名もなき神々の楽園   作:采霞

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第10話 判定できない座標

最初の座標は、三か所に現れた。

二度目の計算では五か所に増えた。三度目には十二か所になった。

 

プラナはアバンギャルド君の診断画面に結果を表示した。

ミレニアムの電子地図の上に、小さな点が重なっている。どの点も、ほかより濃くはなかった。座標を計算するたび候補は増え、範囲は狭まらない。

「誤差範囲が拡大しています」

リオは画面に近づいた。点はそれぞれ、キヴォトス内の異なる場所を示している。いくつかは都市の外縁、いくつかは生徒の自治区域、残りは地図上で正確な住所を指定できない空白だった。

「記録の損傷で範囲が広がったの?」

「入力条件を変えると候補座標も変化します。時間差は一定ですが、位置情報は収束しません」

「基準信号が間違っている可能性は?」

「排除できません。異なる通信記録にも同じ分散が現れていますが、出所が独立している保証はありません」

ユウカは画面脇に開かれた記録表を確認した。

 

シャーレとの通信が途絶えた時刻、シッテムの箱への接続失敗、アバンギャルド君の補助演算部が起動した時刻。異なる装置の記録は同じ時間帯に集中しているが、その資料から位置を追跡しようとすると結果はばらけた。

「私たちの計算が間違っているんじゃなくて、今は位置を一つに絞る根拠がないのかもしれませんね」

リオは装置ごとの時計の誤差を補正した。

候補座標同士に共通の交点はない。異なる通信記録も、同じ上位中継経路を通っている可能性があり、独立した出所とは言えなかった。

「ほかの通信網は正常ですか?」

ユウカが尋ねた。

「内部ネットワークと学園間の行政回線は維持されているわ」

「なら、全域の通信障害ではないですね。比較対象が一つ増えました」

ユウカは正常に動作している内部ネットワークの記録を、比較用に分けた。リオは位置の結果ではなく、入力経路を比べるよう分析表を変更した。

「特定の接続だけが分散している」

リオが言った。

「一般的な位置算出の誤りとは考えにくいわ」

プラナは補正後の時刻と正常な内部ネットワークを基準に、もう一度照合した。候補は減らなかった。近い点同士をまとめても、有効な範囲にはならない。

 

リオはもう一度計算させようとして、手を止めた。基準値を変えれば候補は増やせても、位置が絞られるわけではない。見慣れた場所を答えと錯覚する危険が増すだけだった。

「計算を止めても、ここまでの結果は保存できる?」

「はい。それぞれの試行に用いた基準値と結果を分けて保存しています」

「いい。同じ資料を少しずつ変えて、答えらしく見える点を作るのはやめよう」

ユウカは結果を別に保管し、入力経路と損傷箇所を比較するよう表を変えた。

重なる経路は一つのまとまりに残った。プラナが示した結果には、依然として目的地がなかった。

リオは地図上の点を一度消し、再び表示させるよう頼んだ。位置の分布を比べるためだった。

 

候補座標は、計算条件と低い信頼度を添えて保存された。別の資料が得られた時に照合できるよう、結果は削除しない。

ユウカは出動欄が空白のまま保存されたことを確かめ、地図画面を脇へ移した。

地図には見慣れた地名があった。リオは出動書類を作らなかった。

ユウカは新たに計算した点を重ねなかった。二人の前に残ったのは、重ねても読み取れない座標だった。

リオは先の会議で、ケイに座標算出結果の技術的な検証を頼んでいた。

ユウカは彼女が確認する資料を要約診断画面に限り、元の通信記録や個人情報を閲覧範囲から除外していた。そこへ整備室の扉が開いた。入ってきた生徒はケイだった。

彼女は挨拶の代わりに、承認された診断画面を見た。アバンギャルド君の表示灯を確認し、結果が出ている地図へ視線を移す。

 

「座標算出が収束しないという報告を受けました」

「プラナが計算した結果よ。候補地点が増えている」

ケイは地図上の信号経路を拡大した。線をたどりながら時刻を比べていく。素早く動いていた指が、ある地点で止まった。

「違いを説明してくれる?」

「標準的な誤差であれば、基準信号と結果の間に一定の偏りが現れるはずです。ここにはその偏りがありません。基準を変えると候補が変わりますが、同じ時刻の記録同士は似た形で分散しています」

「つまり?」

「座標が単純に間違っているのではなく、一つの位置情報に固定されていない可能性があります」

「あなたが見た資料の中に、似た形のものはあった?」

ケイは質問を聞き、少し考えた。

「私に与えられた目的は明確でした。でも、目的があることと、その目的が私の存在する場所まで決めてしまうことは同じではありません。この資料が位置の代わりに目的を記録しているなら、その構造を読み取る基準が必要です」

ケイは地図から手を離し、損傷した文字列を手前に持ってきた。

「位置情報に合わせるより先に、何を書いた文章なのか見てみましょう」

 

ユウカはモニターを見た。

「では、どこにいるかは分からないということですね」

「今の資料では、そうですね」

ケイの声は落ち着いていた。分からないことを、分かるようには装わない。彼女は画面に現れた印の一つを拡大した。

 

