サオリは連邦生徒会から自分に届いた限定通知を最後まで読んでも、画面を閉じなかった。
先生と連絡が途絶えた事実が確認されたあと、リオは全生徒への告知ではなく、業務上必要な少数の人にだけ知らせるようリンに依頼した。
リンは、先生と直接接触した記録が確認された生徒に追加の通知を送った。サオリもその一人だった。
『シャーレの先生と現在連絡が取れていません。原因は未確認で、関連調査を進めています。』
文面は短かった。読み終えると、質問だけが残った。いつから連絡が取れないのか。どこにいるのか。誰と一緒なのか。限定通知には、どの問いへの答えもなかった。
アツコがサオリの隣に立った。
画面は見なかった。サオリが通知の内容を短く伝えると、その事実だけでサオリの表情が変わったことに気づいたようだった。
「行くの?」
サオリは端末を置いた。
「まだ何も決まっていない」
「じゃあ、聞きに行くの?」
「ああ」
アツコはそれ以上尋ねなかった。答えを説得に変えようともしなかった。少しして、ミサキが廊下に姿を見せた。サオリが手に持つ端末を一度見て、何でもないように尋ねた。
「また一人で責任を背負いに行くの?」
「参加の意向について聞いてくるだけだ」
「その言葉がどう変わるか、私たちはもう見たでしょ」
ミサキの声は素っ気なかったが、サオリはその問いを聞き流さなかった。
「まだ誰も連れていくつもりはない。承認も出ていない」
「ならいい。少なくとも、私たちの代わりに決めないでってこと」
少し離れたところで、ヒヨリがおずおずと手を挙げた。
「あの、サオリさん。もし行くことになっても……戻ってきますよね?」
「そのつもりだ」
「つもりだけじゃなくて……」
ヒヨリは語尾を濁したが、今度は目をそらさなかった。
サオリはすぐには確約できなかった。何が待ち受けているのかも、どんな危険を引き受けることになるのかも、まだ分からなかった。
「確かめられることを確かめて、戻る」
アツコはそれを聞いて、ゆっくりうなずいた。
三人はサオリについていかなかった。それぞれの心配と判断を残した。サオリも同行を求めなかった。
サオリは上着を取った。行き先は決まっていなかったが、先に確認するべき手続きがあった。
連邦生徒会の臨時事務室には、リンと記録担当者たちが残っていた。案内されたサオリは、会議室に入る前に訪問の目的をもう一度伝えた。
「先生の失踪調査への参加を申請しに来た」
リンが書類から顔を上げた。
「現在の調査段階は、作戦参加者を募る手続きではありません。先生の状態と居場所、シッテムの箱の問題を確認しています」
「分かっている」
「それでも参加を申請する理由はありますか?」
サオリは準備した文章を読まなかった。理由を長々と説明しようともしなかった。
「先生だから」
リンはすぐにはうなずかなかった。
「それは個人的な理由です。危険を検討したり、ほかの人を説得したりするには、不十分かもしれません」
「不十分だ」
サオリはリンの視線を避けなかった。
「それでも行く」
会議室の記録担当者がペンを止めた。リンはその反応を確認し、書類の題名を変えた。
『救出作戦参加承認書』ではなく、『参加意思および調査段階の検討依頼』。居場所も、進入経路も、実際の作戦の形も、まだ決まっていなかった。
「先生が戻りたくないとおっしゃったら?」
サオリは口を閉じた。そんな状況を想像したことはあった。だが、想像することと実際に向き合うことは違った。
「話を聞く」
「その後は?」
「それから考える。今答えを決めておけば、先生が何を言っても、その答えに合わせようとする」
リンはその答えをそのまま記録した。
サオリは、その選択を守れると保証したわけではなかった。
リンは書類に、サオリの調査参加の意思を記した。
出動の承認や実際の作戦への同意は、後日、条件と危険を確認したうえで別に得る必要があった。
「承認前に勝手に動くつもりはない」
サオリが言った。
「それなら署名する」
サオリは名前を書いた。
ペン先が紙を引っかく音が、会議室に長く響いた。記録担当者は署名の横に『調査参加の意思、作戦未承認』と書き添えた。
「アリウスのほかの生徒は参加しない」
サオリが言った。
「私の意思を、彼女たちの決定として記録するな」
リンは文書の備考欄にその言葉を加えた。
「分かりました。参加するかどうかは、一人ずつ確認します」
会議が終わり、サオリは廊下に出た。そこにスバルが立っていた。事務室には入らず、遠くから来た道を見ていた。サオリが出てきたのを確かめると、近づいてきた。
