PROJECT CRUCIBLE ―彼女たちは兵器になる― 作:炎迅無頼気
土煙の向こうで、黒い四脚兵器が再び姿勢を整えた。
サイラッハは軍旗を構え直しながら乱れた呼吸を落ち着かせ、周囲の地形と相手の位置をもう一度確認した。
右手には先ほどの砲撃で半壊した建物が並び、左手には幅の狭い路地が一本、背後へ続く街路を進めば負傷したオペレーターたちが退いた西側の交差点へ繋がっている。
自分だけならまだ動ける。背中には爆風の痛みが残っているものの、腕にも脚にも大きな支障はなく、逃げるだけなら十分な余力があった。
問題は、目の前の兵器をいつまでここへ留めておけるかだった。
黒い機体が一歩前へ進むたび、四本の脚が石畳を踏み砕いていく。先ほど前脚へ何度か打撃を加えたにもかかわらず歩行に目立った異常はなく、低く構えた胴体の上では、長大な砲身だけがサイラッハの動きへ合わせるようにゆっくりと向きを変えていた。
けれど、彼女の視線は砲口より先に機体中央へ向かった。
そこへ固定されたホルンの身体は、最初に姿を現した時よりも明らかに色を失っている。
黒い頭部装置の後方から流れ落ちる長い髪にも本来の艶が乏しく、機体側のアーツの光が強くなるほど、その中央にいる彼女だけが反対に色褪せていくように見えた。
砲身基部へ淡い光が集まり始めると、それに呼応するようにホルンの肩から背中へ小さな緊張が走った。
砲撃準備と身体の変化が重なる以上、偶然とは思えなかった。
この兵器が力を使おうとするたび、ホルンの身体にも何かが起きている。
「聞こえてるんでしょう!今すぐ止めなさい!これ以上、ホルンを使わないで!」
返答など期待していなかったが、それでも黙ってはいられなかった。
砲身の発光がさらに強まるのを見たサイラッハは軍旗を大きく振り抜く。
長い旗竿が回転しながら街路を飛び、機体前方の石畳へ深く突き刺さる。旗布が広がると同時に周囲へ淡いアーツの光が走り、踏み出そうとしていた前脚の動きが僅かに鈍る。
サイラッハは旗が作った隙を逃さず、腰に佩いていた細身の剣を抜いた。
細身のレイピアで分厚い装甲を切り裂けるとは考えておらず、狙うのは装甲板と装甲板の隙間だった。主砲の正面から外れるように瓦礫を蹴り越え、機体側面へ回り込むと、前脚の関節部へレイピアの切っ先を滑り込ませる。
金属同士が擦れ合う甲高い音が響き、刃は内部まで深く入らなかったものの、脚部が一度だけ不自然に跳ねる。
破壊には至らなくても、その僅かな乱れだけで十分だった。低い胴体が傾き、長い砲身の軸も狙っていた方向から少しだけ外れる。
サイラッハはすぐ剣を引き戻した。だが、四脚兵器は後脚の位置を変え、低い胴体全体を滑るように旋回させることで、同じ箇所への追撃を拒んだ。
異常に速いわけではない。巨大な砲を背負う重量級の機械として必要な速度を、必要な時に正確に出している。そのことの方が、サイラッハにはよほど厄介に感じられた。
人間なら攻撃を受けた瞬間に生まれる迷いや、痛みによる反射的な後退もない。サイラッハが一つ行動するたび、その結果だけを処理して次の姿勢へ移るように動き続けている。
中央にいるホルンは、やはり何も操作などしていない。両腕も脚も機械へ固定されたまま、砲身が動いても身体から能動的な反応は見られなかった。
あそこにいる彼女の意思は、兵器にとって最初から必要ではないのだろう。
その考えが胸の奥へ重く沈んだところで、通信端末から雑音が走った。
『サイラッハさん、聞こえますか!こちら西側交差点、負傷者の搬送はもうすぐ──』
「そのまま下がって!絶対に戻ってこないで!」
思った以上に強い声が出た。
『ですが!サイラッハさん一人では──』
「後続部隊と合流するまで離れて。私はここで足止めする!」
通信の向こうで何か言いかける声が聞こえたが、返答を待っている余裕はなかった。
それまでサイラッハを追っていた砲身が、ゆっくりと別の方向へ動き始めたからだ。
砲身の向かう先は西側の交差点だった。土煙の切れ間から退避中の三人が一瞬だけ見え、その直後に照準がそちらへ寄ったことで、黒い兵器も彼らを捉えたのだとサイラッハは悟った。
「……駄目!!」
サイラッハはレイピアを鞘へ滑り込ませ、そのまま走り出した。