「ただ、送られてきた資料には、位置情報とは別の種類の構造が混じっています。何かに役割を与える文章に似ていますね」

ケイは損傷した文字列を二行に分けて画面に表示した。

同じ記号が文頭と末尾で繰り返され、実行命令に使われる区切りは抜けている。一方、目的や対象を指定する項目にあたるトークンはいくつも残っていた。

ケイはその反復を根拠に、資料は命令文より説明文に近いと推測した。意味の全体を復元したわけではない。

「誰が誰に役割を与えた、という意味?」

「確定できません。一部の構文が損傷し、主体と対象が分かれています。ただ、命令形式ではなく、すでに定められた目的を説明する構造に近く見えます」

ケイの視線が一瞬止まった。

 

彼女はその文を読んで、自分自身のことを思い浮かべたのかもしれない。生まれた時から目的を与えられた存在。だが、その目的が自分の行く先を最後まで決めるわけではないことも、すでに知っていた。

「目的を説明する文が、位置の代わりになっている可能性はある?」

リオが尋ねた。

「まだ仮説です。私の経験だけでは、この資料を解釈するのは難しいですね」

 

「デカグラマトン関連の記録をもう一度確認するわ」

ユウカが尋ねた。

「リオが以前確保していた資料ですか?」

「それだけでは足りない。名もなき神やバルクに関する記録が残っているなら、比較する必要があるわ」

デカグラマトンの事件で、ミレニアムはいくつもの種類の資料を収集した。

戦闘後に残ったデータ、生徒たちが解釈した信号、システムが分類できず保留した記録。その一部は公式報告にまとめられ、別の存在を通常の機械記録と同じように扱わないため、別途保管されたものもあった。

リオは一覧から保管者と閲覧可能な資料を探した。残された記録は複数の部署に散らばっていた。

 

「ヒマリに先に聞くこともできますね」

「特異現象捜査部の資料は参考にする。でも、すぐに単一の解釈が得られるとは期待しないわ。システムの痕跡と、概念的な記録を照合する必要がある」

リオは関連資料の一覧を表示した。

デカグラマトンの事件報告、当時発見された異常信号、生徒たちが収集した破片データ。記録は複数の部署に分散し、同じ出来事をそれぞれ異なる形で分類していた。その一部は、マルクトが保管した記録と突き合わせることができる。

「マルクトに連絡を依頼するわ」

ユウカがすぐに尋ねた。

「何を頼むか、決めたんですか?」

「答えじゃなくて照合よ。デカグラマトンの後に保管された資料の中に、名もなき神やバルクに関する記録があるか確認したい」

ユウカは依頼書に添付された資料の一覧を開いた。

リオは依頼書に必要な情報だけをまとめた。

先生の失踪を特定の原因だと断定せず、通信経路が一点に収束しないことと、損傷した記録の一部だけを共有する。プラナの診断データ全体と個人記録は含めなかった。

 

ユウカは送信前に添付ファイルの項目を一つずつ確認した。

リオは依頼書から生ログを外し、時刻と損傷箇所だけを残した。マルクトが追加資料を求めた場合は、その時点で範囲を改めて検討する。

ケイは依頼書に目を通した。

「私も資料の照合に参加したいです。目的を押しつける構造と選択を区別する役に立てるかもしれません」

リオは分析資料をケイのほうへ向けた。ケイは自分の記録装置を取り出し、損傷した文字列を移した。マルクトへ送る依頼書には、時刻と損傷区間が残った。

依頼はセキュリティ保護されたチャンネルで送信された。マルクトがいつ返事をするかは分からない。

 

返信を待つ間、プラナは座標の追加計算を止めた。データが増えたからといって、答えに近づくわけではない。今必要なのは数字を増やすことではなく、その数字が何を示しているのか理解する基準だった。

 

リオはユウカに、ここまでの調査表を保存させた。

確認できた事実と仮説、未検証の解釈を別々の色で分けた。地図上の候補座標は消さない。失敗した計算もそのまま残した。

 

ケイは損傷した文字列を別に分析した。画面に現れた単語の多くは壊れており、一部は異なる言語体系が混じっているように見えた。彼女は文の前後を入れ替えて読まなかった。元の順序が残っている範囲だけを表示する。

「リオ。ここに、復元できる部分があります」

画面に二つの言葉が浮かんだ。

『名もなき神』

その下に、

『バルク』

ケイは手を止めた。

プラナの表示灯が一度点滅し、リオは二つの言葉を別々の項目として保存した。同じものを指すと断定する根拠はなかった。

「二つの言葉は、同じ文の中にあったの?」

「連続した記録区間から復元されました。ただし、その間の接続情報が損傷しており、文法上の関係は確認できません」

「なら、今日確認できたのは名前が二つだけね」

「はい。どちらも位置や敵の名称だと確定することはできません」

リオは依頼書に二つの言葉を別々の検索語として加えた。マルクトには、二つを同じ存在として扱わず、既存の記録でそれぞれどんな文脈に使われているのか確認してほしいと付け加えた。

座標は、相変わらず一点には集まらなかった。

だが、散らばった痕跡は、少なくとも何を比べるべきかを示し始めていた。

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