍しい」
ロゥリィ「強い人は」
拳。
力。
示す。
次。
敵。
叩く。
倒す。
イズモ「……強い人は倒す?」
ロゥリィ「倒したがる」
イズモ「全部?」
ロゥリィ「多いわね」
イズモ「……」
少し。
考える。
イズモ「私は」
指。
自分。
イズモ「強さ」
手。
高く。
低く。
イズモ「どうでもいい」
ロゥリィ「本当に?」
イズモ「うん」
ロゥリィ「勝つことも?」
イズモ「勝つ」
言葉。
分かる。
イズモ「目的による」
ロゥリィ「目的?」
イズモ「昨日」
村。
指す。
イズモ「目的」
村人。
指す。
イズモ「守る」
次。
炎龍。
イズモ「炎龍」
手。
外へ。
追い払う。
イズモ「いなくなる」
そして。
手を。
開く。
イズモ「達成」
ロゥリィ「殺す必要はない」
イズモ「そう」
ロゥリィ。
少し。
黙る。
イズモ「?」
ロゥリィ「でも」
ハルバート。
柄。
握る。
ロゥリィ「もし」
村。
炎龍。
戻る。
攻撃。
もっと。
激しく。
イズモ。
選択。
ロゥリィ「殺さないと守れなかったら?」
イズモ「……」
意味。
ほぼ。
分かった。
イズモ。
村を見る。
救護所。
テュカ。
子供。
兵士。
昨日。
炎。
イズモ「殺す」
ロゥリィの目が。
少し。
細くなる。
イズモ「必要なら」
ロゥリィ「ためらわない?」
イズモ「……」
ためらう。
その単語。
まだ。
分からない。
ロゥリィ。
手。
震える。
迷う。
そして。
殺す。
イズモ「迷う?」
ロゥリィ「そう」
イズモ「迷う」
即答。
ロゥリィ「……」
イズモ「でも」
村。
指す。
イズモ「守る」
ロゥリィ「殺す」
イズモ「必要なら」
少し。
間。
イズモ「する」
ロゥリィは。
笑わなかった。
初めて。
少し。
真面目な顔。
その答え。
気に入った。
殺さないと。
宣言する者はいる。
命は。
何より尊いと。
言う者もいる。
けれど。
死を拒むあまり。
誰かに。
その代償を払わせる者も。
いる。
この男は。
少なくとも。
そこからは。
逃げない。
ロゥリィ「やっぱり」
イズモ「?」
ロゥリィ「面白いわね」
イズモ「また?」
ロゥリィ「ええ」
イズモ「……」
ため息。
イズモ「褒められてる気がしない」
ロゥリィ「褒めてるわよ?」
イズモ「分からない」
***
夕方。
テュカ。
少し。
歩ける。
イズモと。
伊丹。
村外れ。
地図。
現地住民から。
集めた情報。
その横。
ロゥリィ。
普通にいる。
伊丹「で」
イズモ「うん」
伊丹「結局」
ロゥリィを見る。
伊丹「こいつ何でいるんだ?」
イズモ「私に興味あるらしい」
伊丹「嫌な言い方するな」
イズモ「他に説明できない」
伊丹「同行するのか?」
イズモ「たぶん」
伊丹「誰が許可するんだ」
イズモ「聞いて」
ロゥリィ「?」
イズモ「一緒」
手。
歩く。
自衛隊。
指す。
ロゥリィ「ええ」
頷く。
イズモ「来るって」
伊丹「そうじゃない」
イズモ「じゃあ止める?」
伊丹「……」
二人。
ロゥリィを見る。
ハルバート。
笑顔。
九百六十一歳。
神の使徒。
炎龍の痕跡を。
一人で追って。
森を歩いてきた。
伊丹「……無理に止める方が面倒か」
イズモ「同意」
ロゥリィ「?」
伊丹「ただし」
指。
イズモ。
伊丹「お前が面倒見ろ」
イズモ「なんで!?」
伊丹「お前目当てなんだろ」
イズモ「私何もしてない!」
伊丹「炎龍と戦った」
イズモ「それだけ!」
伊丹「十分だ!」
ロゥリィ。
二人。
見比べる。
楽しそう。
テュカ「……」
その少し後ろ。
テュカ。
ぽつり。
テュカ「変な人たち」
イズモ「……」
振り返る。
イズモ「今」
伊丹「何だ」
イズモ「たぶん変な人って言われた」
伊丹「正解だろ」
イズモ「なんで私まで」
テュカ。
少し。
笑う。
ほんの。
少しだけ。
昨日から。
初めて。
***
その夜。
アルヌスへ戻る準備。
負傷者。
移送。
住民。
希望する者。
同行。
テュカも。
行く。
父。
探すため。
そして。
ロゥリィ。
当然のように。
車両の横。
立っている。
イズモ「……乗るの?」
ロゥリィ「乗るわよ?」
イズモ「これ」
車両。
指す。
ロゥリィ「?」
イズモ「怖くない?」
ロゥリィ「全然」
イズモ「そう」
ロゥリィ。
荷台。
軽く。
飛び乗る。
動き。
人間ではない。
イズモ「……」
伊丹「どうした」
イズモ「普通にジャンプ力おかしい」
伊丹「今さら?」
イズモ「観測値取りたい」
伊丹「本人に許可取れ」
イズモ「そうする」
ロゥリィ「?」
イズモ。
ロゥリィを見る。
ロゥリィ。
笑う。
イズモ「……」
少し。
嫌な予感。
イズモ「伊丹さん」
伊丹「何だ」
イズモ「この人」
ロゥリィが。
イズモの隣。
ぽん。
座る。
近い。
イズモ「たぶん」
少し。
横へ。
ずれる。
ロゥリィ。
詰める。
イズモ「しばらく離れない」
伊丹「ご愁傷様」
イズモ「助けて」
伊丹「嫌だ」
車両。
動く。
焼けた村。
少しずつ。
遠ざかる。
テュカ。
後ろを見る。
森。
家。
父。
まだ。
何も。
終わっていない。
ロゥリィは。
前を見る。
新しい。
興味。
イズモは。
周囲を見る。
世界。
まだ。
分からないことだらけ。
伊丹は。
そんな三人を見る。
そして。
小さく。
ため息。
伊丹「……嫌な予感しかしない」
イズモ「同意」
ロゥリィ「?」
テュカ「?」
車列は。
アルヌスへ。
向かう。
その日。
自衛隊の報告書には。
新たに。
二名。
重要人物として。
記録された。
《テュカ・ルナ・マルソー》
エルフ。
炎龍被災者。
そして。
《ロゥリィ・マーキュリー》
エムロイ神の使徒。
年齢。
九百六十一歳。
戦闘能力。
不明。
危険度。
評価不能。
備考。
最上イズモへ強い関心を示す。
その一文を見た担当者が。
後に。
赤字で。
こう書き足すことになる。
《本人同士を不用意に戦闘させないこと》