機体前方へ突き立っていた軍旗まで一気に距離を詰め、柄を掴んで引き抜く。周囲へ広がっていたアーツの光が消えるのとほぼ同時に、旗を両手で振り上げて砲身を支える前部フレームへ叩きつけた。
激しい金属音とともに両腕へ痺れるような反動が返り、四脚兵器の前方が僅かに沈んだことで、砲口も西側の街路から外側へ逸れた。
しかし、まだ十分ではなかった。砲身基部ではすでに先ほどの射撃直前と同じほど強い光が集まり、中央に固定されたホルンの身体にも、はっきりと変化が現れている。
肌はさらに青白くなり、長い髪から艶が失われていく。固定具に支えられているため姿勢そのものは変わらないが、肩や腕から力が抜けているように見え、最初に見た時より身体の反応も鈍くなっていた。
戦闘を続ければホルンが消耗する一方、手を止めれば自分たちが撃たれる。機体へ強い攻撃を加えれば中央に固定された本人まで傷つけるかもしれず、時間を稼ぐために戦い続けるという自分の判断そのものが、彼女を削っている可能性さえある。
どの選択肢にも、ホルンにとって都合のいい答えがなかった。
サイラッハは奥歯を噛み締め、その苛立ちを押し込めるように軍旗を握り直した。
「……ふざけないで」
もう一度、旗竿を前脚へ打ち込む。装甲を壊すためではなく、重心を崩し、砲口を西側の街路から外すためだけの一撃だった。
黒い脚部が沈み、低い胴体が僅かに傾くことで砲身の向きも数度だけずれたが、それでも発射準備は止まらず、サイラッハの左手には砲撃範囲から逃れられそうな細い路地が残っている。
今すぐ飛び込めば、自分だけなら直撃を避けられる可能性は高い。けれど、自分が逃げれば照準をさらに逸らす者がいなくなり、外れ方が足りなければ西側に向かった三人のいる街路へ爆風が届くかもしれなかった。
サイラッハは砲身と路地を一度だけ見比べ、それ以上迷わなかった。
「──ここは通さない」
逃げるために向けかけた身体を戻し、両足を石畳に踏み込む。軍旗を握る両手へ力を込め、今度は前脚の関節を下から掬い上げるように打ちつけた。ヴィクトリア軍で身体へ叩き込まれた動きも、ロドスへ来てから繰り返してきた訓練も、今必要なのはほんの数度だけ砲口を逸らすことだけだった。
前脚が沈み、胴体が僅かに傾いたことで、長い砲身は西側の交差点から外れて半壊した建物の方へ向く。その瞬間、砲口の光が弾け、白い閃光が視界を焼くと同時に腹の底まで響く轟音が押し寄せた。
狙いが逸れた主砲弾はサイラッハのすぐ横を通り抜け、街路脇の建物へ突き刺さる。だが、直撃を避けたという安堵を感じる暇もなく、煉瓦造りの外壁が内側から押し広げられるように崩壊した。
大量の瓦礫が頭上から降り注ぎ、熱風に押された身体が足元の石畳ごと横へ投げ出される。肩から地面へ叩きつけられ、肺に残っていた空気が一気に押し出された。
それでも身体を起こそうとしたが、崩れ落ちてきた壁材が右脚と左肩の近くへ落下し、鈍い衝撃とともにもう一度地面へ押し戻される。
「っ……!」
軍旗を支えに身体を起こそうとしても、右脚へ力を入れた瞬間に鋭い痛みが走った。左肩もまともに上がらず、何とか上半身を持ち上げたところで、それ以上は動けない。
まず西側へ目を向けると、土煙の向こうに人影は見えず、通信端末も壊れたのか雑音しか返さなかったものの、少なくとも砲撃そのものが交差点に直撃していないことだけは分かった。
そこまで確認して、サイラッハはようやく僅かに息を吐いた。
「……よかった」
安心した途端、それまで意識の外へ追いやっていた痛みが一度に戻ってくる。
正面では、黒い四脚兵器が砲撃後の姿勢を整えていた。機体側の発光は弱まっている一方、中央に固定されたホルンの身体は一目で分かるほど消耗している。
血色の乏しい肌と艶を失った髪が、黒い機械の中で異様なほど目立っていた。
あれだけの出力を、また身体へ通されたのだろう。サイラッハは軍旗へ手を伸ばしながら、どうにか立ち上がろうとする。
「待ってて……今、そこから──」
言葉の途中で腕から力が抜け、指先が旗の柄へ触れたものの、握り込むところまでは届かなかった。
視界の端が少しずつ暗くなる中、黒い四脚兵器の背後から白い人影がいくつも現れた。
全員が同じ形の防護衣を着ており、頭部も黒いバイザーに覆われている。身長には僅かな違いがあるものの、歩き方も身振りも妙に揃っていて、遠目には個人の区別すらつかなかった。
