また隠れて投稿します。
よければどうぞ∠( ゚д゚)/
第一話 推しがいた
俺――水瀬拓海には、前世の記憶がある。
なんて言うと、何やら壮大な話が始まりそうに聞こえるかもしれない。
神様から使命を与えられたとか。
とんでもない能力を授かったとか。
世界を救うために転生させられたとか。
残念ながら、そういうものは一切なかった。
気がついたときには水瀬家の長男として生まれていて、物心がつくころには前世の記憶も持っていた。
それだけだ。
実家は家族で小さな洋装店を営んでいる。
洋服の仕立てや直し、リメイクなんかを扱う、昔ながらの店だ。
幼いころから店を手伝わされ、気づけば同年代の男子よりミシンや裁縫道具の扱いに詳しくなっていたことを除けば、いたって普通の人生である。
そして今日。
俺は中学生になった。
◇
「……ここか」
昇降口近くに貼り出されたクラス分けを確認して、指定された教室へ向かう。
廊下には真新しい制服に身を包んだ新入生たち。
知り合いを見つけて嬉しそうに話している奴もいれば、一人で緊張した顔をしている奴もいる。
まあ、入学式なんてこんなもんだ。
俺も教室へ入り、黒板に貼られていた座席表から自分の名前を探す。
「水瀬、水瀬……あった」
窓際でも廊下側でもない、ごく普通の席。
実に俺らしい。
鞄を机の横に掛け、椅子へ腰を下ろした。
今日から三年間の中学生活が始まる。
前世でも一度経験しているとはいえ、だからといって二周目無双なんてするつもりはない。
勉強はそこそこ。
友達も普通に作る。
学校が終われば家の店を手伝う。
そんな生活で十分だ。
前世の記憶がある以外、俺は普通の中学生なんだから。
「よし」
平和にいこう。
そう決意した直後だった。
「あの……」
「ん?」
「そこ、通ってもいいかな?」
「ああ、悪い」
どうやら通路側へ少し足を出してしまっていたらしい。
俺は慌てて足を引っ込める。
「ありがとう♪」
「…………」
女の子が俺の横を通り過ぎた。
柔らかそうな髪。
優しげな目元。
そして、聞き覚えのある声。
いや。
待て。
待て待て待て。
少女は俺の隣の席に鞄を置いた。
そして、こちらを見る。
「……?」
目が合った。
少女が不思議そうに首を傾げる。
その仕草にまで見覚えがあるような気がして、俺の心臓が嫌なほど大きく跳ねた。
いやいやいや。
そんなわけないだろ。
「あ、まだ挨拶してなかったね」
少女が柔らかく笑った。
「私、南ことり。よろしくね♪」
「…………」
時間が止まった。
いや、もちろん実際に止まったわけじゃない。
俺の頭が止まっただけだ。
南。
ことり。
南ことり。
知っている。
知っているなんてもんじゃない。
前世の俺が好きだった作品――『ラブライブ!』。
その登場人物の一人。
そして何を隠そう。
前世の俺の最推しだった女の子の名前だ。
「……マジで?」
「え?」
「あ」
声に出てた。
「えっと……」
ことり――いや、南さんが困ったように瞬きをする。
「何か変だったかな?」
「いや!なんでもない。なんでもないから」
「そう?」
「ああ」
危ない。
初対面の女子から変人認定されるところだった。
……いや待て。
本当に本人なのか?
