名もなき神々の楽園   作:采霞

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第17話 六人の理由

スバルが引き継ぎ一覧を持って戻ったとき、調査室の机は書類六枚を置くにも狭かった。

ケイが広げた時刻記録は、机の端まで続いていた。

リンは参加書類を持ち主に返し、空いた椅子を壁際へ移した。今日終える仕事は、接近窓の候補を選ぶことだった。

プラナが提案した、アロナ回収を最優先とする目標は、作戦草案の一枚目に残っていた。まだ出動計画として承認されてはいなかった。

 

シロコ*テラーが書類を鞄に入れた。

 

「先生だから」

 

誰かが書き残した理由を読み上げたかのように、短かった。

スバルが彼女を見た。

 

「それだけですか?」

 

「うん」

 

シロコ*テラーは、ケイが渡した時刻記録の端をつかんだ。紙が机の下へ滑り落ちないよう押さえた。

サオリは自分の申請書を折った。書き直した文は、折った内側に入った。

 

「私の先生だからだ」

 

スバルの手が、引き継ぎ一覧の上で止まった。

 

「あなたは、返ってこない答えを聞きに行くわけじゃありませんよね。それを受け止められるか、確かめに行くんでしょう」

 

サオリが顔を上げた。

 

「私がどんな答えを聞きに行くのか、先に決めるな」

 

紙をめくる音が止まった。

スバルは引き継ぎ一覧の角を握った。反論しかけた口を閉じた。

 

「……それは私が決めることではありませんね」

 

「確かめたいことは残っている。聞きたい答えを先に決めるつもりはない」

 

サオリは申請書を鞄に入れた。

スバルはその言葉を書き取らなかった。代わりに、残った業務の空欄をリンへ向けた。担当者の決まっていない仕事が見えた。

 

「ここは、出発前にもう少し調整が必要です。自分が引き受けたことを知らないふりして、行くわけにはいきません」

 

リンは空欄の隣にメモの場所を作った。

サオリは机を、広げた手の幅の半分ほどずらして、スバルが一覧を広げる場所を空けた。言葉で取りなすことも、信じてほしいと求めることもしなかった。

スバルはそこに紙を置いた。同じ机を使うことになっても、引き継ぎ一覧とサオリの申請書は別のものだった。

 

ケイは自分の参加書類を見て、一瞬眉をひそめた。

分析表の下敷きになり、角にしわが寄っていた。取り出して伸ばし、ほかの書類と重ならないように置いた。

 

「選ぶ権利をくれた人を探したいです」

 

ケイは手のひらで折り目を押さえた。

 

「だから、私も自分で選んで行くんです。先生に会えば、私の疑問が全部解決するとは思っていません」

 

リオがケイへ時刻記録を渡した。

彼女はすぐには分析できなかった。目的と対象が並ぶ印を見るたび、自分の起源が先に浮かんだ。

ケイはその資料を脇へ移し、現在の受信時刻を中央に置いた。

 

「私がどこから始まったかは変わりません。その先をどうつないでいくかは、私がやらないと」

 

話し終えてから、ようやく記録の出所を一つずつ指した。長く見つめた印にも、同じ信号だという表示は付かなかった。

リオは自分の長い参加理由書を閉じた。

 

「私も行く。自分が作った条件が現場でどう働くか、直接見るわ」

 

リオは理由書の下から時刻記録を取り出した。マルクトが持ってきた複製とケイの分析表が並んだ。シロコ*テラーが紙の端を放すと、リオは手前の束をほどいた。

 

「時刻記録から見よう」

 

リンは返した申請書があった場所に、時刻記録の端を広げた。

サオリは椅子を回して画面を見た。スバルは引き継ぎ一覧を別紙に残してから、その隣に座った。二人の膝の間には、まだ椅子一脚が入るほどの距離があった。

 

リオは前の調査で集めた時刻記録と受信資料を画面に出した。

サオリは、声を受信した記録を引き寄せた。

 

「ここから見ればいいのか」

 

ケイの手が止まった。自分もあの言葉をもう一度聞きたかった。だが今必要なのは、声が誰のものかを選ぶことではなかった。

音声を聞く窓を閉じ、受信時刻を残した。

 

「音は後にしましょう。まず時間の基準を合わせないと」

 

サオリは空の再生窓を見てから、うなずいた。

シロコ*テラーは閉じた窓に触れなかった。三つの候補がある方へ視線を向けた。

 

リオは地図の上へ資料を移さなかった。座標のように打てば、散らばった信号の間に道があるように見えるはずだった。

ユウカは、記録の保管経路と時刻が見えるよう表を回した。ケイは資料ごとの時間基準をたどり、補正した。

観測時点と保存時点を分けると、紙に描いた矢印が一つ合わなくなった。リオは矢印を消し、資料を元の場所へ戻した。補正前の値は別に残した。

 

マルクトは自分の記録を隣に置いた。

キヴォトスの現在の受信記録と、同じ位置を示すものではなかった。重なるのは観測の順序だった。

ケイは順序を読みながら、マルクトの資料を見直した。形式が似ているだけで、出所まで同じとは扱えなかった。二つの資料の間に同じ出所だという印は付けず、次の区間を比べた。