一つの人影が四脚兵器の方へ向かい、別の二人がサイラッハの元へ歩いてくる。
「……あなたたちが……」
声を出したつもりだったが、喉から漏れたのは掠れた息だけだった。
白い人影の一人が彼女の前へしゃがみ込み、黒いバイザー越しに身体の状態を確認する。
『意識あり。生命兆候、安定』
『右下肢損傷。左肩部打撲。致命的損傷なし』
感情の乏しい声が頭上で交わされ、もう一人が負傷箇所を確認したあと、小型の機器をサイラッハの身体へ向けた。
『搬送可能。回収を開始』
「やめ……なさい……」
手を動かそうとしても、もう指先さえ思うようには動かなかった。
最後に見えたのは、視界の向こうで静かに佇む黒い四脚兵器だった。
ホルンの顔は黒い装置の中へ隠れたままで、こちらを見ているのかどうかさえ分からない。
白い人影の一人が別の小型器具を取り出し、首筋へ押し当てた。微かな刺激とともに熱が広がり、それが何なのか確かめるより先に、サイラッハの意識は急速に遠のいていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
次に目を覚ました時、サイラッハはすぐには身体を動かさなかった。
目を開けたまま呼吸を整え、視界へ入るものだけを順番に確認する。
白い天井に均一な照明、左右の壁には窓がなく、正面に扉が一つある。そのほかに出入口らしいものは見当たらず、自分は部屋の中央に置かれた硬い寝台へ仰向けに寝かされていた。
両手首と足首には幅の広い固定具が取りつけられている。
試しに右手へ少しだけ力を込めてみたが、金具が動く気配はない。左肩には鈍い痛みが残り、右脚には厚い固定材が巻かれていた。
怪我は処置されているらしい。
捕虜を治療すること自体は不自然ではなかった。尋問するにせよ、交渉材料として扱うにせよ、わざわざ死なせる理由がなければ怪我を治すくらいはするだろう。
「……ホルンは?」
最初に口から出たのは、自分の居場所ではなく彼女の名前だった。
部屋の隅に立っていた二つの白い人影が、ほとんど同時にこちらに顔を向ける。
戦場で最後に見た者たちと同じ防護衣と黒いバイザーを着けており、顔立ちどころか目元さえ見えなかった。
『覚醒を確認。意識水準、正常』
『測定を再開します』
「質問に答えて。ここはどこ?ホルンはどこにいるの?」
返事はなく、一人が寝台の横にある端末を
操作し、もう一人がサイラッハの胸元に測定器を当てる。
心音を取り、呼吸を確かめ、負傷した肩と脚の状態を確認する。その程度であれば治療の続きとして理解できたため、サイラッハは無闇に抵抗せず、代わりに相手の動きを観察した。
防護衣には所属を示す紋章もなく、黒いバイザーの奥から呼吸音も聞こえない。二人とも必要以上の会話をせず、片方が機器を操作すれば、もう片方が結果を確認するという動きを淡々と繰り返していた。
『心肺機能、正常範囲』
『損傷部位、回復可能』
『鉱石病所見なし』
ここまでなら、捕虜に施された治療の経過確認として理解できた。だが、そこで検査が終わることはなく、すぐに測定の対象は負傷箇所から全身へ広がっていった。
腕の長さを測られ、肩幅、胸郭、腰回りへ器具が移っていく。頸部から脊柱へ沿って何度も測定器を当てられ、負傷していない左脚については膝をどこまで曲げられるかまで確認された。
サイラッハはそこで初めて、明確に身体を捩った。
「……何をしてるの。やめて」
白い人影は手を止めない。
『脊柱基準線、取得』
『骨盤基準点、記録』
「聞こえてるでしょう!やめて!」
手首を引くと固定具が硬く食い込み、寝台が僅かに軋んだ。それでも測定器は背中から腰へ移動し、今度は身体の各部を一定の角度から記録し始める。
治療ではないと断定するにはまだ早いものの、少なくとも怪我だけを見ていないことは分かった。
そして髪を一房持ち上げられたところで、サイラッハの表情がはっきりと険しくなった。
「触らないで」
強い声にもかかわらず、相手は何の反応も示さない。髪を一房ずつ持ち上げて長さと量を記録し、頭部のどの位置から流れているのかまで確認していく。
背筋にぞっとするような不快感が走った。怪我を治しているだけではなく、今の自分がどう傷ついているのかを確かめているのとも違う。彼らは、サイラッハという人間がそもそもどんな身体をしているのかを、最初から最後まで記録しようとしているように見えた。
