続き書けたで候。
では、どうぞ∠( ゚д゚)/
休日の午後。
「着いたよ!」
少し先を歩いていた高坂さんが振り返り、一軒の店を指差した。
「ここが穂乃果の家!」
「へえ……」
俺は足を止めて店先を見上げた。
和菓子屋――穂むら。
前世の記憶にある場所が、今は目の前にある。画面越しに何度も見たはずなのに、実際に立ってみると不思議なくらい印象が違った。
「水瀬君?」
隣から声をかけられ、南さんを見る。
「どうしたの?」
「いや、ちゃんとした和菓子屋なんだなって」
「ちょっと水瀬君!それどういう意味!?」
高坂さんがすぐに反応した。
「変な意味じゃないって。思ってたより立派だなって」
「最初からそう言ってよ!」
「穂乃果、水瀬君は別に馬鹿にしていないでしょう」
「分かってるけど!」
「ならいいじゃないですか」
「海未ちゃんはどっちの味方なの?」
「どちらの味方でもありません」
二人のやり取りに南さんがくすくす笑う。
「とりあえず入ろっか」
「そうだよ!水瀬君、早く!」
「はいはい」
高坂さんに急かされながら、俺たちは穂むらへ入った。
◇
「ただいまー!」
「穂乃果、お店でそんな大声出さないの」
奥からすぐに女性の声が返ってきた。
「はーい」
あまり反省しているようには聞こえない。
ほどなくして店の奥から女性が姿を見せると、南さんと園田さんが慣れた様子で頭を下げた。
「こんにちは」
「お邪魔します」
「あら、ことりちゃんに海未ちゃん。いらっしゃい」
高坂さんのお母さんは二人に笑いかけ、それから初めて見る俺に視線を向けた。
「あ、お母さん。この子が水瀬君! ことりちゃんと同じクラスの!」
「初めまして。水瀬拓海です。今日はお邪魔します」
「ああ、あなたが水瀬君ね。穂乃果から聞いてるわ。お家が洋服屋さんなんですって?」
「洋装店をやってます」
「そうなの。今日はゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
初めて友達の家に来たとき特有の緊張が少しだけ和らぐ。
「じゃあ水瀬君、こっち――」
「穂乃果、その前にこれ奥へ持っていってくれる?」
「今?」
「今」
「はーい……水瀬君、ちょっと待ってて!」
「うん」
高坂さんはお母さんから盆を受け取ると、そのまま店の奥へ消えていった。
その後ろ姿を何となく目で追う。
「珍しい?」
南さんが横から聞いてきた。
「ちょっとね。学校じゃ見ないから」
「穂乃果ちゃん、お店のお手伝いもちゃんとするんだよ」
「つまみ食いをして叱られることもありますが」
「それも想像できるな」
「でしょ?」
南さんが楽しそうに笑う。
俺が水瀬洋装店の息子であるように、高坂さんも穂むらの娘だ。学校では見えない生活がここにはある。
そんな当たり前のことを、少しだけ実感した。
◇
「お待たせ!」
しばらくして高坂さんが戻ってくる。
今度はお茶と菓子が載った盆を持っていた。
「それもお手伝い?」
「これはみんなの!」
「さっきより嬉しそうだね」
「だってお菓子だよ?」
「分かりやすいですね」
「海未ちゃんも食べるでしょ!」
「もちろんいただきますが……」
高坂さんに案内され、俺たちは居間へ移動した。
四人で座ると、高坂さんは待ってましたと言わんばかりに俺の前へ皿を差し出す。
「水瀬君、これ!」
「何?」
皿の上には、焼き色のついた饅頭が載っていた。
俺がそれを見るより早く、高坂さんが胸を張る。
「穂むら名物『穂むらまんじゅう』、略して『ほむまん』!美味しいよ!!」
「……ほむまん?」
「うん、ほむまん!」
「穂むらまんじゅうだから?」
「そう!」
「そのままだね」
「分かりやすくていいでしょ?」
「穂乃果ちゃん、その呼び方気に入ってるんだよ」
南さんが笑いながら一つ手に取る。
「だって呼びやすいもん!」
「水瀬君が正式な商品名まで『ほむまん』だと勘違いしたらどうするのですか」
「さすがに分かるよ、園田さん」
「ほら!」
「だからといって穂乃果が勝ち誇ることではありません」
