リオは報告書の「失踪の原因」という欄を空白のまま、画面に表示していた。
シャーレとの通信は途絶えた。シッテムの箱は応答しない。管理者権限が実行されたあと、プラナはミレニアムのアバンギャルド君の中で起動した。
それらの記録が示しているのは出来事の順序だけで、先生がいなくなった理由までは説明していない。誘拐か、強制移動か、自発的な行動か、あるいはまったく別の可能性か。どれも確定できなかった。
ユウカは向かいから画面を見下ろしていた。徹夜のせいで目元が少し赤い。
リオは直近の接触記録を開いた。
「最後に会った人に、その日何があったか聞いてみる」
リオはすでに開いていた文書から、何人かの名前を消した。連絡を取り合ったというだけでは十分ではない。メッセージの内容は残っていても、その時の表情や行動、質問された時の反応まで知っている人は多くない。
「不知火カヤ」
ユウカの表情がこわばった。名前を確かめるように画面を見る。
カヤは最近、行政・政治上の案件で先生と直接面会していた。リオが必要としているのは彼女の結論ではなく、最後の接触で直接見た事実だった。
「現在、収監中のカヤですよね?」
「そうよ」
「公式の会議には出席させられません。外部面談にも手続きが必要です。それに、カヤに作戦権限を与えたり、政治的な判断を任せたりすることがあってはいけません」
「そのつもりはないわ」
「リオ、『意見を聞くだけ』で始めても、その人の判断を作戦の根拠にすれば、結果は同じです」
リオはすぐには答えなかった。
ユウカが指摘したのは、以前からの問題だった。状況を十分に計算したと思ったあと、周囲の選択や危険を一人で整理してしまうこと。
今回もカヤの発言を都合のいい結論に使えば、面談は事実確認ではなく、責任を分担するふりをする手段になりかねない。
「カヤの意見は求めない。最後に接触した時の行動だけを聞く。直接見たことと推測は分けて記録するわ」
リオは文書に面談の目的を入力した。
『先生の身元確認、政治的評価、作戦上の助言を目的としない。直近の接触時に観察された事実と時系列を確認する』。
画面をユウカに向ける。
ユウカは文面を一行ずつ読んだ。
「先に警備担当と収監施設の承認を得る必要があります。面談記録は閲覧を制限して保管し、出席者は必要最小限にしましょう。公開会議には上げません」
「同意するわ」
「それから、カヤの話が事実かどうかは別に検証しないといけません。一人の記憶を公式記録として扱うことはできませんから」
「当然ね」
「その言葉、あとでも覚えておいてください」
ユウカは書類を印刷せず、セキュリティ保護された文書として送信した。
承認手続きが進む間、リオは面談で尋ねることを整理した。最後に先生と会った場所と時刻。どんな会話をしたか。先生の行動に普段と違う点があったか。カヤが直接見たことと、後から知った事実は何か。
『先生は私たちを見捨てて去る人なのか』という質問は書かなかった。
それは事実を尋ねる問いではない。答えを求める側が抱えている不安を、相手に押しつける問いだった。
承認を待つ間も、プラナの記録とメッセージの状態に変化はなかった。
リオは承認された質問から、カヤには分からない先生の居場所を削除した。
翌日、登録済みの面談者として、許可された記録の範囲内でカヤと会った。ユウカは面談の目的を絞るため、施設には同行しなかった。
カヤは先に来ていた。
囚人服ではない。面談規則に合わせた整った服装で、両手をテーブルの上に揃えている。監視カメラを意識した大げさな仕草も、不当な扱いを訴える表情もなかった。ただ、リオが入ると、その目がわずかに動いた。訪問者が何のために来たのか見定める視線だった。
「調月リオ、あなたが直接来るとは思いませんでした」
「時間を取ってくれてありがとう」
「私が選べる範囲は広くありませんから。それでも、面談の目的は事前に伺っています」
リオは記録装置が承認された範囲で作動していることを確かめた。
カヤは礼儀正しく応じている。だが、その言葉の意図までリオは判断しなかった。
「最後に先生と会った時のことを聞きたい」
リオは承認された訪問記録を開いた。カヤは記録装置を見て、ほんの少し首を傾けた。
「先生が先生であることを確かめに来たわけではないのですね」
「面談の記録は、どこまで共有されますか?」
「承認された調査資料として、閲覧を制限して保管する。対外発表には使わないわ」
「それなら安心しました。私が先生を信頼していると一行だけ残れば、過去の判断を正当化する証言として使われるかもしれません。反対に、口をつぐめば疑いを避けようとしていると解釈されるでしょう」