サイラッハは唇を噛み、目の前の黒いバイザーを睨んだ。
固定具へ力を掛けても手首も足首も動かず、寝台そのものも床へ固定されている。正面の扉までは数メートルあるうえ、仮に拘束を抜けられたとしても、負傷した右脚でまともに走れる状態ではない。
力任せに暴れ続けても、消耗するのは自分だけだった。
サイラッハは呼吸を整えながら、目の前の二人と周囲の機器を改めて見た。嫌悪感は消えない。それでも相手が何を測り、どんな言葉を使い、どの装置をどこへ当てるのかだけは覚えておく。
今できることがそれしかないのなら、せめて何も見ないまま連れていかれないようにする。
その後も検査は一度では終わらず、拘束されたまま何度か眠って目を覚ますうちに右脚の痛みが少しずつ和らいでいく一方、白い防護衣の者たちは同じように部屋へ現れ、身体の状態を測り続けた。
怪我の経過を確認する項目もあれば、明らかにそれとは無関係なものもある。
やがてサイラッハは、彼らが単に現在の身体を測っているのではなく、何度も同じ項目を記録しながら、自分の身体の基準そのものを作っているのではないかと考えるようになった。
そしてある時、それまでとは明らかに異なる装置が部屋へ運び込まれた。
頭部から首、背中へ沿わせるような細長いフレームで、内側には複数の端子が並んでいる。これまでの身体測定器よりも大がかりで、特に頭部と脊柱へ接触する部分だけが異様に細かく作られていた。
『基礎測定、完了』
『神経マッピングへ移行します』
聞き慣れない言葉に、サイラッハは目を細めた。
「今度は何を調べるつもり?」
答える代わりに、頭部の数か所へ小さな端子が固定されていく。さらに頸部と背中へ別の接触器が取りつけられ、装置全体が低く作動音を立て始めた。
『低出力入力を開始』
その言葉の直後、身体の内側へ奇妙な感覚が走った。
「っ……!」
痛みとは少し違う。
皮膚の表面へ触れられたのではなく、もっと深いところへ細い何かを通されたような感覚があり、首の後ろから背中へ抜けたものが胸や腹の奥まで一瞬だけ広がって消える。
サイラッハの手首が反射的に固定具を引いた。
『神経活動を記録』
『入力反応、正常』
『アーツ変換との相関を確認』
最後の言葉を聞いた瞬間、サイラッハの呼吸が止まった。
「……今、何て言ったの?」
装置の出力が一度下がる。
「アーツ変換って言ったでしょう?」
白い人影は答えず、端末を操作して再び低出力の刺激を送り込む。
同じ感覚が身体を通った。
今度は、ただ気味が悪いだけでは済まなかった。自分が以前に経験したことがあるわけではない。それでも、黒い四脚兵器の中央でホルンの身体に起きていたものと、あまりにも似ている。
頭部装置から頸部、背中へ光が走り、その直後に身体が強張って、主砲へアーツが集まっていった光景が脳裏へ蘇る。
「……止めて」
声は思ったより低くなったが、装置は止まらない。
「今すぐ止めなさい!」
今度ははっきりと声を荒らげ、両腕へ力を込める。
寝台が僅かに軋み、手首を押さえている固定具へ強い負荷が掛かった。
『筋力反応、上昇』
『固定状態、正常』
感情のない報告を聞いたことで、サイラッハの怒りがさらに強くなる。
「そんなことを聞いてるんじゃない!何をしようとしてるのか答えなさい!!」
それでも返答はなく、力を込め続けても固定具は外れないまま、荒くなった呼吸だけが自分の体力を削っていく。
ここで体力を削っても、相手に得をさせるだけだと分かった。
そう判断した瞬間、黒い兵器の中央にいたホルンの姿が頭へ浮かんだ。
なぜあれほど身体を固定されながら激しく暴れている様子がなかったのか。諦めたからではなく、どうしても外れないことを知ったあとで、意味のない力の使い方をやめただけなのかもしれない。
「……ホルンも、これを受けたの?」
最初に問いかけた時より、声は静かだった。
白い人影たちは答えないまま、再び装置を作動させる。身体の内側へ入力が走ったことで、その沈黙はサイラッハにとって否定よりずっと重く感じられた。
測定は何度か繰り返され、入力の強さを少しずつ変えるたびに神経活動とアーツ反応が記録されていくらしい。
