リンは対応文書の見出しを二行に分けた。
『行政上の状態:未確認の連絡途絶。』
『作戦上の状態:所在不明の相手からの救助要請の可能性。』
行政上は、先生が不在となった原因を確認できていない。作戦上は、居場所の分からない人をどう捜すか検討する必要があった。
どちらも誘拐や自発的な離脱を前提にはしていなかった。
先生からの返信を待つ担当者や、業務の引き継ぎを担う各学園の連絡担当者数名から、同じ質問が寄せられた。
全生徒向けの告知を出したわけではなかった。
シャーレからの返信の遅れが実務に影響した人たちだけが、限定チャンネルで問い合わせていた。
『生徒をシャーレに送ればよいでしょうか?』
リンが返答を書いている間に、ほかの学園の連絡担当者からも、独自の捜索や戦闘要員の待機について問い合わせが来た。
送ってほしいとは書けなかった。集まってもらっても、どこへ行けばよいのか伝えられない。
各学園の安全と通常業務を維持してほしいと返答した。先生に関する新たな事実はセキュリティチャンネルで受け付けるが、今は出動要請ではないとも付け加えた。
返答を送ったあとも問い合わせは止まらなかった。リンは同じ文を繰り返す代わりに、新たに確認された情報はないと記録した。
生徒たちが心配する気持ちを抑えることはできない。ただ、その心配が未検証の情報と混ざらないように管理することはできた。
「この二つの文は、一つにまとめない方がいいでしょう」
リンが言った。
「行政記録が、そのまま作戦の承認と受け取られてはいけません」
会議室にはリンとリオ、ユウカがいた。
プラナの記録は、要約された診断情報だけがセキュリティ端末の片隅に表示されていた。ケイは座標の分散結果を持参していたが、救出隊について話し合う会議ではなかった。
リオは作成中の文書を画面に表示した。候補座標ごとに計算条件が添えられ、成功率と予想被害の欄は空白だった。
「座標が一つに定まらないから、成功率は計算できない。どこを捜すのか、どの経路で接近するのか、どれだけの危険を引き受ける必要があるのか、決まっていないわ」
「なら、今回は数字を書かない方がいいですね」
ユウカが言った。
「空欄のままにするのが正しいわ」
ユウカは推定被害の欄を指した。
投入しない場合と、投入した場合の危険を比べる資料がなかった。空欄を『被害なし』と読むことはできなかった。
「では、報告書には『危険なし』ではなく、『危険未算定』と記載します」
「それが正確ね」
リオは成功率の欄にカーソルを置いたが、入力せずに戻した。比較できる事例も場所もない状態で作った数値は、不確実性を隠すだけだった。
空欄のまま保存した。まだ誰も送り出せないという事実も、自分の判断の一部として残した。
リンは文書の状態表示を『未算定』に変え、『安全』と区別した。今後の共有版にもその表示を維持するよう、行政項目に反映した。
「でも、いつまで待つんですか?」
ユウカの声が少し硬くなった。
質問はリオに向けられていたが、会議室にいる全員に聞こえた。
リオは文書を閉じなかった。
「資料がもう少し集まれば……」
「その資料が来なかったら?」
リオは言葉を止めた。ユウカの画面には、先ほどと同じ送信待機の表示が出ていた。
リオは調査表の横に、次に判断する時点を書き込んだ。資料が集まるまで待つのではなく、その時点で調査範囲を広げるかどうかも検討することにした。
ユウカはその欄を自分の画面に移した。
「私も忘れないようにします」
リオは別の欄にカーソルを移した。空白の成功率に代えて、今できることを書き始めた。
リンがペンを置いた。
「それなら、今必要なのは出動承認書ではなく、段階ごとの調査計画ですね」
リオはうなずいた。
危険を減らすという理由で何もしないことも、先生が心配だからとすぐに人を送り出すことも、望んではいなかった。だが、自分の意図を説明するだけでは足りなかった。
どの資料を集め、いつ、誰が次の判断を下すのか決める必要があった。
リンは行政対応文書に、三段階の確認項目を追加した。
第一に、先生の状態について確認できる事実。
第二に、シッテムの箱とプラナの接続状態。
第三に、バルクへ接近できる経路が存在するかどうか。
各項目では、『確定』と『仮説』を区別する必要があった。
リンは各段階の担当者と資料の出所を文書に記載した。一つの項目で新たな仮説が生じても、次の段階の権限が自動的に広がることはなかった。
「新しい資料が既存の記録と食い違ったら、どうしますか?」
ユウカが尋ねた。
「既存の記録には上書きせず、食い違いそのものを別項目に残します。未確認の矛盾を消してしまえば、調査結果を再検証できなくなりますから」
「その方針で進めましょう」