「参加の意思を出したんですか?」
「ああ。出動の承認はまだだ」
「どこにいるかも分からないんでしょう」
「ああ。それを確かめに来た」
サオリは今閉じた事務室の扉を振り返った。申請書には名前を書いたが、行ける場所はまだなかった。
スバルは扉の方へ道を空けようとしなかった。サオリは押しのけず、廊下に立ち止まった。
上着を持って出てきたサオリを見る、スバルの視線は鋭かった。一人でどこかへ去っていく人を見るようだった。サオリには、何を言いに来たのかよりも先に、また何をするつもりなのかと問う目に感じられた。
「あなたは『私が行かなければ』と言いながら、残される人に何が起きるか考えない時があります。先生を救うためと言えば、あなたが危険を冒すのを誰にも止められないと思っているんですか?」
サオリは反論しなかった。スバルの言葉は鋭かったが、その問いを避けようとは思わなかった。
「そうは思っていない」
「先生は私を信じてくれた」
サオリは手を見下ろした。先生が自分を過去の過ち一つで終わらせなかったという事実は残っていた。だからといって、あの時の言葉をスバルの前に差し出すことはできなかった。
先生が信じてくれたのだから、お前も信じろとは言いたくなかった。スバルが覚えている出来事はそのままだったし、サオリ自身にもそれを消すことはできなかった。
何も持たない手をゆっくり下ろした。申請書に書いたのは自分の名前だった。スバルの名前も、アツコとミサキとヒヨリの名前も書いていない。
最後まで目をそらさなかったヒヨリの姿が浮かんだ。戻るという言葉を聞いても、安心できずにいた顔だった。
あの場でできなかった約束を、今スバルの横を通るために持ち出したくはなかった。戻れると言えば、この廊下を早く抜けられるかもしれない。だが、相手が聞きたい答えを渡して去ってしまえば、残る人はまた、その言葉だけを頼りに待たなければならなかった。
事務室で答えた短い理由を口にするのに、廊下ではもっと時間がかかった。先生への借りを返せば終わりだという言葉も、許されたいという言葉も出てこなかった。自分が行きたかった。その言葉を聞いたスバルが同行を申し出なくても、立ちはだかっても、変わらない気持ちだった。
「お前が私を許すべきだとは思っていない」
スバルは視線をそらした。
「私はあなたを信じていません」
「分かっている」
「それに、先生が戻ってきたらあなたを許すと思わないでください」
「そんな期待はしていない」
スバルはしばらく口を閉じた。
サオリが自己犠牲を選んで去れば、アリウスに残った生徒たちは、また一人を待つことになるかもしれない。スバルはその可能性を受け入れたくなかった。その気持ちは、サオリを信じるという意味ではなかった。
「あなたを一人にはしません」
サオリが顔を上げた。
「私を監視しに来るつもりか?」
「必要なら。あなたが危険を引き受ける時、それがほかの人の選択まで塞いでいないか、確かめます」
「それはお前が決めることだ」
「はい。だから、私の意思も出すつもりです」
スバルはまだ参加申請書を書いていなかった。
自分の不在中に残されるアリウスの生徒たち、自分が担う役割、そして今スバル自身が下せる判断を、別々に考える必要があった。
「私は、あそこで先生を待っている生徒たちに責任があります。それに、あなたが一人で消えることを、当然の代償として受け入れない責任も」
「私が戻らないと決めつけるな」
「決めつけてはいません。その可能性を消していないだけです」
サオリはそれ以上言わなかった。スバルも説得を続けなかった。二人は互いを信頼できなかった。その事実は変わらなかった。それでも、互いが危険をどう見ているかは確かめられた。
スバルはすぐには申請書を書かなかった。先にアリウスの当日の予定と必要な仕事を整理し、未確認の噂を広めないと、残る生徒たちに伝えた。サオリの参加意思だけが仮資料に受理されると、別の申請書を求めた。
スバルは参加動機の欄に、残された生徒たちと自分の仕事、サオリが一人で消えるのを止めたいという思いを記した。
サオリの名前が、自分の書類の条件になることはなかった。スバルは申請書の一番下に署名した。
「サオリを信じているからではありません。残された子たちに責任があるからです」
リンは二つの申請書を出動名簿にまとめず、それぞれ別の参加意思として受理した。サオリとスバルの名前が、同じ調査資料に並んで残った。
スバルは受理された書類から目を離し、まだ整理しなければならないアリウスの業務一覧を手に取った。