サイラッハは嫌悪感を押し殺しながら、今度は逆に測定の規則性を観察した。
入力前には必ず一人が数値を確認し、身体の反応が一定以上になると一度止める。そのあと、首から背中を通った感覚がどの位置で最も強く現れたかを細かく記録している。
彼らが欲しいのは単に自分がアーツを使えるかどうかではなく、自分の身体へ何かを流し、どこを通せば強く反応するのかという情報なのだろう。
そこまで考えたところで、室内の端末から平坦な音声が流れた。
『神経マッピング、第一次測定完了』
『生体アーツユニット適性、基準値を満たしています』
サイラッハはすぐには言葉を返せなかった。
耳に残ったのは、《生体アーツユニット》という聞き慣れない名称。その意味を頭の中で反芻した途端、黒い四脚兵器の中央へ固定されていたホルンの姿が、嫌になるほど鮮明に蘇った。
あれは、やはり単に捕虜を運ぶための兵器ではなく、ホルン自身をアーツユニットとして組み込んだものだったのだ。
そう考えれば、機体の出力が上がるたびにホルンが血色を失い、頭部から背中へ光が走っていたことも、本人が機体を操作していないのにあの兵器が動き続けていたことも、一つの意味へ繋がってしまう。
「……私も、ホルンと同じようにするつもり?」
声が僅かに震えたものの、誰も答えず、今度はその沈黙に期待するものなど何もなかった。
『測定データを送信します』
『主任確認待ち』
『専用構造設計、開始可能』
専用という言葉が、やけに耳へ残った。
ホルンが組み込まれていたあの機械へ、そのまま自分を押し込むつもりではない。
自分の身体に合わせて、別の何かを作るつもりなのではないか。そう思えた。
「……冗談じゃない」
怒りと恐怖が入り混じった声が、自分でも分かるほど僅かに震えていた。
怖くないはずがなかった。ホルンの姿を見てしまっているからこそ、その先に待っているものを想像できてしまう。
思い浮かぶのは、顔を覆われ、身体を機械へ固定され、自分の意思とは無関係にアーツを引き出されていたホルンの姿だった。
そして彼らは、今度はそれを自分へ行おうとしている。
それでもサイラッハは目を逸らさなかった。
部屋にいる者の数、扉の位置、装置が動く順番、測定中に固定具のどこへ負荷が集中するか。怖いからと目を逸らしたところで事態が好転するはずもないことは、これまでの経験からサイラッハ自身がよく知っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それからさらに何度か検査が行われた。
右脚の腫れが引き、肩の痛みも最初ほどではなくなった頃、白い防護衣の者たちは、それまでとは違う黒い装置を部屋へ運び込んできた。
台車の上へ固定されたそれを見た瞬間、サイラッハは何も言葉を発せなかった。
人間の頭部を覆うほどの大きさがあり、内側には複数の固定部が並び、後方には何本もの接続端子がまとめられていた。
形そのものには見覚えがあり、ほんの数日前、黒い四脚兵器の中央でホルンの顔を覆っていたものとよく似ている。
しかし完全に同じではなく、左右には大きな切り欠きが設けられていた。その位置と角度を見れば、何を避けるためのものなのかサイラッハにはすぐ分かった。
切り欠きが自分の角を避けるためのものだと気づいた瞬間、長い髪を外へ逃がすためらしい開口部まで、自分の頭の形へ沿うように作られていることにも気づいた。
誰に使うための装置なのか、もう尋ねる必要すらなかった。
「……私に合わせて作ったのね」
白い人影は答えなかった。
サイラッハは黒い装置から目を離せないまま、その形をもう一度見た。
「……ホルンの顔を覆っていたものと、同じでしょう!」
一人が端末を操作し、短く告げる。
『主任。頭部装置、適合確認準備が整いました』
数秒の沈黙のあと、部屋のどこかにあるスピーカーから、これまで聞いてきた無機質な報告とはまるで違う女性の声が流れた。
『ええ。よく分かったわね、サイラッハ』
明るく柔らかな声だったが、目の前の黒い装置とはひどく釣り合っていなかった。
サイラッハは返事をしなかった。
もう、自分が何のために治療され、何のために測られ、何のために回復させられているのかを確かめる必要はなかった。
ホルンに何が起きたのか──その続きを、自分の身体で知ることになるのだ。