「この調査で先生を作戦目標と記すのは、まだ早いでしょう」
リンが言った。
「確認できるのは状態と接近の可能性であって、回収の方法ではありません」
「同意するわ」
リオが答えた。
「連絡担当者には、必要な内容だけ伝えるわ。連絡が途絶えていて、原因を確認中だという程度に。全生徒への告知は保留し、作戦の候補やバルクの仮説は共有しない」
「業務上必要な生徒だけが知って、ほかの子たちは何も知らずに待つことになるんですか?」
ユウカが尋ねた。
「必要な事実は伝えるわ。ただ、不安を和らげる手段として、未確認の推測を使うつもりはない」
連絡が途絶えたと知る担当者がいる以上、沈黙だけで不安をなくすことはできなかった。だからといって仮説を告知に変えれば、生徒たちはまだ検証されていない説明に従って動くことになる。
リオは座標分析の結果をもう一度確認した。マルクトへの資料照合の依頼は、範囲を限定して送信されていた。
生ログも、プラナの個人記録も送っていない。依頼したのは、信号の時刻値、共通の交点がないという結果、復元された二つの用語の文脈を照合してもらうことだった。
送信は完了していた。閲覧の表示はまだなかった。
ユウカは依頼書とシャーレの通信ウィンドウを並べた。どちらにも新しい返信はなかった。
正午を過ぎても返信はなかった。
リンは各学園の定例報告を受け取り、ユウカはシャーレとミレニアムの通信状態を再確認した。リオは座標分析の追加計算を保留したまま、新しい資料が届くまで損傷した記録を保存した。
その時、セキュリティ端末に正式な連絡依頼が届いた。
発信元は、マルクトの保管記録担当チャンネルだった。リオが送った研究室への訪問の提案に対する返答だった。
まず接続相手の身元を確認し、訪問目的と閲覧する資料の範囲を文書に残してほしいという内容が含まれていた。
「返信が来ました」
ユウカが言った。
「何と?」
「依頼した資料を照合する意思はあるそうですが、まず身元とセキュリティの範囲を確認したいそうです」
リオは返信欄を開いた。自分が送った依頼書をそのまま再添付するのではなく、確認に必要な項目だけを記した。
面談場所はリオの研究室。訪問者はマルクト一人。出席者はリオと資料管理担当者。閲覧は事前に合意した記録に限り、原本は持ち出さない。この会議では作戦の承認を求めないとも付け加えた。
「管理担当者としてユウカに出席してもらうのがいいわ。資料をコピーする時、アクセス範囲と保管状態を確認して」
リンは外部からの訪問を承認する手続きを確認した。
シャーレの緊急事態とは別に、ミレニアムの研究室への出入りには、その学園のセキュリティ手順に従う必要があった。身元確認が終わってから一時的な入室権限を発行し、訪問後には権限を取り消すよう文書に記した。
「行政上の確認が終わりました。訪問を承認します。ただし、今日の面会は資料の照合に限ります」
「分かったわ」
リオは短く答えた。
マルクトは午後遅く、ミレニアムに到着した。
正門で一時通行権限を受け取り、決められた経路を通って研究棟に入った。廊下の奥ではユウカが待っていた。通行権限が有効なのは研究室とそこへの移動経路だけで、訪問が終わると自動で失効するようになっていた。
ユウカが扉を開けると、リオが席を立った。ほかの生徒の立ち入りは制限されている部屋だった。ケイとプラナは、保護された接続を通じて必要な資料を提供する準備をしていた。
マルクトは保管資料の一覧をリオの前に置いた。
「我が確認した記録の一部は残っています。今の痕跡と似ているか、比較できると思います」
リオはその横に、復元された二つの名称をそれぞれ置いた。マルクトが持ってきたのは、すぐに答えを読み取れる原本ではなかった。出所と保管時期を添え、照合するための資料を準備することにした。
ユウカは生ログや個人記録が一覧に混ざっていないことを確認し、二つの名称を分けて置いた。今日はどちらも開かなかった。
リオは文書の最初の画面に戻った。比較する人は来たが、目的地は見つかっていない。マルクトが差し出した一覧をいくら読んでも、先生の居場所は書かれていなかった。
画面には、最初の依頼を書く時に作った目標欄が残っていた。
リオは作戦文書の目標欄にカーソルを移した。
最初に入力した文言は『先生の回収』だった。
その一文を削除した。
『回収』という言葉には、先生が戻りたがっているという前提がすでに含まれていた。これまでに確認できたのは、連絡が途絶えたという事実だけだった。どこにいるのかも、戻りたいと思っているのかも分からない。
リオは目標欄を空白にしたまま、しばらく手を止めた。
新しい文を入力した。
『先生との接触と、選択の確認。』
文を保存してから、リオは作戦状態欄に『承認前』と記入した。