確かに似ている。
というか、俺の記憶にある南ことりそのものだ。
名前まで同じ。
でも、同姓同名という可能性だってゼロではない。
ここが本当に『ラブライブ!』の世界だと決まったわけじゃない。
「えっと……水瀬君、だよね?」
「なんで俺の名前を?」
「そこ」
「ん?」
南さんが俺の机を指差した。
机の端には、しっかりと『水瀬拓海』と書かれた席札が置いてある。
「……なるほど」
「ふふっ」
笑われた。
恥ずかしい。
「水瀬拓海。よろしく、南さん」
「うん。よろしくね、水瀬君♪」
にこりと笑う。
俺は反射的に視線を逸らした。
駄目だ。
心臓に悪い。
前世で画面越しに見ていた推しから真正面で笑いかけられる経験なんて、あるわけがない。
落ち着け。
まだ本人だと決まったわけじゃない。
とりあえず普通にしろ。
普通に。
◇
その後、担任が教室へやって来て、簡単な説明を受けてから体育館へ移動した。
入学式そのものは、ごく普通だった。
校長先生の話。
在校生からの言葉。
新入生代表の挨拶。
前世でも似たようなものを経験しているから、特別な感想はない。
問題は俺の斜め前に座っている女子だ。
南ことり。
どう見ても南ことり。
気になる。
ものすごく気になる。
けれど、じろじろ見るわけにもいかない。
結局、俺は妙に落ち着かないまま入学式を終えた。
式が終わり、クラスごとに体育館から教室へ戻る。
俺は前を歩く南さんを見ながら、まだ考えていた。
もし本当に、あの南ことりだったら。
俺は『ラブライブ!』の世界に転生したことになる。
だとしたら、これから数年後。
音ノ木坂学院。
スクールアイドル。
μ's。
俺が前世で知っていた物語が始まる。
……いや。
「考えすぎだろ」
小さく呟いた。
「何が?」
「うおっ!?」
いつの間にか南さんが隣を歩いていた。
「び、びっくりした……」
「ご、ごめんね?」
「いや、俺が勝手に驚いただけだから」
危ねえ。
心臓が口から出るかと思った。
「水瀬君って、独り言多いの?」
「今日だけだと思いたい」
「ふふっ、面白いね」
「初対面で面白い奴認定されるのも複雑だな……」
そんなことを話しながら歩いていると、前方から声が聞こえてきた。
「ことりちゃーん!」
――その声を聞いた瞬間。
俺の足が止まった。
「穂乃果ちゃん!」
南さんの顔がぱっと明るくなる。
廊下の向こうから、一人の女子生徒がこちらへ走ってきた。
オレンジがかった髪。
明るい笑顔。
見覚えしかない。
「ことりちゃん、同じクラスじゃなかったねー!」
「うん。でも、すぐ近くだからいつでも会えるよ♪」
「それはそうだけどー」
「穂乃果!廊下を走らないでください!」
「げっ、海未ちゃん」
さらに後ろから、長い黒髪の少女がやって来る。
「げっ、とはなんですか」
「だって海未ちゃん、さっきから注意ばっかりなんだもん」
「穂乃果が注意されるようなことばかりするからでしょう!」
「まあまあ、海未ちゃん」
「ことりは穂乃果を甘やかしすぎです」
「えへへ……」
俺は何も言えなかった。
高坂穂乃果。
園田海未。
そして。
南ことり。
三人が揃って目の前にいる。
さすがにここまで来て、
――偶然、同姓同名でよく似た三人がいました。
なんて可能性を信じられるほど、俺も現実逃避は得意じゃない。
「あれ?」
高坂穂乃果が俺に気づいた。
「ことりちゃん、その人は?」
「今日、隣の席になった水瀬君だよ」
「へえー!」
高坂穂乃果が興味津々といった様子で俺を見る。
やめてくれ。
今の俺に情報を追加しないでくれ。
「初めまして!高坂穂乃果です!」
「……水瀬拓海です。どうも」
「私は園田海未です。穂乃果が騒がしくて申し訳ありません」
「ちょっと海未ちゃん!?」
「いえ……お気になさらず」
本人だ。
間違いない。
俺は三人を見る。
前世では画面の向こう側にいた三人。
それが今、普通に俺の目の前で話している。
どうやら。
本当に。
俺が転生したのは――。
『ラブライブ!』の世界らしい。
しかも。
「じゃあ水瀬君、また教室でね♪」
「あ、ああ」
ことりが穂乃果と海未のところへ向かう。
その後ろ姿を見送りながら、俺は思う。
前世の最推し。
南ことり。
その本人と同じクラス。
そして――隣の席。
「…………」
平和に普通の中学生活を送る。
つい数時間前まで、俺はそう決めていた。
「……どうすんだよ、これ」
俺の二度目の中学生活は。
どうやら、普通では終わってくれそうになかった。
ちょいと短め。
評価よければ続けるかも。
では、また∠( ゚д゚)