「だから、あなたが直接見た事実だけを聞いているの」
カヤの視線は一瞬、記録装置に留まった。
協力するかどうかより、自分の言葉がどんな文脈で残るかを先に確かめている。リオは質問を続ける前に、記録欄で観察と評価が分けられているか、もう一度確認した。
今回残すのはカヤの保証ではなく、接触時の順序だ。
「その点は理解しました。私の判断を、先生への保証のように装うつもりはありません」
「先生と最後に接触した時、何があったのか。あなたが直接確認した事実を聞かせて」
「シャーレの先生と連絡が取れなくなったのですか?」
「そうよ。シッテムの箱も応答がない。理由はまだ分からない」
「侵入や誘拐があったと発表されましたか?」
「いいえ。確認できた事実が足りないわ」
「では、発表はまだ保留中なのですね」
カヤはそれ以上尋ねなかった。
「最後に会ったのはいつ?」
カヤは日付を確かめてから答えた。その日の場所と面談の目的も付け加える。
彼女が語った時系列は、公式の訪問記録と大きくは食い違わなかった。だが、記録には短い会話の細部や先生の態度までは残っていない。
「先生に普段と違うところはあった?」
「どういう意味でしょうか?」
「いつもより急いでいたとか、周囲を警戒していたとか、会話を避けようとしていたとか。あなたが直接見た行動で答えて」
カヤはすぐに答えなかった。一度視線を落とし、それから再びリオを見た。
「先生は私の話を聞いても、結論を代わりに出しませんでした。私が提案した選択の結果を尋ね、その結果を私自身が引き受けられるかも確かめました」
「その日も普段と同じだったということ?」
「はい。資料をご覧になって、どんな数値や前提から結論を出したのか尋ねられました。私が正しいと保証してはくださいませんでしたね」
カヤはテーブルの上の手を見下ろした。
「結果を引き受けるのが誰なのか、最後まで私自身に答えさせたんです」
リオは訪問記録の脇にその言葉を書き留めた。その日、先生が急に立ち上がったり、合図を送ったり、危険を避けたりする様子は見なかったという答えも得た。
記録装置はカヤとリオの間で動いていた。誰もそこに、先生の答えを加えることはできなかった。
カヤは指を一度組み合わせ、ほどいた。
「これは、その日に私が見たこととは別です。先生が生徒を見捨てて姿を消す方だとは思いません」
カヤはそこで言葉を切った。リオは次の言葉を待った。
「ですが、先生が自分で危険を引き受ける選択をする可能性はあります。その可能性を低く見積もるのは危険です」
リオはカヤが話した最後の訪問時刻に目を落とした。その日の短い面談のあとに何があったのかは空白のままだった。
短い沈黙が流れた。カヤはそれ以上付け加えなかった。
「その言葉を、私の保証として使わないでください」
カヤが言った。
「先生がどちらを選ばれたのか、私が代わりに答えたわけではありませんから」
リオは記録担当者に、その発言を観察事実とは別の欄へ移させた。
言葉を削ったり、自分の判断に都合よく要約したりしないよう、発言と分類を並べて残す。
「確認したわ」
「私がお答えできるのはここまでです。あとはそちらでご判断なさるのでしょう」
「判断を任せに来たんじゃない」
カヤはかすかに笑った。
「それならよかった。私は今、その判断に加われる立場ではありませんから」
面談はそれ以上続かなかった。リオは記録装置が停止したのを確認し、席を立った。
「協力してくれてありがとう」
「お役に立てたかは分かりません」
「それは私が判断することよ」
「ええ。そうでしょうね」
扉が開き、警備担当者がカヤを案内した。彼女はリオを振り返らなかった。面談は終わり、発言は承認された記録に残った。
施設を出たリオは、承認された記録だけをユウカに渡した。
カヤの評価は作戦の根拠から外し、最後の接触で観察した行動だけを参考証言として残した。居場所や箱の状態については答えを得られなかったため、残りの記録と別に照合する必要があった。
リオは作戦記録の最後の行をもう一度開いた。
『暫定仮説:意図的な失踪の可能性は低い。自己犠牲的な行動の可能性は排除できない。根拠:カヤの限定的な観察証言および既存記録。証言の独立した検証が必要』
シャーレからの応答は、まだなかった。
リオは記録を封印資料に加え、最後の入退室・生活ログの閲覧を申請した。捜索計画書には題名だけを記し、場所と出発時刻は空欄のままにした。
返事のないシャーレの通信画面の隣に、新たな閲覧申請が並んだ。カヤにこれ以上聞いても出てこない時間は、その記録から探す必要があった。