リオはその印が空欄であることを確かめ、待った。

 

一つの候補でケイの手が止まった。

自己点検記録を並べると、点検周期と重なる区間が見えた。その行を抜き、脇へ送った。

サオリは除外された行を目で追った。

 

「これは違うな」

 

「進入候補として残す根拠が足りません」

 

ケイは捨てずに、自己点検記録の隣に置いた。次の行には、信号の向きが毎回変わる記録があった。

リオはその行を地図へ動かしかけ、手を放した。ケイは時刻記録だけを、再び手前へ引き寄せた。

二つ目の候補も脇へ移った。

 

シロコ*テラーの視線は、残った一行にとどまっていた。

前に身を乗り出したが、自分からは尋ねなかった。

ケイは最後の候補の間隔を指先で示した。残る根拠は位置ではなく、繰り返される時間間隔だった。一度の標本から得た値であり、次も開くという意味ではなかった。

 

「これだけ残ったということか」

 

サオリが言った。

 

「時間基準の補正が正しければ、です」

 

ケイは画面を自分へ向け、補正値を見直した。リオは結果を急いで持っていかなかった。マルクトも一緒に記録の順序を追った。

ユウカは除外された二行が最後の候補の下に隠れないよう、広げて置いた。残ったというだけで安全だと読まれないための置き方だった。

 

リンが資料の前に来て立った。

 

「補正が間違っていた場合は?」

 

「この候補もなくなります」

 

ケイが答えた。

その言葉に、サオリは残った一行から手を離した。道を見つけたと呼ぶには、まだ目の前にあるものが少なかった。それでも、ただ待っていたときとは違った。何が合わなければ止めるべきか、目で見ることができた。

リオは残った行に『試験候補A』と書いた。

 

ケイは自分の画面に候補Aを置いた。

目的地や成功率を書く欄は開かなかった。次の試験で比較する時刻の目印と、その印に使った補正値をまとめた。原本の記録は隣に残った。

スバルは引き継ぎ一覧を裏返し、その束を見た。残される人たちに、どの道を行くかまでは話せなかった。それでも、準備がどこまで進んだかは話せるようになった。

担当者欄が空いている紙を、再び手に取った。

 

「こちらは私が最後まで整理します」

 

サオリはその一覧の上に試験資料を積まなかった。ケイが渡した除外記録を自分の側で受け取り、スバルの前を空けた。

ケイは二人の間へ手を伸ばして資料を探さずに済んだ。サオリが、元の保管経路の書かれた面を上に向けておいた。

読める順番ができた。互いを信じるという言葉より先に、その小さな作業が終わった。

 

リオは候補Aに使った補正値と出所が、一緒にまとめられているか確かめた。

時間窓がずれたり、中止基準が働かなかったりすれば、試験は終えなければならなかった。残った行は、バルクの境界だという証拠でも、先生の位置でもなかった。

マルクトは、同じ順序が残る区間を指した。その後の空白は、複製でもそのままだった。

ケイは最後に、除外された二つの候補も一緒に保存した。次に補正値が揺らいだら、なぜAだけ残したのかから見直せるようにした。

 

会議室の壁には、二つの資料が並んで貼られていた。

リオが時刻記録を照合して作った『バルク接近窓試験候補A』と、プラナが復元した『先生を探してください』。前者は接近の可能性を試す時間窓で、後者はシッテムの箱の内側、アロナのローカル命令区域から出た文だった。

 

「その文で封印が解けたり、権限が復旧したりしたんですか?」

 

ユウカが尋ねた。

 

「いいえ。接続権限と封印状態はそのままです。座標や経路、実行トークンも含まれていません。復元されたのは、読み取れる命令文字列だけです」

 

ケイは文字列を検討した。

 

「これはどこへ行けという指示ではなく、何を探せという指示です。移動方法も、見つけた後にすべきことも書かれていません」

 

プラナは別の画面を出した。接続時にシステムが別に残した、境界監査記録だった。

命令文字列そのものではなく、外部信号が封印境界に触れたとき、アロナのローカル領域がどんな順序で境界を閉じたかを記録した資料だった。

前の会議では、これを遮断イベントとしてだけ分類した。そこには座標も、移動命令も、実行トークンもなかった。

記録には、接続前の封印状態から外部信号が触れた順序、内部境界が閉じた時点、終了後に残った分離境界まで、それぞれ残っていた。ただし、遮断動作の絶対時刻は確認されていなかった。保存されていたのは、一度の接続の中で記録された相対的な順序だけだった。

プラナは原本の封印に再びアクセスせず、監査用の複製だけを分析した。

試験に使った経路を記録から切り離し、遮断イベントを相対順に並べると、アロナのローカル領域が境界を閉じた流れを推定できた。

地図のようにつながる道ではなかった。アクセスを許された区間と、避けるべき区間が、時間順に残された痕跡だった。

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