「海未ちゃん細かい!」
二人が言い合っている横で、俺も一つ手に取った。
「じゃあ、いただきます」
一口食べてみる。
香ばしい皮と餡の甘さが口の中に広がった。甘すぎず、もう一つくらいなら普通に食べられそうだ。
「……美味しい」
「でしょ!」
高坂さんが満面の笑みで胸を張る。
「なんで高坂さんが作ったみたいな顔してるの」
「だって、うちのお饅頭だもん!」
「高坂さんが作ったわけじゃないでしょ?」
「そうだけど……でも、うちのお饅頭を美味しいって言ってもらえたら嬉しいよ!」
「ああ、それは分かる」
「でしょ?」
「うちの店の服を褒めてもらったら、俺も嬉しいし」
そう答えると、高坂さんの顔がさらに明るくなった。
「やっぱり一緒だ!」
「何が?」
「お店の子!」
「括りが大雑把だなぁ」
「いいの!」
扱っているものは服と和菓子で全然違う。それでも、自分の家の店を褒めてもらえると嬉しいという感覚は、俺にもよく分かった。
「水瀬君、もう一個食べる?」
「いいの?」
「もちろん!」
「穂乃果、自分の家だからといって勝手に勧めすぎでは?」
「お母さんがみんなで食べていいって言ったもん」
「じゃあ遠慮なく」
「海未ちゃんも!」
「いただいています」
「ことりちゃんも!」
「食べてるよ~」
いつもの調子で賑やかになる。
俺は二つ目のほむまんへ手を伸ばした。
◇
「お姉ちゃん、うるさいんだけど」
しばらくすると、聞き慣れない声がした。
振り返ると、俺たちより少し幼い女の子が部屋の入口に立っている。
「あ、雪穂!」
高坂さんが振り返った。
前に聞いた、高坂さんの二つ下の妹。
「雪穂、こっち来て!」
「なんで?」
「紹介するから!」
「別にいいけど……」
雪穂は南さんと園田さんに気づくと、軽く手を上げた。
「ことりちゃん、海未ちゃん、こんにちは」
「こんにちは、雪穂ちゃん」
「お邪魔しています」
どうやら二人とはかなり顔馴染みらしい。
そして雪穂の視線が俺に止まる。
「……その人は?」
「水瀬君!私たちの友達!」
「南さんと同じクラスの水瀬拓海です。初めまして」
「高坂雪穂です」
互いに軽く頭を下げる。
「この前話したでしょ? 雪穂がやってたゲーム、水瀬君も気になってるんだって」
「ああ、あれ?」
「友達に勧められてるんだ」
「面白いですよ。慣れればそんなに難しくないし」
「佐藤も同じこと言ってたな」
「佐藤?」
「クラスの友達」
「ふーん」
そこで一度会話が途切れる。
初対面なのだから、これくらいでいい。
「雪穂もほむまん食べる?」
「あとでいい」
「美味しいのに」
「毎日見てるし」
「毎日見てても美味しいよ!」
「それは知ってる」
雪穂が呆れたように返す。
「じゃ、私宿題あるから」
「え、もう行くの?」
「うん」
「真面目だね」
「お姉ちゃんと違って」
「雪穂!?」
「じゃあね」
雪穂はさっさと部屋を出ていった。
残された高坂さんだけが不満そうだ。
「もう、雪穂ってば!」
「でも高坂さんも宿題はやってるでしょ?」
「やってるよ!」
「穂乃果。昨日の数学は?」
「……」
「やってないんだ」
「皆、帰ったらやるもん!」
「必ずですよ」
「海未ちゃんはお母さんみたい!」
「誰のせいですか!」
また笑いが起きた。
◇
ほむまんを食べ終えたあとは、高坂さんの部屋へ移動した。
「ここが私の部屋!」
「お邪魔します」
「どうぞどうぞ!」
南さんと園田さんは何度も来ているらしく、特に珍しがることなく入っていく。
俺だけが部屋の中を何となく見回していると、南さんに気づかれた。
「水瀬君、またキョロキョロしてる」
「初めて来た友達の部屋って気にならない?」
「そういうもの?」
「俺はね」
「じゃあ好きなだけ見ていいよ!」
「勝手に引き出し開けたりしても?」
「それは駄目!」
「しないよ」
「もう!」
高坂さんが頬を膨らませ、南さんが笑う。
それからは、特に何をするでもなく四人で過ごした。
学校の話をしたり、最近見たテレビの話をしたり。俺が席替えをしてから佐藤と話す機会が増えたことを話すと、高坂さんが興味津々で聞いてくる。
「この前、放課後にゲーセンも行ったよ」
「いいなぁ。何したの?」
「普通にゲーム」
「穂乃果も今度行きたい!」
「穂乃果、その前に昨日の数学があります」
「もうその話はいいじゃん!」
「よくありません」
「海未ちゃん!」
そんなやり取りから、いつの間にか昔の話になった。
「そういえば、ことりちゃんって小さいころ――」
「穂乃果ちゃん?」
高坂さんの言葉を、南さんが笑顔で遮る。
「な、何?」
「何を言おうとしたのかな?」
「……何でもないです」
「気になるな」
「水瀬君も聞かなくていいの!」
「じゃあ代わりに穂乃果の昔の話をしましょう」
「なんでそうなるの!?」
「公平でしょう」
「海未ちゃんまで!」
三人の昔話を聞いていると、知らない話が次から次へと出てくる。
俺と出会う前から、この三人には積み重ねてきた時間がある。そこへ無理に入り込む必要はない。ただ、こうして話してくれることが嬉しかった。
◇
「穂乃果ー。そろそろお店手伝って」
一階からお母さんの声が聞こえた。
「はーい!ごめん、ちょっと行ってくるね」
「うん」
高坂さんが勢いよく部屋を飛び出していく。
「走らない!」
「はーい!」
直後に注意され、階段を下りる足音が急にゆっくりになった。
「……いつもあんな感じ?」
「うん」
「昔から変わりませんね」
南さんと園田さんの返事がほとんど同時だった。
少しして俺たちも一階へ降りる。
店先では、高坂さんがお母さんに言われながら商品を整えていた。途中で客が入ってくると、すぐにそちらへ顔を向ける。
「いらっしゃいませ!」
元気なのは学校と変わらない。
でも、ここではちゃんと穂むらの娘として、その場所に馴染んでいる。
俺が店番をしているところを南さんたちが初めて見たときも、こんな感じだったのだろうか。
「水瀬君?」
「ん?」
「穂乃果ちゃん見てた?」
「うん。ちゃんと手伝ってるなと思って」
「ちゃんとって……」
南さんが笑う。
「でも、穂乃果ちゃんらしいでしょ?」
「うん」
それは何となく分かった。
◇
夕方。
「今日はありがとうございました」
帰る前に、高坂さんのお母さんへ頭を下げる。
「こちらこそ。また遊びに来てね」
「はい」
「水瀬君!」
高坂さんが奥から小さな包みを持って駆け寄ってきた。
「これ!」
「何?」
「ほむまん!」
「また?」
「お土産だよ!」
高坂さんのお母さんを見ると、笑いながら頷いてくれる。
「ご家族でどうぞ」
「ありがとうございます。母さんたちも喜ぶと思います」
「ちゃんと『穂むら名物』って言ってね!」
「分かったよ」
「『ほむまん』も!」
「そこも?」
「大事!」
「何が大事なのか分からないけど、伝えとく」
「よし!」
高坂さんは満足そうに頷いた。
「じゃあ、また学校で!」
「うん。また学校で」
南さんと園田さんも挨拶を済ませ、三人で穂むらを後にした。
◇
帰り道。
俺の手には、ほむまんの入った包みがある。
今日は学校では見られない高坂さんを、いくつも見た。
母親に店の手伝いを頼まれて、妹には遠慮なくからかわれて、それでも自分の家の饅頭を褒められれば嬉しそうに笑う。
前世から知っている高坂穂乃果と、大きく違うわけじゃない。
それでも、知識として知っているのと、実際に友達として知っていくのでは全然違った。
「水瀬君」
「ん?」
隣を歩いていた南さんがこちらを見る。
「今日、楽しかった?」
「うん。楽しかったよ」
「よかった」
「ほむまんも美味しかったし」
「ふふっ。それ穂乃果ちゃんに言ったら、また喜ぶよ」
「もう十分伝えたよ」
「それもそっか」
南さんが楽しそうに笑う。
俺も手元の包みを見る。
穂むらまんじゅう。
略して、ほむまん。
名前も、存在も、前から知っていた。
でも、その味を知ったのは今日が初めてだ。
たぶん、これからもそういうことが増えていく。
知っていたはずの人たちの、知らなかったところを。
俺は少しずつ知っていくのだろう。
今日はここまで。
では、また∠( ゚д゚)